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NO.686                Ryo Onishi              7/5/2009  

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雑貨屋のひとり言

昨日、大阪の福島で「太陽ラーメン」を食べました。見た目は真っ赤で辛そうですがトマトスープのラーメンで、とてもやさしい味でとても美味しかったです。くせになる味でした。「太陽のトマト麺」という名前につられて初めて入ってみましたが良かったです。JR福島駅のすぐ近くにあります。福島は面白い店がいっぱいあります。

≪R.O≫

日本への旅(たび)

  ビジネス出張や冠婚葬祭目的など、必要に迫られた遠距離外出は別ですが、日常生活を一時中断してどこかへ出かけることは気分転換になり、時としては人生、または人生観が変わる契機になることすらあります。私たちはこれを「旅(たび)に出る」、または「旅行をする」などといっています。

 ところで、「旅(たび)」と「旅行」では意味に違いがあるのでしょうか? 手許の国語辞典(広辞苑、第二版)でそれぞれひいてみました。それによると、

☆ たび(旅):自宅を出て、一時他の場所へ行くこと。旅行。
☆ りょこう(旅行):徒歩または交通機関によって他の地方に行くこと。旅をすること。たび。

となっており、「旅(たび)」も「旅行」も基本的には同じ意味のようです。ただ、私の心の内では、両者の意味は微妙に違うと感じています。以前のこの欄にも書きましたが(Zakkaya Weekly No.433、8/29/2004付) 私は自分の独断と偏見で勝手に「旅(たび)」と「旅行」を次のように区別しています。

☆ 《旅(たび)》:行き先、目的、スケジュールなど事前に明確にせず、変更自由な外出。気ままな外出。
☆ 《旅行》:行き先、目的、スケジュールなどが殆ど確定しており、決められたとおり行動するもの。

今年も5月中旬から3週間あまり日本を訪れ、6月15日にロサンゼルスへ戻ってきました。私は10年前に日本企業の米国現地法人を引退後、引き続きロサンゼルス郊外に妻と二人で残り暮していますが、年一度この時期に日本へ行くことにしています。

今年の日本行きは直前に「新型インフルエンザ」騒動が報じられ、特に発症の源であった米大陸からの日本入国者には空港はじめ日本国内での厳しい検疫体制が敷かれていた時期でした。しかし、その時点では既に航空券や日程など手配済みでもあったので日本行きを強行しました。

私にとっての年一度の日本行きとは、日本(長野県諏訪市)に残してある自宅や郵便物の整理、日本で受け取っている年金処理など、義務的な用事もありますが、ほとんどは上記でいうところの『旅(たび)』にあてはまる自由気ままなものです。今回も諏訪滞在中には旧職場の仲間たちが集まってくれ、楽しく語らい歌い、大いに盛り上がりました。

私は36年間のサラリーマン生活のうち20年間は海外駐在のため諏訪を留守にしていました。そして最後に諏訪を離れてから既に24年経過したにもかかわらず、旧職場の皆さんはいつまでも私を仲間として受け入れてくれ、歓迎してくれます。私は幸せをつくづく感じています。

また、今回も諏訪滞在中、仲間たちに軽井沢へ1泊ドライブに誘われ、ひんやりした高原の空気と暖かい友人達のぬくもりを感じ最高でした。

ただ、このドライブの旅で残念だったのは、訪問した美術館や博物館に備え付けられた「来館者リスト」への記入にあたり、私の住所欄に「アメリカ・ロサンゼルス」と記入することに躊躇せざるをえなかったことです。なぜなら当時は後続の来館者に「新型インフルエンザ保菌者」と疑われる雰囲気にあったからです。その頃の日本では多くの会社でも「米大陸から来た人と会う場合、会社の許可を得る事」などという社内通知が出されていたと聞いていました。

 私の場合、幸いにも悪質ウイルスを持ち込むこともなく、その上、毎夜にわたり喉と胃袋を「アルコール消毒」を続けた(??)効果か、すこぶる元気でした。

今年は私が中学校を卒業して55年が過ぎました。その中学校時代の同級生達も集まってくれたし、その中の同級生夫妻に二泊三日の北陸方面へ連れて行ってもらいました。

日本を離れ、ロサンゼルス郊外という海外に住んでいる私ですが、年一度の日本訪問は「日本の良さ」を再認識すると同時に、まさに「旅(たび)」の真髄を味わうことができる機会になっています。

 「旅(たび)」とは人生と同じ、何があるかわからない、前途に何かを求め前へ進む ――― そんな魅力がたまらないから「旅(たび)」に出るのだと勝手に納得しています。
  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「」

今週はおやすみです。

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

食べ物に失礼ギャル曽根は嫌い

子の食 費医療費ゼロの分も食べ

モナリザよりお多福がいい納豆派

肉好きがカルテに負けた野菜食

飽食の舌にまだある愚痴の種

( ニュースやぶにらみ )

「解散間近」
無理なお願いが多すぎる −七夕の短冊

「決断」
天の時 地の時 しかるべき時 −麻生首相

「3人乗り自転車」
安定度はどうですか −合併予定三社

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

 

森田さんから

今週はお休みです。

龍翁余話

龍翁余話(88)「美術館にて」

先日、親友Kさん(今までに数回『余話』にご登場いただいているバリトン歌手)のお誘いで、上野の東京都美術館へ『日本の美術館名品展』を観に行った。7月5日閉展の寸前だった。実は翁、美術(絵画・版画類)はニガ手、たいした知識もないくせに館(やかた)の雰囲気が好きなのと、1点でもいい、数分、翁の足を止めてくれる作品に出会えば、それで満足、といった程度で、たまに美術館に行くことはある。今回も、そんな軽い気持ちでKさんのお誘いを受けた。と言うより、美術館のあと、Kさんとコーヒーでも飲みながら久しぶりに“四方山話”を交わすことを楽しみにして出かけた。

『西洋絵画・彫刻コーナー』で、いきなりクールベの作品『嵐の海』が目に飛び込んだ。
先年、ニューヨークのメトロポリタン美術館でクールベの『裸婦像』(2点)を観て以来、
翁はクールベの“にわかファン”になった。監視員の目を盗んで撮影した『水と裸婦』『女とオウム』は、今もパソコンに大切にファイルしている。盗み撮りは、そればかりではなくゴッホの『ひまわり』『糸杉』、ルノアールの『ピアノに向かう2人の少女』、ピカソの『ガートルード・スタインの肖像』もパチリ。日本の美術館は展示場が狭く、それだけ監視員の目が行き届くので盗み撮りは難しいし、また、そんな(翁のような)行儀の悪い奴はいないだろう、と思っていたら、いた。携帯電話カメラでパチパチやっている若者や中年の女性数人を見かけた、しかも堂々と。監視員のお嬢さん、見て見ぬふり?・・・
ともあれ、クールベ、ゴッホ、ルノアール、ピカソのほか、ミレー、モネ、シャガールなど名前だけは知っている画家たちの作品の前で“巨匠の名画”というだけで足を止めたが、鑑賞力はゼロ、今はもう、作品名も内容も殆んど忘れてしまっている。

時々、Kさんが翁の耳元で解説してくれる。“音楽家のKさん、何でこんなに絵に詳しいのかな?”―――実は彼、若い頃、オーストリア国立ウイーン芸術大学に留学した。その頃、頻繁に美術館巡りをしたそうだ。夫人のMさん(ソプラノ歌手)も同時期、同芸大に留学しており、その時、2人揃って美術館巡りをした、か、どうか知らないが、夫人もまた絵画の造詣は深いと聞く。芸術家は異なるジャンルの芸術をも理解・吸収する卓越した能力と感性をもっているのだろう。『両手のベートーヴェン』(ブールデル作)のブロンズの前で、Kさんは懐かしそうに(しばらく)佇んでいた。

『日本近・現代洋画、日本画、版画、彫刻コーナー』でも、翁の知識の貧しさを自覚させられた。が、そのままでは悔しいので、せいぜい、翁が知っている画家や彫刻家の作品の前では、少しばかり足を止めた。黒田清輝の『湖畔』、『祈祷』、『智・感・情』は見たことはあるが、展示の『ポプラの黄葉』は初めて。浅井忠の『漁婦』、岸田劉生の『冬枯れの道路』(東京・原宿付近の写生)は気楽に見られたが、東郷青児(初期)の『彼女のすべて』は意味不明。見ているだけで精神分裂症になりそうな幾何学模様の図。東郷作品と言えば、やはり“柔らかな曲線と色調で描かれた女性像”がいい。

ここで翁、少し藤田嗣治を語りたい。彼はパリと日本を往来した国際的画家。戦前は日本よりパリで有名だった。フランス政府から2度も勲章を与えられた。その彼が戦時中、軍部の命令で幾つかの戦争絵を描いた(描かされた)。代表作に『アッツ島玉砕』がある。1943年(昭和18年)5月30日、アリューシャン列島・アッツ島の守備隊2,638名は全員玉砕、その3ヵ月後に藤田は『アッツ島玉砕』を発表した。軍部の狙いはプロパガンダ画(戦意高揚画)であったが、藤田は戦争の悲惨さを忠実に描いたため軍部から睨まれた。しかし国民からの“藤田人気”は高まった。『アッツ島玉砕』の絵の前に賽銭箱が置かれ、人々は貧しい財布の中から賽銭を投げて戦死者への感謝と鎮魂の祈りを捧げた、と言う。なお、数年前に翁が編集制作した戦争ドキュメンタリー映画『私たちは忘れない』(現在も靖国神社・遊就館で上映中)の中に『アッツ島玉砕』を描いているが、翁は、自分の映画より藤田画伯のその絵の前で胸を熱くしたものだ。今日観た絵は『アントワープ港の眺め』、『私の夢』の2点であるが、何故か『アッツ島玉砕』が重なって仕方なかった。

小磯良平『着物の女』、横山大観『朧夜』『漁村曙』、安井曾太郎『読書』など、翁が知っている画家の作品の前では、まるで“美術評論家”気取りで気楽に鑑賞することが出来たが、梅原龍三郎の『紫禁城』の前で足が止まった。雲は白、空は灰色、そして燃えるような赤の紫禁城、そこには清王朝の終焉を物語る哀感が漂っている。梅原画伯の傑作の一つだ。ところが、隣りの『高峰秀子像』を見てガックリ。高峰秀子に全く似ていないばかりか、線も色もまるでチグハグ。これでも“芸術作品”と言うのか?名が有れば、その作家の作品なら何でも有難がる評論家や学芸員たちのレベルの加減が見えて不快だった。

無邪気になれたのが高村光太郎の『手』の前。翁、左手をかざしてブロンズと同じ形を試みるのだが『手』の特徴的な親指の反りが出来ない。周囲からクスクス笑いが聞こえる。翁、構わず真似を続けたが、結局は徒労に終わった。ところで翁、高村の『智恵子抄』にかけた妻へのひたむきな愛と、詩集『道程』の“僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る”の逞しい開拓魂が、どうしても結びつかない。いつか本格的に“人間・高村光太郎”を研究してみたい、という課題を与えられたエンディングであった。

Kさんが、鶯谷駅近くにある元禄年間開業の老舗『笹乃雪』という豆富茶屋に案内してくれた。この店では豆腐と書かず“豆富”と書く。名物あんかけ豆富ほか10品全てに絶妙な味付けが施され、上品な京都料理の粋を堪能することが出来た。そして更に翁の好奇心を煽ったのはKさんの“根岸の里”談義。どうやら次号は正岡子規や永井荷風に愛された下町“根岸界隈ぶらり旅”がテーマになりそう・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

 吉田拓郎のアルバム「午前中に・・・」を聴きました。
「真夜中のタクシー」の運転手と乗客の会話からはじまるちょっと変わった歌です。
東京で真夜中にタクシーに乗った乗客とタクシーの運転手の会話から始まります。
一つ目の話題は一年は短く感じるという話、そしてプロ野球の話題になり、
東京生まれの運転手が阪神タイガースファンで、昨年、阪神タイガースがぶっちぎりで優勝すると思っていたら悪夢のように逆転されて優勝を逃した話が出てきます。
まるで落語を聴いているみたいです。唄より語りのほうが長い、拓郎らしい歌です。

「午前中に・・・」

1 ガンバラナイけどいいでしょう
2 歩こうね
3 フキの唄
4 真夜中のタクシー
5 季節の花
6 今は恋とは言わない
7 ウィンブルドンの夢
8 早送りのビデオ
9 Fの気持ち
10 あなたを送る日

《R.O.》

編集後記

久しぶりに歯垢をとってもらいすっきりしました。でも歯がすかすかになったような気がします。歯を大事にしないといけませんからね。

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Zakkaya Weekly No.686

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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