お節料理(LAから)
今年は数年ぶりでお正月をLAで迎えた。ハウスオーナーの仲間や知人の人達が心を
込めて作ってくれたお節料理をただ呼ばれて食べるだけで朝も昼も夜も今回は何も作らず楽をさせてもらった。
祖母がまだ元気だった頃はお正月というと年末の1週間前から買い物をして料理の準備をしたものだ。殆どのお節料理は手作りだった。母の時代になると働く主婦も増え家事にそんなに時間を割く事が出来ず大抵のものは近所のお惣菜屋さんやマーケットで購入し、それらを重箱に入れて並べるだけになっていった。作るのは、お雑煮や煮物ぐらいだったと思う。
祖母がいなくなって私の世代になると好んでお節を絶対に食べたいと思うほどお節料理は美味だとは思わなくなっていった。子供の頃は商店街や店も数日間は開いていなかったので日持ちのする味付けの濃いお節料理が必要だったのだろう。その頃は減塩だの減糖などあまり気にする人はいなかったのかもしれない。数日は何も作らなくてもいいように、お客様用のぶんまで作ってあった。そのお節を数日食べて飽き飽きしたのを覚えている。今は24時間オープンのコンビニもあるのでの食品の作り置きの必要性が無くなってきた。それに日本的なお節でなく洋風お節や中華風お節なども出回っている。数年前に張り切って日本の伝統お節にチャレンジして弟家族にお節を作ったのだけれど子供たちは殆ど手をつけなかった。
こちらに住む日系人のおばあちゃんが言っていた。” こんな時こそ、孫に日本の伝統文化を教えないといけない。黒豆や栗きんとんや昆布を食べる意味をアンタは知っているかい?”と。” どうせ、私がいなくなったら、誰もこんな事を教える人はいなくなってしまうと思うけれど大人になって頭の隅の方にでも残っていてくれたらいいんだけどね”と寂しそうに言っていた。
私もアメリカに住むようになってからだと思う。やっぱりお正月は、お節料理を食べないとお正月が来たような感じがしないなと…
祖国を離れて改めて日本のいい部分が見えてきたりて気がつく事が最近は多い。
茶子 スパイス研究家 |