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NO.645                Ryo Onishi              9/22/2008  

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LAの観光スポット ホームページ バックナンバー
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雑貨屋のひとり言

先週,非常事態宣言が解除されたタイのバンコクに18日から昨日まで行ってきました。タイ通である息子夫婦からタイの話をいろいろ聞いていて、行きたかったので、今回彼らといっしょに初めて行くことになりました。
タイの気候は蒸し暑い日本の真夏と同じでした。この時期はちょうど雨季にあたり、毎日、夕方から夜にかけて雨が降ることが多かったです。外は暑いですが、ホテルやショッピングセンターなど、建物の中に入るとクーラーがものすごく効いていて寒いくらいでした。遺跡観光、タイ料理、ショッピング、タイ古式マッサージなどたくさんの経験をしましたが、今回の旅行の特徴は、とにかくよく歩いたとことだと思います。毎日、一万歩以上歩きました。バンコクは私の想像をはるかに超える大都会で驚きました。≪R.O≫

あまり知られていないL.A. 観光スポット(210)

California Welcome Center, San Bernardino
今回は『観光スポット』というより、カリフォルニア州内の『観光スポット』を知るための情報センターのご紹介です。

ロサンゼルスやその周辺を含むカリフォルニアは多くの自然、文化、芸術、その他、無数の観光スポットに満ちあふれた宝庫です。各地の公園や施設にはそれぞれ個々のビジター・センターがあり、来訪者に必要な情報を提供してくれるので便利です。(例えば“The National Park Serviceビジター・センター”当観光スポット#52参照)
ただしそれぞれのビジター・センターは当然ながら、原則として、その場所に関する情報の提供に限られます。

カリフォルニア州全般にわたる広い観光情報を提供してくれるところが“California Welcome Center”で現在、オフィシャル・センターとして州内13箇所に設置されています。今回ご紹介する“California Welcome Center, San Bernardino”はその中のひとつで、比較的ロサンゼルスから近いところにあるWelcome Centerです。

この5月にオープンした新しい、清潔感あふれるセンター内には、カリフォルニア各地の観光地の無料冊子、パンフレット、案内などが地域別に整然と用意され、訪問者は自由に欲しい資料を無料で入手できます。特にこの地域(サンバナディーノ・カウンティ、リバーサイド・カウンティなどのInland Empire地域)の魅力的な情報は豊富です。ここで各地の情報を仕入れたら今後1年間はドライブ旅行の行き先に困らないといっても過言ではなでしょう。中でも歴史的な“ハイウエイ・ルート66”に関係する情報、グッズなど、マニアには垂涎の展示品が並んでいます。

センターの奥には人間の子供サイズの当地のマスコット“Berdoo Bear”のロボット(縫いぐるみ)が身振りよろしく英語で出迎えてくれ、最新イベント情報などを伝えてくれます。この地域恒例であるクラシック・カーのパレードである“Route 66 Rendezvous《ランデブー》”(今年は9月18日から21日まで開催、クラシック・カーとルート66マニアには見逃せない行事です)やインデアン・カジノ、大リーグ野球(ドジャース、エンジェルス)、ウェスタン・リトルリーグなどに関する情報も入手できます。

また、入口近くに設置されている懐かしい形式のジュークボックスには1950、60年代のポップスが200曲収められており、これも無料で聞くことができます。

センター館内にはギフト・ショップ(売店)もあり、アメリカならではの記念品を入手する楽しみもあります。ロサンゼルスとその周辺、またはさらに範囲を広げてカリフォルニア州内の観光旅行を計画したいとき、先ずはここを訪れてみましょう。必ず役立つヒントに出会うことでしょう。

● 住   所 :1955 Hunts Lane, #102, San Bernardino, CA 92408
● オープン日 :毎日(ただし New Year’s Day、Easter、Thanksgiving、Christmasは除く)        
● 時   間 : 9:00am − 5:00pm(月−金曜日)
        10:00am − 4:00pm(日曜日)
● 電   話 :(909) ? 891- 1874
● Web Site :http://www.visitcwc.com/destinations/sanbernardino/index.php

行き方は次の通り(Torrance方面よりの場合)
(1) FWY#110(北)− FWY#10(東)へ。サンベルナーディノ・カウンティに入って、FWY#215を通過して最初の出口(Waterman Ave.)でFWY#10を降りる。
(2) FWYを降りたところのRedlands Blvd. を左折、最初の交差点のWaterman Ave. を再左折し、今来たFWY#の下をくぐり、最初の交差点でHospitality Ln.をもう一度左折する。
(3) Hospitality Ln.を約0.75マイル進み、Hunts Laneをまた左折したところ(FWY#10のすぐそば)、道路の左側にある建物の中に目的の Welcome Center があるので駐車場へ入る。
(4) ここまでの行程 ;(Torrance方面からの場合)約70マイル、ドライブ約1時間20分。
  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「」

 

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

整形の容姿に歳の苦笑い

キンキラで飛ぶどん底を見たカラス

レプリカのメッキ負けずによく光り

覗いてる隣の芝の枯れ具合

大部屋で運のなかった顔でいる

( ニュースやぶにらみ )

「太田農相辞任」
あんたもかい −福田首相

「太郎と一郎」
どっちもねえ −花子

「立ち入り検査」
よし、不正がばれてない −農水省役人

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

 

森田さんから


                                                                 

龍翁余話

龍翁余話(49)「特攻基地・知覧秘話“なでしこ隊”」

翁が、いつもお世話になっている医院がある。“日本一長い商店街”で有名な戸越銀座(品川区)のK医院だ。毎月1回、コレステロールの薬を貰いに行った時は、K院長と世間話をするのが習慣になっている。他の患者が控えているので、わずか10分ほどだが、翁は、その短い時間の会話を楽しみにしている。K先生は鹿児島県の出身で、旧制中学校時代(大東亜戦争末期)に特攻の町・知覧(ちらん)で勤労奉仕をしながら、お国のために散り逝く特攻隊員たちの真摯な姿に接した悲しい思い出を持つお人だ。だから、特攻隊や知覧の話になると、必ず涙ぐむ。
その先生から過日、1冊の本を頂戴した。題名は『特攻の町・知覧』(光文社刊)、ノンフィクション作家・佐藤早苗さんの著書だ。「知覧、という地名を聞いただけで、私は胸が痛くなり、底知れぬ悲しみと恐怖感に襲われる。あの若い命を散らせた壮絶な特攻隊員に結びついてしまうからである」に始まるこの本は、特攻の時代、秘密基地・知覧で、生と死の狭間に立たされながら“束の間の青春”を過ごした若者たちと、悲壮な覚悟で出撃する彼らを見送った乙女たちの魂の叫びを現代に伝えるモニュメンタル・ストーリー。

知覧は、江戸時代は島津氏の傍流、佐多島津氏による統治が行なわれた上級武士の町。今でも当時の武家屋敷が保存されている。1941年(昭和16年)に福岡県の太刀洗(たちあらい)陸軍飛行学校の分教場として知覧飛行場が建設され、沖縄戦(1945年3月26日〜6月23日、米軍と日本軍との間で行なわれた大規模地上戦)で、知覧飛行場は本土最南端の特別攻撃隊の出撃地となった。「つまり、ここは各地からやって来る特攻隊員の肉弾攻撃の踏み切り台であった。そんな重い任務を背負った青年たちの、出撃命令が出るまでの何日か、娑婆(しゃば)の最後の世話をしたのが、地元・知覧高等女学校の女学生だった。その名を“なでしこ隊”と呼んだ」(『特攻の町・知覧』より)・・・

佐藤さんは、物語の中心を、この”なでしこ隊“に置き、綿密な取材でかずかずの貴重な生き証言をもとに知覧秘話を明らかにした。特に、知覧物語には必ず登場する“特攻の母”として有名な『富家食堂』の鳥浜トメさん(平成4年死去、享年89)の娘・礼子さん(元なでしこ隊)の証言が主軸。本の内容は(スペースの関係で)割愛するが、“なでしこ隊”の乙女たちが、毎日、三角兵舎(地面から少し掘り下げられた、外から見ると三角の屋根だけが見えるお粗末な兵舎)の掃除、隊員たちの衣服の洗濯や繕いなどのほかに、死への旅立ちに際して書き残した遺書(家族や恋人への手紙など)を頼まれたり、250キロ爆弾と生還が許されない片道燃料を積んだ爆撃機に雄雄しく乗り込む特攻隊員たちと目と目で別れの挨拶を交わし、機影が、開聞岳(かいもんだけ)の彼方へ消えるまで手を振り、涙で見送った乙女たちの、いかに純粋で献身的な勤労奉仕であったかが生々しく綴られており、随所で胸の詰まる思いをさせられる玉稿である。なお、この本の中で、翁がいくつか気になったことを著者・佐藤早苗先生にメールで質問した。後日、ご丁寧な回答をいただいた。感謝である。(内容は、いずれかの機会に紹介したい)

ところで、偶然にも昨夜(9月20日)夜9時から、フジテレビ系列で『なでしこ隊〜少女達だけが見た“特攻隊”封印された23日〜』が放映された。ストーリーは、ほとんど佐藤さんの『特攻の町・知覧』と同じ内容。それもそのはず、“なでしこ隊”のリーダー格で、鳥濱トメさん、娘・礼子さんとも親交の深かった永崎(旧姓・前田)笙子さん(79歳)の証言と、笙子さんが綴った当時の貴重な日記をもとにドキュメンタリーを織り交ぜながらドラマ化されたものであったから。トメさん(薬師丸ひろ子=好演)も娘・礼子さん(笙子さんの同級生)も登場した。最近の、この種のドラマとしては1級作品であった。佐藤早苗著『特攻の町・知覧』と、昨夜のドキュメンタリー・ドラマの2つの“知覧秘話”は「戦争」とは何か、「死」とは何か、そして「生きる」とは何かを、我々に強烈に問いかけている。

数年前、翁、靖国神社で知覧特攻隊(振武隊)の生還者数人をインタビューしたことがある。特攻命令が下され、出撃しても生還したという例は少なくない。機体故障、体調不良、天候不良、出撃日の直前に終戦、などなど理由は様々であるが、戦後、彼らの大多数は一様に心の傷を引きずった。中には世間から「特攻くずれ」とか「卑怯者」とののしられ、長年、心と口を閉ざし続けた人もいる。インタビューに応じてくれた人たちも、計り知れない苦渋の半生を生きてきた。彼らは言う「愛する家族、国家のために死んで逝った仲間に対して、申し訳なく、自分が生き残っていることを恥じた。幾度、自決しようと思ったことか・・・しかし、この命は、死んだ仲間たちからあずかったもの。別の形でお国にご奉公しなければ、散華した戦友たちに、本当に申し訳ない」そう思い直して彼らは懸命に生きた。戦後復興・経済発展のために日本を支え、戦死者の慰霊顕彰にも尽力してきた。そして彼らは更に言う「我々には、若くして散った特攻隊員の心情と史実を、正しく後世に伝え継ぐ義務と責任がある」と。

翁は思う・・・戦死した特攻隊員たちが、祖国のための礎(いしずえ)となられたことは勿論のこと、彼らの最後のお世話をした“なでしこ隊”の乙女たちも、靖国神社で出会った振武隊生還者たちも、みんな戦争の犠牲者であるのだが、同時に、今日の平和と繁栄の日本国家建設に大きく貢献された方々であることを、我々は片時も忘れてはならない・・・今更ながら、ではあるが、ここに登場する知覧秘話関係者ばかりでなく、国家のために殉じた全戦没者に対し感謝と慰霊の心を新たにしたい。来月、コレステロールの薬を貰いに行った時、翁のこの気持ちをK先生に伝えよう。先生、どんな反応を示されるか、また、涙されるかも・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。
 

ジャズの魅力−今週のお奨めジャズ

Gil Goldstein Trio - Time Remembered - Tribute to Bill Evans

タイトルのアルバム名にあるように1980年にこの世を去ったビルエバンズに捧げる曲です。たくさんのアーティストがビルエバンズに捧げる曲を出しているので、ビルエバンズがいかに偉大なアーティストだったかわかります。その中でもギルゴールドスタインのこの曲は味のあるいいジャズだと思います。落ち着いて聴けます。携帯オーディオに入れて聴きたいと思います。
1.Time Remembered
2.Moon over the Desert
3.Five
4.Turn out the Stars
5.Loose Bloose
6.Your Story
7.12 Tone Tune
8.Like Someone in Love
9.Solar
10.Waltz for Debby

<R.O.>

編集後記

台風が日本に来ているあいだタイにいたことになります。涼しくて気持ちがいいですね。
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Zakkaya Weekly No.645

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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