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No.499          Ryo Onishi               12/4/2005   

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雑貨屋のひとり言

私がたまに通院している病院でIT化が進められています。しかし診察券を入れる受付の機械の前で診察に訪れた人はオロオロし、担当者がその人たちの面倒をみています。しかも、診察の予約は電話で受け付けてくれず、当然インターネットでの受付なんか論外・・。ディスプレイには「ただいま1時間遅れです」と平気で書かれます。だれのため、なんのためのIT化なのかよくわかりません。(R.O.)

あまり知られていないL.A. 観光スポット(186)

ロサンゼルス小東京壁画
このほどロサンゼルス・ダウンタウンの小東京(リトル・トウキョウ)内のジャパニーズ・ビレッジ・プラザ駐車場の外壁に日系人の歴史を描いた壁画(mural painting)が出現しました。

 高さ16フィート(約5メートル)、幅40フィート(約12メートル)もある巨大なペインティングは木版20枚をあわせたものに描かれたもので、壁に取り付けられています。

 この壁画完成を報じている当地の日系新聞(羅府新報)に記事によると、ここには1940年代の日系二世カップル、グロッサリーストア、サクソホン奏者のチャーリー・バーカー、1950年代の二世クイーンなどが描かれ、デザインは日系四世壁画家のトミー・オスミ氏、彩色には地域の子どもたちをはじめ約600人が携わり、計画から二年をかけて完成させたのだそうです。

費用はロサンゼルス市とカリフォルニア州政府の補助金のほか、日系有志の寄附金など総額2万4千ドルをかけているとのこと。

 壁画の両端には『ロサンゼルスの小東京は我々の心の故郷です』の文字が書かれ、上下には英文で同様に記されています。

ロサンゼルス市内周辺には各地にこの種の壁画が多く見られますが、中には心無い者のいたずら書きのため地域の美観を損ねる原因ともなりかねません。

「ロサンゼルス小東京壁画」は日本人と日系人の歴史を刻んだ文化財と言えるものであり、いつまでも美しく輝いていて欲しいと心から願わずにはいられません。

設置場所:ロサンゼルス・ダウンタウン、リトル・東京内、First Street とCentral通りの角。ジャパニーズ・ビレッジ駐車場の外壁。

                                             河合将介( skawai@earthlink.net

さくらの独り言 青春の鼓動

最近、若者の間で、「テイキュウ」(低級)という新語が流行しているそうだ。どうやら若い作家の作品の中に出てきた造語だそうで、今の若者の生活スタイルを意味しているらしい。定職に就かない“フリーター”で定収入はないが、何にも縛られず、自分のやりたくないことはやらず、やりたいことだけをやることが当たり前、称して“団塊ジュニア”の世代だそうだ。他人事ながら、羨ましいような、空しいような気がするこの言葉と生活。そんな中、日本の美しい伝統文化で繋がれる若者たちの熱い血潮と息づかいを見た、感動した。北信州の小さな村に生まれた『鬼島太鼓』が、今日、東京の空に響き渡った。

昨年7月、初めて訪れた長野県木島平村・・・赤松林やケヤキの森、鬼島太鼓や葵の紋にゆかりのあるお寺、古代ロマンを秘めた根塚古墳、映画『阿弥陀堂だより』の撮影現場、厳しい修験者道場の神社、古代蓮の池、鱒養殖場や内山手すき和紙工房、弘法大師の湧き清水、幽玄・北竜湖、自然農法体験農場、唱歌「朧月夜」が生まれた菜の花公園、そしてグルメと温泉などは、「自然劇場@・A」(雑貨屋428と429号)で既に紹介した。その村で生まれたのが『鬼島太鼓』。遠い昔、村人の平穏な暮らしを妨げる鬼が出現、村の娘を襲い食料を奪うなどの凶暴に村人たちは怖れおののいていた。しかし、「このままでは村は滅びてしまう。みんな勇気を出して鬼退治をしよう」ということで、村人総出で太鼓や竹の筒を打ち鳴らし、自らを鼓舞しながら鬼を退治した。それが『木島太鼓』の起源だと言い伝えられている。去年、木島平村を訪ねた時には聴けなかったその太鼓だったが、幸いにも今日(12月4日)、念願の『鬼島太鼓』東京公演で、ほとばしる青春の鼓動に感動させられたさくらであった。

この『鬼島太鼓』は1993年、長野県木島平村で創立された和太鼓チーム。メンバーは現在、小学校2年生から高校3年生までの女子20数名。2003年、東京国際和太鼓コンテスト(一般の部)において、成人チームを圧倒し見事“最優秀賞”を受賞。同年10月、ルクセンブルグ「ヴィルツ音楽祭」公演にて成功し、大反響を巻き起こしたという。また、サンフランシスコで開催されるインターナショナル太鼓フェスティバルに5回もの出場を果たすなど、まさに女性パワーみなぎるチーム。確かに、一糸乱れぬチームワークと正確なリズム、その迫力は、小学生から高校生の、それも女の子たちだけの力と技とは思えない見事さである。

今日、『鬼島太鼓』の鼓動に胸を波打たせながら、“さくらの独り言“「再会」(雑貨屋125号・1998年10月4日発行)とダブってしまい、胸が熱くなった。高校教諭時代の教え子が、突然高校を中退し佐渡の『鼓童』に入座、それから6年後の1992年、『鼓童』アメリカ演奏旅行の巡業地のひとつ、当時私が住んでいたケンタッキー州で感激の再会をしたのだった。今、彼は『鼓童』を退座し、独学で大学受験資格をとって入学・卒業、会社員として、また家族の大黒柱として元気で暮らしているという。今も青春、自分の人生の太鼓を叩き続けている彼である。年齢層から言えば団塊ジュニア、しかし「テイキュウ」とは全く異なる人生観の持ち主。だから、会いたい奴である。人は色々な音色の太鼓を持っているのだろう。大きな太鼓、小さな太鼓、そのリズムも鼓動波も違う。大切なこと、それは、太鼓を叩く鍛錬、違う音色の太鼓との呼応、そして何よりも叩き続けることなのだと思う。散り始めた木の葉を見つめながら、去り行く晩秋の風に聞いてみた。「私の太鼓はどんな音色?」っと呟く、さくらの独り言。

川柳 & コント(東京・成近)


( 川 柳 )

クラス会まだ続いてる名コンビ

染みついた癖 再開の座を沸かし

喧嘩した昔肴に酒を酌む

古希未だちゃんで呼び合う友がいる

ステップに我が青春の息の切れ

( ニュースやぶにらみ )

「朝青龍6場所完全制覇」
今年もタツ年でした −日本相撲協会

「全部がたがた」
虫歯どころか 姉歯状態だ ー歯医者

「強度偽装」
 お互いにやっていた −TBS、楽天

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

連載「夫と私 」  
            前向き思考( 9 )
 夫は食道癌のために唾液さえ飲み込めない状態になり、腹に穴を開けて流動食を入れるGチューブを付けた。それからが大変だった。
 シャケが食いてぇ、刺身を食わせろ、それ味噌汁だ、野菜が足りない。栄養のバランスを考えろ。味が薄いの濃いのと文句の言い放題。私は、高カロリーの飲み物「エンシュワ」を主体にし、ごった煮をミキサーにかけた流動食で充分だと思っていた。お腹に入ってしまえば同じである。ところが夫の言い分はこうであった。
「オレは牛や馬じゃあないぜ。誰でも、ご飯を一口入れ、つぎはおかずを食うだろう。魚、ほうれん草、豆腐、漬物と別々にミキサーにかけたものを別々の器にいれて、それぞれ何かを説明してくれ。これだけが楽しみなんだからな、頼むぞ」
 夫は、プラスティク製の大きな注射器で流動食をGチューブに入れる。入れる前に必ず舐めて味見をする。飲み込めないので吐き出すが、舌で味を確かめ食べた気になっている。一日七回である。好き嫌いはない。私は毎日一五種類ほどの食材を使うように心がけた。

 いつの間にか薄紫色をしたジャカランダの花が咲く季節になっていた。
「どうだね。具合は?」
 満開のジャカランダ並木を散歩していると、顔見知りの散歩仲間がきく。夫は決まってGチューブをさも自慢そうに見せる。なかには「わたしの父もやったよ」とか「母も付けたわ」といって別段驚くようすもない。「オレの兄貴はGチューブをつけてゴルフをしていたから、大丈夫だよ」という人さえいる。アメリカではよく行われる手術らしい。そんなことを聞くと、
「癌がなんだ」
 という気持ちになり勇気が湧いてきた。
「オレは治る。そんな予感がする。秋には日本へ行こう。いや、ヨーロッパがいいな。イタリア語の勉強を再開しようかな」
 などと夫はいいだした。
 昨年の春のことだった。
 旅好きな夫は、夫婦手作り旅行を計画した。まずドイツのミュンヘンへ飛び空港でレンタ・カーをして一路南に下りザルツブルグへ行く。さらにオーストリアを南下してアドリア海沿いの街トリエステに出る。それからヴェネツィアを素通りして海沿いのリミニ辺りから客船でヴェネツィアへ行く。それも夕方がいい。夕焼けに浮かぶサン・マルコ寺院の黒いシルエットを眺めながらアンドレア・ポッテェチェリ−の唄う『タイム・ツウ・セイ・グッドバイ』を聴きながら入港する。想像するだけで詩的だという。中部イタリアの歴史的ドラマのしみついた田舎町を巡りミラノへ出る。スイスへ上り南ドイツからミュンヘンへ戻る。予約なし。気にいったところで宿をとる。行き当たりばったりの旅である。
 夫は暇さえあれば地図をひろげ、行きたい街に赤い丸印をつけて資料を取り寄せ、歴史書を読み、イタリア語会話のテキストとテープのセットを買って勉強をしていた。散歩中や車中でもイヤーホーンを付け聞いていた。
「ウーノ、ドェエ、トレ、クァットロ……」
 声にだして、一人で悦に入っていた。
 私は二年前にアメリカ市民権の申請をしていた。ところが、くるはずの通知がこない。そのために旅行を延期しているうちに夫の身体に癌が見つかったのである。
 旅行の実現はともかく夫の前向き思考には、一時的によせ私は救われた。

                               つづく

 

 

 

編集後記

ついに雑貨屋ニュースも499号まで来ました。来週は500号になります。すごいですね。今回は特別な趣向は考えていませんが、メッセージを送っていただくのは大歓迎です。
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.499

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com