――― 前号から続く ―――
土岐雄三さんの講演『老いを楽しむ』の内容について、私が勝手に解釈しながら以下に書き記してみます。
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『老いを楽しむ』といっても、別に楽しんで年を重ねているわけではありません。時は勝手にどんどん流れてゆきます。どんなに科学が進歩しても流れてゆく時間を止めることは出来ません。私が「カミさん」と一緒になって半世紀以上もたちました。これもお互いにうんざりです。
男が嫁さん(細君)に惚れて「愛情」を持つのは、せいぜい結婚して最初の10年間ほど、次の10年は「努力」をしなければならない、次の10年は「忍耐」です。そして次が「あきらめ」、そしてその次がようやく「感謝」の時代になります。私は今では「感謝」どころか、「大々感謝」です。
実はうちの家内というのはものすごい女なのです。一般に女性を大きく分類しますと、「青鬼型」と「赤鬼型」になるんです。「赤鬼」というのは非常に単純で、例えば亭主が夜遅く帰ってきたとき、ポケットの中に変なマッチが入っていたとすると、それをすぐ取り出し、「コレはナニよ!!」と叫ぶわけです。こういう風に言われればこっちは楽なのです。
ところが「青鬼」はそうではないんです。すぐには怒鳴らずに黙っています。カミさんは怒りを胸の中にしまいこみ、時間をかけて醸造・発酵させてタイミングのいい時に出すんです。私はひところ酒を飲むと、ところかまわず、すぐ寝てしまう癖がありました。私の自宅は浦和市(埼玉県)なのですが、東京から帰るとき、国電(JR)の大宮行きに乗っていたのですが、いつも目がさめると終点の大宮駅なんですよ。そこであるとき気が付いて、浦和より手前の赤羽止まりの電車に乗ることにしたのです。赤羽で降りて、ホームを歩いているうちに大宮行きの電車が来るので、それに乗るようにしたのです。そして車内は座席に坐らず立っていれば、眠らないので乗り越すことはないんです。
ところがある日、赤羽のホームを歩いているうちに居眠りしちゃったんです。そしてホームから線路へ落ちちゃったんです。たいした怪我もなく、よかったんですが、これを帰宅してカミさんに言うと怒られますから黙っていたんです。ところが私のところへ来る会社の若いやつにうっかりしゃべったものですから、それがカミさんに告げ口しやがって・・・。
普通だとその時点で奥さんは亭主に「気をつけなきゃダメ!」っていうでしょう。ところがうちの「青鬼」は黙っているんです。一年か二年たったころ、あるとき私がなにかの話のついでに「オレはこれでも慎重な性格なんだ」といったとたん、カミさんいわく「そうね、駅のホームからも落ちないし!」
私はもともと金融機関に就職していたのですが、途中から物書きになった人間なんです。そこでカミさんは「私は銀行員のところへ嫁に来たけれど、物書きのところへ嫁に来た覚えはない」と私を責めるのです。ですから作家になってから、私へかかってくる電話を受けてもメモをとろうともしませんし、とんちんかんなことばかりいうんです。あるとき、私の留守中にIBMから講演依頼の電話があったら、「FBI(米国連邦捜査局)から電話があったわよ」っていうんですよ。まるで毎日々々が法廷に出ている被告さながらなんです。しかも弁護士がいない被告ですからね。私は耐えに耐えているんです。
でもそうでありながら実は心の底では「すまない、申し訳ない」と思っています。私にはもう曾孫がいます。だから私は「ひおじいさん」なんです。そしたら誰かが私のことを「ヒヒジジイ」といってましたけど―――。
さて、「老」というのは必ずしも「ヨボヨボ」とか「ヨタヨタ」という意味ではありません。「老」とは世間の智恵をたくさん知っていることなんです。人は出会いを大切にしなければなりません。
――― 続く ―――
河合将介(skawai@earthlink.net) |