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NO.736               Ryo Onishi              6/20/2010  

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雑貨屋のひとり言

梅雨に入りましたね。ジメジメとした季節がやってきました。そんな中、南アフリカで開催中のワールドサッカーで日本チームはカメルーンに勝ち、オランダには惜しくも負けてしまい ましたが、まだ可能性はあるので是非、決勝に進出してもらいたいものです。ワールドサッカーだと日本人は熱心に日本を応援し、愛国心があるように見えます。このエネルギーを、日本を変える力にできないものでしょうか?≪R.O≫

祝、文部科学大臣賞受賞!

 当雑貨屋ウイークリーの常連で、私の実兄でもある東京・成近作の川柳作品が6月13日に開催された「全日本川柳大会」で文部科学大臣賞(実質最優秀賞)の栄誉に輝きました。川柳の世界では「全日本川柳大会」は最も権威ある大会であり、そこでの受賞は最高に名誉なことで、弟の私としても誇らしく、この上ない喜びです。

「全国川柳大会」とは、海外を含む川柳作家が一堂に会して作品を競う、日本川柳界最大のイベントで、日川協(社団法人・全日本川柳協会)が年一回開催する行事です。今年は第34回大会で、6月13日に鳥取市で開催されました。優秀作品には、文部科学大臣賞(実質最優秀賞)、参議院議長賞(同第2位)、川柳大賞(同第3位)などが授与されます。

今回も全国から寄せられた数千の応募作品の中から審査され、その結果、兄・成近の作品がその頂点に立つ文部科学大臣賞に選ばれたのです。選ばれたのは次の作品(句)でした。

★ 木簡の ここにも税の 文字がある (東京・河合 成近)

兄の説明によると、この作品は「大会では7つの課題が出され、その中の一つ『漢字』という題で作った句」なのだそうです。『漢字』の題で『木簡』のことばを見つけたとはさすがです。今回のこの作品には古代の“木簡”文字が現代の世相にまで反映している妙が見事に表現されていると私も思います。古代中国で用いられた木簡は、日本でも古くは飛鳥時代から、また平城京跡などからも出土しているものであり、平城京遷都1300年にあたる今年にふさわしい句でもあるといえましょう。今回の兄の快挙にあたり、私は早速、兄へ祝意を送り、こちらロサンゼルスで祝福の乾杯(ただし、アルコールは目下ドクター・ストップで自粛中ですので麦茶でしたが)をしました。

今回の大会結果は下記の全日本川柳協会のホームペ―ジをご覧ください。
http://www.nissenkyou.or.jp/record/34tottori.html

最優秀作品賞への賞金はどれくらいだろう? ウン百万円? そんなの出るわけないよネ。聞くだけ無駄なのでやめておこう・・・。と、思いながらも気になるので兄に確認したら、やはり今回の受賞でいただけるのは小さなカップと賞状だけだそうです。でも、兄は十数年前、某サラ金会社主催の川柳に応募して入選し、数万円の賞金をもらったと自慢していました。サラ金にカネを払わされた話は聞きますが、サラ金からカネをせしめたとは!?!。

 兄、成近はこれまでも何度か各種川柳大会で入賞暦があり、この全日本川柳大会でも一昨年の第32回福岡大会で、実質第3位である「川柳大賞」を受賞しています。そのときの受賞句は次のような作品でした。

★ なぞなぞを かけて写楽の かくれんぼ (東京・河合 成近)

また、3年前の平成19年、(社)全日本川柳協会編・発行の「平成柳多留第12集」では1870名の投句者から彼の次の作品が「日本青少年育成協会会長賞」に選ばれました。その時の作品は次のとおりです。

★ ばあちゃんの青春にいるプレスリー (東京・ 河合 成近)

 俳句を嗜み、またウイットに富んだ性格だった私達の父親の性格を受け継ぎ、生まれながらのユーモア精神旺盛な兄・成近は家業を引退後は、川柳やコントに生きがいを見いだし、既に川柳とコント歴20年数年におよんでいます。 足立川柳会幹事、川柳研究社幹事として、また各地句会、大会の選者などとして活躍中です。昨年の五月には東葛川柳吟行が本郷・東大構内で開催され「あなたも一日東大生」のキャッチフレーズのもと講師を務めたとか。有意義な日々を過ごさせてもらっているようです。

『ひとくちコント』の分野でも読売新聞のコントコラム『USO放送』の常連であり、時には全国版に掲載されたり、月間優秀作品に選ばれたりしています。兄の川柳百句集『五日坊主』は20冊を超え、『週刊五日坊主』、『ニュースやぶにらみ』はここで第486号に達しました。
http://homepage2.nifty.com/berander/html/narichika/kitahotelroom8new.htm

前記、全日本川柳協会の設立趣旨にも記載されていますが、川柳は、俳句と共に日本に於いて最も短い詩であり、その性格から十七音字の人間詩と呼ばれ、また民衆詩、風俗詩、風刺詩、社会詩、人情詩等ともいわれている日本特有の文化といえます。

私自身は川柳を作る才能を持ち合わせていませんが、ユーモア・ジョーク・だじゃれは大好きです。兄の川柳作品にはペーソス(哀愁、もの悲しい情緒)の中にちょっぴり光が差し込むユーモアを感じられるものが多く私は大好きです。数ある兄の作品の中から(兄の代表作ではありませんが)私の好みの一例は次の通りです。

* 献血でせめて元気のおすそ分け (栃木県高根沢町観光協会第8回元気川柳大会入選作)
* 不器用でまた棚ボタを受けそこね
*いつか虹掴めと父の肩車
*町工場専務で妻で子の親で
*万歩計朝の桜を独り占め
*仲人の嘘も時効のフルムーン
*別荘はないが我が家の風通し
*70点これでいいねと凡夫婦
*完璧でないから夫婦50年

 兄・成近は今上天皇(現在の天皇陛下)とは同じ年齢で、誕生日は陛下と4日遅いだけです。尤もこの4日の差は天と地の差ですが・・・。しかし、大衆文芸としての特有文化を堪能でき、川柳を「生涯の友達」とできる幸せは、畏れ多くも天皇陛下にはお持ちになれないものでしょう。東京・下町生まれ育ちの幸甚ここにきわまれりと言えるのではないでしょうか。
  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「」

今週はお休みです。

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

Gパンも好きですと言うミス和服

三年前ははにかみ王子だった遼

挫折まだ知らぬ若さのハイジャンプ

足のマメガラスの靴に無理がある

カラットの重さ軽さよ薬指


( ニュースやぶにらみ )

「連立」
民主・国民新から民主・自民か −消費税

「5ヶ月連続出荷減」
乾杯をするようなことがなかったものな −ビール

「小泉、安倍、福田、麻生、鳩山、菅」
宇宙に何年いたんだろう ーはやぶさ

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

句会場(千駄木)周辺散歩(38)
*光源寺(大観音)
この散歩も寄り道をしながらも、千駄木2丁目、3丁目を一回りして元に戻ってきました。  句会場の駒込学園を出て、通りをはさんで右隣りが光源寺です。このお寺は天保年間に刊行の江戸名所図会にも描かれており、天生17年(1589)年に神田に創建され、慶安元年(1648)当地に移転、鏡内には元禄10年(1697)造立の御丈約8mの十一面観音像があり、駒込大観音と呼ばれていました。
夏目漱石の『三四郎』では、三四郎が広田先生や里見美禰子等と団子坂の菊人形を見に行く途中この前を通っています。「また長い会話ができかねるほど、人がぞろぞろ歩く所へ来た。大観音の前に乞食がいる。額を地にすりつけて、大きな声をのべつに出して〜」。  武田泰淳『目まいのする散歩』より 「肴町から電車通を横断して、左手に大観音(同じ宗派のその寺には、よく父親の命令でお使いに行った)を見て、根津権現の坂道にかかる。下宿屋の多い急な坂道を下りきって、上野山へと裏側から上って行く』。
惜しくも先の大戦の空襲で全てを焼失しましたが、平成5年、6m余の観音様が再建され、通りから正面に教会と見間違いそうな観音堂があり、その右に戦後移植され”蓬莱梅”と名付けられた樹齢300年の白梅が季節には見事な花を咲かせます。
しかしこの新しい観音様には後日談がありまして、この観音像を制作した仏師が亡くなると、目が怖いと檀家の評判が良くないからと、別の仏師に新しい頭部の制作を依頼して取り換えてしまい、前の仏師の親族と裁判沙汰になり、昨年5月に元に戻すようにとの 一審判決がでていて、今も係争中のようです。
そんな事とは無縁に、境内での戦前の四万六千日の縁日の賑わいが、地元の皆さんの努力で徐々に取り戻しつつあるのは嬉しいことです。
 

森田さんから

お茶飲み友だち
 森田のりえ
料理の得意なお茶飲み友だちがいる。き易く友だちといえるかどうかは別にして、私はその人を「先生」と呼んでいる。いつもスター・バックスの隅でパソコンを広げて小説を書いている小説家である。
幸い、我が家から十分で行ける距離だ。相談事や気晴らしをしたいときなど、不意に行くこともあるが、普段は家を出る前にお伺いの電話をいれる。
「いいよ」と返事があれば、すっ飛んで行く。
こっそり後から覗くと、パソコンで麻雀や将棋をして遊んでいる時もある。私の気配に気付くと、少年のような笑顔になる。
先日、訪日する友人からある人の食事作りを十日間ほど頼まれた。いい加減な食生活のウィドウ暮らしを九年もつづけている私は、身の程忘れて二つ返事で引き受けてしまった。亡夫は、醤油さえあれば文句ひとついったことがなく、また、外食の好きな人だった。食べ物に大らかな主人をもっていると主婦は料理が上手くならないというのは本当である。亡夫のせいにする訳ではないが、私は料理が苦手である。約束の日が近づくにつれ、大変なことを請け負ってしまったと気付き、頭をかかえこんでしまった。
「どうしよう! どうしよう!」
はっと、小説家のことが閃いた。
「味噌汁の出汁は、まず昆布を水に入れて中火で煮る。昆布の横から泡が出始めると鍋から引き上げる。煮つめちゃダメだよ。つぎは、本物の削り鰹節をボーンと入れる。量をケチったら美味しくないからサ、ドサッとね。煮立ったら火を止めて、濾す」
手とり足とり小説家から料理法を教えてもらう羽目になった。これまでインスタントを使っていたから、手間のかかった味噌汁は作ったことがない。亡夫に申し訳なかったと後悔するが、元に戻らぬ後悔である。
「明日のメニューは何?」
「さつま汁です」
メモをとる。私の悪戦苦闘ぶりを見兼ねた小説家は、ある日、揚げたての「豚カツ」を作って持たせてくれた。
料理に限らず、日本近代史から政治などにも詳しく一家言ある人だ。我々日系人のコメンテーターになって欲しいと願うが、人の集まる場所はあまりお好きではなさそうだ。話題は豊富、人間観察も鋭い。多少のディフォルメはあるが人を飽きさせない話術は、さすがである。言葉の表現がユニークだ。例えば、寝起きの声を「蛙がトラックに轢かれたような声」とか、朝寝坊を「鼻吹く提灯」鈍感を「トロイのヘレン」という具合である。
作風は人格と違い、リアルな描写と圧倒的なアクション・ハードボイルである。さりげない日常が一変し、日本、中国、アメリカを舞台に撃ったの切ったのとドラマが息つく暇もなく展開するが、最終章は平凡な日常に戻る。読後はほっと温かい心に包まれた気分に浸る。刑事やヤクザに詳しいのでその筋の経験があるのではと思うが、実は、某映画会社の取締役の傍らペンネームで作家活動をしていたそうだ。著作数は七十冊を越える。
「朝ドラや恋愛小説も書いたよ。あのころは脚本も書いていたなぁ」
 ご本人がおっしゃるから、間違いない。四〇代の男盛りで単身渡米。豪邸に一人住んでいたのに、浮いた噂ひとつない。
「ほんとかなぁ、信じられない」
ときたま、私は冷やかす。
テレビや講演などで活躍されていた才媛の奥さまも現在は仕事を辞めて、夫婦ご一緒である。良き人間関係を保つには「ほうれんそう」が大切だと誰かに教わったが、まさにお手本のようなご夫婦である。
ほう−−報告
れん−−連絡
そう−−相談
男は「なくて七癖、あって四十八癖」というから、家庭に入ればそれなりに奥さまもお気遣いがあるのではないかと、夫に苦労した私など、つい物事を斜めにみてしまう。奥さまの著作『わたしの姑ばなれ』を読むと並の女性では出来なかったであろう壮絶な姑介護の様子が目に見えるようだ。
「女房は、戦友だ。同志だね」
小説家の口癖である。
心の痛みのわかる温かい人柄である。が、まかり間違うと「バカモノ!」と、雷が落ちる。だが、そんなことを怖がっていたら素晴らしい出会いを放棄することになる。
「お邪魔してもいいですか」
暇をみては電話をする。日本へ引き揚げる予定らしいから、いまのうちだ。できる限り会って、いろんな話を聞いておこう。
                おわり

龍翁余話

龍翁余話(135)「代々木会」

6月11日の夜、専門学校時代の教師仲間(10人)が集まった。その学校は、今は東京都小金井市で専門課程(2年制)と大学課程(4年制)を併設している、半世紀を超える歴史ある学校だが、20年前まで本部校舎は東京・代々木にあったので、この集まりを『代々木会』と呼ぶ。翁は映像プロダクションを経営しながら25年前までの10年間、代々木本部校舎で芸術学部の教師をしていた。つまり、2足のワラジを履く“鍍金(メッキ)教師”だった。今夜集まった先生たちは、その代々木時代の同僚、とは言え、皆さんは“筋金入り教師”、ごく最近まで小金井キャンパスで教鞭をとっていた。いや、T・K先生は、現在、同校の学院長であり、数人の先生は定年後の今も同校や他の大学の講師として現役を続けている。

この『代々木会』のスタートは3年前の2007年秋。翁がNPO法人日本災害情報サポートネットワークの理事就任を機にハム(アマチュア無線)に挑戦、そのことを書いた『龍翁余話』(8・9)を読んでくれた代々木時代の教師仲間G・S先生(航空無線工学)が「あの工学嫌いだった龍翁さんが何とハム・ライセンスを取得した。みんなでお祝いを兼ねて旧交を温める親睦会を催そう」と他の教師仲間に呼びかけてくれた。その時、集まった10人(工学系6人、芸術系4人)の先生たちは「この会を毎年恒例に」と約束した。そのことは2007年11月配信の『龍翁余話』(11)「縁(えにし)」に書いた。ところが翌2008年は数人の先生たちが定年退職や転勤などでタイミングが会わず、また昨年夏は翁がガン手術、みんなが心配してくれたのか『代々木会』(第2回)開催の声は上がらなかった。そして今年の1月、翁、2度目の(別のガン疾病)手術。幸いにも手術は成功、3月、4月にかけての8週間のガン治療も無事に終え、5月から本格的な行動開始。そんな時、偶然にも2,3の先生から「エッセイによると龍翁さん、すっかり回復なさったようだから、代々木会をやりましょう」のメールを頂戴した。もちろん翁、大賛成。そこで早速、翁の都合のいい日時や場所の候補を挙げて(前回集まった10人)皆さんに連絡したところ全員参加、しかも日時・場所は“龍翁さん一任”という嬉しい返事。というわけで、翁、いつの間にか幹事になってしまったが、3年ぶりの再会のための幹事だから喜んで世話役を買って出た。そして6月11日の夜、(下戸の翁が、唯一知っている)西銀座の家庭料理の居酒屋Nで3年ぶりの『代々木会』が実現した。

「龍翁さん、本当に大病、大手術をしたのですか?もっとゲッソリしているかと思ったら、3年前と少しも変わっていませんね」「いやいや、大いに変わりました。タバコを止めてからというもの、イヤシ食いが多くなったせいか、体重増加(70キロ)、胴回り82センチを超えるデブに。今度はメタボ(コレステロールと同じように肥満、特に内臓周囲に付着した脂肪によって動脈硬化を引き起こす危険因子・メタボリックシンドローム)が心配。皆さん方こそ少しも変わっていない、体型も髪型も・・・」これはお世辞ではない、翁の正直な印象だ。そりゃ、年齢を重ねているのだから、どこか多少の“病”を抱えているのだろうが、それが、いっこうに感じられない、つまり、元気なのだ。食欲は多少落ちているようだったが、豪快な飲みっぷりが“元気”を証明している。喜ばしい限りだ。ウーロン茶しか飲めない翁、愉しさに呑まれ、いつの間にか幹事(司会・進行)の勤めを忘れて饒舌になっていた。

“禅”(道元禅師)の言葉に『知足』というのがある。『知足』とは、今まで得たことに満足して、心安らかに生きることだそうだ。“ああ、こうして今日まで生きてこられてありがたい。大好きな人と出会えて、まことに幸福だ。どうにか3食、無事に食べられて、健康で、もう文句などひとつも無い。人生、欲を出せば(言えば)限りが無い。ああ、これでよかったと『足る』を知り、感謝の気持ちをもてば、おのずから心は安らかになる”・・・

今夜の先生たちを一人ひとり見つめていると、誰もがこの『知足』の境地に達している雰囲気を醸し出しているように思える。皆さんの屈託無い笑顔と明るい話題がそれを物語っている。さもあろう、電気・電子工学を極めた人たち、現役の校長や教授・講師、プロの音楽家(オペラ歌手)、2年連続“二科展”入選を誇るアマチュア・カメラマン、これまで専門だった商業・工業デザインを趣味で菜園デザインに活かしているアマチュア菜園家、教師引退後に某大学で陶芸を学び、今はそれを生き甲斐にしている人など多士済々。だから、この人たちは、すでに“知足の顔”になっている。
ところが翁、老齢になってなお『知足』に達せず『少欲』の煩域を彷徨っている。“後世に残る佳作(映像作品)を創りたい、国内・海外の知らない場所を旅したい、もっと奥の深いエッセイを書きたい、ゴルフがうまくなりたい、百歳まで元気で生きたい、などの欲望を断ち切れないでいる。『少欲』どころか『多欲(強欲)』である。しかし、翁なりに心を安らかにする術(すべ)は心得ている。それは、天(自然)や人に感謝することによって己れが救われるという”自己保護の術“と“開き直りの術“である。(いずれも”純粋な安寧の術“とは言い難いが・・・)

後日、ほとんどの参加者から“ありがとうメール”を頂戴した。そして、ほとんどの人が「代々木会は年2回を希望。今年は秋にもう1回開催して下さい」と記してあった。“開催して下さい”とは、翁にまた、幹事をやれということだろう。嬉しいではないか、みんなに喜んで貰い“次”を求められるということは幹事冥利というものかもしれない。願わくば(翁自身も含め)全員が健勝で“会”が長く続いて貰いたい・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

 

今週もギタージャズのアルバムです。
私の携帯オーディオに入れてあり、たまにこのアルバムを聴きます。
568号でご紹介したFried Prideは二人のジャズユニットだということを知りました。そのギタリストである横田明紀男のソロデビューアルバム。
普通ならこんなに熱心にジャズは聴かないでしょうし、アーティストのことを調べないと思いますが、毎週ジャズアルバムをご紹介することで、新しい発見があり、2倍楽しめています。
Double Face 横田明紀男
01 My Back Pages
02 Cheers! on the Skyscraper
03 Double Face
04 A Drop of the cosmos
05 Emily
06 Children To Tomorrow
07 4 ON 6
08 Michelle
09 My Little Suede Shoes
10 My One And Only Love
11 ARIGATO!!

雑貨屋ウィークリー537号から紹介をはじめたジャズのアルバムをリストにしました。
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

ぺブルビーチで行われている全米オープンゴルフ、石川遼が上位で予選通過し、検討しています。15年くらい前に、ぺブルビーチでプレイしたことがあります。懐かしく思い出しながらテレビ観戦しています。

雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.736

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com