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NO.915            Ryo Onishi              11/24/2013

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雑貨屋のひとり言

先日、朝のテレビ番組で野菜炒めの美味しい作り方を紹介をしていたので試してみました。この番組を観られた読者がいるかもしれませんが、ちょっと驚きの調理法です。炒めたい野菜を冷えたフライパンに入れ、先ずサラダオイルで混ぜます。フライパンの底に炎が当たらないくらいコンロの火を小さくします。弱火で調理するところがこれまでの概念を大きく変えるやり方です。こうすることで野菜の繊維が壊れないので野菜本来の旨味(甘味)とシャキシャキした食感、そして鮮やかな色に出来上がります。本当に美味しいです。調理に時間がかかるので、時間がある方、時間をかけてもいいと思う方は試して見てはいかがでしょうか。≪R.O≫

 

栄光の背番号16

 前回のこの欄で、歌手、島倉千代子さんの訃報で昭和という時代が一つひとつ消え去ってゆく寂しさについて書きましたが、私にとってもうひとつ、子どものころからの憧れだった名選手の訃報も時代の流れを実感させられるニュースでした。

それはプロ野球の元巨人軍(ジャイアンツ)、川上哲治(選手、監督)さんの訃報で、先月末に亡くなったと多くのメディアで報じていました。川上さんは私より17歳も年長で93歳の大往生だったそうです。私にとって川上さんは憧れでした。

私が小学生高学年の頃までは戦後の荒廃の時代で、私たちが住んでいた東京下町界隈は見渡すかぎりが空襲による焼け野原でした。1950年(昭和30年)朝鮮半島で動乱が勃発し、日本も特需で景気が上向き始めたころ、中学生だった私たちは広い焼け跡を歩きまわり、錆びた釘や鉄くずなどを拾い集め、小遣い稼ぎに精をだしたものでした。

そんな私たちにとっての楽しみのスポーツは野球(軟式)で、荒廃してはいても広さだけは充分の焼け野原で思う存分楽しんだのでした。ただしグローブ、バット、ボ−ルなどの道具はそろわず、お金持ちの子どもたちだけが持ってくる道具をみんなで使わせてもらったりしていたのが実態でした。

貧困だったわが家も野球道具を子どもに買い与えるなど無理でしたが、あるとき、見かねた私の姉がぼろ布を縫い合わせ私にグローブを作ってくれました。見栄えも使い勝っても決してよくない代物でしたが、それでも自分専用のグローブに満足したのを覚えています。ただし一年ちょっとで縫い目がほぐれ使い物にならなくなっていました。

私たちの住んでいた地域からそれほど遠くない隅田川のほとりにある隅田公園に当時からかなり整備された野球場がありました。ここで試合をするのが私たちにとって最高の舞台でした。ただし、この球場の難点は外野の外が隅田川であり、ホームランを放つとボールが川へ飛び込んでしまうことでした。当時、私たちにとって、ボールはたいへん貴重品であり、川へ飛び込んだボールは試合そっちのけで全選手が長い竿や網、棒などを使って回収したものです。

のちに世界のホームラン王となった王貞治さんも少年時代、この野球場で試合をしており、私も当時の彼を2、3度見かけた記憶があります。当時から周囲が目を見張るほどの豪腕投手であり、また強打者でした。

はじめてプロ野球を見たのは、私が小学生のころ、二人の兄に連れて行ってもらった後楽園球場でした。相手チームは忘れましたが巨人戦でした。赤バットを持った4番打者の川上哲治選手が三塁打を放ったことをいまだに忘れられません。それ以降、私は巨人ファンになって今にいたっています。

私が巨人ファンになった最初の頃の巨人軍の主要選手の名前もいまだに記憶しています。監督(中島治康、三原脩、水原茂)、投手(藤本、中尾、川崎、別所)、捕手(内堀、藤原)、内野手(川上、千葉、山川、平井、白石)、外野手(平山、呉、小松原、青田)などなど。テレビのない時代でしたが、当時も流行った選手カードを集め、顔と名前を覚え、熱を上げていました。

川上選手の背番号が「16」であったことから、何でも16という数字にこだわり、映画館へ行けば16番の座席を目指し、宝くじは末尾2桁が16の券を買い、また都電(当時運行していた東京の路面電車)の16系統の路線に乗るだけの目的で錦糸町から大塚駅まで行ったこともありました。

1949年(昭和24年)、私が小学6年生の時、アメリカから「サンフランシスコ・シールズ」 という野球チームが来日しました。このチームはMBL(メジャーリーグ)ではなく、傘下のAAA(トリプルA)のチームでしたが、日本のプロ野球チームは6回挑んで全敗でした。これが当時の日米野球の実力の差だったのです。

 このとき、私たちは学校を通してアメリカチームの監督オ′ドールさんの名前で招待され、試合を見学する栄誉に浴しました。全員に英語の野球雑誌が配られ、紙質や印刷の素晴らしさに普段は“わら半紙”のような紙の本が当りまえだった私たちは驚嘆したものでした。

そんな日本のプロ野球も今では野茂選手をはじめ、イチロー、松井、上原、ダルビッシュ等々、アメリカMBL(メジャーリーグ)で大活躍し、「マー君」こと田中将大選手のMBL移籍がアメリカでも話題になっています。これら大選手の活躍も先人の努力と苦難の上に築かれたものでしょう。戦後のプロ野球の発展の礎を築いた先人の原点ともいうべき功績者の一人が川上哲治さんではないかと思っています。
河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )


キューピットの洒落に踊った一目惚れ

恋一途そんな昭和もありました

一枚の写真と夜更けまで語り

一期一会とはいえ忘れられぬ人

精一杯介護母への恩返し


( ニュースやぶにらみ )


「秘密保護法案の裏話」

ひみつ −自公み維

「首長選3連敗」

横綱にはまだ遠いか −自民党

「結びの一番の大歓声」

ポールマッカートニーと言いそうになった −行司


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

今週はお休みです。

 

茶子のスパイス研究

今週はお休みです。

茶子 スパイス研究家

 

 

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

犬?の声のような音を出すクイーカーという楽器を使った、Quincy JonesのSoul Bossa Novaはいろんなコマーシャルに使われていますので、誰でも一度は聞いたことがあると思います。
JazzのようなBossa Nova、元気が出る曲です。たまにはこんなアルバムも聴いています。
"Big Band Bossa Nova" Quincy Jones
01-Soul Bossa Nova
02-Boogie Bossa Nova (Boogie Stop Shuffle)
03-Desafinado (Slightly Out Of Tune)
04-Carnival (Manha De Carnaval)
05-Se E Tarde Me Perdoa (Forgive Me If I'm Late)
06-On The Street Where You Live
07-Samba De Uma Nota So (One Note Samba)
08-Lalo Bossa Nova
09-Serenata
10-Chega De Saudade

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

先週木曜日、孫をベビーカーに載せショッピングセンターに出かけました。ショッピングセンターでも駅でもベビーカーを押している若いお母さん(おじいちゃん、おばあちゃんも)を多く見かけます。
以前から見かけていたはずですが、孫が出来てから特に気にして見るようになっているのですね。

秘密保護法案の審議が行われていますが、私たち国民のよくわからないうちに決まろうとしています。
強引なやり方は時代逆戻りのような感覚がするのは私だけではないと思います。

Y駅のホームにあるすべてのベンチに毛糸のクッションが取り付けられているのを見てほのぼのとしていたのですが、もう幾つか歯抜けになっています。なんで?
 

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《R.O.》

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Zakkaya Weekly No.915

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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