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NO.778               Ryo Onishi              4/10/2011  

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雑貨屋のひとり言

ようやく春が来ました。街中、桜の花が満開です。桜は本当にきれいですね。
暖かいので軽い服装で出かけられるのがうれしいです。
でも今年はかなりの量の花粉が飛散しているといわれていたので、私はまだ花粉症対策を徹底して行っています。1月末から飲み始めた薬はかなり効果があるようです。それと面倒くさいですが、外に出るときはマスクをして出かけることにしています。この二つの対策で昨年までと比べると格段の違いがあります。はやくマスクを外せるようになってほしいと願っています。≪R.O≫

 

パーソナル・スペース

 【筆者注:今回は連載中の『サウスベイ経営セミナー15年を振りかえる』シリーズを中断させていただき、表題のテーマとさせていただきます】

始発駅などで誰も乗っていない電車に乗車したとき、最初の乗客は一番隅の座席に座り、次の人は最初の人の連れか知り合いでない限り、一定の距離をとって座るのが普通です。また、空席のあるカウンターでも他人から離れた隅の席にすわったりします。特に初対面の人が身近にきたら、身構え、不快な気分になります。相手と自分との距離が縮まっていく中で、どこかのタイミングで「あ、これ以上近付かれるとちょっと嫌」というところがあるものです。見えないけれど確かに自分の周りにある、他人に侵入されると不快感や抵抗感を感じ、たとえ何もない空間であっても、あたかも自分の身体の一部とも意識させる私的空間(身の周りにある縄張りのようなもの)をパーソナル・スペースというのだそうです。

パーソナル・スペースの範囲は、その人の性格や相手との親密度などによって大きく異なり、相手が家族・恋人など親密な関係にある場合は限りなくゼロに近いのですが、そうでない場合はどうしても一定の距離を保つ必要があるようです。

アメリカの文化人類学者のエドワード・ホールは、相手によってパーソナル・スペースを4つに分類(さらにそれぞれを「近接相」と「遠方相」に細分化)しています。

1、密接距離(intimate distance):0cm 〜 45cm、身体に容易に触れることが出来る距離。
家族や恋人などとても親しい関係の人以外がこの距離に近付くと強い不快感を感じる。
2 個体距離(personal distance):45cm 〜 120cm、二人がお互いに手を伸ばせば相手に届く距離。友人との個人的な会話で取られやすい距離。
3 社会距離(social distance):120cm 〜 360cm、身体に触れることができない距離。あらたまった場や仕事の上で上司と接するときに取られる。
4 公衆距離(public distance):360cm以上、講演会や公式な場での対面のときにとられる距離。

東日本大震災では多くの方々が被災され、避難所生活を余儀なくされています。現地の学校や公民館などで不自由な毎日を過ごされている皆さんの様子がテレビや新聞で報道されていますが、最初は被害の大きさに呆然とし、寒さや空腹を克服するだけを求めた人たちも、避難所で落ち着きを取り戻すにつけ、パーソナル・スペースが確保されない苛立ちが出てくることは当然の成り行きです。些細(ささい)なことで避難者間、また避難者と行政、ボランティア間でトラブルになるケースも出ているようです。毎日知らない同じ相手と顔を合わせていたのでは、疲労が増し、精神、肉体両面での疲労が増します。避難所の生活は一日か二日ならともかく、長期間となればストレスがたまらない人はいません。人間として最低限のスペースとプライバシーが保障される空間の確保なくして避難民救済はありえません。

その対策としてまず避難所に仕切りを作るなどの対策が講じられているようですが、なによりもこれからは住宅の提供ではないでしょうか。日本中の自治体が一時的に各地の空いている公営住宅に入居できる仕組みをつくる必要があります。
さらに被災地域の安全な場所に仮設でもよいから住宅を建設して1日でも早く被災者の家族に提供することです。先の中越地震の時、阪神淡路大震災の教訓を生かして仮設住宅の割り当てを出来るだけそれまで近所どうしだった家族が近くで過ごせるように工夫したそうで、そうすればパーソナル・スペースの観点からも良いと思います。

日本国は今回の大災害をふまえ、長期にわたる復興計画の立案を目指していると聞きます。今回の大災害を「想定外」の出来事と片付けず、災い転じて福となる計画にするためには私たち日本人すべてが日本全体の責任としてこの難局に立ち向かう意識が必要であり、その覚悟を問われていると思います。

河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言

 今週はお休みです。

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

シュミレーション超えるまさかを一ヶ月

手探りの復旧待たぬ放射能

シーベルト売れぬ魚菜が泣いている

後手後手が未曽有の危機を撫でている

スーパーマン来てくれ原発がピンチ


( ニュースやぶにらみ )

「夏の電力事情」
お先真っ暗 −東京電力

「またまた震度7」
ジシンがなくなった −日本列島

「大連立構想」
その土台で大丈夫? −震度7

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(175)「靖国の桜」

『3.11の悪夢』―――未曾有の大地震・大津波(東日本大震災)によって多くの人の命や財産が奪われ、加えて福島第一原発事故による放射能流出の恐怖が全国民を襲った。これはまさに戦後最大の国家危機である。いや、国家危機の予兆は、大震災や原発事故の前からあった。国政のシロウト集団・民主党政権によって日本の経済と国民生活は疲弊し国際社会から(随所で)ヒンシュクを買い、国際的信用を失いかけ、国家の品格どころか国体護持すら危うくしていた。そんな時『3.11』は起きた。この悪夢(この世のものとは思えない悲惨な出来事)は、さまざまな形で“光と影”を浮き彫りにした。

まず“影の部分”――政府の危機管理能力・指導力・国際関係力などの未熟さ、東京電力の姑息な保身主義(1999年に茨城県東海村で死者2名、被爆者667名を出した“東海村原子力事故=臨界事故の教訓を、今回の事故発生当初において生かすことができなかった危機管理意識・能力の欠如、広報の拙劣さ)、原子力安全に関するバラバラ国家組織(原子力安全委員会=内閣府、原子力安全保安院=資源エネルギー庁、原子力安全基盤機構=経済産業省)の無機能の暴露、そして原発事故の状況説明(論評)は出来るが、具体的な事故対応アイデア(解決策)が出せない(頭でっかちの)学者たちの頼りなさ、などが日本国民と国際社会に暗い影を落とした。

一方“光の部分”――主被災地・東北人の礼節と忍耐、被災者同士の助け合い、郷土愛が世界の人たちに感動を与えた。そして世界の多くの国や地域が「ガンバレ・ニッポン」の掛け声とともに物心両面の救済の輪を広げてくれている。当然、国内においても全ての国民が立ち上がった。戦後、これほど日本人(老若男女)が心を1つにして自発的に一丸となった時代があっただろうか?テレビCM風だが「見せよう、大和魂」、「信じよう、日本の底力」を合言葉に日本が本当に甦生出来るきっかけとなるのではないか、すなわち“禍転じて福と為す”ことになるのではないか、翁、一筋の光明を見る思いをしている。

今まさに桜花爛漫の時季、しかし、世の中には「被災者のことを思えば、花見どころじゃあるまいし、にぎやかイベントは自粛すべきだ」という風潮が漂っている。被災者(死者・行方不明者・避難民)、被災地における国内外救援隊の必死の活躍、原発事故現場で日夜、被爆の恐怖と闘いながら復旧作業に携わっている人たちを思えば、自粛ムードも理解は出来る。だが翁、何でもかでも自粛を“時宜的正義視”するのは反対だ。世の中を縮こまらせれば、人心も経済も冷え切って“日本再生の蓋”は開かない。各自が各自の常識と節度をもって日常の生活リズムを保つ。その中に、趣味活動や自然をめでる行為があってもいっこうに差し支えない、そう思って翁、先日、東京・九段の靖国神社の桜見物に出かけた。都内に“桜名所”は数々あるが、翁にとって『靖国の桜』は特別な意味合いを持つ。何故なら―――幕末から明治、大正、昭和にかけて国難に立ち向かい、祖国安泰・平和・発展のために犠牲となった英霊たちの中の246万6千余柱が靖国の杜に祀られている。日清戦争、日露戦争を経て大東亜戦争に至り、将兵たちは「靖国神社で再会しよう」と言い交わして戦場に散った、だから年に1度、彼らは桜花に宿り戦友たちと“当時”を語らい、“今日的日本”の有り様を(さまざまな感慨をもって)見つめているのでは、と思えるからだ。そんな翁、今年もまた桜花の下で英霊たちに慰霊と感謝の真を捧げた。

『靖国の桜』は明治3年に時の参議・木戸孝允(きどたかよし、吉田松陰の弟子、維新前の名は桂小五郎)によってソメイヨシノが植えられたのが始まり。現在、境内にはソメイヨシノのほか、山桜、寒桜、富士桜、枝垂桜など約600本の桜が咲き競っている。その中に能楽堂の脇にある標本木(標準木とも言う)(写真左)に5,6輪の花が咲くと気象台から東京の桜開花が発表される(境内の説明板より)。標本木から右辺に目を移すと、神門付近の桜が一段と美しい(写真中)。境内の奥の“神池の桜”の下には休憩場が設けられ、お茶が振る舞われる(写真右)。さすがに今年は外苑の屋台出店、花見酒宴は禁止、だから花見客が多い割に境内は静かで(酒宴を嫌う翁にとっては)落ち着いて花見が楽しめた。

1つ残念なことは『靖国神社・夜桜能』の中止だ。120年(東京最古)の歴史を有する靖国神社能楽堂での『夜桜能』は、今年は20周年の節目の年だった。しかし、いっこうに収まらない余震、福島原発事故の状況、計画停電による夜桜照明の電源不足、交通事情などに鑑み中止。野村万作、萬斎の『末広がり』(狂言)、梅若玄洋、宝生和英らの『石橋』(能)などは来年のお楽しみとなった。

平安時代初期の貴族・歌人で六歌仙の1人・在原業平(ありわら の なりひら)の有名な句に『世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし』(古今和歌集)というのがある。“世の中に、一切、桜というものがなかったら、春をのどかに過ごせるものを”翁のこの解釈が正しいとすれば業平という歌人、いささか世の中と自然界を斜め見していた変人ではなかったか?いただけない。靖国神社の拝殿に明治天皇御製の『高殿に のぼりて見れば をちこちの 花も今日こそ 盛なりけれ』が掲示されている。桜花に対する業平の偏向観に比べ、明治天皇の何と温厚なお人柄が偲ばれる和歌ではあるまいか。そこで翁も一句『満開の 桜の枝間に 美しく 御霊(みたま)おぼしき 白鳩の舞』・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

毎日、アルバムのデータベースを整理しているのですが、TSUTAYAからのキャンペーンメールが来ないので、このデータベースがなかなか活用できる時がありません。
アルバムのタイトルだけではどんな曲なのかわからないことがよくあります。反対にスタンダードジャズのようなタイトルならだいたい察しがつきます。整理をしながらこの曲はどんな曲だったかなと聴くのも楽しいものです。暇つぶしにはもってこいです。あっという間に時間が過ぎます。
ご紹介するKenny Drew TrioのBy Request Uはスタンダードナンバーを集めたピアノジャズです。
すっきりしたピアノで素直に気持ち良く聴けるジャズです。落ち着きます。
やっぱりピアノジャズがいいですね。

"By Request II"   The Kenny Drew Trio

01-Alone Together
02-Yesterdays
03-Bye Bye Blackbird
04-Night in Tunisia
05-Autumn in New York
06-Georgia on My Mind
07-Waltz for Debby
08-Whisper Not
09-Over the Rainbow
10-I'll Remember April

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

CD音楽を圧縮ファイルにするのに使っていたCDデッキが突然壊れました。これで何台目でしょう。
≪iPad≫
Blue Reversi
無料のゲームアプリです。みなさんよくご存知のオセロゲームです。一人でプレイしコンピュータと対戦します。油断するとすぐに負けます。

雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.778

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com