――― 前号からの続き ―――
ベートーヴェンは生活に困窮していた若い頃、恩師から「世界中にはもっと飢えや病気で苦しんでいる人たちが沢山いるのだ。君はただ、音符をいじるだけのつまらない音楽家になってはいけない。宮廷の人たちを楽しませるのではなく、苦しい人たちを癒すものでなければいけない」と教えられ、王侯貴族か教会の庇護がなければ不可能だった時代に、新しい思想(啓蒙思想)の洗礼を強く受けていた人であったのです。
ベートーヴェンが「第九」の中で表現した“歓喜”とは、ただの喜びではなく、もがき苦しんだあとに得た“真実の喜び”なのだということを、改めて曲を聴き直し、私も納得するところがありました。さらにベートーヴェンの場合は個人的にも、難聴という音楽家として最大の苦悩を味わいながらも、音楽の喜びで生きようと決意しているのです。現代の私たちにも示唆に富んだ話でした。
さらに、ベートーヴェンの時代の文化を考える時、フリーメーソンを避けて通ることは出来ないとも篠崎さんは語っています。フリーメーソンとは、もともとはイギリス中世の石工職人組合から始まったもので、社交クラブ的様相を持ち、宗教・身分・人種を問わないものであり、
“友愛”と“道徳”をモットーとし、すべての人が兄弟であるという思想です。この考えはベートーヴェンの思想とぴったりと一致したのです。「第9」の歌詞の中に「世界の人はBruder(兄弟)である」という文句が数多く出てくるのも頷けます。
今回のセミナーで講師の篠崎さんは「指揮者とは音楽の中で唯一音を出さない音楽家であるが、音楽が持っているメッセージをオーケストラに伝えて、ひとつの意思にして聴衆に伝えるのが役割である」と述べ、さらに講演の締めくくりとして、「音楽会とは夢を見る場所であり、おおぜいの人が同じ場所で同じ夢を見ることの出来る場所である」、「ベートーヴェンがいて“第九”が生まれたことに感謝したい」と述べられていたのが印象的でした。
講演後の質疑応答で出席者の一人から「当地ロサンゼルスに最近完成した“ウオルト・ディズニー・コンサートホール”の印象についてお聞きしたところ、篠崎さんは「結論をいうと、最高に素晴らしい音響システムになっている。音がとろけて降ってくる感じだ。全部の楽器の音がきちんと聞こえる。音の色がカラフルで、オーケストラが身近に感じる。このような素晴らしいホールが出来たことをロサンゼルスに住んでいる私たちは誇りに思って良いと思う。例えて言うと、我々日本人が、久しぶりに日本へ戻って、最高の日本酒で最高の和食を堪能した時のような気分にさせてくれるような感じだ。音響担当の豊田泰久氏を近いうちにここの講師に招いて聞いて欲しい」と述べられていました。
この日にセミナーは、最初に書いたように、開始が一時間あまり遅れ、私たち出席者は正直のところ少しは不快感もありましたが、講演終了後はその話しの内容に感動し、実に満たされた思いでした。私は個人的にその後、何度も繰り返しこの講演の録音テープを聞いたことか・・・。
――― 以下、次号へ続く ―――
河合将介(skawai@earthlink.net) |