weekly

1041号

 

NO.1041        Ryo Onishi              4/24/2016

 weekly
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雑貨屋のひとり言

熊本地震は14日と16日に震度7の地震が2回も発生するという想定を超えることが起こりました。東日本地震でも想定を超える津波で甚大な被害が出ました。これから起こるであろう地震や災害は我々の想定を簡単に超える可能性があります。原発は止めなくても大丈夫だと言われていますが、問題が起こってから想定外でしたではすみません。
近い将来、南海トラフ地震が起こる可能性が高くなってきました。私たちはハード・ソフト面でどんな準備をしたらいいのかを考え、実行するときが来たようです。≪R.O≫

 

5年が経過しました

 5年前の2011年という年は、3月11日に日本では東日本大震災が発生し、国を挙げて大騒ぎでした。ちょうど同じ時期、私個人にも生死にかかわる大事が起きました。これまでにも何度か書きましたが、Ampullary Tumor(膨大部がん)という“がん”がみつかり、手術することになったことです。

この年の4月はじめのメディカル・ チェックの際、十二指腸周辺で見つかったこのがんに対し、4月18日にロサンゼルス・ダウンタウンの病院で手術を受けました。

執刀医から術後受けた説明によると、胃の大部分、十二指腸、小腸の一部までを切除、さらに十二指腸につながっている膵臓ほかの5箇所の臓器をつなぎ合わせたのだそうで、6時間近くかかる大手術だったそうです。

通常、この種のがんは手術後の経過観察が必要であり、5年間は再発や転移の危険があり、注意が必要とされています。そしてその5年がここで無事経過しました。これまで6か月ごとに通っているCancer Doctor(がん専門医)で毎回CTスキャンと血液検査による経過観察を続けてきましたが、次回(5月)の検査で問題がなければそれも終了となるようです。そうなれば、今回のがんについては、ようやく“無罪放免”ということになります。

もっともこれとは別に新しいがんが見つかれば話は別であり、100%安心というわけではありませんが、ともあれ大きな関門をひとつ無事通過したことになり、私にとって祝杯ものといえそうです。

ただ、私には“がん”の再発の心配はひとまず無くなったとはいえ、あと2つ関門が残っています。

ひとつが糖尿病治療であり、もう一つが腎不全による透析治療です。糖尿病については1日に4回の血糖値検査(手の指から血液を採取、血糖値に応じてインシュリンの注射を打つ)をしなければならず、特に血糖値が低い場合は意識に障害がでるため車の運転ができません。相変わらず運転は一切、妻に頼っています。

それでも糖尿病治療はまだすべて自宅で行うことが可能で、ドクターのところへは月に1度通って指導を受ければよいのですが、透析のほうは週3回(火、木、土)指定の透析センターへ通い、毎回、3時間15分の透析治療を受けなければなりません。

透析の日は治療そのものは3時間余りですが、往復のドライブ、事前準備や事後処理にも時間が必要で、半日以上の時間を必要とします。さらに治療中、身体から老廃物と一緒に水分も抜かれるので、声がかれた状態になり、会話が殆ど出来ません。また、体調も悪くなりがちで、結局、治療日は殆どベッドに横たわらざるを得ないことが多くなります。

というわけで、体力的には相変わらず厳しい日々を送っていますが、本来、楽天的な私ですので、精神的には少しも悲観していません。まだまだ前進できると信じています。

私のような“いわゆる病人”は通常、病気からの快復を第一義とし、すべてはそれからと考えがちですが、私は“病気とはムキになってケンカしない”その代り、病気とは同時並行的に“何か前向きに新しいことに挑戦する”という発想でこれからの人生を過ごしたいと思っています。

がんの再発なく、無事5年が経過できたのも優秀な名医に執刀していただいたことによることは確かですが、私の前向き発想も少しは役立っているのだと信じたいと思っています。

東日本大震災はいまだに大きな傷跡を残しており、被災地の多くの方々は厳しい日々を過ごされているようです。また、その後も最近の熊本での大地震ほか災害が続いています。被災地の一日も早い復旧、復興を願わずにはいられません。それを思えば、私の腹部にも手術跡という大きな傷跡が残っていますが、今となってはこの傷跡は私にとって“勲章”のようなものだと思っています。

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

    

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )


校則をひょいと膝上十センチ

優しさに会って少年A脱皮

失敗も薬若さよ突っ走れ

汚れ役志願アイドル脱皮する

子河童の大志が海に憧れる


( ニュースやぶにらみ )


「橋げた落下」

震度0 信度0 −神戸の崩落現場

「燃費」

リッター嘘八百キロ −三菱自動車

「貴金属高価買取」

但しスリーダイヤ以外 −業者

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(422)「哲学堂公園」

4月27日は『哲学の日』――紀元前399年頃、ギリシャの哲学者ソクラテスが“人の道”“世の中のあるべき姿”を説いて時の権力者に反抗した罪で死刑を宣告され投獄された。弟子たちが“脱獄”を勧めたが、ソクラテスは「悪法も法なり。いざ、出発の時が来た。私たちはそれぞれの道を行く。私は死ぬ、あなたたちは生きる。どっちが良いかは神のみぞ知る」と言って毒杯を飲み、この世を去った。その日が4月27日――そもそも“『哲学』とは何ぞや”翁が愛用している辞書(大辞林)によると「愛知の学“知るを尊しとする”すなわち人は諸事を知ることによって人道と社会(世界)の真実を見極めることが出来る」とある。

翁が『哲学』と言うものに(ほんの一時的に)近づいたのは高校1年の時だった。漢文の
I先生の薦めだった。日本を代表する哲学者・京都大学名誉教授西田幾太郎博士(1870年〜1945年)の『西田哲学』(絶対矛盾的自己同一論)の本を渡された。そんな難しいことが16歳の少年に理解出来ようはずはない。I先生に解説して貰ったところ「相反する2つの対立物を、解消せず対立したままの状態で同一化すること。例えば、天と人は対立物であり、いくら人が天に近づこうとしても道は遠ざかるばかり。そこで発想を変えて“我は即ち天なり、天は即ち我なり”と悟った瞬間、天と人との概念的距離が縮まる。“武士道”が目指した境地もまた同じだ」――ますます分からない。そこで龍少年は、自己流の解釈をした「哲学とは他人に強制されるものではなく、己れの知力と経験力の中で培われていく“己れ自身の、人間として生きる道”、それを探すのが哲学である」と。そして龍少年は“自己解脱”を考えた。“自己解脱”――「我に2つの人格がある。1つは、己れが欲するままに行動する第1の自分(我儘=主観)と、その欲望に満ちた行動が善か悪か、美か醜かを見定める第2の自分(理性=客観)のバランスが“人間として生きる道”を示してくれる――かのソクラテスも言った「より良く生きる道を探し続けることが最高の人生だ」と。とは言え、元来、勉強嫌いな翁、構えて“哲学の道”を辿ろうとしなかった。その罰だろうか、失敗・後悔・反省の繰り返しの多いこれまでの人生だった。

陽春の某日、中野区の『哲学の道』を散策した。ここは正式には中野区立『哲学堂公園』。仏教哲学者であり、東洋大学の創設者である井上円了(いのうええんりょう)(1858年〜1919年)が、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った『四聖堂』(哲学堂)(写真左)をこの地に建立したのが始まりだそうだ。この公園には75の施設があって、全部を(丁寧に)回るには4時間くらいかかりそうだが、翁は急ぎ足の約2時間で主要な施設をカメラに収めた。どれもこれも紹介したいが、スペースの都合で(特に翁が気に入った)6施設だけをご覧いただくことにする。『四聖堂』と並列に建てられているのが『六賢台』(上写真中)、日本の聖徳太子、菅原道真、中国の荘子(紀元前369年〜286年、思想家・道教の始祖)、朱子(1130年〜1200年、儒学者)、インドの龍樹(りゅうじゅ=2世紀頃の高僧、全ての大乗仏教、八宗の祖師)、迦毘羅仙(かびらせん=紀元前300年頃の思想家)の東洋の6哲を祀った塔。『四聖堂』の対面にあるのが『宇宙館』(上写真右)、「哲学は、宇宙における真理を追究する学問である」ところからこの館が建立された、と説明板に記されている。

公園の入り口は新青梅街道側、中野通り側、新井薬師通り側の3か所あって、翁は中野通り側から入ったので分からなかったが新青梅街道側の入り口にある『哲理門』(写真左)が正門だそうだ。この写真には写っていないが天狗と幽霊が門の傍らにあり、天狗は物質界、幽霊は精神界の象徴であるとされている。『哲理門』の右の方に『三学亭』(写真中)がある。平田篤胤(ひらたあつたね=江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者)、林羅山(はやしらざん=江戸時代初期の儒学者)、釈凝然(しゃくぎょうねん=鎌倉時代後期の東大寺の学僧)を奉崇している。そしてもう1つ『絶対城』(写真右)、絶対的な真理に到達せんと欲するならば、万巻の書物を読み尽すことである、との教えが込められている(哲学堂の)図書館である。(説明は全て施設前に立てられた説明板より)

園内の数か所に東屋(あずまや)がある。そこで昼食をとっている人たち、語らっている人たち、昼寝をしている人、いろんな人を見かける。とある東屋で談笑している(翁と同年輩の)男女と目が合い、どちらからともなく「こんにちは」と声を掛け合った。「いかがです?お茶がありますよ」ちょうど喉も乾いていたので翁「ありがとうございます」と言って二人のお招きに応じた。ご夫婦だった。ご自宅から持ってこられた魔法瓶の緑茶が、実に美味しかった。ご主人が言った「哲学とは縁のない私共ですが、時々、ここへ来て、これまで“生きてきたこと”、これからも少しばかり寿命があるとしたら“どう、より良く生きるか”を、(妻と)語り合うのが楽しみです」。翁、感動して言った「それこそが“哲学の道”だと思いますよ」――お二人の嬉しそうな笑顔が美しかった。いい出会いだった。
そして思った。やはり、ここ『哲学堂』は(ソクラテスの)“より良く生きる道を探す場所”かも知れない。春和の日差しが心地よかった・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

人気ハンバーガーチェーン

昨年、家の近くにオープンしたハンバーガーチェーンの人気には驚かされる。去年からいまだに昼も夜もハンバーガーをテイクアウトする為に並んだ車の列が衰えを見せない。店で食べるスペースの3倍の大きさをテイクアウト用の車に確保してある。店の入り口あたりから注文を受け窓口で受け取るのに、ちょうどUの字を描くように車の通り道が作られている。
ハンバーガーチェーンの名前はインアンドアウト(In-N-Out)意味は出たり入ったり、本当にお客さんが絶えない。トレードマークの文字が赤に黄色。そう言えばマクドナルドハンバーガーチェーンも赤に黄色の文字のMが入っている。バーガーキングもカールスジュニアハンバーガーチェーンの店のロゴも赤と黄色がメインだ。赤と黄色には食欲をそそる色の秘密があるのかもしれない。このインアンドアウトの店が他のハンバーガーチェーンの店と違う所はその場でカットして揚げるフレッシュポテトのようだ。個人的に私はバーガーキングのもっとクリスピー(カリカリ)のポテトの方が好きだ。
そしてバーガーはダブルバーガーとチーズバーガーとチーズ抜きのバーガーこの3種類のみ。飲み物はソーダ類とミルクシェイク[チョコレート、バニラ、ストロベリー味)だけ。至ってシンプルだ。あまりの行列に友人と1度行って注文してみた。食べてみてがっかりした。期待したほどでは無く何だか騙されたような気持ちになった。その後今度は他の場所にあるインアンドアウトをご馳走になる機会があった。そこは家の近所ほど混雑はしていないけれど、それなりにお客さんが途切れない。今度はどうかなと食べてみて、またがっかり。昔アメリカに来たばかりの頃はバーガーキングやカールスジュニアのハンバーガーが美味しいと思って食べていた事があった。まだ、バーガーキングも日本に出店していない頃だったと思う。米国に遊びに来た友人をエスコートして帰りにエアポートに送りに行った時の事だ。夕食を食べて間もないのに、まだバーガーキングのバーガーを食べていないので心残りだから立ち寄ってほしいと言われた。まだ、夕食を食べて時間が経っていないのにと呆れたのだが、よほど心残りだったのだろう。
なかなか休みを取ってこちらに来るチャンスも無いので、どうしてもアメリカのハンバーガーを食べておきたかったのだろう。友人のぶんだけだったのでテイクアウトにした。車の中で本当に美味しそうに大きなハンバーガーを頬張る友人の満足そうな顔を今でも覚えている。それにしてもハンバーガーはアメリカ文化の重要な一つなのだな〜と思う。このインアンドアウトのお店は1948年に、このカリフォルニアで最初のドライブスルー(車を降りないで注文出来るシステム)のあるバーガーショップを作ったのだそうだ。カールスジュニアは1941年にロスアンジェルスで最初に1号店をオープン、バーガーキングは1955年マイアミに1号店を開け、そしてマクドナルドは1955年イリノイで1号店がオープン。アメリカンオールディーズポップスが流行ったのも、その頃で平和で、いい時代だったのだろう。
ある日の夕方、友人とまた繁盛しているインアンドアウトの前を車で通った。びっしり並んだ車は圧巻だ。” 相変わらず、すごいね〜!”というと友人が”アメリカ人はかわいそうだな〜あれが彼らの今夜の夕食なんだな〜”と呟いた。
日本にとっても昔はハンバーガーやステーキの肉は憧れだったに違いない。それが今は砂糖やケミカルシュガーの入ったソーダもフレンチフライもバーガーも体に良くないから遠ざけるアメリカ人が多くなってきている。それなのに、何故か家の近くのインアンドアウトの活況ぶりは何なのだろうと思う。
そう言えば、バーガーショップには裏メニューがあると聞いた。ニューメキシコのマクドナルドではチリ(唐辛子)入りのバーガーを友人がオーダーしてくれた。もちろんメニューには無い。裏メニューなのだから知る人ぞ知る裏メニューなのだ。
インアンドアウトも裏メニューがあって、それが美味しくて並んでいるのかもしれない。
ファーストフードもいろいろ調べると面白い裏メニューがたくさん出てくるかもしれない。また、騙されたつもりで行ってみるのもいいかも…

茶子 スパイス研究家

 

さくらの独り言

今週はお休みです。

 

ジャズライフ−今週のお奨めアルバム

今週はこのコーナーに初めて登場するアーティストWayne Shorterです。データベースには数枚のアルバムがあるのですが、ちょっととっつきにくいイメージがあってこれまでじっくり聴いていませんでした。裏返せばかなり個性的なアーティストだということになるのかもしれません。どんなアルバムもそうですが、よく聴くと味わい深いものであったりします。紹介するアルバムはWayne Shorterの代表作と言われている"Speak No Evil"です。
1964年12月に録音されブルーノートの4194番です。Wayne ShorterのサックスをFreddie Hubbardのトランペット、Herbie Hancockのピアノ、Ron Carterのベース、Elvin Jonesのドラムスというそうそうたるメンバーが盛り立てています。

"Speak No Evil" Wayne Shorter

01-Witch Hunt (8:07)
02-Fee-Fi-Fo-Fun (5:50)
03-Dance Cadaverous (6:41)
04-Speak No Evil (8:21)
05-Infant Eyes (6:50)
06-Wild Flower (6:02)

Wayne Shorter (ts), Freddie Hubbard (tp), Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Elvin Jones (ds)

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm  
《R.O.》

編集後記

金曜日、近所のショッピングセンターのリニューアルが終わり、新しいお店がオープンしたので様子を見に行きました。オープンして一時間後に行ったのですがものすごい人で驚きました。ゴールデンウィークにはもっとすごい人出を期待しているのだと思います。芸人を起用し、すべらないリニューアルをPRされてきましたが、これからもすべらず活気のあるショッピングセンターであってほしいと願っています。
夕方は関西加州会に出席しました。今回は18回目で、いつもは4月の第三金曜日開催なのですが今回は第四金曜日だったこともあり、常連のメンバーの欠席がありましたが新しく参加された方が加わり24名の参加者で和やかな時間を過ごしました。メンバーの高齢化は避けられませんが、みなさん活力に満ちた顔をされていました。
《R.O.》


雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
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http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.1041

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com