アメリカ合衆国は、国籍取得に関し、いわゆる出生地主義(属地主義)を採用している国のひとつです。日本では親のどちらかの国籍が子の国籍となり、これを血統主義(属人主義)といいます。ところが出生地主義のアメリカでは、両親が外国人であってもこの国土内(領土内)で生まれた子供はアメリカ市民権(国籍)が与えられるのです。それがたとえ両親が違法な密入国者であってもアメリカの国内で出産すればその子はアメリカ市民となるのです。アメリカ合衆国憲法(修正14条第1節)には次の通り書かれています。
合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。また
いかなる州も、正当な法の手続きによらないで、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護
を拒んではならない。 |
この場合「市民(Citizen)」とは、厳密な意味では異なるようですが「国民」と同意語として使われています。ところが近年、この国にはメキシコなどからの不法移民者の増加が問題視されるようになってきました。
アメリカには市民権(国籍)や永住権、労働ビサなど正式に滞在を認められている人たちのほか、多くの不法移民者が滞在しています。その数は“不法”ゆえに正確な数字はありませんが、毎年百万人を越える人たちが不法に入国しているといわれます。多くは3,000km超の国境で接しているメキシコからの不法入国者で、あとカリブ海地域からの密入国者などのようです。
最近アメリカ連邦議会上院の有力議員の間で、不法移民の間で生まれた子供が自動的にアメリカ国籍を取得できるのは納得できないとして、アメリカ生まれであっても不法移民の子供には国籍を与えないようにしようという主張が出てきました。この場合、当然ながら憲法を修正することが前提です。
もともと、アメリカ合衆国憲法の修正14条とは、南北戦争後に奴隷だった黒人に市民権(国籍)を与えるための憲法修正条項であり、それまで人間として扱われていなかった奴隷のような特定の人種・民族にも、アメリカで生まれれば一律に市民権を賦与しようというものだったのです。
ところが前述のとおり、このところ増加している不法入国者にアメリカも頭を痛めはじめました。経済・景気が低迷し、失業率も10%近くまで上昇(これも現実はもっと悪いといわれている)しているアメリカ合衆国としては、自国民や合法者の雇用確保のため、不法移民に寛容ではいられなくなっているのが実態なのでしょう。
私のような日本人からすると、「なんで、アメリカ政府と州は、本気できちんと不法入国者を取り締まらないの?」と、素朴に思うのですが、この国にはそれが出来ない理由があります。例えば隣国メキシコとは3,000km以上も陸続きの国境で接しており、実際問題として完璧な国境警備は不可能です。
またアメリカ・メキシコ両国の経済格差は大きく、私が実際に見聞した経験でも、例えば、カリフォルニア州サンディエゴ(アメリカ)と、バハカリフォルニア州ティファナ(メキシコ)の2都市は、人為的な国境の柵(川)をはさんで景観は大きく違います。道路、建物などインフラ設備だけでも雲泥の差で、メキシコ側は貧しく、アメリカ側が立派です。また、テキサス州エルパソ(アメリカ)と、チワワ州シウダー・フアレス(メキシコ)も同様でした。メキシコ側に住む者にとって、目前の国境の向こう側に裕福そうなアメリカの国土があり、そこでは賃金も高いとなれば密入国をしてでも住みたくなる、または稼ぎに行きたくなるのは当然です。
今回のアメリカ議会による、不法移民の子供にアメリカ国籍を与えない案を実現するためには、憲法の修正が必要である、即ち、この国の基本にかかわる問題であり、さらに米国籍を持つ多くのメキシコ系有権者の反対も強く、そう簡単にゆきそうにもありませんが、移民の国、アメリカにとって、国家の基本理念にかかわることであり、今年11月に実施される中間選挙の大きな焦点のひとつになることは間違いなく、私はこの問題に大きな関心をもっています。
河合将介(skawai@earthlink.net) |