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NO.995         Ryo Onishi              6/7/2015

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雑貨屋のひとり言

日本年金機構のメールがサイバー攻撃を受けて125万人分のデータが外部に漏れた問題は本当にがっかりさせられ、不安を感じます。サイバー攻撃を受けても職員一人一人のセキュリティー対応が出来ていて当たり前なのにずさんな管理体制が露呈しました。発生後の対応がことごとくお粗末であきれてしまいます。このお粗末さは日本の危機管理能力の低さを顕しているように思います。
来年からのマイナンバーの導入も国民の認識不足のまま、良いことだけが強調されて進められていますが、セキュリティーは本当に大丈夫なのかとても心配です。≪R.O≫

 

アメリカへ来て30年になりました

――― 仕事以外の備忘録(1)バブルの始まりのころ ―――
 毒舌漫談で有名な綾小路きみまろさんのフレーズに、「あれから40年・・・」という迷言があります。人生40年も経てば大きく変わるものだ、ということを被虐的に語り、特に中高年層の奥様方に支持があるようです。たとえば、

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☆新婚時代、何にもいらない。あなたがいれば、といってた妻。あれから40年。――― なんでもほしい。あんたは、いらねえ。

☆新婚時代、手を取り合いながら生きてきました。あれから40年。――― 財産を取り合いながら生きています。

☆結婚したての頃、妻は無口でおとなしかった。あれから40年。――― 今じゃペチャクチャペチャクチャしゃべってる。妻のくち 一度付けてみたい万歩計。猫をかぶって来た妻もとうとうブタになり。

☆あなた、白髪(しらが)の生えるまで一緒に生きて行こうね。――― あれから40年。ダンナもつるつるに禿げて、近頃はどこにシャンプーをつけていいものか。どこまで顔を洗ったらいいのかわからない。
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 人間、40年も経てば、綾小路きみまろさんにいわれるまでもなく、変わるでしょうが、私の場合、30年でも大きく変わったことを実感しています。この6月10日は私たち夫婦が当地アメリカ(ロサンゼルス)へ来てから30年目の記念日です。

 私たちの海外生活は前赴任地だったシンガポールを含めて38年となり、それまで日本で過ごした期間(38年)と同じになりました。これからは1年1年海外生活が日本国内生活より長くなります。私の場合、子供がいなかったこともあり、はじめから夫婦での赴任で、一度も単身赴任の不自由さを体験しないで済みました。

 このアメリカ生活30年のうち、特にここ10年近くは病気に取りつかれ、体力の減少が著しく、車の運転や日常的に妻の介護を必要な身になって困惑していますが、綾小路きみまろさんの表現する被虐的な変化ではなく、前向きな変化のほうが多かったと思っています。

 在米30年にあたり、この30年間について記してみます、ただし、駐在員としての実績や失敗談、苦労話は次の機会に譲ることとし、今回は仕事を離れた思い出を中心に振り返ってみることにしました。

私たちがアメリカへ向かって日本を離れた30年前(1985年)は、過度なドル高の対策に頭を痛めていた米国の呼びかけで、アメリカ・ニューヨークの「プラザ・ホテル」で行われたG5(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)により為替レートに関する合意(プラザ合意)が発表された年で、日本も急速な円高が進行し、バブル景気につながった年でした。

このころの日本はバブル景気が始まり、ほとんどの経済指標が右肩上がりで推移する自信過剰のころでした。もっとも「バブル」という表現はのちになって使われたもので、この頃は新聞、テレビのどこにも「バブル」の「バ」の字も見られなかったはずです。

因みにインターネット百科事典(Wikipedia)によると、バブル景気の時期とは、「指標の取りかたにもよるが、概ね、1986年12 月から1991 年2月までの4年3か月(51ヶ月)間を指すのが通説である」と記載されています。
 
当時は日本国内だけでなく、日本から海外への過度な投資・投機熱による資産価格の高騰が続き、米国資産に対する日本資本からの買収が賑やかでした。日本国内では土地の高騰が異常なまでに進み、「東京都千代田区だけの土地の時価総額とカナダ一国の土地総額が同じ金額」といわれていました。カナダの全面積はアメリカ合衆国よりも広いにもかかわらずです。

また、日本の経済週刊誌のグラビア写真にはロサンゼルスの高層ビル街の写真が写っていて、その半分以上の高層ビルに日本国旗が貼り付けられたのが掲載されていました。日本国旗の添付されたビルは日本資本に買収されたものだったのです。さらにロサンゼルスと周辺の有名ゴルフコースや高級ホテルも日本資本による買収が相次ぎました。ホテルの場合、客室数X百万ドル(百万ドルは日本円で1億円以上)が相場だったそうで、そんなホテルで採算が合うはずがありません。カリフォルニアのお隣り、ネバダ州のラスベガスでも次々と日本資本のカジノ場がオープンしました。でもこれらの日本からの投資ブームは、それから数年後、バブル崩壊とともに姿を消してしまいます。
―― 次号へ続く ――

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

    

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )


小心の目線マルサに悟られる

鬼の目の涙不覚の棒グラフ

耳打ちの目線の先にいる上司

老ネコの目に人間のばか騒ぎ

新緑の故郷をふっとこけしの目


( ニュースやぶにらみ )


「2016伊勢志摩サミット」

会場は大丈夫なの −東京五輪会場

「南沙諸島に滑走路」

転覆しない空母を −中国

「1部上場企業の時価総額600兆円に」

それだけなの −1千兆円赤字国債


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(378)「5年ぶりの歌舞伎観劇」

『龍翁余話』で“歌舞伎座”を取り上げるのは4回目である。1回目の2010年2月21日配信の『余話』(118)「歌舞伎座」では、歌舞伎の起源=1603年出雲阿国(いずものおくに)伝説。歌舞伎座の沿革=1889年(明治22年)開設から火災、戦災に遭遇、1951年(昭和26年)現在の建物(註・改築前)が完成。建て替え計画=老朽化や不便性を理由に今年(註・2010年)5月から取り壊し(建て替え)工事開始。現在の(註・改築前の)和風桃山様式建築が登録有形文化財であることから建て替え後も外観は変わらないし、瓦屋根や欄干なども現在の具材を再利用する。内部も基本的には大きな変更はないが、女性トイレの不足解消、客席の改善、バリアフリー化、そして耐震・防災・経済性の充実を図る。更に1等地を有効活用するため、劇場の後方に29階建てのオフィスビルを建てる。完成は2013年春予定・・・などを書いた。 
    
2回目の、2010年4月18日配信の『余話』(126)「歌舞伎座さよなら公演」では『寺子屋(てらこや)』(出演・片岡仁左衛門、中村勘三郎、松本幸四郎、坂東玉三郎ほか)、『三人吉三巴白波(さんにんきちさともえのしらなみ)』(出演・尾上菊五郎、中村梅枝、中村吉右衛門、市川團十郎ほか)、『藤娘』(坂田藤十郎)の観劇記を書いた。

解体直前の歌舞伎座(2010年4月)  新装・歌舞伎座(2013年4月)後ろに29階建てのビル

3回目の、2013年4月7日配信の『余話』(273)「125年目の春、新装なった銀座・歌舞伎座」では、題名通りの“新装・歌舞伎座”を書いた。その概要は【翁、早速(開場の前日)4月1日に新装なった歌舞伎座(建物)見物に出かけた。劇場の外観は3年前までの建物とほとんど同じ桃山様式のデザインだ・・・(中略)残念ながら翁はまだ劇場内に入っていないので、この目で確かめた訳ではないが(歌舞伎座の資料によると)舞台、廻り舞台、花道の広さ、長さなども前歌舞伎座の規模を踏襲している。ただ、バリアフリー化や災害時の避難拠点となるための工夫が施されていることや、客席数を60席減らして(1808席)座席の幅を3cm広くしたり前列との間隔も6cm広めて、ゆったりと芝居を楽しむことが出来るようになったことや、フロアーに勾配をつけて後方からも見やすくした、などの改良点が随所に見られるとのこと。更に従来のイヤホーンによるガイドに加え、前の座席の背に掛けるポータブルタイプの(数カ国語の)“字幕ガイド”の貸し出しも予定されているとか、これなら外国人ばかりでなく、あの難しい歌舞伎独特の台詞回しも理解されて若い層の歌舞伎ファンが見込めるのでは、と歌舞伎座では期待を膨らませているとのこと】そして、4回目の今号は「5年ぶりの歌舞伎観劇」(六月大歌舞伎)――

翁が観た演目は(夜の部)『新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)』(上の写真中)。陰謀に巻き込まれた若い男女を救うために命懸けで立ち向かう父親たちの姿(片岡仁左衛門、松本幸四郎ほか)や、刀鍛冶(正宗)の秘伝をめぐる父子(中村歌六、中村吉右衛門、中村橋之助ほか)の葛藤を描いた時代物の名作。もう1つは歌舞伎舞踊『夕顔棚(ゆうがおだな)』(尾上菊五郎、市川左団次ほか)。申し訳ないが(スペースの都合で)物語の説明は割愛させていただき歌舞伎座の中の模様(設備など)の紹介にとどめたい――東京メトロ日比谷線・都営浅草線「東銀座」駅から直接つながる歌舞伎座ビル地下2階は、店舗や切符売り場などが並ぶ『木挽町(こびきちょう)広場』(下の写真左)。ここは、非常時には約3000人の帰宅難民が3日間待機出来る広さと食料などの提供機能を持っているとか。

地下から1階へはエスカレーターかエレベーターで。正面玄関の、真っ赤な色彩の空間・ホワイエ(エントランスからホールまでの広い空間)(下の写真中)に足を踏み入れた途端、観劇への期待感・昂揚感がいっそう高まる。4時半開演までの間、場内のあちこちを歩き、カメラに収めた。『余話』[273]「125年目の春・新装なった銀座歌舞伎座」で述べた通り、座席の幅を3cm広くし、前列との間隔も6cm離して、ゆったりと芝居を楽しむことが出来るようになったことや、フロアーに勾配をつけて後方からも見やすくした(上の写真右)、などの改良点が随所に見られる。そして翁が、しばし足を止めたのは3階廊下に展示されている故人となった名優たちの遺影の前(下の写真右)。中村勘三郎、市川團十郎、坂東三津五郎らの顔が懐かしい。故人たちは歌舞伎界の名言「芸は、心あれば観ていて覚えよ」を今も語りかけているようだ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

今週はお休みです。

茶子 スパイス研究家

 

 

ジャズライフ−今週のお奨 めアルバム

オランダ生まれのジャズピアニストKarel Boehleeのアルバム"Silent Nocturne"は2007年9月2日発行の590号で紹介しました。とても素敵なアルバムだったのでもっとKarel Boehleeを聴いてみたいと思い探していました。先日ようやく彼のアルバム2枚を見つけました。
今回ご紹介するのは"Secret Life"です。うっとりとするピアノジャズです。ヨーロッパジャズの香りがすると思っていたら、European Jazz Trioの初代ピアニストをやっていたとわかり、納得しました。スタンダード曲も彼らのオリジナルではないかと思うほど違って聴こえます。

"Secret Life" Karel Boehlee Trio  

01-Alone Together
02-The Secret Life Of Plants
03-You'd Be So Nice To Come Home To
04-Baker Street
05-Autumn In New York
06-Send One Your Love
07-In My Dreams
08-Over The Rainbow
09-Song For Angels
10-Smile
11-Purple Dawn

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm  
《R.O.》

編集後記

孫が来ない日が数日あった先々週はのんびりできました。実際はサボっていた家の掃除や片付けをやりました。土曜日の夕方ワイフとテレビで良く紹介されている天満に食事に出かけました。特にお店を決めないまま適当に面白そうなところに入ることにしました。JR天満駅前はたいへん活気がありました。天神橋筋の商店街ではなく裏道にはたくさんの面白そうなお店がいっぱい並んでいてワクワクしながら歩きました。結局、駅前にある落ち着いた感じの小さなフレンチレストランがちょうど開店したところだったのでそこにしました。コース料理などは注文せず、ワインと一品料理で楽しみました。とてもいい食事ができました。そのあと、もう一軒ワインバーに行き違う種類のワインを試しました。天満は昼と夜はガラッと様相が変わるとても面白い街だとあらためて思いました。 《R.O.》


雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
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http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.995

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com