友人から借りた一冊の詩集が私の目の前にあります。「くじけないで」(飛鳥新社刊)と題する100ページそこそこの小冊子で柴田トヨさんという宇都宮市在住の白寿(99歳)の女性の詩集です。本に記された説明によると、この本は著者が詩を書き始めた平成15年から平成22年2月までの作品を集めた処女詩集なのだそうです。
全掲載42作品の多くは産経新聞「朝の詩(うた)」欄と下野新聞に掲載された作品で、見開きページ全体に大きな文字で十数行の詩が掲載され、それに著者ご本人による生い立ちや作詞の感想、あとがきを含めても100ページそこそこの詩集であり、一気に読めば30分とかかりません。昨年(2010年)3月に発刊以来、新聞やテレビなどで紹介されて反響を呼び、出版流通大手「トーハン」の週間ベストセラーで総合1位になったこともあるのだそうです。
どこにでもいそうなごく平凡な女性が90歳を過ぎて始めた詩作がこんなに多くの読者の心をとらえ感動を与えているとは!
私も手にとってページを開き、つい夢中になって一気に全部読み終えてしまいました。著作権の問題もあり、無断で詩を引用することは不適切とは思いますが、詩の感動を皆さんと分かち合うため、いくつかの作品を以下記します。(この文章は営利を目的としたものではありませんので、ご勘弁ください)
☆ 風と陽射しと私
風が
硝子戸を叩くので
中に入れてあげた
そしたら
陽射しまで入って来て
三人で おしゃべり
おばあちゃん
独りで寂しくないかい?
風と陽射しが聞くから
人間 所詮は独りよ
私は答えた
がんばらずに
気楽にいくのがいいね
みんなで笑いあった
昼下がり
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☆ あなたに(T)
出来ないからって
いじけてはダメ
私だって 九十六年間
出来なかった事は
山ほどある
父母への孝行
子供の教育
数々の習いごと
でも 努力はしたのよ
精いっぱい
ねえ それが
大事じゃないかしら
さあ 立ちあがって
何かをつかむのよ
悔いを
残さないために
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感性豊かな発想力とみずみずしい言葉が次から次へとほとばしり、これがとても老女性の言葉とは思えません。トヨさんはご自分が百歳に近い年齢であり、体力の減退、物忘れの激しさを正直に認めた上で「忘れてゆくことの幸福、忘れてゆくことへのあきらめをむしろ楽しんでいる気配です。
☆ 忘れる
歳をとるたびに
いろいろなものを
忘れてゆくような
気がする
人の名前
幾つもの文字
思い出の数々
それを 寂しいと
思わなくなったのは
どうしてだろう
忘れてゆくことの幸福
忘れてゆくことへの
あきらめ
ひぐらしの声が
聞こえる |
詩集の巻末に作者自らが記した自伝に相当する「私の軌跡」と題する文章からもわかる通り、トヨさんはどこにでもありそうな家庭で生まれ育ち、明治生まれの女性らしい苦難に満ちた人生を送っています。そのトヨさんが生きる元気を与えてくれる詩を生み出しているのです。発想力の豊かさとみずみずしい感性に富む一言一言は若さと清々しさすら感じます。
☆ 貯金
私ね 人から
やさしさを貰ったら
心に貯金をしておくの
さびしくなった時は
それを引き出して
元気になる
あなたも 今から
積んでおきなさい
年金より
いいわよ |
詩集の最後に柴田トミさんは「朝はかならずやってくる(私の軌跡)」という文章の中で『90歳を過ぎて出会った詩作で、きづいたことがあります。どんな辛いこと、悲しいことがあっても、私は両親や夫、倅、嫁、親戚、知人、そして多くの縁ある方々の愛情に支えられて、今の自分があるのだということです』と記し、そして最後に次のように締めくくっています。『人生、いつだってこれから。だれにも朝はかならずやってくる。一人暮らし二十年。私しっかり生きてます』河合将介(skawai@earthlink.net) |