猫と格闘した
クライアントさんの中で2匹の猫がいる家がある。一匹は、薄汚れたグレーの猫でかわいそうだけれど猫相が意地悪そうな顔をしている。だけれど寂しがり屋なのか傍に来ては良く喋る。アテンションが欲しいのか、いくら追い払っても傍に来ようとする。もう一匹は美人顔の三毛猫。おっとりした性格で自分が可愛いのだという事を良く自覚している。気分屋でマイペース。自分が来たい時だけ寄って来るけど大抵はゴロゴロ寝ていて呼んでも眠たい時は愛想無く尻尾を振るだけで知らん顔。気の毒だけれど見かけは、この三毛猫の方が格段にかわいい。時々、グレーの猫は嫉妬心で三毛猫をフ〜と威嚇するけど、おとなしい三毛猫は目も合わせず、戦わずして、すぐに逃げていってしまう。その2匹の猫が家の中とパティオを交互に出たり入ったりウロウロしている。そして、お互いに嫌っているのが見ているとわかる。
数週間前の事だが、ふと気が付くとこの家のパディオの軒下に鳥の巣がある事に気が付いた。つがいで鳥が交互に巣から出たり入ったりしていたのでヒナの成長が見られるかもしれないと毎週その様子を見るのが楽しみだった。下から巣を見上げるので中の様子は見えなかったけれど、ある日気が付くと巣の中に頭が3つ見えた。そこに、親鳥の2羽がやってきては巣に餌を運び忙しそうに出入りしていた。
数日後のある朝、その日は朝から親鳥が、いつもより、せわしなく巣から出たり入ったりしていた。親鳥の鳴き方もいつもと違った。巣を見上げたら一羽が狭くなった巣から出てその横で羽を伸ばしている。パタパタと何度か羽を動かして飛ぶ予行練習をしているようだった。今朝の尋常でない親鳥の鳴き声は、今日がヒナ達にとって巣からの旅立ちの日なのだとわかった。親鳥は巣の近い軒下や、ヒナの見える正面の木に活発に移動しながら”早く飛びなさい“と催促するように鳴いていた。父親は頭から胸にかけてオレンジ色、母親はグレーの一回り小さい鳥だった。あれがお父さん、これがお母さんとすぐにわかった。”ヒナ達が、うまく飛べますように!“と祈るように見守っていた瞬間、先に巣の横に出たヒナが飛んだ!軒下から頑張って飛び降りたものの、ひゅるひゅると力なく下降してきた。“頑張れ、もっと高く!”と思うや否やグレーの猫が家からパティオに飛び出てジャンプしてそのヒナをくわえたのだ。ほぼ瞬間私も家から飛び出てそのグレーの猫の首を捕まえ“こらっ!離せ!離しなさい!”と左右に激しく猫の首を振った。猫は不満足気に“にゃ〜”と鳴いて口を開いた途端、ヒナがポロリと地面に落ちた。慌てて猫の首を掴んだまま家の中に放り投げてドアを閉めた。“すみませんがタオルを持って来てもらえませんか”と言ったらすぐにミセスは人の手がふれないように、そっとタオルでヒナを包んでくれた。力なくヒナは、すぐに目を閉じた。ちょうど、その時、ミセスの旦那様はそのパティオで日向ぼっこして静かにソファに座っていた。ミセスは旦那様を睨みつけて“目の前にいるのに、全く役にたたないんだから”とぼやいた。でも旦那様は耳も遠いし片目の視力が弱っている上、歩行も杖が無いと歩けないのだから何が起きたか把握は出来ていなかったに違いない。それにしても何とも短い人生だったな〜と,このヒナを気の毒に思った。きっとこの様子を一部始終、親鳥達は見ていたと思う。まだ、生きているかもしれないと私の勝手な思いで巣の傍にこのヒナを戻す事にした。もしかした最後にヒナの顔を親鳥は見に来るかもしれないと軒下に椅子を持って来て背伸びをしてやっとタオルにくるまれたヒナを巣の近くに戻した。
夕方、息子さんが立ち寄るとの事だったので、もしヒナが死んでいたら庭の隅にでも埋めてあげてほしいと頼んだ。後の2羽はどうなったのだろうかと見たら2羽とも巣の中で羽を広げている。ああ、こっちも今日飛ぶのだと思った。しばらくすると親鳥が戻ってきて近くの木枝にとまって、やっぱり“早く飛びなさい!”と催促している。パティオに三毛猫が居眠りしていたのを知っていたので気が付かれないうちに早く飛んで欲しいと思った。三毛猫が居眠りをしているうちに2羽が一緒に飛んだ。やっぱりひゅるひゅると凧が風の力を失ったように家の敷地の草むらに落ちて見えなくなった。家の中から、この様子を見ていて心配だった。気にして三毛猫の行動にも注意していたら居眠りから目覚め三毛猫の目がその繁みの一点を凝視していた。そして抜き足、差し足、忍び足でその繁みに接近していった。その時、繁みから先ほど飛び立った2羽か3羽目かの鳥がパタパタと飛び上がろうと繁みから姿を見せたのだ。危ないと思い、また私はパティオに飛び出た。そして、この三毛猫の名前を呼んだ。“ヤミー!”三毛猫は立ち止まって振り返って私を見た。その瞬間、その三毛猫の首を掴んで、また家の中に放り込んでドアを閉めた。今度はセーフだった。
猫の習性だから仕方が無いのだけれど、久しぶりに私としてはショックな出来事だった。
それから翌週、ミセスに聞くとやはりヒナは死んでいたそうで庭の隅に埋めてくれたそうだ。あの繁みに隠れていた2羽は、どうなったのだろうか?と気になった。
その翌週、パティオに出て空を眺めていたら、あのオレンジ色の父親の方の鳥を見かけた。まだ、この近くにいるという事は、きっとあの2羽は無事にサバイバルしたのかもしれないと思った。巣から飛び立った鳥はしばらく巣から近い木に滞在するようだ。
自分が一人で餌を採れるようになるまで親鳥が見守っているのかもしれない。何となく気分が晴れたような気持ちになった。家の中に放り込まれた猫は恨んでいるかもと思いきやもう忘れてしまったのか相変わらずグレーの猫はうるさく寄って来るし三毛猫も態度は変わらない。
茶子 スパイス研究家 |