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NO.820               Ryo Onishi              1/29/2012  

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雑貨屋のひとり言

新年から一ヶ月が経ちました。年末年始の食べ過ぎや飲みすぎで一回り大きくなったお腹周りは元に戻りましたでしょうか?
年初に参加したヨガクラスでは、身体がなまっていてとてもきつく感じましたが、毎週3回のヨガクラスに参加して今では元通り楽しくやれるようになっています。なんでもそうですが、継続することは大事です。ヨガは体幹が鍛えられ、姿勢が改善されるだけでなく、内臓の刺激にもなり、心身ともに鍛えられます。ヨガに出会って本当に良かったと思います。≪R.O≫

 

わが師の逝去を悼む

昨年暮れも押しつまった12月13日、私たちが詩吟の直接指導をしていただいていた奥村国鉦先生が病没されました。

私は当地ロサンゼルスで発行されている日系新聞である羅府新報の『磁針』コラムに先生の追悼文を書きました。(12月21日掲載)このコラムは860字という文字制限があり、想いを充分に述べられないところもありましたが、以下はその追悼文です。

南北カリフォルニアにわたって組織をもつ詩吟の会「尚道会」の総師・主席師範である奥村国鉦(本名:茂)先生が病のため、86歳をもって逝去された。五年前、最愛の奥様であった国城先生を亡くされ、寂しさをこらえて詩吟道の指導を続けられていたが、病には抗えなかった。訃報に接し、先生の詩吟クラスに毎週通う一人として、大星がまたひとつ消えてしまい、心の灯台を見失った思いだ。

奥村先生は米国において半世紀以上にわたり吟道をおさめられ、国峯流詩歌吟詠・峰月流吟舞尚道会総伝師範として詩吟の普及につとめ、吟士を数多く育てられた。また、漢詩つくりの面でも米国奥汲会を主宰され、漢詩作品集「飛翔」を日英両語で出版するなど「アメリカに根ざした漢詩、詩吟」の普及につとめ貢献された。先生の詩は本場中国でも優秀作品として入賞、表彰されているほどだ。また羅府新報紙上でも定期的に作品を発表されていた。

私は入門してまだ十五年の門下生だが、奥村先生ご夫妻の詩吟に対する真摯な想いを今更ながら思いおこしている。詩吟クラスでは厳しい指導の中にも、毎回、授業終了後のお茶の時間に、先生ご夫妻の新婚当時の微笑ましい話や、アメリカ移住後の苦労についてよく伺ったものだ。私は趣味のデジカメで年一度、自分たちの詩吟クラスの授業風景を撮影することにしていた。だがもう先生の笑顔を写せなくなってしまった。

毎年春秋に開催される会全員による吟詠大会では、奥様ご存命時、先生ご夫妻は連吟(一つの題を二人で吟ずる)を常とされていた。連吟はお互いのすべてが一致しなければ吟詠は不可能だ。ご夫妻の仲の良さは私たち会員一同認めるところだった。

その奥様が逝かれた後、先生の背中に一抹のさびしさを感じざるをえなかったが、今は極楽世界でまたご夫妻は再会され、仲良く手をとりあって連吟を楽しんでおられることだろう。

先生の告別式は二十日だったが、当日私は透析治療日のため参列できなかったことをお詫びしつつ、私たちに漢詩と詩吟の深遠を教えてくださった奥村先生のご冥福を心からお祈りしたい。

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

さくらの独り 言 「」

今週はお休みです。

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

ジーンズに我が青春のプレスリー

ジョンウェイン シナトラ  ドルが燃えていた

ドル70円にマッカーサーの不眠症

癪だけど今日も付き合うビルゲイツ

Yes We can オバマ語録がかすんでる


( ニュースやぶにらみ )

「過去の演説」
私もいいことを言っていた −福田前首相、麻生前首相、野田首相

「住宅エコポイント復活」
いつまで続くやら −子ども手当

「把瑠都優勝」
江戸の敵をテキサスで −ダルビッシュ


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(215)「常在戦場」

『常在戦場』とは、長岡藩(現在の新潟県長岡市)の藩訓であり、読んで字の如く“常に戦場にあるという気概を持って事に当たれ”の意味。幕末期の長岡藩・上席家老兼軍事総督で戊辰戦争終了後も徳川家を支持し武士道に生きた“ラスト・サムライ”河合継之助や、同じ長岡出身で真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官・山本五十六が好んでこの4文字を座右の銘とした。実は、翁の今年の書初めが、この『常在戦場』である。


河合継之助が率いる長岡軍は奥羽列藩同盟に加盟し新政府軍と戦った。いわゆる戊辰戦争の1つ(司馬遼太郎の歴史小説『峠』で紹介されている)北越戦争だが、これに大敗した長岡藩は財政が逼迫し、藩士たちはその日の食に窮する状態に陥った。その窮状を見かねた長岡藩の支藩・三根山藩(現在の新潟市西蒲区峰岡)から明治3年5月に百俵の米が贈られた。藩士たちは、これでご飯が食べられる、と喜んだが、藩の大参事(現在の副知事)・小林虎三郎はその米を売却、代金を全て(明治2年に開校していた藩校)『国漢学校』の拡充に注ぎ込んだ。藩士たちは驚き、怒り、虎三郎を責めたが虎三郎は「教育こそ人材を育て、国の繁栄の基となる。百俵の米を食えばたちまち無くなるが、教育に充てれば明日の1万俵、百万俵になる」と言って自らの政策を押し通した。その国漢学校(現在の新潟県立長岡高校の前身)は山本五十六をはじめ多くの逸材を輩出した。米百俵については文豪・山本有三の戯曲『米百俵』で広く世の中に知れわたった。余談だが自民党・小泉純一郎が第87代内閣総理大臣に就任した直後、国会での所信表明演説で引用した“米百俵の精神”が2001年の流行語になったことは、まだ記憶に新しい。 

さて、今号の主役は『山本五十六』(1884年4月4日〜1943年4月18日)である。昨年12月4日に配信し
た『龍翁余話』(207号)『トラ・トラ・トラ』でも紹介したが、ハワイ真珠湾の博物館内に展示されている連合艦隊司令長官山本五十六の写真の説明文「山本提督は真珠湾攻撃の総指揮に当たったが、攻撃の直前まで日米開戦には反対であった”が印象に残り、再び“山本五十六研究”(各種資料考察)を行なった。翁の好きな“仁・智・礼・義・信・愛”を兼ね備えた男の中の男、知れば知るほど人間・山本五十六への魅力と憧憬が深まる。    (米陸軍博物館内の展示写真)

先日、映画『聯合艦隊司令長官・山本五十六〜太平洋戦争70年目の真実〜』を観た。物語は山本の海軍次官(1936年)時代から連合艦隊司令長官就任(1939年)、1941年真珠湾攻撃(総指揮)、1942年ミッドウエー沖海戦(総指揮)、1943年4月18日、ソロモン諸島のブーゲンビル島上空にて米戦闘機に撃墜されるまでを描いた内容。山本長官は後頭部から額への貫通銃創で即死だったとか(享年60)。これまでに山本五十六を描いた映画は何本か観たが、1968年に東宝が製作した『連合艦隊司令長官山本五十六』が翁の脳裡に強烈にこびりついていて離れない。三船敏郎のあの重厚な司令長官ぶりは天下一品。今回の役所広司も好演ではあったが(どの俳優が演じようとも)三船の重量感にはとうてい及ぶまい。ストーリー は(翁が知る限り)比較的史実に沿って描かれていると思うが、ちょっと気になる(気に食わぬ)シーンが幾つかある。例えば“国策を遂行するために世論を誘導することこそ新聞の使命”と言って憚らない東京日報主幹の宗像(香川照之)が(日独伊三国同盟に反対する)山本に食って掛かる無礼極まりない態度にも、山本は静かに宗像の暴言を受け止めるだけ。それは“山本五十六の器量”を大きく見せようとする演出(成島出監督)であったのかもしれないが、翁には、逆に“司令長官たる地位”を小さくしてしまっているシーンだと思えたし、また、山本五十六がいくら将棋好きであったとしても戦況芳しからざる報を受けてなお、五十六の側近中の側近・三宅作戦参謀(吉田栄作)相手に将棋を指し続ける様は、何事にも動じない肝の据わった五十六を印象づけたかったのだろうが、これも翁には(刻一刻と変化する戦況に対し)瞬時の采配(指示)も誤ってはならない最高責任者の所作とは思えない(間抜けな)シーンであった。

戦闘場面も露骨なCGが目に余って迫力に欠けるが、これは戦争映画というよりは太平洋戦争(大東亜戦争)を背景にして山本五十六という人間を描いたドラマだと思えば、総体的には“いい映画”であった。特に、東京日報の若い記者・真藤(玉木宏)を通して、当時の政府や軍部だけでなくマスコミも、日独伊三国同盟や対米開戦へと国民世論を扇動した責任を追及した視点は大いに評価できる。山本が真藤記者に語った「物事は目と耳と心で見よ」は、今日の政治家、マスコミ人にも聞かせたい珠玉の言葉である。

そのほかに、山本五十六遺訓にはどんなものがあるか調べてみた。「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、褒めてやらねば人は動かず」、「話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば人は育たず」、「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば人は実らず」――これらの言葉も今の各界リーダーに聞かせてやりたい。まだある「苦しいこともあるだろう、言いたいこともあるだろう、不満なこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう、泣きたいこともあるだろう、これらをじっとこらえていくのが、男の修業である」
兵隊を“吹けば飛ぶよな将棋の駒”としか見做さなかった軍国主義下の当時、己れの実体験を通して生み出した独自の哲学(教育論)は、今もなお光る。山本五十六に関する資料研究と映画によって知り得た人間・山本五十六は『仁の人・智の人・礼の人・義の人・信の人・愛の人』であったと確信する。と同時に、今こそ、このような政治家の出現を渇望してやまない。近い将来『米百俵の精神』、『常在戦場』の長岡市訪問を楽しみにしている翁である・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

今月2月はバレンタインデー

そこで私の選んだ今月のスパイスはチリ!私のお気に入りのチョコレートは、こちらチリが入っているダークチョコレート。ほろ苦い濃くのある甘さの中にチリが絶妙なバランスで配合されています。口の中に入れるとマイルドにチョコレートが溶けてその後から控えめにチリの辛味が感じられます。辛さが前面に出てしまってはチョコレートの存在をぶち壊してしまうので、この奥ゆかしさが、なかなかいい感じです。スパイスは主役でなくあくまでも脇役でその素材を引き立ててくれる重要な存在です。他にもスパイス入りのユニークなチョコレートをありました。カイエンペパー、ブラックペパー、シナモン、ピンクペパー、ジンジャー、オレンジピールの組み合わせ、そして最近アメリカで知名度を上げ始めてきたワサビ+チョコレートもあり想像するだけでも楽しくなってきます。

チョコレートといえば以前、コロラドの街を訪れた時、街の名前は忘れましたがオールドタウンの街角にチョコレートセラピーという看板が出ていたので何だろうと思って入ったら家族経営の小さな手作りチョコレートハウスでした。お店のディスプレイに女性の写真が飾られていてその人がチョコレートセラピストなのだそうで彼女は本も出しているしセミナーなどもやっていると店の人は話してくれました。
アメリカ人のチョコレート好きは有名ですがチョコレートまでセラピーの材料にしてしまう所がすごいなーと…きっとチョコレートにも体だけでなくあのカカオが精神的に影響を与える何かがあるのだろうと思います。スパイスセラピーという言葉だってあるくらいだからその香りや味の刺激が脳に与える影響も調べると面白いことがたくさんありそうです。

さて、それでは本題のチリの話を少し、チリといっても和名は唐辛子、南蛮ともいいます。
植物学的な分類ではナス科の多年生草になります。日本にこの唐辛子が入ってきたのが中国から明朝の時代に朝鮮を経て入って来たという説とポルトガル人から1542年に持ち込まれてきたとの2つの説があるのだそうです。

日本のスパイスを代表するブレンドスパイス七味唐辛子の中にもこの唐辛子は入っていますね。
このスパイスの辛味成分のカプサイシンは熱に強いので煮込んだり焼いたりしても辛さは変わらないのです。スパイスには油に溶けるものと水に溶けるものがあるのですが唐辛子が持つ色素成分のBカロティンは油に溶けやすいのでラー油などの赤色は、この成分が油に溶けて赤くなるのです。アメリカにはローステッドチリオイルというのがあります。これはアメリカ版のラー油みたいなものでしょうかこちらも唐辛子の色がきれに油に溶け込んで透明感のある赤色に染まっています。

日本のスパイスを代表するブレンドスパイスとして七味唐辛子がありますがこの中にも唐辛子は入っていますね。このスパイスの辛味成分のカプサイシンは熱に通良いので煮込んだり焼いたりしても辛さは変わりません。そしてスパイスは油に溶けるものと水に溶けるものがあるのですが唐辛子が持つ色素成分のBカロティンは油に溶けやすくラー油などの赤い色はこの成分が油に溶けたものです。アメリカにはローステッドチリオイルというのがあります。
これはアメリカ版ラー油みたいなものかなと思いますが肉を焼いたりする時に使うようです。

今回はチリの使われ方として料理だけでなく他にどんな使い方があるのか調べてみました。日本では米びつ内の虫除けとして赤い唐辛子を入れたりするといいと祖母が教えてくれましたが先人達の知恵には改めて感心します。日本が虫除けならニューメキシコではこのチリを魔除けや厄除けとして玄関先に飾る風習があります。以前コロラドに行く途中に立ち寄ったサンタフェのアドビスタイルの家の玄関先には、どこの家にもこの色鮮やかなチリを束ねて飾っているのを見かけました。真っ青な空に映える強烈なあの赤い色が今でも印象深く残っています。
そう言えばドラキュラ撃退にニンニクを使う話もありましたがニンニクもスパイスです…

そして人間にも使われます。暴漢撃退、護身用の唐辛子スプレーなんていうのもありました。少し前にニューヨークで貧富の格差デモがあった時に頭の悪そうな警官が無抵抗な若者に唐辛子スプレーをかけまくっていましたがあれです。あっという間にそのニュースがインターネットで流れてその警官は処分を受けたようですが、呆れる事件でした。

また、ガテマラ地方のマヤ族はチリを薬用にも使っていたようでこの主成分のカプサイシンを利用して発汗を促したり下痢を治療したりしていたようです。日本の民間治療にもこの唐辛子を使って湿布薬として使ったこともあったようです。

衣料でも唐辛子の成分が繊維に織り込まれている暖か素材のアンダーウエアを見たことがあります。他にはダイエットにも効くと言う事で日本で少し前にポケットサイズのマイ唐辛子を持ち歩くのが流行った時もあったそうで私の友達もマイ唐辛子と言って、いきなりレストランでその唐辛子を見せてくれたことがありました。でもほどほどにしないと激辛を好む人は胃癌になりやすいとも言われていますのであまり胃の粘膜に負担をかけるような食べ方は控えた方がいいかもしれませんね。
アメリカに来たばかりの頃、メキシコ人の友人に連れて行ってもらったダウンタウンのタコの有名なお店、そこで初めてホットチリの洗礼を受けて泣きながら食べた思い出があります。美味しかったのですが強烈な辛さで目がウルウルになりました。本当に口から火を吹く辛さとはあの事を言うのだなーと思いました。

もう一つ唐辛子の使い方として減塩治療をしている人の味のアクセントとしても唐辛子はブラックペパーと同様に役にたつようです。スパイスは、やはり主役を引き立てる名脇役として登場させた方がいいようですね。

スパイス研究家 茶子

 

 

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

今日ご紹介するアルバムは、これまでに紹介したアルバムとは一味違う感じです。
軽快なリズムですが、音はどちらかというとソフトで落ち着いたジャズです。
聴き飽きないアルバムです。
私が初めてアメリカを訪問した1980年にリリースされています。
"Wine Light" Grover Washington Jr

01-Winelight
02-Let It Flow
03-In The Name Of Love
04-Take Me There
05-Just The Two Of Us
06-Make Me A Memory

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

 

編集後記

昨年の大きな地震から日本列島の地震発生の頻度が多くなってきているようですね。いつ大きな地震がきてもおかしくないので心構えと準備はしておく必要がありそうです。
茶子さんから、ユニクロの素晴らしいホームページの紹介がありました。
日本を支えている人たちの感動的なシーンの連続です。
ちょっと長い動画ですが、時間のある方は一度ごらんになってください。
次のページです。http://www.uniqlo.com/heattech/jp/

iPadアプリ
今週はアプリではないのですが、面白いPCマウスをご紹介しましょう。
マイクロソフト社のArc Touch Mouseで、ポータブルPCといっしょに持ち歩きしやすいデザインになっています。使わないときはフラットで、使うときに折り曲げると電源が入ります。スクロールはタッチして行います。マウスパッドなしでもうまく動作するのでモバイル用には最適だと思います。

雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.820

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com