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NO.955           Ryo Onishi              8/31/2014

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雑貨屋のひとり言

朝から蒸し暑い日が続いていたのが嘘のように涼しくなりました。
蝉の声が聞こえなくなり静かな朝です。夜は秋の虫の声が聞こえてきます。
明日から9月です。このままずーっと涼しくなるなんてそんな甘いことは考えないことにしますが、気分はもう秋でうれしいですね。
しかし、夏の疲れがどっと出て体調を崩さないように注意したいと思います。≪R.O≫

 

喜 寿

とうとう私も「喜寿」を迎えました。(本来ならば数え年が正式でしょうが、現代風に満年齢で数えました)「古希」の時、「自分も遂に“人生、古来まれ”」といわれる年齢に達したのかと驚き、覚悟を迫られたふりをしていましたが、当時はビジネス引退後まだ10年であり、五体も健全で気力も満ちていました。したがって、あの時は一見ショックのふりをしたものの、本音はどうということはなかったと記憶しています。

私の場合、「古希」から「喜寿」までの7年間、月日の経過は残酷で、私の身体は数回の各種手術や治療、透析などにより、大きく変化し、今やずたずたの状況です。

人生にはいくつかの節目の時期(年齢)がありますが、還暦(60歳)を迎えたあと、古希(70歳)があり、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、米寿(88歳)、卆寿(90歳)、白寿(99歳)、百寿、紀寿(100歳)、茶寿、不枠(108歳)、皇寿、川寿(111歳)、大還暦、昔寿(120歳)へと続きます。結婚50年の金婚祝というのもあります。これらの節目を迎えるたびに長寿の祝いをすることになるのですが、同時に人生の終焉に一歩づつ近付いていることを自覚する節目でもあるわけです。

日本の厚生労働省が発表した最新の日本人の平均寿命(2013年)は男性が80・21歳、女性は86・6歳とのことです。私はまだ77歳ですので平均寿命より3歳若く、まだまだ人生を全うしたとはいえず、終焉を迎えるわけにはゆきません。

ただ私の場合、問題は「平均寿命」より「健康寿命」の方が深刻です。「健康寿命」とは「介護を受けたり、病気で寝たきりにならず、自立して健康に生活できる」年齢のことなのだそうで、こちらのほうは少々自信がありません。

現実問題として、私は現在、健康上の理由で、ひとりでは生きられない身です。週3回の透析を受け、血糖値管理のインシュリン注射、癌手術後の諸内臓チェックなどに日々を費やしており、家庭内での介護と外出時の運転手段は妻に全面的に頼っています。

腎臓障害にともなう上記透析は一回たりとも休めば身体に異常が生じます。透析センターが万一、天災などで機能が停止したら私の生命に直接影響します。私自身、既に『健康寿命』は尽き、現在はただ『平均寿命』をいたずらにのばしているに過ぎないといえるのかもしれません。

しかし、人の命は何にも代えがたいものであり、命のあるかぎり生きようと欲し、自分のできる範囲内で世の中、社会に貢献する志を持つことこそ重要であり意義あると信じて私は日々を過ごしています。

私はこれから傘寿、米寿、卆寿、白寿へと続く寿命をクリアーすべく、心身ともにリハビリに励み、世の中に役立つ生涯を送りたいと頑張る所存です。そうなると、77歳の喜寿など長寿・長命のための入口にしかすぎず、これから前途洋洋、頑張らなくてはと身も引き締まる思いです。

目下、ドクターから外食禁止、アルコール禁止を言い渡されている身の私ですので、「喜寿」の日はスーパーで仕入れた寿司パックを肴にノン・アルコールビールで妻と乾杯し祝いました。これはこれで、近年になく穏やかで嬉しい「祝い日」でした。 

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )


天秤に乗せて野心の量り売り

見得切ってみたが竹光見透かされ

この負けは想定内という策士

ライバルと諸刃の剣と知って組む

思惑に同床異夢という構図


( ニュースやぶにらみ )


「安倍、石破会談」
すき間風は塞がりましたか ―山口公明党代表

「学力テスト連続日本一」
美人聡明 ―秋田県

「学テ、代ゼミ」
なんだそれ ―桃太郎、金太郎


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(341)「我が家の防災対策」

9月1日は『防災の日』である。1923年(大正12年)9月1日正午の直前に神奈川県相模湾北西沖を震源とするマグニチュード7.9の大地震が発生、神奈川県、東京府(当時)、千葉県を中心に埼玉県、茨城県、山梨県の東京に近い1部地域、静岡県(東部)までの広い範囲に甚大な被害をもたらした、いわゆる『関東大震災』である。資料によると、約150万人が被災、死者・行方不明約10万5千人、建物全・半壊約20万棟、全焼・半焼約35万棟、まさに日本災害史上最大級の惨事であった、と記録されている。その惨事を忘れないため、また、9月から台風シーズンに入ることから、政府は1960年(昭和35年)に9月1日を『防災の日』に制定した。

先日、品川区から東京都震災対策条例に基づいて5年毎に行なっている『地震に関する地域危険度測定調査結果』(『品川区防災地図』)が送られて来た。内容は地震発災時の危険度を「総合」、「建物倒壊」、「火災」の3つのカテゴリーに分けて品川区の地域ごとの危険度を示したマップである。翁はそれを見て驚いた。今の今まで、翁が住む品川区平塚2丁目一帯は「都内でも有数の“安全地帯”」と思っていたからだ。40年前にこの地(マンション)を斡旋してくれた不動産屋がそう断言した言葉を信じ切っていた。マンションと言っても世帯数の少ない(細長い、見るからに弱々しい)10階建ての建物だが、これまでに台風・豪雨等の被災はまったくなく、あの東日本大震災(品川区一帯の震度は5弱)の時でさえ(室内はともかく)建物自体はビクともしなかった。その耐震性の強さは、昨年、東京都の指導で行なった“沿線建物耐震調査”結果でも証明された。故に“安全地帯”を再確認し(80%くらい)安心していた。ところが今回の『品川区防災地図』を見て“安心度”が一挙に50%に下がった。(勿論、土地と建物の“危険度”は同質ではないが・・・)

品川区内の市街化区域は約130町丁目あり、それぞれの区域の危険度を、1(青=低い)から2(緑)、3(黄)、4(茶)、5(赤=高い)に色分けしている。翁が住むエリア(平塚・戸越・荏原・小山・中延・豊町など)は“総合危険度”3(黄)にランクされており、部分的に4(茶)の地域もある。説明文を読んでみると、(翁の居住エリアの地盤そのものはしっかりしているのだが)地震の際の“建物倒壊の危険性の度合い”、“火災の延焼により広い範囲で被害を受ける危険性の度合い”で“総合危険度3”の評価になった。つまり、建物の種別(木造、RC造=鉄筋コンクリート)ごとに棟数の多い少ない、建築年代の古さなどによって危険度が測定された、とある。そればかりではない。その地域において火気器具、電熱器具などを扱う事業所(工場等)が多い、また、建物の密度が高い、耐久性が低い、道路幅が狭い、公園が少ない、なども“危険度要因”になるそうだ。なるほど(我が家に近い)戸越銀座商店街や武蔵小山商店街は、まさにこの“危険度要因”が沢山ある。『我が家の防災対策』を考える時、“我が家の状況”だけでなく“周辺の町づくりの有りよう”(町の実態)もしっかり見定めておく必要がある、と、このたびの『品川区防災地図』を見て(改めて)気付かされた次第。

この冊子に示されている地震発生時の“避難の流れ”も参考になった。まずは自分の身の安全を確保して出火防止、初期消火、避難路の確保、家族、自宅建物、近隣の状況を確認する。安全が確認されたら自宅に留まるが、怪我をしたり自宅が損壊して危険がある場合は、最寄りの安全な場所(広域避難場所・防災広場・公園等)に一時避難する。自身や家族の身体状況、建物倒壊、火災、道路状況などを確認して、自宅生活が可能な場合は帰宅、自宅生活不能の場合は、指定された避難場所(小中高の学校など)へ。いずれの場合でも食料・水・衣類など物資の配給は受けられる。怪我、持病など援護・介護が必要な人は、シルバーセンターなど第2次避難所で(安全が確保されるまで)避難生活を送る。このように“避難の流れ”を見ると、今号のタイトル『我が家の防災対策』の“防災”とは、個人では“災害を防ぐ”ことは出来ないが、個人でやらなければならない“災難を防ぐ”対策のこと、翁はその重要性を改めて自覚させられた。

翁は、数年前から転倒しやすい家具を固定化したり、ガラスの飛散を防ぐためのテープも用意した。普段、そんなテープは窓ガラスや家具ガラスに貼り付けることはしないし、実際に地震が起きてからでは間に合わないが、数日間、留守にする時などは必ず貼り付けて家を出るようにしている。また、寝室には、思いつくままの“防災グッズ”を詰め込んだ“防災バッグ”を置いているのだが、久しぶりに中を覗いてみたら、懐中電灯やラジオのバッテリーは流れているし、非常食カンパンや小型のペットボトルの水も(たぶん)食えない、飲めない・・・ということで、消防庁が提唱している『家庭の防災対策』(防災グッズ)を参考に、以下のグッズを新たに揃えることにした。

手動充電式LEDライト(ハンドルを回して携帯電話に簡単充電、ラジオ・サイレン付)。
常温で5年保存可能な水(500ml)4本セット、5年保証のカンパン(110g×3)、非常用トイレ(排泄物固定・脱臭・廃棄用袋付3回分セット)、アルコール除菌ジェル、レジャーシート(避難生活での防風・防寒・日よけ・雨除け・目張りに使える)、水不要のシャンプー、エア枕、薄手のレインコート、軍手、布ガムテープ、マスク、ズック靴、帽子・胃腸薬・風邪薬・ウエットティッシュ・傷治療の軟膏・絆創膏・包帯・バンドエイドなど。まだあるだろうが、取り敢えず、これだけ揃えておけば・・・あ、翁の場合は血圧やコレステロールの薬、勿論、保険証や診察券などを1つのバッグに入れて所定の場所に置いてあるので、(携帯電話も)それらも忘れないようにしなければ――しかし、これだけの備えをしていても、突然襲ってくる天災の猛威から逃れるのは至難。先日、広島で発生した豪雨による大規模な土砂災害で一瞬にして70数名の尊い人命が奪われた。『防災の日』に(改めて)亡くなられた方々のご冥福を祈りたい・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

にゃんこ

何年か前、知り合いの家にかわいい猫がいた。引っ越した先にすでにその猫はいたようで以前はそこに住んでいた家の猫だったらしい。とても臆病で人見知りするらしく新しい人が来ると必ずどこかに隠れてしまいその人が帰るまで出てこない。特にパーティーの時などは、かなり警戒して最後の一人が帰るまで絶対に姿を現さない。私の場合、初めてこの猫と会った時、初めは恐る恐る遠くから私の様子を見ていたが“おいでおいで”と床に座り込んで呼んでみたら近寄ってきた。おそらく相性もあったのだろう。それからすぐに甘えてくるようになった。そしてその後の数か月間、その猫のいる人の家の1部
あくび 寝起き 寝起き
いないいない ば〜 グースカ

屋をテンポラリーでルームレントさせてもらう事になった。子供の頃にしばらく飼っていた猫がいたが、それ以来の猫との生活だった。警戒心が強いくせに、ひどく寂しがり屋で慣れた人には甘えん坊だった。朝は私の部屋の前でドアを開けるまで1時間でもあきらめずに頑固にミャーミャー鳴いていた。初めは甘えた声で鳴いているのだが途中からはヒステリックな怒り声になってやがてその声のトーンが低くなっていく。そして疲れて声が小さくなり猫は仕方なくドアの近くでふてくされて寝ている事などもあった。結構、そういう所はなかなか根性のある猫だった。いつも朝、人を起こしに来るのでたまには、こち
ニャンコのあくび 猫とスリッパ ニャンコと車

らが先に起きて脅かしてあげようと思いある朝、まだ暗いうちにこっそり猫に気が付かれないように起きて寝起きのその顔をカメラに撮ってみようと待っていた。その気配に気がついたのか、あたふたと慌てて起きてこちらにヒョロヒョロと走ってきた。その顔を撮ったら思わず吹き出してしまった。本当にまだボーっと夢見心地の顔で目が開いていなかった。朝起きるとキッチンやリビングルームなど私の行く先々どこまでもくっついてくる。まるで犬のような猫だった。普段は美人でかわいい顔をしているのに私がカメラを構えるとタイミングが悪いのか急にあくびをしたりブス顔になってしまうので、なかなかいい表情を撮ることが出来なかった。ある日、私が用事で出かけようとしていた時、ふと見たら私の車の上にその猫が置物のように鎮座しているのを見つけた。 “ほらほら、邪魔だから降りて”と言っても降りない。ミャーミャー行くなと抵抗しているように見えた。そこでエンジンをかけたら、しぶしぶジャンプして地上に降りた。そして恨めしそうにずっと私の車を見送っていた。帰ってくると大抵は庭の方からヒョコヒョコ
ニャンコの絵の落書き ニャンコの絵の落書き 猫の寝床

出てきて嬉しそうにひっくり返りミャーミャー鳴きまくりお腹を見せてゴロゴロ転がっていた。ずいぶん喜びをオーバーに表現出来る猫なのだな〜と感心したものだ。
そんな猫が隣の家の子供も大好きでキティーキティーと追い掛け回していたがいつも猫に逃げられていた。ある朝、出かける時に隣の子供が書いたのかチョークで家の前に大きく子供の自画像とその脇に猫のイラストが書いてあった。何だかほのぼのした気分になってその絵の写真を撮った。先日、写真の整理をしていたらその猫の存在が懐かしくなって家のオーナーに猫の様子を尋ねてみたら昨年あたりから突然姿を消して行方不明になったと聞いた。以前、久しぶりに、この家の近くを通りかかった時、今でも猫は私の事を覚えているかしらと車を停めて家の前に行った事があった。車のエンジンの音を覚えていたのか庭の方から猫は現れた。そして前と同じようにお腹を見せてゴロゴロ転がって甘えてきた。少しの間ではあったけれど私の心の隙間にこの猫は確実に存在していた。その事を思うと何年も猫や犬と暮らしている人にとっては、その存在がいなくなった時は本当に心に大きな穴がぽっかりあいたような空虚な気持ちになるのだろうなと思った。そしてやっぱり、私はペットを飼わないと決めた。

茶子 スパイス研究家

 

 

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

先日からウォークマンで音楽を聴くためのインナーフォンの購入を考えていましたが、いろいろ検討した末、ワイヤレスではない普通のものにしました。コストパフォーマンス が良くデザインもいいZERO AUDIOのものを選びました。装着フィット感が良く、音漏れしにくい構造なので電車の中で迷惑にならないと思います。低音から中高音までバランスよく聴けるので、ジャズに向いていると思います。Dominick Farinacciのアルバム"Sound in my life"を聴いてみました。前回904号で紹介した"Smile"はソフトなトランペットでしたが、このアルバムは繊細で高音のトランペットを疲れずに楽しめます。ピアノは片倉真由子、ベースは中村恭士の日本人アーティストで、このアルバムの質を高める素晴らしい演奏です。これから涼しくなって秋の夜長に一人静かにインナーフォンで聴くのに良い アルバムだと思います。もちろんスピーカーで聴くほうがもっといいと思います。

"Sound in my life" Dominick Farinacci 

01-The thing to do
02-Flamenco Sketches
03-What is this thing called love
04-The pursuit
05-I can't get started
06-Vision
07-Peyote
08-My funny valentine
09-Memories
10-Mona's wood

Dominick Farinacci (tp), Stacy Dillard (ts), 片倉真由子 (p), 中村恭士 (b), Carmen Intorre Jr. (dr)
Recorded at The Studio, NYC on January 29/30, 2007

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

孫娘が歩き始めました。昨日、保育所に迎えに行ったらニコニコしながら歩いてこちらのほうにやってきたので感動しました。歩くのがうれしいので動き回っています。目が離せないのでこちらが疲れてしまいます。 《R.O.》


雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.955

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com