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NO.546                Ryo Onishi              10/29/2006   

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雑貨屋のひとり言

プロ野球日本シリーズは中日が優勢との見方がありました、日本ハムが4連勝で中日を下し優勝しました。このシリーズで特に目立ったのが新庄選手のファンに対するサービス精神でした。新庄選手は日本ハムだけでなくプロ野球全体に大きな影響を与え、本当の意味でのMVPだと思います。残念ながら彼はこれで引退してしまいますが、これからも彼のような選手がどんどん現れてほしいなと思います。感動を与えてくれた新庄選手に感謝したいと思います。ご苦労様!(R.O.)

上空から我が家と世界を見る

 前々号(544号)にも書きましたが、当Zakkaya Weekly大西店主が紹介していた(その後、茅野市の友人からも教えてもらいました)Google Earthソフトを使ってパソコンに自宅の住所を入力してみたら、上空からの我が家がはっきりと写し出され、さらに正確な緯度・経度まで表示されるのにはびっくりしました。

 敷地、家(屋根)、さらに猫の額ほどの前庭・裏庭、隣家の赤い車、家の前の街路樹まで、見事にはっきりと写っていました。

ビバリーヒルズのような高級住宅地では他人様の豪邸と広い庭、プールやテニスコートなどが写っているのが確認できますが、我が家のような一般庶民住宅ではそんな贅沢なものはなく、隣近所の家々が肩寄せ合う姿がいじらしく、写真は正直そのものです。

 Google Earth とはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「Google社が無料で配布しているバーチャル地球儀ソフト」のことであり、現にこれを使えば世界中ほとんどの場所を衛星(または航空)写真によって上空から見下ろすことが出来るのです。

 このソフトでは地域によって異なるようですが、基本的には人工衛星からの写真を使用(一部は航空機写真)しているのだそうで、数百キロ・メートルの上空からこれほど鮮明に地上が撮影されるとはまさに驚きです。

私たちに無料で頒布されるものでもこれだけの精度ですから、軍事用スパイ衛生の写真なら解像度はさらに高いことが想像され、その気になればすべてお見通しということなのでしょう。今時うっかり外で行水も出来ない世の中であることがよくわかります。

それだけに米国の治安上、問題あるいくつかの場所についてはモザイクがかけられ見えないようになっているようです。

 映像の解像度は地域によって異なりますが、米国はじめ、欧州各国の主要都市についてはかなりの地域で建物はもちろん、車から場所によっては人影まで確認出来ます。

日本国内についても東京、大阪はじめ主要都市は高い解像度で見ることが出来ますが、地方都市までは今のところ含まれず、例えば私と縁の深い長野県諏訪地方は広域画像のみで家の判別までは不可能でした。でも地形は充分鮮明に判読できました。

 映像の拡大、縮小、方角変更、チルト角(遠近法による眺め)は自在であり、さらに一部主要地域では建物をバーチャル立体映像にしたり、道路名、観光地、公園、施設、レストラン、ホテルなどの表示も画像上に表示可能です。

 バチカン、エッフェル塔、ピラミッド、グランド・キャニオン、ディズニー・ランド、ラスベガス、それに日本の皇居などなど、世界中の観光名所や話題の場所や建物を自宅に居ながらにして次々と瞬時に上空から訪れて眺め旅行気分に浸れるので、この画面を開いているとつい時間の経つのを忘れます。

 このソフトに使われている上空写真はリアルタイムのものではなく、過去数年間にわたって撮影したものを繋ぎ合わせたものだとのことで、したがって最近造られた道路や建造物が写っていなかったり、住所表示が違っていたりしているのを私も数件見つけました。今後も定期的に更新されるとのことですのできっとより良く改良されることでしょう。

いずれにしてもこのような空中写真が私たちのような一般人にも無料(特別上級版などは別途有料)で楽しめるようになったとは科学音痴の私には驚嘆の一言に尽きます。

 Yahoo やGoogleで検索してみると、Google Earth愛好家たちによる“旅行同好会”までがあり、バーチャル旅行の感想や、珍しい場所の発見などコメントを寄せ合って楽しんでいるのを知りました。

これら“バーチャル同好会”では単なる観光地だけではなく、普通の旅では実現不可能な場所、例えば北朝鮮の核施設などのようなところを探し当て、画像提供をしたりしています。こんなことは数年前までは考えられなかったことではないでしょうか。

私もこれまで十数年かけて取材してきた「ロサンゼルス周辺の観光スポット」のすべてについて改めてGoogle Earthを使って上空からの取材を試みてみようと思っています。地上で実際に訪問して書いたこれら「観光スポット」ですが、上空からの映像によってこれまで気づかなかった新しい発見をさせてくれるかもしれません。

これからも当分、私はこの“バーチャル地球儀”にはまり込みそうです。

      河合 将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り言「 三位一体 」

安倍首相が「美しい国創り内閣」発足時に挙げた施策のひとつに、「教育再生」がある。こどもに恵まれなかった安倍氏だが、「次代を担う子どもの育成が不可欠」と、教育への競争原理導入や伝統文化の尊重などを検討する「教育再生会議」を発足させた。時を同じくして、テレビ、新聞・雑誌などのマスメディアでは、こどもの体力・運動能力(持久力や跳躍力)の低下、高校卒業必須科目の未履修問題、そして、後を絶たない児童生徒の自殺や殺人の事件事故などの報道が続く。戦後の家庭教育、学校教育、社会教育の(心を失った)迷いのツケが近年、こうした形で現れているのかもしれない。ならば今、本気で三位一体教育再生を考えなきゃ・・・

「校長を首にしたのです!」と、天下を獲ったかのような大自慢を聞かされたことがある。今から15−6年ほど前のこと。私よりひと回りほど上で、3人のこどもを抱えるその主婦、彼女は「ゆとり教育」提唱者だった。自分たち母親が放課後に運営する△△保育が最高であり、その地域の学校教育や校長などは全くなっていないと非難・攻撃した。また「母親でなければ教育は分からない」とか、「自分こそが校長に最適な人物なのだ」とか、主張し続けた。彼女の住む地域の公立学校を相手に戦い、とうとう全国でも有名な「校長辞職」事件までに発展した。私はどうしても、何故かこの話に納得がいかなかった。いつかその地域も学校も家庭も、駄目になるだろうと思った。案の定、その後、彼女は市議選に出馬するも落選し町を去り、学校や教育委員会は主体性を失い、こどもは登校拒否や塾通いが増加、町の諸行事が姿を消した。ゆとり教育の提唱活動の影に潜んだ違った意味での競争心が、それぞれをばらばらにしてしまった。母親がなければこどもは生まれなかったに違いない。しかし、間違えてならないのは、人間は母親一人では育てられない、つまり教育は、家庭、学校、社会(地域や企業)が共に育ってこそ、本当の三位一体の技(業)といえるのではあるまいか・・・

ところで、“技(業)”や“人を育てる”ことを考える時、ひっぱり出す一冊の本がある。最後の宮大工棟梁として有名な故・西岡常一氏の『木のいのち 木のこころ』(新潮OH文庫)である。西岡氏は、その本の『育てる』という項で、「木を育てるというのは大変なことです。自分のことだけを考えていたらできません。国の未来や国土の命を守るという使命感があって、初めて木は育てられるんです。人間を育てるのも同じことでっせ。次の世代を担う人を育てるという使命感がなければあきません。それも口先だけではなしに、心底から新手なくてはあきませんわ」と述べている。そして、人間を育てるには、心をしっかりつかまえること、個性を殺さず癖を生かすこと、育てられるには習い覚える心構えと技術、教える側も教えながら学ぶような共に育つ“共育(きょういく)”を述べている。教えるだけではなく、育てる・育つと言っている。

思うに、健全な社会とは、二人以上の社会と呼ばれる世界がそれぞれの役割と責任をもちつつ、融合する。それが、家庭、学校、地域や企業である。個と社会が、それぞれの規則(社会規範)、文化や特性を持ち、ファンクションが機械的ではなく、「ひと」が成熟することを求めて動き、機能する。だから、こどももおとなも、一日、四季、一年の行事や出来事を通して、育つ。そこには、早道もなければマジックもない。現場・持ち場志向を重視した教育がコミュニケーションと強烈につながって、人の心を響かせる。今日の日本のあちらこちらに戦後教育の歪(ひずみ)が吹き出ている、今こそ、本気で三位一体の教育を再現してもらいたい。直ぐに形ある成果がでないからこそ、唱える側も実行する側も辛抱強い戦いが求められるのだ。さて、わが身および周辺の三位一体再教育、何から始めようか、っと呟く、さくらの独り言。

週間五日坊主(東京・成近)


( 川 柳 )

働ける元気をよしとする疲れ

薬漬け長寿の文字が病んでいる

亀なりにプラス思考という歩幅

同行二人自分探しの旅に出る

この道をどこまで行けるところまで

( ニュースやぶにらみ )

「教育方針」
セカイシよりニュウシ −未履修校

「新庄劇場」
その爽やかさが羨ましい −小泉劇場

「ファイターズ日本一、文化功労者に高倉健さん」
“幸福の黄色いハンカチ”を掲げた ―旧東映フアン

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

 連載 ウィドウ(14 )

 私より夫が先に逝ったら、話し相手がいなくて寂しいだろうな、どこへ行くにも一人、つまらない人生だろうなと、あれこれ想像していた。ところが、ウィドウなってみるとまったく違っていた。
 寝惚け眼でベッド脇の時計を見る。朝六時、まだ早い。一眠りしてまた目が覚める。7時過ぎだ。横になったまま今日は何曜日だったっけ、などと考えながら半時間が経つ。おもむろに起きて身支度をする。コップ一杯の水を飲み、手作りヨーグルトに黒胡麻きな粉を混ぜた物と果物の簡単な朝食をとる。植木鉢に水をやり、庭に咲いている花を切り部屋に飾って一日が作動し始める。Eメールをチェック。読みかけの本を開く。目が疲れると音楽を聴きながらお茶を飲む。ボケッと外を眺める。草花が風にそよぎ、小鳥の囀りに小さな幸せを感じ慰められる。たとえ、それだけで一日が暮れたとしても決して悲しくも、不幸だと思わずに苦痛でもなく、生きられる。かえって、自由気ままは人生最高の贅沢と思えるのである。
 週に何度か、ウィドウ仲間の幸子や澄江から誘いの電話がくる。
「朝ごはん食べに行こうか」
 この相手が男だったらなおのこといい。私たちウィドウ三銃士は、二、三日会わないと、
「しばらくぶり、どうしているかと思って」
 お互いに無事を確認し会う。
 週二回の英語クラスも日曜日の教会も「お勉強」や「信仰」より、人に会うために行っているようなものである。
 年初め、さるお方の新年会に招待されたので、私たち三人はそろって出かけた。
「わたし、ボーイフレンドが欲しいわ。どなたか紹介していただけません? 食事をしたり音楽会へ行ったりするだけのお友だち」
 三人のうち、一番気の若い澄江がいった。さるお方は、腕組みをして考えていた。
「おお、ちょうどいいヤツがおるなぁ。だが、身も心も捧げる覚悟をしなきゃダメだよ」
「いえいえ、お茶飲み友だちで結構です」
「お茶だけだなんて、ケチなことをいいなさんな。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、というだろう。その覚悟があればなんとかなる」
 女は死ぬまで女である。澄江は正直だ。
 一番若い幸子は、半歩でも男を家に入れると入り込んでくる。それは娘たちによくないという持論をかたくなに守っている。若いころはさぞかしと思わせる美形の彼女が欲しいのは「男の手」だけらしい。
 私は、こんな話になると黙っている。ちょっとずるい。本当は両方欲しいくせに。
 先日のことである。
「歯を治したから顔が見違えるようにきれいになっちゃった。キスしたくなったわ」
 澄江がいうと、幸子がすかさず茶化す。
「その歳じゃあ、飛びつくか、押し倒してするかないわねぇ」
 澄江も幸子も私にとっては本音で付き合えるかけがえのない友だちなのだ。
 肩肘を張らなければ、女は友だちにも恵まれ生活を楽しめる。孤独という概念に囚われやすいのはむしろ男のほうだと思う。
 夫の場合はどうだろう。案外、一年たたぬ間に再婚をしているだろう。私たち夫婦はよくこんな話をしていた。
「私が先に逝ったら再婚するといいわ。シャトルの店で働いていた洋子さん、性格もいいしあの人なら私、祝福していいわ」
 夫は必ずこう聴き返した。
「オマエはどうする?」
「私に近づくような物好きな男はいないわ」
「男には気をつけろよ」
 夫は、独り淋しく取り残されるのが耐えられない。私よりも先に逝きたいといっていたが、その思いを遂げた。あれから三年が過ぎた。寂しいのではなく悲しみが涙を誘っていた。しかし、私はこの春、夫の遺灰を撒いた海を見ながら誓ってきた。
「これからの人生は、あなたのプレゼントだと思って、気負わずてらわず前を向いて生きていきます。後は振り返りません」
「悔いのないように生きろよ」
 夫の声が聞こえたような気がした。

 燃えるような太陽が刻一刻、水平線に没していく。空も海も茜色に染った。遥か彼方の海上に浮かぶサンタ・カタリーナ島の島影だけが黒い。私は誰かの家のパティオでワインを飲みながら海をみていた。キャンドルの炎が風にゆらめく。風は、いつの間にかワイキキの浜辺に吹く夜風になった。私は浜辺に寝転んで星空を眺めていた。何かに包み込まれているような満ち足りた気分に浸っていた。誰か傍にいた。女ではない。ふと気がつくと、夫が何もいわずに離れたところから、こちらを見ていた。不思議と、やましい気持ちは微塵もない。私は頬をつねった。痛くない。もう一度強くつねってみた。やはり痛くはなかった。夢だ。夢をみている。
と、その時、目が覚めた。
 リアルな夢だった。心地よい余韻だけがいつまでも残っていた。
              おわり

               

 

編集後記

ヨガをはじめて一ヶ月が経ちました。毎週土曜日の午前は新しい世界となりました。でも日ごろ使わない筋肉を伸ばすので、日曜日の朝は体中が痛くて起きるのがつらいです。でも快感!

《今週お薦めのジャズ》
今週もすばらしいジャズに出会いたくて、たくさんのアルバムを聴きました。20GBのHDD携帯オーディオには13MB以上の曲が入っています。ジャズについて書かれた本も読み、そこに紹介されているジャズも聴いてみました。歩くときも電車に乗っているときも、寝る前にも聴いています。これはもうマニアの世界ですね。
今週ご紹介したいのはバイオリンをジャズに取り入れた寺井尚子のアルバム“Anthem”です。
はじめてこのアルバムを聴いたときクラシックかと思いましたが、こういうジャズもあるということを知りました。寺井尚子のアルバムはもう6枚も聴きました。

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Zakkaya Weekly No.546

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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