龍翁余話(567)「お江戸日本橋」
先日の翁たちのシニア会で4月3日は「日本橋開通記念日」と言う話から「江戸時代の江戸(東京)の中心はどこだっただろう?」そんな疑問が飛び出した。「それはやはり将軍様がいた江戸城だろう」「いや、経済の中心・丸の内界隈ではないか」「もしかしたら銀貨鋳造所が置かれたり両替商が繁盛したりした街・銀座かも」・・・政治面、経済面。文化面・立地面などで“中心”の解釈が異なる。メンバーの1人が「“お江戸日本橋”と言う民謡があるのと、歌川広重“東海道五十三次”でも国内主要道路の出発点として日本橋が描かれているから、日本橋が江戸の町の中心だったとのでは」と言った。それも頷ける。大勢の人が集まり賑わう所、そこは政治・経済・文化など、さまざまな情報の交流基地、という視点で言えば「日本橋が江戸の町の中心だった」説に(翁も)同意したくなる。そう言えば、長年、東京に住んでいながら『日本橋』(の橋)そのものを深く観察したことがなかった。歴史好きの翁にしては“うかつ”だった。そこで遅ればせながら、桜の花が咲き競い始めた某日、まるで小学生に戻ったような気分で『日本橋』(の橋)見学に出かけた。
資料によると1603年(慶長8年)3月に徳川家康が将軍となり江戸幕府が開かれた翌月(4月)に初代『日本橋』が架橋(写真右:江戸時代の『日本橋』=江戸東京博物館に復元)。以来“江戸大火”や“老朽化”によって幾度か改築が繰り返され1911年(明治44年)に近代型石造2連アーチ橋が完成。その後、関東大震災や東京空襲の被災などによって補修工事が行なわれ現在が20代目だそうだ(写真左)。長さ49m、幅27m。「日本橋」(上の写真左端)の文字は第15代将軍・徳川慶喜の揮毫だそうだ(慶喜公は明治維新後は公爵、貴族院議員だったが明治43年に家督を七男・慶久に譲り隠居、大正2年死去、享年77)。
橋の中央に国道の起点となる「日本国道路元標」が設置されている。江戸幕府は全国道路網の幹線として「東海道」・「日光街道」・「奥州街道」・「中山道」・「甲州街道」の「五街道」を整備した。「東海道」は日本橋から小田原、駿府、浜松、桑名を経て京都・三条大橋までの五十三次。「日光街道」は日本橋から千住、宇都宮、今市を経て日光までの二十一次。「奥州街道」は、日本橋から宇都宮までの日光街道(重複区間)を経て白河までの二十七次だが、仙台道を経て青森県津軽郡三厩まで、とする説もある。「中山道」は、日本橋から高崎、軽井沢、木曽路(妻籠)を経て草津までの六十三次。「甲州街道」は、日本橋から内藤新宿、八王子、甲府を経て下諏訪までの四十三次(それぞれの距離は写真の「里程標」を参考にしていただきたい)。
翁は、これまで車で『日本橋』(の橋)を数えきれないほど通ったが、今回の散策で初めて気づいたのは橋の入り口(両脇4か所の橋名が書かれた橋台)で東京都の紋章“六方”を抱いている獅子像(写真左)と、高欄の東西中央部にある青銅製の照明塔を飾っている背びれ(翼)のついた麒麟像(写真中)だ。どんな意味があるのだろうか、と橋の袂の案内所の女性スタッフに訊いてみた。「獅子像は、両側から“阿吽の呼吸”を交わしながら橋そのものを守護し、通行人の安全を見守る、と言われています。翼のついた麒麟は、ここから飛び立つ、という意味が込められているそうです」ちなみに、東京都の紋章“六方”は、明治22年に制定されたもので、この紋章は、太陽を中心に六方(東西南北と上下)に光が放たれているさまを表し日本の中心としての東京を象徴している。
橋の袂の、ほぼ満開の桜の花(写真右)を鑑賞していたら、ふと「ここは、日本橋魚市場発祥の地である」ことに気付く。一瞬、中村(萬屋)錦之助の(東映映画)『一心太助』を思い出す。魚屋の太助は毎朝、日本橋の魚河岸へ出かけ、生きのいい魚を仕入れて直ぐに神田駿河台の大久保彦左衛門邸へ鮮魚を届ける。“天下のご意見番”彦左衛門は、一本気で義侠心の強い江戸っ子・太助を可愛がり“親分子分”の間柄。「親分、おいらの魚を喰って長生きしてくんな(殿様、私が運ぶ魚を食べて長生きしてくださいよ)」錦之助の歯切れのいいセリフが懐かしい。この日本橋魚市場は1923年(大正12年)の関東大震災で壊滅的な被害に遭い、1935年(昭和10年)に築地市場に生まれ変わる。その市場も昨年10月に(83年の歴史に幕を閉じ)豊洲に移転したことはご承知の通り。
『日本橋』(の橋)から三越方面へ歩く。江戸の町の中心が『日本橋』であったかどうかはともかく、江戸時代に創業した多くの老舗が“商業の街・日本橋”を今日まで盛り上げて来たことは確かだろうと思った・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。
お詫びと訂正:前号(566)「地獄の終わりと始まりの日」の文中、「硫黄島戦」の中で“追撃砲”と書きましたが、“迫撃砲”の誤りでした。お詫びして訂正いたします。 |