No.438          Ryo Onishi               10/3/2004   

 

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雑貨屋のひとり言

■先週は毎日、イチローのニュースに注目していました。そして、ついにメジャーリーグ新記録を達成しました。もうスゴイというしかありません。毎日ワクワクさせてくれたことに感謝します。
■台風21号の被害はここ大阪で感じているより大きかったようです。これから毎年、こんなに直撃したら日本はいったいどうなるのか心配です。
■息子がタイランドに行ってきました。4泊6日のツアーで料金はなんと5万円台。わたしたちも行きたいと思いました。(R.O.) 

日本語は難しい?!< いいよ、結構です> 

  【前書き】:日本に『rasin(季刊ラシン)』(イカロス出版社発行)という季刊誌(年4回発行)があります。『rasin』とは羅針盤の羅針のことのようで、「海外で人生を遊ぶ、おとなの旅行誌」なのだそうです。 
 数ヶ月前、私はこの雑誌から取材を受けましたが、今度、9月10日発行の「2004年秋号」に私のインタービューが載っています。もし書店で見つけたらご覧ください。

 私が日本のアメリカ現地法人に勤務していた時、私の秘書の女性から聞いた話です。彼女は日系二世で、普段は英語の生活ですが、日本からの出張者が来た時などは片言の日本語で応対をしていました。

彼女に言わせると、日本の親会社の某役員ほど扱いずらい人はいないのだそうです。私が見る目では、この某役員は決して威張らず相手を思いやる心を持った紳士であり、なぜ彼女にとって扱いずらい人なのか理解できませんでした。

彼女の言い分は次の通りでした。「あの方は、 『結構です』 か 『結構ですね』 が口癖なんです。私が 例えば 『お茶はお飲みになりますか?』、『ケーキは?』、『車の手配は?』 等、何かを尋ねると、答えはいつも 『結構です』 か 『結構ですね』 なんですよね。 私には “YES” なのか “NO” なのかぜんぜんわかりません。」 ――― 言われてみれば、確かにまぎらわしいですよね。

そう言えば私の友人に 「いいよ」 が口癖の男がいて、何を聞いても一言、「いいよ」 だけしか言わないのです。 

でも私には、今の「いいよ」 は OKを意味する「いいよ」で、今度の「いいよ」は 断る意味の「いいよ」だと言うことがいつもわかりました。どうして区別がつくかと言うと、その場の雰囲気や彼の言う「いいよ」の発音や抑揚の付け方ほかで判断していたのでしょう。

 日本語って言葉や単語一つでも、言い方によって正反対の意味になるのだから面白いですね。――― こんなお話は如何でしたか? エッ?「いいよ、結構デス」? その 「いいよ」と「結構」 は どっちの「いいよ」で、どっちの「結構」?!
  
                                                                   河合将介( skawai@earthlink.net )

さくらの独り言「明日への窓

9月28日は中秋の名月、東京のかすみがかった夕暮れに、満月の影が浮き沈みしていた。翌日の十六夜は、その姿を隅田川の水面にまでも映し出し、夜のとばりに光を放った。地球の裏側から放たれる太陽の光に照らされつつも見事に変わる月の姿に、川の流れよりも早い時の流れを思い、明日という日を考える。明日という字は、明るい日と書いて「あす・あした」と読む。「どんな人の心にも、陽はまた昇る」とはよく言われるが、月明かりの美しい夜も嵐の夜も、どんな闇夜でも、陽が昇るという「明日」がある。

明日の「明」という字の古い形は、現在の日偏の位置に窓を意味する「囧」と月でなりたっていた。この古形の字は、窓から月の光が差し込むその明るい様子を意味したという。まさに、闇夜に放つ月の明かり、地球の裏側から月を照らす陽の光の影だ。秋の夜長に月を見ながら「どうして『明日』という字は、明るい日と書くのだろう」とふと考え、こうして古形を調べると、月へ還ったかぐや姫のつぶやきが聴こえてきそうだ。「さぁ、窓を開けましょう、陽を迎えるために」と。明日への架け橋は、窓を開けることから始まるのかもしれない、明るい日とするために。

ところで、前回の独り言では、アメリカのホストファミリーだったスペンサー家を訪ねたことを書いた。私が随分昔から興味のあったリタイアメント・コミュニティ“サン・シティ”に現在彼らが居住していたことは、歳をとっていく自分の明日を考えさせられ、それは個人のそれにとどまらず、高齢化社会と呼ばれる日本の明日への期待にも繋るいいチャンスにもなった。そこは意外なことに高齢者が集まっているというよりは、知識・教養という文化的精神的部分と、スポーツ及び健康管理的なフィジカルな部分のチャンス提供スペースに、たまたまシニアが集まって住んでいるという感じだった。アメリカのデル・E・ウエブ社が開発事業化したこの“サン・シティ”については、すでに日本の地域開発や高齢化社会対応モデルとして注視され、また数多い提案もなされているほどなので、ここでそのコンセプトや概要の記述は避けることにするが、二つだけ。ひとつは、ここに住むシニア(55歳以上)が、「奉仕されるのではなく、奉仕しよう」という意識とその実践で毎日を精力的に生きているということ。まさに、“サン・シティ”である。一方、歳をとることに不安を抱くミドルクライシスの真っ只中の私は、“サン・シティ”をつい“サンセット・シティ”と呼んでしまい、周りを笑わせた。これは私の潜在意識に、歳をとっていく明日への無意識・意識の世界における不安と否定的な姿勢の表れだと言え、まさに暗い明日、窓が閉ざされた自分を恥じる。“サン・シティ”は、施設環境もさることながら、そこに集うシニアたちが、自らを“ゴールデン・エイジ”と呼び、リタイアメントのない人生、明日という陽へ、窓を開け放っているのだと悟った。

何をしてもしなくても、陽は昇りまた沈む。明日という日は、必ず来る。しかし、もっとも重要なことは、明日の字に隠された意味、「窓」を開けることだろうと思う。闇夜にかぐや姫を想わせる美しい月の輝き、かすかなその明かりでさえも愉しみ迎えられる窓である。それは、歳をとってだんだん頑固になる自分でも、いつからだって始められる簡単でしかも意味あることだろうと思う。窓から月の光が差し込むこの秋の夜長、『明日』を思って過ごしてみようか、月見で一杯・・・っと呟く、さくらの独り言。
kukimi@ff.iij4u.or.jp

川柳 & コント(東京・成近)


( 川 柳 )

助走路に落としたバネが錆びている

騙し絵の中にきれいな虹が出る

ジグゾーパズルまだ虫食いのまま古希をいる

年輪が黙して語る秘話実話

駆け抜けた昭和よライバルの訃報

( ニュースやぶにらみ )

「食欲の秋」
今年も冷や飯かよぉ −橋本派

「落合中日優勝」
同じオレ流でもずいぶん違うな −小泉首相

「イチロー選手、大リーグ新記録」
アメリカ相手にとはすごい −純イチロー

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp
http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

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森田さんから

姑を看とる( 7 )
 八十四になる義母の在宅介護をはじめて三ヶ月過ぎた。
 朝から洗濯機をまわし続け、物干し竿やタコの脚に三人分の洗濯物を干して、やっと一段落した。親指の爪際にできたアカギレが痛い。二十六年間、気候温和なロサンゼルスで暮らしてきた私には、日本の冬は気が重くてしかたがなかった。
 たっぷりとハンドクリームを手につけ、こすり合わせながらふと広縁を見ると、陽
がガラス戸ごしに射しこむ日溜りで義母が横になっていた。枕をしていないのに気がつき取りに行った。枕を抱えて戻ったちょうどその時、エネルギーをいっぱい貯えた火山のマグマが爆発するように、怒りが吹き出した。

――私の母だって九十過ぎよ ! あなたの息子は母に何もしてくれたことがないわ。
この間、アメリカから娘が来たときだって、私の母が住む広島へふたりで行きたいと
いったら、なんていったと思う? 白々しく『何のために?』ですって。しかも咎める
ような口調だったわ。兵庫と広島は目と鼻の先なのに、しかも一泊だけといったの
に。人には『ワイフがよくやってくれる』とは口先ばっかり。四六時中の介護で私は
疲れているの、たまには息抜きがしたいのよ。あなたの育てた息子は、思いやりがなくてわがままで自分勝手なんです。あのとき、私が言い募ったとしても『そうだな』
と穏やかにいう夫ではないわ。むっとしていたらポロリと涙がこぼれた。どうして私
だけかお義母さんの世話をしなくてはいけないの、不公平よ―― と思った瞬間、私は義母の頭近くをめがけて枕を叩きつけていた。

 私のけはいに気付いた義母は「オシッコを取っておくれ」と、いつもの調子でいっ
たけれど、私は無視してトイレにかけこんだ。すると、たまたま通りかかった夫が
「お、ワシが取ってやろう」という声が後で聞こえた。なんとなく気まずい思いでトイレから出ると、夫が紙オムツをはずして尿瓶をあてがっていた。
 私って、なんて嫌な女だろう。弱い者に八つ当たりしてと、今度は自己嫌悪に襲わ
れてしまった。

 新聞に「高齢者の虐待が増えている」という記事が載っていた。欧米に比べ同居率の高い日本では深刻な問題で、大学教授や福祉関係者らが実態調査を行い、ヘルプラインを設けたそうである。具体的には「部屋に閉じ込めたまま、失禁で布団もぬれる状態の介護拒否」や「年金、貯金を奪われる経済的虐待」また「身体的暴力や侮辱、無視などの心理的障害」などがあるらしい。

 介護をする側にとっては、程度の差そこあれ一つや二つ、チクリッと胸に痛みを感
じるものがある。双方とも心のケアが問題になってくる。私はあれこれ考えているう
ちに「一生懸命やろうとするからストレスが溜まる。無理がでる。心が荒んでくる。
たまには息抜きをしないと精神衛生上よくない、という結論がでた。

 義兄が市の福祉サービスを利用したらどうかという。週一回、朝十時から午後四時まで預かってくれるディサービスと一週間預かってくれるショートステイがある。と
いって申し込み用紙をもらってきた。
 私は書類を胸に抱いて大きく夢を膨らませたのである。
「忠臣蔵」の赤穂も童謡「赤とんぼ」で有名な龍野市も近い。それに、三代将軍家光
のころ補給港として栄えた室津がある。この室津は「お夏清十郎」の舞台になった町らしい。

 たまには福祉サービスを利用して小旅行をしストレス解消ができれば、日本滞在も楽しくなるのではないか。私の心に棲みつく「偽善や悪」を認識しているほうが、よ
り優しくなれるのではないかと都合のよい解釈をして、心のなかで許しを乞うたので
ある。     つづく
 
 森田のりえ  noriem@JoiMail.com

編集後記

今週末は小旅行をする予定です。トロント時代に知り合った、南さん夫妻、松本さん夫妻と結婚30周年を記念して下呂温泉で逢うことになっています。久々の再会を楽しみにしています。雑貨屋ニュースレターの発行は月曜日の夜に帰宅してからになりますのでご了承ください。
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.ne.jp/asahi/zakkaya/weekly/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.438

雑貨屋 店主 大西良衛   zakkaya@news.email.ne.jp