Zakkaya Weekly No.87

Ryo Onishi 1/11/98 NO.86 バックナンバー  Homepage

風邪を引いている方が多いですが、読者の皆さんは大丈夫ですか?私も日本から帰ってきてからちょっと喉が痛くなって、少し熱っぽくなったりしましたが、なんとか持っています。ロスは日本に比べればとても暖かいのですが温度差が結構ありますので油断するといけないようです。気を付けましょう。

日が少し長くなってきましたね。これから少しずつ長くなっていくので、なんとなく嬉しい気分です。(R.O)

私の世紀末−(1) 2年前の初夢

私にとって「世紀末」 は 今から丁度2年前、1996年1月2日の朝から始まりました。尤も「世紀末」 と言っても 私の場合は 「前向き」 の意味でとらえた「世紀末」 のことであり、一般的に理解されている 「退廃・絶望・凋落」 とは 関係ありません。ただ単に来るべき21世紀をはっきり意識し始めた、というだけの意味なのです。

一般的に、正月元日の夜(または正月2日の夜という解釈もあり)見る夢を「初夢」 と呼びますが、丁度2年前の1996年元日の夜、私が見た初夢は まさに私の今後の人生を左右する程ショッキングなものでした。

 21世紀は2001年1月1日から始まるので1996年元日とは 「20世紀最後の5年間の始まり」 という事になります。そんなことを意識しながら 就寝したためか その時の私の初夢は次の様なものでした。

1995年大晦日、恒例の「NHK紅白歌合戦」も終わり、ベッドに潜り込んだ。そして目が覚めた。昨日が1995年の大晦日だったので 今は1996年元旦の筈だ。私も、あと一年半で定年・引退か・・・。でも何となく雰囲気がおかしい。あたりの様子がおかしい。私は元旦は新聞をベットの中で見るのが習慣なので 妻を呼んだ。「元日の新聞来ているかい。取ってきてくれないか。」 ところが妻の答えは こうだった。「あなた 正月早々なにを寝ぼけているの。いまどき 新聞配達なんてある訳ないでしょう。 何年も前に廃止になったじゃない。ニュース端末モニターの画面を見なさいよ。」 年賀状はどの位来ているの との質問に「まだ寝ぼけてる!年賀状とか 挨拶カードなんて 書いて出す人はもう殆どいませんよ。モニターの画面でチェックするんでしょ。なんたって今朝は2001年元旦なのよ。今日から21世紀の始まりなんです! あなたみたいなコンピュータ音痴はこれからの21世紀をどうやって生きてゆくのでしょうね。」

こりゃ驚いた。どうも私は一晩寝たつもりなのが、実はなんと丸々5年間も寝ていた事になる・・・ようやく解ったぞ。もう今日は21世紀に入っているのだ。新聞配達も年賀状も今は 情報端末モニターですべて用が足りるんだ。(尤も在来の年賀ハガキも数通は届いていた――私より年上の、日本の叔父・叔母からのものだった。)

息子と娘にお年玉をあげなければと気が付いた私は妻にドル札とお年玉袋を持って来るよう頼んだら「現金なんて、ここ何年も見た事ないわ。何いってるの!ネット振り込みをしてちょうだい。」 私は自分の端末機から 息子と娘の端末機宛てにお年玉を振り込んだ。(筆者注:私達に子供はいないのに、何故かこの夢では 息子と娘がいた。更にこれまでパソコンのキーボードすら触ったことがない私が 夢の中では端末機を使いこなしていた。)間もなく娘からのメッセージを私の端末機が受信した。「お年玉受領しました。有り難うパパ。I Love You !」次に 息子からのメッセージ「オヤジ、お年玉を振り込んでもらったけど、世間の標準の半分しかないぜ。あとの差額を大至急送金してよネ。」マイッタナ!息子の奴。しようがないので 差額を振り込んだ。息子からようやく返信あり「オヤジ 有り難う。Happy New Year !」・・・――以下省略(と言うより それから先は覚えていない)――

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私は 情報機器関係(パソコン / プリンタ等)の会社に30年以上勤務していながら、この時                                         点では パソコンは大の苦手としていました。というより触るのが面倒で、怖かったのです。パソコンがまだ「電子計算機」と呼ばれていた頃、計算は「ソロバン」が最良と信じていた私は、仕事上の計算はすべて「ソロバン」を使っていました。(ただし 来客等の時、 私の愛機「ソロバン」は すばやく机の中に隠されました)

そんな私が見たのが上記の初夢なのです。あと5年で21世紀、そして私の見た初夢は 以外とその通り実現してしまいそうだ。・・・・私は既に60に手が届く年齢だけど、まだまだ憎まれっ子世に憚って21世紀まで生き延びそうだ。・・・となると情報端末としてのパソコンすらも 使えなくて有意義な人生を送り続けることが出来るだろうか。あの初夢は天が私に与えた警告かもしれない。・・・そして決心しました。「ようし、これからパソコンを始めよう。」

あれから2年、パソコン買って 入門クラスにも通い、周囲の応援も受けながら お陰で今、こうしてパソコンとインターネット、E-Mailを駆使して(??)毎日、数時間はモニターを睨みながら情報の受・発信をし、何とか「雑貨屋Weekly」にまで投稿出来るようになりました。若い皆さんには何でもない事でしょうが、私みたいに パソコン・アレルギーの強い年代の人間にとって これは生涯の大事件、人生の転機なのです。

かくして 私の「世紀末」が始まったのです。私がパソコンを始めることになった 2年前の「初夢」の話でした。

*今夜は今年の初夢と出会う夜。どんな初夢と会えるのだろう。これから寝るのが楽しみ だ・・・・・〔1998年1月1日 記〕

昨日見た筈の夢は何も覚えていない。今年の初夢は空振りだった。・・・〔1月2日 記〕 河合将介 skawai@wakao.com

健康の方程式 「プラス発想こそ遺伝子をONの秘訣」 西尾誠一郎

村上和雄先生はよい遺伝子をONにする秘訣として「感動する」と同時にプラス発想を上げています。日本一の経営コンサルタントというより、私には“人生の達人”というイメージの方が強い船井幸雄さんは“素直、勉強好き、プラス発想”の3つを人生成功の条件に上げています。「病いは気から」というお医者さんもずいぶん増えてきました。心の持ち方が病気と深くかかわっているのです。今回はプラス発想について考えてみましょう。

NHKの「小朝が参りました」の番組で百歳を超えて元気で暮らしているお年寄りに共通していることは「くよくよしない」ということです。つまりみなプラス発想して、ワクワク、イキイキ、ニコニコと人生を送っています。百年前は、もちろん全員とは言いませんが、プラス発想が自然に身につくよき時代だったのです。しかし現在はそうはいきません。プラス発想は、南の島へ行ってのんびり暮らせば別ですが、特に日本やアメリカで暮らしていると、自ら努力して身につけなければならないものなのです。ではまず学ぶということから考えてみましょう。

私は生きることは学ぶことだと思います。人は誰でもお腹の中にいる時から学んでいます。外界からさまざまな刺激を受けて胎児でさえも自ら学び記憶するのです。そしてもちろん死ぬまで学び続けるのです。しかし何となく外からの刺激を受けて学んでいる人と、自ら積極的に学ぶ人とは大きな違いが生じます。そして多くの人は、学ぶことと教わることを混同しているのではないでしょうか。その結果、あまり意識していないかもしれませんが「教わる」ことを「学ぶ」ことより大切にしていませんか。少しでもよい学校に子供を入れようと無理する親を見ると、私はついそう思ってしまいます。

私は自ら学ぶということをみんながもっと大切にすれば、どの子も楽しく学べるようになるということを、父の保育園やくもん式教育で実感してきました。自ら学ぶという習慣がつけば、学校教育での成果も飛躍的に上がることを見てきました。もちろんくもんしかないとは言いませんが、くもんの高校教材を終了した子供達は例外なく自ら積極的に学び続ける人材に成長しています。

自ら学ぶということと、プラス発想はどういう関係にあるのでしょうか。実は自ら積極的に学ばないと、プラス発想は身につかないのです。船井さんは、うまくいかないことについても「その理由を考え、どんなことがあっても感謝して、肯定して『必然・必要・ベスト』だと考えなさい・・という。父親が死んでも、家族が事故に遭っても、その理由を探しなさい。探したらわかる。今度はその理由を肯定しなさい。そして感謝しなさい喜びなさい。それからプラス発想しなさい。」(船井幸雄の人生道場72ページ)といいます。

船井さんは「プラス発想法」というのは「思うことは実現する」という真理がベースにあるといいます。将来何かやろうと計画する時には、自信と確信が必要だし、これがあったら簡単に実現する。自信がない人間に自信をつけさせるには、ショックを受けるほどびっくりする人、もの、場所に出会えるよう一緒に連れていって見せ、体験させるのが一番早いといいます。

船井さんのプラス発想法をまとめてみましょう。「@できるだけ実現可能な大きな夢を持つことAそれができる理由を、一所懸命に探し考えること、そしてできると思うことBハラをたてたり、怒ったり、くよくよしないこと。これら3条件はまとめれば『プラス発想』という一言になるといってよいであろう。」(74ページ)

私はこの4月重い病気になった時、実現可能な大きな夢が持てました。その夢は必ず実現すると思っています。私は病気になったことに少しずつ感謝でき、そして確実に快方に向かっています。そのうちみなさんにもお伝えできることでしょう。

編集後記

いつも思っているのですが、いったいどれくらいの方がこの雑貨屋を読んでくれているのか気になります。ご意見、ご感想、投稿を待っています。

Zakkaya Weekly No.87

雑貨屋店主 大西良衛 ronishi@earthlink.net