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NO.814               Ryo Onishi              12/18/2011  

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雑貨屋のひとり言

先週金曜日に左眼の白内障の手術を受けました。まだそんなにひどい状況ではなかったのですが、左眼の乱視の補正を行うことで右眼への影響を減らすことにしました。手術はわずか15分程度で無事に終わりました。寝る時は眼をこすったりしないようゴーグルみたいなメガネをかけています。落ち着いたら、新しいメガネを作ろうと思っています。≪R.O≫

 

長寿企業と三代目

先日発表された帝国データバンク(今年8月時点で集計した日本国内約130万社のデータによる)の資料によると、日本には創業500年を超す長寿企業は39社あるのだそうです。最も古いのは、西暦578年創業の「金剛組」(寺社仏閣建築、大阪府)で、1400年以上の歴史があることになります。さらに、江戸時代後期以前にあたる「200年超」は約1200社、明治末期以前にあたる「100年超」では2万社強の企業があるということです。

日本では「創業元禄XX 年」とか、「天保XX 年」などと古さと伝統を看板にしている老舗(しにせ)デパートや商店を街で見かけることがあります。当地ロサンゼルス小東京などにも、何代にもわたって立派に営業を続けている日本または日系の店がいくつかあり、私はそんな「お店」の前を通るとき、何世代にもわたって店を維持してきた“古さ”と“貫禄”を感じ、一種の感動さえ覚えます。

でもよく考えてみると 今、私たちが知るこれら老舗とは、“古い伝統があるから貴い”というより、長い年月の間、何度も襲ってきたであろうあらゆる危機に対し、いつもその時代にふさわしい新しい内容の経営改革をし、生き残り、今に至っているからこそ、貴いのではないでしょうか。

これに対し、伝統の古さだけに安住し、時代に即した改革が出来ず消えていった会社は無数あった筈です。今、生き延びている老舗は、花も嵐も踏み越えて常に新しく脱皮してきたからこそ 、老舗といわれ残っているのでしょう。だから私は「老舗こそ新しい」と思っています。

個人が中心となる同族企業の場合、代々継承する人間の質が問題となります。落語には、親に勘当された放蕩息子が出入りの職人のところで世話になる、といった話がよく出てきます。

そんな話の“まくら”として「売り家と唐様(からよう)で書く三代目」という川柳が引き合いにされることがあります。初代が苦労して作った財産も、三代目ともなれば没落して、ついに自分の家を売りに出す。その売家札の字が唐様(江戸中期に流行した、明風の書体)で書いてあり、遊芸に溺れた生活が忍ばれる、という意味です。

今回の大王製紙の事件はこの川柳を思い起こす内容です。大王製紙は創業が第二次大戦後の1943年で、まだ歴史ある会社というほどではありませんが、リヤカーを引いて古紙を集めた初代、社名よりも有名なティッシュペーパーのブランド「エリエール」生みの親で会社を業界3位に押し上げた二代目に対し、三代目は子会社から百億円を超える金を引き出してはカジノに興じたとして逮捕される醜態です。

創業家3代目の「エリート御曹司」として常に日の当たる道を歩み、企業家としても手腕を発揮しながら、一方で、夜の街やカジノで別の顔を持っていたことが明るみに出てしまいました。これによってこの企業が破綻したわけではありませんが、時代に即した改革が出来ていなかったわけで、老舗への資格欠如といえるのではないでしょうか。
 河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

さくらの独り 言

今週はお休みです。

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

付けのきく店で見栄張る空財布

酒といる賞味期限の切れた夢

散会の後飲み直す反主流

酒らしい酒にありつく三次会

酒癖が生害平で終わらせる


( ニュースやぶにらみ )

「不支持が支持を超す」
歴代内閣に追いついた −野田首相

「インフルエンザ流行入り」
サンタさん風邪をひかないでね −子ども

「挨拶文」
“昨年同様に…”はいけません −年賀状


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

句会場(千駄木)周辺散歩 (55)
*立川談志 (1936〜2011)
 毎度おなじみの団子坂を下り切って不忍通りを右折、しばらく行って千駄木から根津に入ったところに談志さんが住んでいたマンションがあります。そのマンションの一階にある八重垣煎餅店の主人夫妻が立川流の弟子だとか。そんなこんなで、以前から根津神社の祭礼の時などにはその煎餅屋の脇で、談志がガレージセールをしていて人気になっていました。
 以下『ヒデさんのブログ』2010年5月2日より、「昨日は数年ぶりに立川談志師匠がガレージセールをやるという情報を聞きつけて根津の八重垣せんべえ前に行って来ました(略) 久々に間近で見る談志師匠は一回り小さくなってしまった様です(略)声があまり出せないみたい‥。何かを弟子に話しているのだが、声が小さくて聞こえない。どうかお大事にして下さい」
煎餅店の中は暖簾、色紙、そして菓子袋のユニークな絵まで談志筆です。その並びでいつも行列ができている柳屋の鯛焼きは、元駐日アメリカ大使のモンデールさんがご贔屓でよくお買い上げをいただいたそうです。
この近くの居酒屋「ケイ」(昼間はランチも)の店先には「昼食800円でチョットしたぜいたくしてみませんか。旨いよぉ〜 立川談志」の貼り紙があり、また伊藤風呂桶店には「風が吹いても 儲からない」これも談志のでしょう、しゃれた色紙が飾られています。
「〜うちの女房が愛犬と散歩中に谷中小学校の校門の前にある横断歩道で愛犬がうんちをしているタイミングをご覧になっていたそうなんです。にこにこ微笑んでいたそうです。良い人なんですよ!師匠は」は『「谷中根津千駄木 タイムスリップ できちゃう 散歩道」の入谷の住人さんのブログです。

龍翁余話

龍翁余話(209)「Dr.フジオ・マツダ氏のこと」

龍翁って、実に幸せな男だと思う。いつもそう思っている。リタイアした今でも、東京は勿論のこと各地に多くの親友がいて、ファミリー的お付き合いをしてくれる人、時々集まってテレビ番組やイベントなどの企画(アイデア)、ジャーナリズムの有り様、政治批判、悲喜こもごもの世相などを語り合うマスコミ関係のOBたち、ゴルフや釣り、アマチュア無線の仲間たち、そしてウイークリーのブログ・エッセイ『龍翁余話』の読者など、その人たちのお蔭で、翁は幸いなことに老いを忘れ、現役時代の気分を失わないでいる。(30年以上も)毎年旅行しているハワイでもそうだ。龍翁ファミリーのほか、元教育者、元政治家、法律家、宗教家、マスコミ関係者、アーチスト、ビジネスマンなど沢山の友人・知人が翁を歓迎してくれる。嬉しいことだ。ハワイの友人には白人、先住ハワイアン、フィリピン、韓国、中国などアジア系アメリカ人もいるが、多くは日系アメリカ人。毎年のことだが、年末になると、このような(国内外の)友人知人一人ひとりの顔を思い出し、心の中で“ありがとう”を言う。それが翁の、1年の締めくくりでもある。

日系アメリカ人とは、日本にルーツがある人たち、つまり19世紀末(1885年)政府公認でアメリカに移住した人々(一世)の子孫を言い、二世(現在90歳代〜80歳代)まではあるていど日本語を話せるが、三世(現在70歳代〜60歳代)、四世、五世のほとんどは日本語が話せない。2010年の統計によるとハワイ州(8島)の全人口は約136万人(オアフ島に8割)、そのうち日系人は約18万5千人、約13.6%だが、政治・経済・法律・宗教・学術・教育・スポーツ・音楽・芸能・マスコミなどの各界で活躍した日系人、今も活躍している日系人は圧倒的に多く、翁は、ハワイ(オアフ島)=(イコール)日系人の島、の観を強くしている。

今号にご登場いただく日系二世のDr.フジオ・マツダ氏も翁の大切な友人のお一人である。氏はアメリカの教育界ではとても有名な方だ。何故なら、1974年から1984年までの10年間、かの名門・ハワイ大学の第9代学長を務められた。日系人としては勿論、アジア系アメリカ人としても初めての学長である。氏はもともと(物理学・建築工学の)理工系の学者(マサチューセッツ工科大学で理学博士号を取得)だが、氏が学長に就任した頃のハワイ大学は、かなりの経営難だった。そこで氏は大学内の経費削減を図る一方、州議会に強力に働きかけ大学補助金の継続を約束させるなど経営改革を断行、教育的には天文学科設置、韓国学センター設立、海洋科学ビル建設、法学科、建築学科新設、スポーツ会館建設、ウエスト・オアフ・カレッジを吸収してハワイ大学西オアフ校とするなど多大な功績を残した。リタイア後も国際的な学術・教育交流、富士通(株)がハワイに設立した教育研究法人JAIMS(日米経営科学研究所=異文化の相互理解、グローバル感覚の経営者育成機関)のアドバイザーのほか、社会・高齢者福祉関連団体の要職を経て現在に至っている。
話は変わるが、日系二世と言えば、思い出すのが日系アメリカ人(二世)だけで編成された第442連隊戦闘団と第100歩兵大隊(後に第442連隊に編入)の、いわゆる“二世部隊”。ヨーロッパ戦線に投入され多くの死傷者を出したが、その勇猛果敢な戦闘ぶりはアメリカ白人たちを大いに驚かせた。米国史上、最も多くの勲章を受けた部隊としても有名だ。

龍翁ファミリーの中にミツオ・ハマスという第100歩兵大隊の退役軍人がいる。今年92歳のご高齢だが、週に数回、カラオケに通うほどお元気だ。15年前まではゴルフもご一緒した。今年11月2日、米連邦議会は、第2次世界大戦中の“二世部隊”の活躍に対し『議会名誉黄金勲章』(米国国内外の一般市民に与える最高位の勲章)を授与した。式典には部隊に所属していた日系復員軍人や家族ら数百人が参列、米政府からも民主、共和両党幹部や各連邦議員が出席、大戦中の日系人に対する偏見、大戦での活躍に対する謝辞が述べられた。受賞は第442連隊出身でハーバード大学のススム・イトウ教授、第100歩兵大隊のミツオ・ハマスさんが代表で勲章を受け取った。翁、来年、ミツオさんにその勲章を見せて貰う約束をしている。

そして何と、Dr.フジオ・マツダ氏も18歳(大学1年)の時、志願して第442連隊に入隊。入隊後直ぐに軍の命令で第442連隊を離れ北欧へ行かされた、とのこと。

ところで、氏のご両親は山口県出身、奥様のご両親は広島、奥様のご祖母が被爆されたそうだ。1949年にホノルルの教会で挙式、クリスチャンの奥様に感化されて氏も洗礼を受けるが、2000年になって熱心な仏教徒の(氏の)お姉様を本派本願寺ハワイ別院に車で送迎してあげているうち“いっそのこと自分も仏教の世界を覗いてみるか”ということで本願寺の門をくぐった。氏のことだから“入門”も本格的。まず『ダンマパダ』(原始仏典の1つ、真理を追究した釈尊の詩集)を読破。そして生来、音楽好きな氏はクアイア(聖歌隊)にも参加した。87歳とは思えない迫力の低音(バス)がソプラノやアルトを支えている。

氏は今、クリスチャンであり仏教徒でもある。そのことについて奥様は「主人が仏教に関心を持ったことはいいことです」と笑顔でおっしゃる。おおらかで、なかなか魅力的なご婦人だ。氏は言う「キリスト教も仏教も、人間同士思いやり助け合う“愛”を謳っている」
まるでご夫妻の“夫婦愛”そのもの。そして嬉しいことに翁の座右の銘『恕』(人を赦し思いやる)の精神に通じる。「音楽のほかに先生のご趣味は?」と訊ねたら「茶道(裏千家)と書道」おお、氏は間違いなく“日本男児”。奥様の趣味は読書と生け花(小笠原流)、奥様も確かに“ヤマトナデシコ”。しかし「一番の趣味は主人を愛すること」恐れ入りました。ご夫妻のご健勝を祈りつつ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

ことしもクリスマスシーズンがやってきました。というわけでクリスマスソングがいいかなと思います。
データベースからクリスマスで検索するとたくさん曲が抽出されます。
今日はその中からDiana Krallの歌でお届けしたいと思います。アルバム名は"Have yourself a merry little Christmas"です。ちょっとハスキーな彼女の歌は静かに聴くのにぴったりです。ゆったと過ごしながらこのシーズンを楽しみたいと思います。

Have yourself a merry little Christmas   Diana Krall
01-Have yourself a merry little Christmas
02-Christmas Time is Here
03-Jingle Bells
04-And I Love Him
05-Dreamsville
06-Soldier in the Rain
 

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

 

編集後記

テレビのコマーシャルみたいですが、忘年会続きで、食べ過ぎ、飲み過ぎにならないように気をつけましょう。
あと二日で会社を退職し、自由人になります。年末年始から新しい生活が待っているのでワクワクしています。
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http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.814

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com