龍翁余話(527)「芸能の神様」
6月――ご承知のように6月を別名“水無月“と言う。雨がたくさん降る(であろう)雨季に”水の無い月“と言うのはおかしい。で、調べてみたら”水無月“の”無“は、(英語のof、つまり)”の“にあたる連体助詞とのこと。したがって”水の月“ということだそうだ。
また、田植えが済んで田んぼに水を張る必要があることから“水の月”(水無月)と呼ばれるようになったと言う説もある。(適当な時期に水抜きをしなければならないそうだが。)
6月初旬の歳時記を拾ってみたら「横浜開港記念日」(2日)、「歯の衛生週間」(4日〜10日)、「熱田神宮・尚武祭」(5日)「よさこいソーラン祭り」(6日〜10日)、「芒種(ぼうしゅ)」(6日)、「時の記念日」(10日)などある。「芒種」とはコメやムギなどイネ科の穀物の種を蒔くことを言うそうだが、現代の種蒔き時期は、うんと早まっている。
6月6日は「芒種」のほかに『芸事の日』というのが制定されている。「芸事は6歳の6月6日から始めると上達する」との言い伝えがあると言う。その訳を聞いて翁は少々笑った。「手のひらを開いて親指1、人差し指2、中指3、薬指4、小指5と折りながら数え、6では(5で折った)小指が立つ、即ち“子が立つ”、つまり6の数字が子どもの芸事を助ける」などと訳の分からないこじつけで強引に6月6日を“芸事の日”と決めてしまったようだ。何で6月と“指折り数え”の6が“芸事”と関係あるのか、いくら考えても理解し難い。全国楽器協会が1970年に「楽器の日」、東京邦楽器商工業協同組合が1985年に「邦楽の日」、兵庫県いけばな協会と京都いけばな協会が揃って2015年に「生け花の日」を制定したとのこと。「こじつけで強引に」と書いたが、どうせなら、もう少しまともな“こじつけ”はないものか、を考えてみた。6月6日は「芒種」、つまり穀物の種を蒔く日に因んで、子どもたちに芸事やスポーツの種を蒔いてあげる日(チャンスを与える日)としたいが、いかが?ただし、始める時期は、6歳に限ることではなかろう。
翁、旅に出ると必ず(その土地の)神社仏閣にお参りする。これまでに多くの神社やお寺を参詣したが、その中で(偶然にも)幾つかの“芸能の神様”を参拝したことがある。例えば京都の『車折(くるまざき)神社』参詣の折り、境内摂社(境内に鎮座する社)その名もずばり『芸能神社』にお参りした。何故、この神社が“芸能の神様”かと言うと、ご祭神が天宇受売命(アメノウズメノミコト)――天照大神が弟・素戔嗚尊(スサノオノミコト)の乱暴を嘆いて天岩戸にお隠れになり、世の中が暗闇になった。その時、天宇受売命が岩戸の前で大いに演舞し天照大神の御神慮をお慰めしたところ大神がようやくご出現になり世の中に再び光を取り戻した、と言う神話に基づいて、後年、天宇受売命は芸能・芸術の祖神(日本最古の踊り子)として崇敬されるようになった、とのこと。ほかに“芸能に関係する神社”として記憶にあるのは、伊勢市の『長峯神社』(ご祭神は、やはり天宇受売命)。歌舞伎・映画・舞台・舞踊・音楽関係者の参詣が多いそうだ。同じ伊勢市内の『猿田彦神社』も芸能に関係のある神社。何故なら、天照大神が孫神のニニギノミコトを地上(日向=宮崎・高千穂峰)に送り出した際(天孫降臨の際)、その道案内をしたのが猿田彦大神(サルタヒコノカミ)と言う国津神(国土を治める地上の神)で、その妻が(天岩戸で踊った)天宇受売命、このご夫妻がご祭神であるから“芸能の神様”だと言う。そう言えば都内にも『杉並猿田彦神社』と言う神社があるそうだが、翁はまだ参詣していない。
都内で“芸能の神様”として有名なのは、新宿の『花園神社』の境内摂社『芸能浅間神社』(げいのうあさまじんじゃ)だ(写真左)。1928年(昭和3年)に創祀。全国に1300社ある『浅間神社』(せんげんじんじゃ)の本山は『富士山本宮浅間大社』で、ご祭神は木花之佐久夜毘売(コノハナサクヤビメ)。当然『花園神社』境内摂社『芸能浅間神社』のご祭神も木花之佐久夜毘売。その女神が何故、芸能と関係あるのか(翁は)は知らないが、古事記には「桜の花よりも美しい女神」(絶世の美女)と記されているそうだから、多分、女優やモデル志願者が崇敬したのであろう。祠の横に、かつての演歌歌手・藤 圭子(1951年7月5日〜2013年8月22日)のヒット曲『圭子の夢は夜ひらく』の歌詞石碑が建てられている(写真中)。翁が想像するに、彼女がデビュー曲『新宿の女』(1969年9月にリリース)のヒット祈願で(地元の)『芸能浅間神社』に参拝、それがヒットしたことで“芸能の神様”の評判が広がり、その後、八代亜紀、ビリーバンバン、湯原昌幸、門倉有希、中川翔子、ビートたけし、吉本興業ほか、多くの歌手・芸能人・芸能団体が参詣、朱色で100人を超える名を刻んだ銅板(玉垣)が祠を囲んでいる(写真右)。
『芸能浅間神社』の建立については確かな記録はなく詳細は不明だが、『花園神社』そのものが昔から境内に仮設劇場を作り、見世物や芝居、歌、踊りなどの興行を催した芸能色の強い神社であったそうだ。
6月6日には、もう1つ『梅の日』がある。和歌山県田辺市「紀州梅の会」が2006年に制定した。室町時代の1545年6月6日、京都・賀茂神社の例祭・葵祭で後奈良天皇の神事の際、梅が献上されたという故事に因むとか。「紀州梅の会」では毎年6月6日に上賀茂神社と下鴨神社に梅を奉納しPRしているそうだ。“芸能”とは無関係と思っていたら、上賀茂神社の摂社に『大田神社』というのがあって、そこのご祭神が(芸能の女神)天宇受売命。今号は、こじつけの多いエッセイであった・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。
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