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1107号

NO.1107     Ryo Onishi              7/30/2017

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雑貨屋のひとり言

暑いので頭がぼーっとしながら編集しています。蝉の声がうるさいくらい聞こえます。クマゼミやアブラゼミの声がツクツクボウシに変わるのはいつ頃だろうかなどと考えながら聞いています。今週は久しぶりにレギュラー執筆者全員の原稿が揃いました。とてもうれしく思います。
先週、定期検診で結果が良かったので気をよくしてワインを買ってきて飲みました。
でも調子に乗るとまた悪くなるかもしれないので、注意しながら飲んでいます。≪R.O≫

 

 モノサシとしてのお金

私は当地ロサンゼルスを中心とする日系バイリンガル新聞である羅府新報の『磁針』欄に、ほぼ月一度寄稿をしています。ここで磁針寄稿250回を迎え、これまでの寄稿文を整理しています。

ほとんどの文章は当、雑貨屋ウイークリーに投稿しているコメントですが、『磁針』のほうはロサンゼルスを中心に滞在している日本人や日系人を対象にしており、また紙面の都合上、文字数に制限があり(860文字)、雑貨屋用とは若干ニュアンスが異なった書き方、内容になっています。そこで過去の磁針寄稿文をここにも連載させていただき、ご参考に供します。

 『モノサシとしてのお金』(羅府新報1998年11月掲載)
「私はこんなに実績を上げたのに 彼と同じ昇給内容とはどういう事だ !」、「こんなアンフェアーな査定は納得できない!」等々、アメリカの企業では査定の時期はいつも大騒ぎだ。

当初、私は当地でこんな現実に直面しながら、「なんとアメリカ人とはお金に執着する人間なのだろう」と思ったものだ。

ところが最近、私も若干考えが変わった。アメリカ人が「お金」に固執するのは、もちろん金銭欲もあるが、もう一つ理由がある事を見付けたような気がしたからだ。

一般的にアメリカ人は日本人に比べ、個人とその自主性を重んじる為、個人としての自分の価値を客観的に判断する基準を必要とし、その基準(モノサシ)を「お金」に求めている側面があるようだ。

「私の年俸が50万ドルで彼の年俸が25万ドル、だから私は彼より2倍価値ある人間だ・・」 といった発想なのである。実に単純明快でわかりやすい「モノサシ」と言える。

そしてアメリカの金持ちは 持っているお金をどうするか。――良く言われる使い道は自分の名前を冠して社会(公共事業、研究所、博物館、奨学資金、等々)に還元する事だ。

この行為の背景にはアメリカの税制が影響している事も確かだが、上記「モノサシ」 として客観的に価値判断されたあとのお金にはあまりこだわらないと言う側面も多少はあるのではないだろうか。

アメリカの資本主義と社会の特色は、すべての価値判断を一度、「お金」という「モノサシ」で客観的に測り、測り終えた金持ちは個人の名前で「お金」を社会に還元する事により名誉を享受すると言うシステムが出来上がっている事だろう。

 最近 日本もアメリカの真似をして ベンチャー・ビジネスの育成、ストックオプション制度の導入、実績評価システムの見直し等が議論され、実行されつつあるようだが、その前提にある、金持のお金の使い方を含めた社会の意識改革のほうはどうなっているのだろうか。

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

    

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )


差し入れの飯は食べてる黙秘権

写楽の絵派手に喋って喋らない

迷言を大統領のツイッター

沈黙の金 雄弁の銀に負け

悲しみを黙して語る無言館


( ニュースひとりよがり )


「大臣の椅子」
守れなかった −稲田防衛相

「平均寿命過去最高」
多病息災 −医療費

「個人情報保護法」
もっと強化したい −不倫議員


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(484)「ダイヤモンドヘッド」(拡大版)

ハワイ オアフ島のシンボルと言えば、まず『ダイヤモンドヘッド』と答える人が多かろう。翁もワイキキビーチの向こう(東方)に、でんと構える『ダイヤモンドヘッド』を見ると“ああ、ホノルルに来た”を実感する。ところが翁のハワイ(オアフ島)行きは、もう40年近くも続いているのに、まだ、1度も登ったことがなかった。そこで、今回のハワイ旅行の目的の1つに『ダイヤモンドヘッド登山』を計画した。冷静に考えてみれば、この真夏(7月)の猛暑の中(と言っても、オアフ島の最高気温は平均摂氏32度前後、日差しは強いが日本ほど湿度が高くないので、そよ風に吹かれたり木陰にいると汗は引っ込むので、翁には猛暑の感覚はないが)八十路を過ぎた老体には、ちょっと無理な計画かも知れないと、ワイキキの浜辺に立って(かの山を)眺め、一瞬、躊躇する。しかし、まだまだこの世に未練いっぱいの翁、体力的にはラストチャンスかもしれないが、出来れば“オアフ島最大のパワースポット”と言われる『ダイヤモンドヘッド』で壮健余生のためのインスピレーション(霊感)を体感したい、と煩欲をみなぎらせて、7月某日、登山を決行した。

低いように見えても山は山、登山するにはそれなりの準備が必要だ。ガイドブックを読んだり現地の友人に話しを聞いたりして、まずは水(翁は大きなサイズの水筒)、履物はスニーカー、半ズボンにTシャツ、帽子、勿論、カメラ、携帯電話も。実は翁、『ダイヤモンドヘッド』への道は、これまでに何回もドライブしているので熟知している。ワイキキ(カピオラニ公園)から車だと約10分で登山口の駐車場に着く。(入山料1人1ドル込みの)駐車料金5ドルを払って、いよいよ登山だが、忘れてならないのがトイレ、この先にトイレはない。最初の5,6分は比較的平坦なコンクリート道だが、そのうち凸凹の山道に入る。道幅が狭いので下りて来る人とすれ違うのがやっと。その時、笑顔でちょっと挨拶を交わすのも心がなごむ。途中までで日本人に出会ったのは中年夫婦2組、若者同士3組。その日は圧倒的に白人が多かったが、相変わらずあの国の観光客が(記念写真を撮るため)道を塞いで、翁をはじめ他の登山客の顔をしかめさせる場面も幾度かあった。

頂上に辿り着くまでに(登山入り口で貰った)『ダイヤモンドヘッド』の概要を紹介しておこう。『ダイヤモンドヘッド』は、約30万年前に起こった噴火によって形成されたクレーター状の死火山、とある。広い受皿型の噴火口は1.4平方キロに亘り、外輪山の南西部が頂上となっている。1,700年代後期にヨーロッパの探検家や商人たちがこの山を訪れて、噴火口壁面の岩石の中に光る方解石(無色透明、または白色でガラス光沢がある鉱物)の結晶を見つけ、ダイヤモンドと見誤ったことから『ダイヤモンドヘッド』と呼ばれるようになったそうだ。『ダイヤモンドヘッド』の山頂は、オアフ島の沿岸防衛には理想的な場所であり、1904年にアメリカ連邦政府が買い上げ軍用地にした。1908年には山頂5カ所に砲台やそれを結ぶトンネルが建設され、本格的な要塞化が始まった。

だが、戦時中(太平洋戦争中)この砲台から1度も発砲することはなかったそうだ。今も攻撃統制所(写真左)や砲台(写真右)の跡が残されており、往時が偲ばれる。なお、軍撤退後、1968にハワイ州自然記念公園となった。

さて、標高232m、登山口から171m、けっして高い山ではないが山頂に近づくにつれ、きつい急勾配が続く。高所恐怖症の翁、下を見るのがどれほど怖かったことか(写真左)。74段のコンクリートの階段を登りつめると最初のトンネルに入る(写真中)。70mもある狭いトンネルだ。そのあとに99段の石段が待ち受けている(写真右)。

その石段は各砲撃統制所に連結しているそうだ。それにしてもこの99階段は、翁にとっては“心臓破りの階段”だ。最初の石段に足を乗せる前に呼吸を整え、水を飲んで“さあ、もう一息だ”と発奮した時、たまたまそこに下りて来た日本人ご夫婦から「あと、もう少しですよ、頑張ってください」との励ましの声をいただいた。「はい、頑張ります!ありがとう!」とお礼の言葉を返した。一瞬の出会いだったが、こんな場所で、日本語で励まされるとは――嬉しくて元気が出たことは言うまでもない。登山口から約1時間(健脚な人なら45分)、ようやく山頂に辿り着いた。

「絶景かな、絶景かな」――歌舞伎狂言『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』で大盗賊・石川五右衛門が南山寺(京都、臨済宗禅寺)の山門から満開の桜を愛でて言うセリフだが、ここ『ダイヤモンドヘッド』の山頂から見下ろすホノルル市内の高層ビル群、海辺に林立するホテル群、ワイキキビーチ、カピオラニ公園、波乗りやヨット群の太平洋は、まさに「絶景かな、絶景かな」。

更に、五右衛門の、煙管を吹かしながらのセリフは続く「値千両とは小(ちい)せえ、小せえ。この五右衛門の目からは値万両、万々両・・・」タバコを吸わない翁、水筒の水をぐい飲みしながら「さすが大泥棒の五右衛門め、銭(ぜに)勘定で価値判断するが、霊感(パワー)求めて登って来た俺の目には、この絶景と爽快感・充足感は、とうてい銭には代えられねえ」と呟く。気が付けば、高所恐怖症の翁、展望台の手すりにしがみついていたので頂上からの写真は左端の1枚だけ。(波乗りと、ヨットの写真は、ダイヤモンドヘッドの麓から。)

下山したら“心臓破りの99段の石段”で翁を励ましてくれた日本人のご夫婦と再会した。
日本ではめったにすることのない握手も、外国(ハワイ)ともなれば(どちらからともなく)自然と手が出る。翁と同年輩とおぼしきご主人が言った。「思い切って登山してよかったです。いい冥途の土産になりました」翁は言った「いえ、私は今、冥途から生き返った気分です。冥途行きは、ずっと先にしましょうよ、お互いに」お二人は笑った。奥さんが「その通りですね、まだまだ、ですよね」その奥さんにご馳走になった(登山口広場にある出店の)かき氷の美味かったこと――いい出会いだった。山からとお二人からパワーを頂戴した。「どうぞ、よい旅を」翁は(今度は奥さんとも)握手してお別れした。
   
ワイキキに戻り、さっき制覇(?)したばかりの『ダイヤモンドヘッド』の勇姿を眺め返す。じわじわと充足感が湧き上がる。確かに“火の女神ペレ”から“壮健パワー”を授かった気分になった。そして日本人ご夫婦からも温かな“ヒューマン・パワー”を頂戴した。八十路の心を奮わせた、貴重な『ダイヤモンドヘッド登山』であった・・・っと、そこで結ぶか「龍翁余話」。

 

茶子のスパイス研究

季節の恵み

キッチンの窓から向かいの塀の向こうにイチジクの木が見える。毎年今ぐらいの時期になるとイチジクの実が色付き始める。先週までは全て青い実だったのに一挙に黒く実が熟していた。早く食べ頃の実は取らないと鳥についばまれてしまうのに…と人の家のイチジクながら気になっていたら早速その日、リスが現れた。見るとすでに一番熟して美味しそうなイチジクを両手に抱えて、かじっていた。窓ガラス越しにカメラを向けたらリスと目が合ったような気がした。その途端、リスの動きがピタリと止まった。危害が無さそうだとわかると、また安心してリスはそのイチジクを食べ始めた。
     

冷蔵庫には去年頂いたオックスナード産のイチジクで作ったジャムがまだ入っている。イチジクは漢字で書くと無果花と書く。イチジクには花が無いのだろうかと思ったら実の中の粒粒が花なのだそうだ。イチジクの実を半分に切ると中に種のような粒がある。それが花だというのがユニークな植物だ。カリウムも豊富で江戸時代には薬効がある果物として扱わられていたらしい。先週はオックスナードの畑からミョウガが届いた。私がミョウガの花を見た事が無いといったら白い花を付けたままのミョウガを持ってきてくれた。白くて清楚な花の部分ももちろん一緒に食べられるそうだ。実の上に花が生っていると思っていたらそれはガクの部分なのだそうだ。全くそんな事は意識せずに毎年のようにミョウガを食べていた。昔、ミョウガなどは高級食材でも何でもなく普通に自宅の庭の隅にあって夏にはそれを採ってソーメンの薬味に使っていたのを覚えている。こちらでミョウガを買うと一つ5ドル前後もする。だから普段は同じショウガ科の生姜を擦って代用している。今回は貴重なミョウガなので甘酢を作って漬け込んでみる事にした。まずミョウガをお湯で手早く10秒ほど湯がいて、すくいあげ甘酢の中に放り込む。しばらくすると液体が透き通った淡いピンク色になる。それを細く刻んでチラシごはんの上にかけて食べてみようと思った。今回は日本から持ってきた花おすしを使う事にした。ほんのり梅風味で桃色にご飯が染まるらしい。爽やかで少しピリッとしたミョウガの味がすし飯と合うような気がする。シソも刻んで彩良くついでに白胡麻もふりかけてみよう。今夜、野外でハリウッドボールのコンサートに行く。その時に持参するピクニックディナーは、このチラシごはん。和風スパイスであるミョウガに友人(ジャパニーズアメリカン)はどんな反応を示すだろう…

茶子 スパイス研究家

 

さくらの独り言「未来を創る」

「もしも、あの時・・・」と、良きにつけ悪しきにつけ、思い出しては喜んだり、悲しんだり、感謝したり、後悔したりする。どんなに強い人でも、そうでない人でも“自分は何処から来て、何処へ行くのか?”、“自分は何者?”、“自分が生きることの意味は?”、“もしあの時こうしていた(いなかった)としたら”等など、<自分の生>の足跡を見つめる時があると思う。偶然であれ、必然であれ、自分が選んだことでも、そうでないことでも――そして今のこの時を感謝し、明日という未来に夢を抱くものだと思う。それは何歳になっても、健康であっても、そうでなくても・・・そんなこんなを考えるようになった昨今、好きな言葉をみつけた、『未来の自分は、今の自分から創られる』と。

熊本大地震の直後から、熊本に住む私の大切に思っている幾人かの人が、大きな病に苦しむようになった。多くは悪性腫瘍、つまり癌。本人も家族も闘い、中にはお別れをした人もいるし、またお別れの準備をしている人もいる。死のない人生はないとわかっていても、この人生最大の謎である“死”について考えなければならない時、自分の親しい人の闘病の日々が、自分自身が癌の告知を受けた時よりも切なく苦しい。自分の心臓がどこにあるのか、ずっしりと重たく痛くさえ感じるほどに、辛い。そんな時、“生きる”を表す“LIFE”という単語には、人の一生が凝縮されていると何かで読んだことを思い出した。「L」はLiving、生存すること。「E」はEnd、最期(死)、そしてその間にある「IF」は、もしも。人間の人生の中で発生する無限の”もしも“だと。この世に生(命)を授かった私たちの日々の生活には、小さな選択から、人生(生死)を左右する大きな選択まで、様々な”IF”が絡まり、繋がりあって、そして最期へと流れていくもの、それが生と死のプロセス。だから、死をタブー視せず、死は人生の一部として扱い、死をもって一生が完成するという知識を学び認識することが重要だという意味だった。

ところで、最近注目している学問がある、『ジェロントロジー』だ。『ジェロントロジー』は、1970年代からアメリカ、特にUSC(南カリフォルニア大学)で研究が盛んに行なわれたという。その語源は、ギリシャ語で老人を意味する“ジェロン”から派生した“老齢”を意味する接頭語“geronto”と学問を意味する接尾語”ロジーlogy”を連結させたもので、
「人間の老化現象を生物学・医学・社会科学・心理学など多面的、総合的に研究する学問」のこと。日本語では“老年学”、“高齢社会の人間学”、または“老化防止研究学”とも言われた時代があったが、どれも適切でないため『ジェロントロジー』とそのまま使われるようになったそうだ。この学問については、いつか『さくらの独り言』に書くことにするが、今回は1つだけ触れておきたい。アメリカの心理学者エリク・エリクソンは、「人は生まれてから死ぬまで、年代に応じた課題をもち、それを乗り越えながら発達していく。自分が積み重ねていたものの一つ一つと向き合って、過去を振り返る作業の中で、自分なりの統合を果たしていくことは人生で最も難しい課題だが、だからこそ人生最後の難関を、最後に与えられたチャンスとうけとめ、挽回することが最後の一瞬まで自分の手の中にある」と言っている。死に直面し旅立つその瞬間まで、人は発達し続けるということだ。今私は、秋になったらこの『ジェロントロジー』の通信教育へ向けて一歩踏み出してみようと考えている。

人の死を見つめながら、死から自由になるには、死ということを学ぶことだと痛感する。死を考えることは、生を考えることだから、今の私にとって学ぶことがもっともっといっぱいある。『ジェロントロジー』の締めくくりは、「死にゆく人の時間は限られている。だから愛情を確かめ合うことが大事だ」であり、「人生の終末期に向けて、しっかりと準備をし、より情報を持つことで、命ある間、自分の人生をもっと力強く自信を持って生きる」ことを学ぶことだといっている。熊本大地震の直後から、大病の激痛や不安と闘っている私の大切な人たちとその家族、今の一瞬一瞬がまさに戦場だ。だから今私は、何も伝えられない。話を聴くことはできても、何も言えない、出来ない。だからこそ私自身、もっと『ジェロントロジー』を学び、『自分の未来は、今の自分から創られる』を考えてみたい・・・っと呟く、さくらの独り言。

 

ジャズライフ−今週のお奨めアルバム

日中、家の中はクーラーをつけずにいたらやばいと思うほど暑くなります。ショッピングセンターに行くか、スポーツジムに行くか、クーラーをつけて家の中で大人しくしているかですね。
朝のうちならクーラーなしでジャズを聴くことができるので、アルバム探しをしています。こんな時は気持ちが爽やかになる曲が良いですね。Super Trioの"Super Standard"はどうでしょう?Super TrioはKenny Barron《 piano 》Jay Leonhart《 bass 》Al Foster《 drums 》で、有名なスタンダード曲がぎっしり詰まったSuper Standardになっています。実はこのアルバムもAmazon Prime Musicで見つけました。耳に馴染んでいるスタンダード曲は気楽に聴けるのがいいですね。

"Super Standard"  Super Trio

1. All Of Me《 S. Simons 》( 5 : 23 )
2.Bye Bye Blackbird《 R. Henderson 》( 7 : 15 )
3.Cherokee《 R. Noble 》( 4 : 50 )
4.Cleopatra's Dream《 B. Powell 》( 3 : 54 )
5.Doxy《 S. Rollins 》( 6 : 43 )
6.Misty《 E. Garner 》( 8 : 06 )
7.Stolen Moments《 O. Nelson 》( 5 : 46 )
8.Summer Night《 H. Warren 》( 4 : 16 )
9.Sunset And The Mockingbird《 D. Ellington 》( 5 : 28 )
10.Sweet And Lovely《 G. Arnheim, H. Tobias, J. Lemare 》( 5 : 42 )
11.Willow Weep For Me《 A. Ronell 》( 6 : 13 )
12.Yesterdays《 J. Kern 》( 3 : 01 )

Kenny Barron《 piano 》
Jay Leonhart《 bass 》
Al Foster《 drums 》

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm  
《R.O.》

 

編集後記

男性の参加者が少し増えたとはいえヨガクラスの参加者はほとんどが女性です。男性用のヨガウェアを探すのにちょっと苦労します。女性用のクロップドパンツ(大きめのサイズ)がちょうど良いことがわかりそれを使っています。女性用、男性用にこだわらず自分に合うかどうかで判断する方が良いと思います。

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Zakkaya Weekly No.1107

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com