博才(ばくさい=賭博、かけごとの才能)も度胸もない私ですが、ラスベガスの雰囲気は大好きで、私がまだロサンゼルス駐在員としてビジネス現役時代だった頃は三日以上の連休があれば足しげく妻とともにラスベガスへ行っていました。
生来賑やかなことが大好きな私ですので底抜けに派手で明るく賑やかなラスベガスは、私にとって鎮守様の秋祭りや選挙運動に相通ずる心の昂揚を感じるのです。
上記現役時代、私は「定年を迎え引退したら真っ先にラスベガスへ行き、1ヶ月でも2ヶ月でも飽きるまで滞在し、思い切りあの雰囲気に浸り通してみたいものだ」とさえ願っていました。
ところが9年前、いざ企業定年を迎えて自由な時間が手に入ったとたん、何故かラスベガスへ行きたいとは思わなくなっている自分を発見したのでした。
如何に自分の性に合ったところでも忙しい時間を割いて行くから良いのであって、自由な時間を得、何時でもいくらでも行けるのだと知った時には熱い希望は去ってゆくものだとはじめて知りました。
結局、定年引退後は日本の友人たちの来米時に案内で行く以外、いまだに自分の意思でラスベガスへは行っていません。人間というものは生活環境が変わると意識も変化するようです。
ロサンゼルスからラスベガスまでは300マイル(500キロ・メートル)、ドライブで5時間ほどかかり、この距離が私をして億劫にさせているのも彼の地へ行かない一因と言えるかもしれません。
でも、もしそうだとしたら私も年老いたということであり、嘗てのような時空を超越したバイタリティが減退したということになるので、そんなマイナス要因を断固拒否するために私は今も時折、ラスベガスに代わるところへ行くことにしています。
ここ数年、ラスベガス(ネバダ州)へ行かなくても我がカリフォルニア州内にもカジノ場が出現しています。いわゆるインディアン・カジノといって、アメリカ先住民族居留区にのみ認可されるカジノ・センターのことで、南カリフォルニアだけでもソルバング、パームスプリングス、インディオ、コチャラ・バレー、ヘメット、テメキュラ、サンディエゴなど10ヶ所以上が設立許可されており、その多くがホテルを併設した本格的カジノ場を備えています。
これらのカジノ場には数千台の最新式スロット・マシンを中心にカード・ゲーム、キノ・ゲームに加え、各種エンターテイメントにも力を注ぎ、規模の大きさ、明るさ、派手さはラスベガスに充分匹敵するものになっています。
ビジネス引退時の予想に反し、思ったほど時間の自由がない今の私ですが、月に一度くらいは何とか都合をつけて妻と雰囲気を楽しみに行くことにしています。
前記の通り、博才も度胸もない(それよりも今では無収入の身であり、財布の中味の乏しい)私ですのでギャンブルは小遣い程度におさえ、雰囲気を楽しむのが主目的なので財産を失う心配はなさそうです。
ところで先日のこと、約1ヶ月ぶりにインディアン・カジノへ行った時のことです。カジノ場のトイレへ入ったところ、私が使った小便器のすぐ下に折りたたんだ緑色の紙切れが落ちていました。
良く見たらそれはなんと$20紙幣なのです。小便器の下で一部が濡れているようでした。一瞬ひるんだ私でしたが、勇をふるって濡れていない部分をつまみ上げました。
さあどうしよう。ここはカジノ場だ ――― 係員に届ける必要もないだろう ――― 勝手な理屈をつけては見たものゝ、拾った場所が場所だけに、しかも一部濡れた紙幣をポケットに入れる気にはとてもなりません。
指先でつまみながらトイレを出た私は早速妻に事情を説明しました。妻はニタッと笑って言いました。「その20ドル札をスロットマシンに入れましょうよ。そして即キャッシュ・アウトのボタンを押せばマシンから20ドルの金券が出てくるでしょ。それをキャッシャー・カウンターで現金に換えればきれいな20ドル札になるわよ」
なるほど、なるほど。“マネー・ロンダリング(不正資金の洗浄)”とはこういうことを言うのだ ――― 一人了解し、納得し、そして実行した私でした。
河合 将介(skawai@earthlink.net)
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