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NO.868             Ryo Onishi              12/30/2012  

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雑貨屋のひとり言

先週は全国的に寒かったようですね。日本に帰ってきてから12月にこんなに寒かった記憶はありません。本当に地球は温暖化に向かっているのかと思うくらいです。(夏はそう思います。)家の中では全身ユニクロの服を着て寒さをしのいでいます。
今年も残すは明日、一日となりました。帰省ラッシュで、海外旅行で日本人が大移動しているようです。みなさんはこの年末年始はどう過ごされるのでしょうか?
長いようであっという間に過ぎた一年でした。今年も毎週、休みなく雑貨屋を発行できました。これも執筆者のみなさん、読者の皆さんのおかげです。ありがとうございます。
来年も毎週発行を続けていきますのでよろしくお願いします。≪R.O≫

 

年のおわりに

辰年の2012年も間もなく幕がおります。人生古希を過ぎ喜寿に限りなく近付くにつれ、新しい一日を迎えるたびに生きる喜びと感謝を感じられるようになってきました。ましてや年の暮れともなると、「今年もなんとか無事に過ごすことができたな」との感慨にふけるこの頃です。

今年も世界は想定内、想定外の変化や出来事が数多くありました。辰年だったので「大小のたつまき(竜巻)」が吹き荒れたといえるのかもしれません。2012年は世界のリーダーの多くが交代または再選、帰り咲きがあった稀有の年でした。アメリカ合衆国(オバマ大統領再選)、ロシア(プーチン大統領返り咲き)、フランス(オランド大統領選出)、中国(習近平共産党中央委員会総書記、共産党中央軍事委員会主席就任)、台湾(馬英九総統再選)、韓国(朴槿恵大統領選出)、北朝鮮(金正恩第一書記就任)、エジプト(ムルシー大統領選出)などで、またさらに我が日本でも民主党・野田内閣に代わって自民・公明連立による安倍内閣が誕生しました。

主要先進諸国でこれほどリーダーに関する選挙または交代があったのは、上記多くの国では年初からの既定路線でしたが、これからの国際情勢に大きな影響を与えることは必至でしょう。また、ここ数年アラブ諸国において高まりをみせた民主化運動である「アラブの春」も新たな動きをみせました。

日本では景気・経済の低迷、政治の混乱に加え、災害も多く厳しい1年で、まさに暗黒の竜巻が吹き荒れた年といえるのかもしれません。日本を取り巻く領土、安全保障について深く意識させられた年でもありました。あえて明るい竜巻を思い返せば、ロンドン・オリンピックでの日本チームの活躍(史上最多のメダル38個)、山中伸弥教授のノーベル賞受賞、東京スカイツリー開業などが印象深く残ります。

こちらアメリカでは相変わらず銃による悲惨な事件が多発しました。特にこの12月14日にコネティカット州の小学校で起きた銃乱射事件では、死亡した子ども20人、大人6人で、犯人は20歳の若者、被害者全員が複数の銃撃を浴びていたという悲劇でした。

もともとコネティカット州は全米でも銃規制の厳しい州で有名で、ここでは銃購入者の犯罪歴などについて、連邦政府より厳しい独自調査を行い、購入者には適格証明の事前取得を義務化、16歳未満の子供の手に触れる状態で弾丸を装填した銃を保管することも禁じているところです。それでもこのような惨劇が発生し、全米に大きな衝撃を与えました。

今回の銃乱射事件では、オバマ大統領も記者団を前に涙ながらに声明を読み上げ、「私たちは政治と関わりなく、このような悲劇を防ぐための意味ある行動を取らねばならない」と強調していましたが、銃規制反対を掲げる野党・共和党やロビー団体「全米ライフル協会(NRA)」からの強硬な圧力もあって、現実には規制を進めるのは容易でないでしょう。現にその後、南部アラバマ州でも2件の発砲事件が報じられました。

国際社会だけでなく私自身の身に回りも今年は変化がありました。昨年の癌の手術から1年8ヶ月が過ぎ、おかげさまで今のところ再発、転移はみられず経過は良いのですが、消化器ほか膵臓、胆のうなども切除したため、体力が落ち、さらに腎臓障害に伴う週3回の透析通いが続いており、いまのところ日本どころか、国内の小旅行も出来ない状況です。車の運転はすべて妻に頼っています。

ただ、体力は落ちても、気力だけは充実させているつもりです。時間はかかりそうですが、療養に専念して回復し、またどこへでも出かけられるようになるべく、これからも頑張ります。

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当「雑貨屋ウイークリー」も1996年5月の創刊(予告)号以来16年半、2012年を締めくくることになりました、この間、今回の868号まで一度の休刊もなく、楽しい話題満載のメルマガを毎週発行されてきた店主 大西さんのたゆまぬ努力に心から敬意を表します。

みなさん、今年もお付き合いいただきありがとうございました。どうか良い新年をお迎えください。

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )


かと言ってハイドになれるわけでなし

流されてなるか愚直な葦でいる

今更に焦ることないマイペース

お互いにいないと困るから夫婦

この道をどこまで行けるところまで


( ニュースやぶにらみ )


「来年の漢字」

「借」かなあ −国債

「霧消」

未来がなかった −嘉田代表、小沢一兵卒

「拾う」

火中のドングリ −海江田代表


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(259)「ありがとう!」

日本語の中で、翁が最も好きな言葉に「ありがとう」がある。「ありがとう(有り難う)」の語源を調べてみたら仏教の最古の経典の1つ≪法句経(ほっくぎょう)≫の中に『人は生を享(う)くるは難く (人は)やがて死すべきもの 今いのちあるは 有り難し』(今、生きている私たちは、沢山の偶然と無数の先祖の計らいで生を享けて誕生したのだから、命の尊さに感謝して精一杯生きましょう)という釈迦の教えから生まれた言葉、とある。
つまり『有ることが難しい』は『めったにない貴重なこと』に感謝の心を持つ、ということから「ありがとう」に発展した、ということらしい。もともとはそうかもしれないが、今は『めったにない貴重なこと』だけに感謝するのではなく、どんな些細なことでも自分が“嬉しい”と思えることには直ぐに(素直に)「ありがとう」と感謝の気持ち表現するのが一般的である、と言いたいのだが、本来、シャイで照れ屋の日本人(特に年配者)の中には、気持ちはあってもなかなか「ありがとう」が言えない人が多いのではないだろうか?“有り難さ”も分からない、分かっても“礼”の1つも言えない不作法者は論外だが・・・

若い頃から頻繁に外国を飛び回っていた翁、初めの頃は中国人や韓国人に間違えられることが嫌で、カメラバッグや上着や帽子に日の丸を縫い付けて“俺は日本男子だ。日本の伝統文化と日本精神を奴ら(外国人)に示してやろう”と肩をいからせていたのだが、気が付けば教えられたこと(学んだこと)のほうが多く、驕り高ぶった鼻をへし折られたこともしばしば。欧米の歴史・文化に触れて、その奥の深さに驚嘆したこともさることながら、日常生活の中で、人と人とのグッド・コミュニケーション(いい人間関係)の初歩的マナーを学ぶことも多かった。例えば、知らない者同士でも、すれ違いざま目が合った時などは、ちょっと笑みを浮かべて会釈を交わしたり(それぞれの国の言葉で)「おはよう」、「こんにちは」、「こんばんは」と声を掛け合う。道を譲られたり、何かをして貰ったり(例えばレストランで水を貰ったり)した時でも、必ず「ありがとう」を言う。他人に対してばかりではなく、夫婦・親子・兄弟(姉妹)でも、何かを頼んだり、何かをして貰ったりした時、それがたとえ小さなことでも「ありがとう」は日常茶飯事、ごく自然な感謝(マナー)表現となっている。そういう光景を目の当たりにするだけで辺りが和む。元来、気位が高く、日本男子たる者、安易に感情を表に出さないのが美徳、と思い込んでいた古風な翁にとって、それは実に新鮮なカルチャーショックであった。以後、翁、早速その基本マナーの実行を心掛けた。とは言え、日本国内では(照れくさくて、あるいは変に誤解さたくないので)他人とすれ違いざま目と目が合っても会釈したり声を交わすことはしないが、例えば(前述のように)レストランでウエイターやウエイトレスに水やコーヒーを追加して貰ったり、ビルのドアやエレベーターなどで“お先にどうぞ”と譲って貰ったりした時には必ず「ありがとう」を言う。それが、だんだん身についてきた。いや、最初の頃は、軽く頭を下げることで感謝の意を表していたのだが、やはり言葉に出して「ありがとう」と言ったほうが(相手もそうだろうが)自分自身、気持ちいいことに気付く。「ありがとう」は人をも自分をもハッピーな気分にするキーワードであることを覚えた。

さて、もう数時間で2012年は終わる。毎年のことだが、年末になると「ありがとう」を伝えたい人の顔がフラッシュバック(過去の体験や出会った人たちが明確に速やかに1コマずつ思い出される心理現象)で脳裡を走る。その人たちとの交流(関係)の深さにもよるが、翁がこれまで(けっこう長々と)生きてこられたのは大なり小なり、関わりを持ってくれた人たちのお蔭、つまり、その人たちの支えがあったり、叱咤激励があったればこそ、と、芯から思うのである。フラッシュバックの1コマ1コマに現れる人物は、老若男女、国内外を問わず(故人を含む)過去の人、現在進行形の人、いろいろであるが、翁の歳になると誰もかれもが感謝の対象になる。とりわけ今年の暮れは、一段と亡き母の想い出が甦り、母への感謝の念がつのる・・・

つい先日、故郷で母の13回忌法要を営んだ。その母が亡くなる4か月前、たまたまお盆で帰省していた翁を(母が)病床に呼んだ。膵臓ガンに侵されて、いつもは臥せってばかりいるのだが、その時は、母はベッドの上に正座していた。翁「どこか痛い?背中をさすってあげようか?」と訊ねたら「ここに座りなさい」と(ベッドの)母の横を指差した。翁は言われるままに腰を下ろし、母と並んだ。母がおもむろに口を開いた「長い人生だった。幸せな人生だった。明治、大正、昭和、平成の4代を生きさせて貰った。ここに至って何ひとつ悔いるもの無し、恨むもの無し、悲しむもの無し、ただただ皆々に感謝あるのみ」。
空(くう)の1点を凝視する母の眼を見た。その眼は(我が母ながら)実に神々しく、実に優しい光を放っていた。翁、心身が硬直して返す言葉も見つからず、とめどもなく溢れ出る涙を拭うこともなく、たった一言「ありがとう!」と言うのが精いっぱいだった。

ところで、翁が拙文(ブログエッセイ)を執筆し始めてから7年を超える。2005年からの2年間は『龍翁の独り言』というタイトルで月に1,2本の気ままな個人配信であったが、2007年8月からエッセイスト集団『ZAKKAYA WEEKLY』(主宰・大西良衛氏=大阪)に加わり、タイトルも『龍翁余話』に変えて(ほとんど毎週)執筆を続けている。『余話』とは本来ジャンルを問わない世間の“こぼれ話”の意味だが、翁は勝手に“言いたい放題”と解釈、世情・政情を斜視、俯瞰視して(常に“上から目線”で)吼えて来た。一貫して日本精神と伝統文化(日本国と日本人の有りよう)に軸足を置いて来た。そのスタンスは、『龍翁余話』が続く限り変わることはない。一部の読者から“右翼”と呼ばれているが、日本国及び日本人を主軸に扱っているのだから、翁、喜んでその評を良としよう。それはともかく、2012年の終りに際し、亡き母の言葉を借りて申し上げる(『余話』の読者各位、普段の交誼をいただいている友人各位に対し)「皆々、感謝あるのみ、ありがとう!」。皆様のご健勝と来る年の幸多からんことを祈念して・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

御屠蘇

先日、みりんを買った時におまけで御屠蘇が付いてきた。裏を見ると陳皮(ミカンの皮)桂皮(シナモン)クローブ(丁子)と書いてある。このあたりは前回皆で作ったオレンジポマンダーに使うスパイスが使われている。そして山椒これもスパイスのカテゴリーに入る。どれも消化機能を助け体を温めたりする薬効がある。そのほか(オケラ)防風(ボウフウ)桔梗(キキョウ)の根と漢方薬に使われる素材が入っている。 御屠蘇って薬酒だったんだ〜とスパイスを勉強し始めてから気がついた。普通、御屠蘇の中身は6−7種類らしいがその他にフェンネル(ウイキョウ)や他のハーブやスパイスが加えられて10種類ぐらい入っているものもあるらしい。そういえば昔、母が良く飲んでいた養命酒も薬酒でそこにもたくさんの生薬やスパイス、ハーブが使われていた。漢方の独特のあの匂いが駄目という人はシナモンやクローブやミカンの皮だけで御屠蘇を作るのもいいかもしれない。
何年か前にお正月に呼ばれた時に年の初めに飲む御屠蘇は若い順に飲むのが正式な飲み方なのだと教わった。その理由はいくつか云い伝えられているのだが1つは若い者が先に毒味をする為にその順番になったという説もあり、もう1つは若い人のエネルギーをお年寄りに渡すという縁起担ぎもあったようだ。いずれにしてもこの御屠蘇の歴史は中国から日本の平安時代に伝わったそうだ。その頃、中国の三国志で有名な華陀という漢方医が無病長寿を願って処方したのが始まりで長年の月日を経て日本的な御屠蘇の風習になっていったようだ。
さて、御屠蘇の作り方としては甘口が好きな人は本みりんで辛口ですっきりとしたのが好きな人は清酒にまた両方を自分好みにブレンドしたりしてもいいようだ。そのお酒300mlに御屠蘇の素材の入っている一袋を元旦前の夜から7−8時間ほど付け込んでおく。そうすると元旦の朝には丁度いい加減で出来上がる。それ以上付けていると濁りが出てしまうのでその前に袋を取り出すのが美味しくお屠蘇を頂けるコツのようだ。昨年、1月の女子会で邪気を払い魂を蘇らせるお酒を持参しますと宣伝したら、どんな若返りのお酒なのだろうと楽しみに待っていたようで ″なーんだ、お屠蘇の事だったのね〜 ″と言われた。
もし、御屠蘇が余ってしまったら中華料理用の調味料用のお酒としてもこの御屠蘇は使えるようだ。鳥肉をスパイスや生薬の入ったお屠蘇で煮込み、そこに生姜、砂糖、醤油などの調味料を加えて作ると本格的な中華料理が出来るそうだ。今年は早速、その御屠蘇で元旦は中華料理でも作ってみよう…

茶子 スパイス研究家

 

 

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

今年最後のジャズは何にしようかとちょっとだけ考えました。いつものことですが毎週1アルバムですから一年で52アルバムの紹介になります。
たいしたことないようでこれが意外とやっかいなのです。どのアルバムにするかもそうですが、見つけたあと何を書くかを考えなければいけないからです。(と言いながらも楽しんでいます。)自分のお気に入りのジャズはこれまでにも相当数紹介しているし、変な(何度聴いても好きになれないような・・)アルバムは紹介したくないし、ということで悩むわけです。でもまだまだストックはあるので、探せばなんとかなりそうです。毎週、見つけるたびにこんなアルバムがあったんじゃん・・と思いながらこのコラムを書いています。
今週はトロンボーン奏者のCurtis Fullerのアルバム"The Opener"です。
Curtis Fullerは雑貨屋603号で"Blues Ette"という有名なアルバムをご紹介しています。ブルーノートデビューを果たしたのが”The Opener”で1957年にリリースされています。トロンボーンはなかなか主役になれなかったのですが、トロンボーンの地位を向上させたのはこのCurtis Fullerだそうです。

"The Opener "  Curtis Fuller

01-A Lovely Way To Spend An Evening
02-Hugore
03-Oscalypso
04-Here's To My Lady
05-Lizzy's Bounce
06-Soon

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

皆さんはもう年賀状を投函されたことと思います。私は元来、不精者ですので、いつも年末ギリギリに出していました。でも今年は珍しく年賀状を早いうちに作成し投函しました。年賀状でお世話になるのがプリンターです。でもこのプリンターで困るのは「インクがなくなりました」という悲しい表示が出てくることです。インクの買い置きをしてなかったので仕方なく息子に頼んで、プリントできなかった残りの年賀状をプリントしてもらいました。プリンターのインクがないまま放ってはおけないので、近くの電気店に買いに行ったのですが、ものすごく高い(今回に限ったことではないのですが)と感じました。今や、テレビ通販のPCのおまけみたいについてくるプリンターの値段は安くなって、1万円台でかなりいいものが買えます。それなのに純正のインクは驚くくらい高い値段で売られています。まとめ買いをするとプリンターが一台買えるくらいの値段です。(こんなことをここでわざわざ書かなくても皆さんご存知だと思いますが。) メーカーはプリンターを安く売ってインクで元を取ろうとしているように思えるのは私だけでしょうか。(いやみなさん同じだと思います。)
もっと安いインクはないかとネットで調べたら、なんと5分の1の値段で、代替え品がありました。早速、ネットで注文して買いました。品質ですか?特に問題なく使えています。
省エネ時代ですからインクの交換なして使えるプリンターを発明してもらいたいなあと思っています。

雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.868

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com