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1059号

 

NO.1059     Ryo Onishi              8/28/2016

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雑貨屋のひとり言

酷暑が続く異常な毎日でしたが、土曜日から日中でもさほど暑くなく、夕方から涼しい風も吹いて過ごしやすくなりました。今朝も爽やかで秋の気配さえ感じます。このまますんなりと気持ちのいい季節に移行するとは思えませんが、異常な暑さが続いた後なのでちょっとほっとしています。
7月まで台風が来なかった日本列島ですが、この2ヶ月でに2桁の台風が発生しています。超大型の10号が不穏な動きをしているので気になります。日本上陸するのでしょうか?≪R.O≫

 

 八月の記憶(3)

終戦(敗戦)の後、疎開先の両親の故郷である滋賀県から東京へ引き上げてきたのは、その年(昭和20年、1945年)の12月でした。

もともと住んでいた我が家は戦火で焼けてしまっているので、父が知り合いの厚意で借り受けた家でした。幸い学校も元の学校に入ることが出来ました。と、いっても校舎が戦災で跡形もなくなっているので、焼け残った別の学校の一部を間借りしていました。児童数は激減していても教室数が足らず、一番厳しい時は『三部授業(一日を3回に分けて授業する)だったりしました。

終戦直後の小学校低学年の頃は、食糧難で苦労した親には申し訳なかったですが、空腹の毎日であった記憶は鮮明ではあるものの、何とか生きながらえ、それはそれで楽しく遊んだ思い出が浮かびます。

家の周囲は焼け野原で、何もなく、子供たちの遊び場には不自由しない環境でした。中学生になった昭和50年(1950年)6月、朝鮮戦争が勃発、私たちの毎日の生活は一変しました。いわゆる朝鮮特需が始まり、東京下町の零細企業は一気に仕事で活気づいてきたのです。私のごく親しかった友人の家では朝鮮戦争(国連軍という名の米軍)向けの砲弾の一部を請け負っていました。

当時の私たち子供たちの夏休みはもっぱら『鉄くず拾い』に精を出しました。鉄くずを廃品業者へ持ち込むと重量により一貫目いくらで買い取ってくれたのです。

周囲はすべて焼け野原で、どこへ行っても鉄釘など、鉄くずが散乱していたので、最高の小遣い稼ぎだったのでした。したがって中学時代の初期は鉄くず拾いに明け暮れたのが夏の記憶といえそうです。

そんな夏休みの楽しみの一つに海水浴の思い出があります。学校ごとに『海の家』が指定されており、私たちは千葉県の谷津海岸へ夏休みの間に学年ごとに先生に引率されて出かけました。京成電車に乗って行く海の家は子供心に残る思い出となっています。いまではこの辺りは埋め立てが進み、立派なビル街が並んでいます。

学校で連れて行ってもらう年一回の海の家の他、我が家では何回か家族で谷津海岸へ行った記憶もあります。谷津海岸の特設ステージに有名な歌手が来て当時の流行歌を披露していました。当時最大の人気歌手だった並木路子さんが登場し、『リンゴの唄』を熱唱していたのを鮮明に記憶しています。

☆リンゴの唄(詞:サトウハチロー、曲:万城目 正)
♪ 赤いリンゴに 口唇よせて
だまってみている 青い空
リンゴはなんにも いわないけれど
リンゴの気持は よくわかる
リンゴ可愛(かわ)いや可愛いやリンゴ

その時、聞いた『リンゴの唄』と一緒に聞いた『麗人草の歌』という流行歌もなぜか忘れられず、以後70年、私のカラオケの持ち歌としていまだに存続し続けています。この歌は林伊佐緒さんの持ち歌でしたが、この時、林さんご本人が歌ったのかどうかは定かではありません。

☆ 麗人草の歌(詞:松村又一、曲:加藤光男)
♪ 愛の涙に やさしく濡れて
  咲くが女の 命なら
  なぜに散らした あの夜の風よ
  いまはかえらぬ 夢哀(かな)し

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

    

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )


ファイト一発そんなに効くのリポビタン

健康のためと薬屋まで歩き

百薬の長の困った副作用

点滴の針にやる気が縛られる

白内障手術明日の虹が見え


( ニュースやぶにらみ )


「評判」

ミクスよりマリオ −世間

「3個そろい踏み」

金銀銅でなくてごめん −台風9.10.11号

「タマネギ高騰」

涙が出ます −主婦

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(439)「リオ五輪閉会式での日本プレゼンが世界を魅了」

普段、早寝早起きの翁がリオ五輪の間、睡眠不足が続いて少し体調を狂わせた。それほどにリオ五輪は翁を熱中させた。翁ばかりではない、日本中の(想像だが世界中の)人たちがリオに釘付けされたと思う。オリンピック競技場建設の遅れや選手村(宿泊施設)の不備、ジカウイルス感染症(ジカ熱)、治安の悪さなどの諸問題を抱えながら、とにもかくにも、オリンピックならではの(数々の)感動シーンが世界を魅了した。

“世界を魅了した”と言えば、閉会式で披露された日本のプレゼンテーション(プレゼン=理解・納得を得る情報伝達手段)が、日本中や世界中で大きな反響を呼んだ。日本を代表するキャラクター(漫画・映画・アニメ・コンピュータゲーム、催し物などに登場する非現実の人物や動物など)の起用や、AR(拡張現実=ある情報を呼び出し現実の世界に重ね合わせる)最新技術を駆使した演出が世界をアッと言わせた。インターネットに書き込まれた“欧米・中国・韓国の声”を拾ってみると「日本のAR技術は本当に眼が眩むものだった」「科学技術大国・日本に圧倒された」「閉会式のラストを飾った日本のパフォーマンス(プレゼン)で、雨の会場が一挙に晴れ上がった」「“アベ・マリオ(安倍首相がゲームキャラクター・マリオに扮した)”の出現に驚き、感動した」「これで日本の“やる気”が見えた」「2020年の東京オリンピックが楽しみだ」。欧米のメディアが“絶賛”してくれることは想像していたが、とかくイチャモンをつけたがる中国や韓国のメディアまでもが、こぞって“好評”していることに翁、少なからず驚いた。そのことだけでも今回の日本プレゼンが、いかに“世界を魅了した”かが分かる。その(日本プレゼンの)内容については、多くの人が今も鮮明に記憶しているだろうが、翁自身、もう一度、余韻を楽しみたいと思い、ここに(文字で)再現することにした。

リオ五輪最終日の8月21日(日本時間22日)、雨の中、マラカナン競技場で閉会式が開催
された。その中でリオ市長から次回開催都市・東京都知事へ五輪旗の引き渡し(フラッグハンドオーバーセレモニー)が行なわれ、和服の小池百合子都知事が五輪旗を受け継いだ。その後、(いつの間にか)日本を全世界に紹介する約8分間のプレゼンがスタート、独特なアレンジの国歌『君が代』のコーラスをバックに、大きな日の丸がフィールド中央に出現した。スローテンポの『君が代』だったが実に情緒的な、味わいのある『君が代』だった。イギリスのBBCが実況放送の中で「世界で最も美しい日本の国歌『君が代』です」と言ったそうだ(そのようにネットに紹介されている)。事実だとしたら本当に嬉しい限りだ。

『君が代』・『日の丸』もよかったが、その後に登場した(英語・フランス語・ポルトガル語・日本語の4か国語の)「ありがとう」の“人文字”がフィールド上に浮かび上がった。これがまた素晴らしかった。その「ありがとう」の意味は@東日本大震災で世界の人々からいただいた支援に対する感謝、A東京を開催都市に選んでくれたことへの感謝、B多くの感動をもたらしてくれたリオデジャネイロ(ブラジル)への感謝――この人文字づくりに協力したのは東日本大震災の被災県(岩手・宮城・福島)と東京都の小中高校など合計27校、約1万人の児童・生徒によって撮影が行なわれたそうだ。

やがてスクリーンには、東京各地の風景を背景に2020年の東京五輪・パラリンピックで活躍が期待されるアスリートたちが次々と登場する。日の丸を象徴する赤いボールをリレーするシーンでは、ハローキティ、ドラえもん、キャプテン翼、バックマン、スーパーマリオなど日本の人気キャラクターが姿を見せる(正直なところ、翁は、これらのキャラクターについては、ほとんど知らない)。リレーの終盤に、ドラえもんが秘密の道具“土管”を取り出すと、東京とリオを繋ぐ最短ルートが完成、スーパーマリオが“土管”をくぐり、マラカナン競技場(閉会式)会場中央に設置された“土管”から赤いボールを持った(スーパーマリオに扮した)人物が出て来た。それが何と安倍首相だった。その時、会場は大いに盛り上がった。が翁、一瞬「何で首相が?」と首を傾げた。そして即座に思った。2013年に開かれた2020年東京五輪誘致活動の最終プレゼンテーションで、日本人のホスピタリティ精神を表す“お・も・て・な・し”を、手振りを交えて紹介した滝川クリステルさん(フリーアナウンサー)だったら、もっと喝采を浴びただろうに――まあ、しかし“首相登場”で“日本のやる気”を世界にアピールした効果はあったかも知れない。

“プレゼン”の後半では、50人のダンサーが最新テクノロジーと融合した美しいパフォーマンスを見せた。東京五輪で行なわれる予定の33の競技を表現したアニメーションが空から舞い降りるAR(拡張現実)の技術や、ダンサーたちが持つ光のフレームが(市松模様の)五輪エンブレムを形づくる演出に観客は大いに酔いしれた(ようだった)。ダンスには青森大学新体操部(全日本学生新体操選手権14連覇)の部員も参加したそうだ。翁、初めて見たが、実に美しいパフォーマンスだった。そしてダンサーたちが持つ光のフレームは、やがて土管の周囲に集まって東京五輪のエンブレム(市松模様)を形づくり、それが解体されると、影絵で富士山をバックに東京タワーなど東京の街並みが映し出される。最後に「SEE YOU IN TOKYO」(東京で会いましょう)の文字が浮かび上がり、同時に赤と白の花火が打ち上げられて終わった。8分間の“プレゼン・ショウ”に完全に魅せられた翁、我に返った時は、手のひらに少し痛みを感じた。それほどに拍手を送ったのだった。

あの“プレゼン・ショウ”を見せられたのだから、世界の人々の『4年後の日本・東京』に寄せる期待がどれほど膨らんだか容易に想像できる。さあ大変だ!4年は早いよ。政府よ、東京都よ、組織委員会よ、その他の関係団体よ、『東京五輪・パラリンピック』の在るべき姿は各々の立場を超え、世界観に立って見据えよ。そして本当の『お・も・て・な・し』とは何かを考えようではないか・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

今週はお休みです。

茶子 スパイス研究家

 

さくらの独り言

今週はお休みです。

 

ジャズライフ−今週のお奨めアルバム

昨夜は涼しくて気持ち良く眠れた人が多かったのではないでしょうか?私も久しぶりにジャズを聴きながら眠りました。
ジャズを聴くいい環境なのでどんなジャズも素直に受け入れられます。ピアノトリオにテナーサックス、トランペット、トロンボーンのホーンを加えた6人構成のユニット"One For All"のアルバム"No Problem"のご紹介です。
ロスに初めて駐在したとき同僚のアメリカ人が頻繁に"No Problem"を使うので私はむしろそれが「問題」なんじゃないのと思っていました。アルバムの中の"No Problem"はどこかで聴いたことのあるような曲です。アルバム全体は私にとって"No Problem"です。

"No Problem"  One For All

01-Our Father Who Art Blaky
02-No Problem
03-Moanin'
04-Whisper Not
05-Ugetsu
06-Time Off
07-Prelude To Kiss
08-One For All

録音: 1956年5月31日

Blue Note 1524

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm  
《R.O.》

 

編集後記

月曜日、数年ぶりに健康診断を受けました。特記すべきはお腹周りが78pだったことです。この数字には驚きました。かつて86pもあったウェストが今は20歳代の時のウェストまで戻ったことになります。お腹をへこまして姿勢よく歩くことでとても良い効果がでてきています。
バーゲンセールで良いデザインのウェストサイズが76センチのチノパンツを見つけました。以前ならサイズを見ただけで無視ですが試着してみました。ピッタリでした。破格の値段で買うことができものすごく得した気分になりました。《R.O.》


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Zakkaya Weekly No.1059

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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