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NO.719                Ryo Onishi              2/21/2010  

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雑貨屋のひとり言

今日は暖かく穏やかな天気でちょっと春が近づいてきたかなと思わせる一日でした。身体がホッとするというか動きがいいので散歩をしました。やっぱりはやく春になってほしいなと思います。しかし、ちょっと眼がしょぼついてきましたから、もう花粉症のシーズンになっているようです。薬局には花粉症対策のグッズや薬がたくさん並んでいます。≪R.O≫

いじわるパソコン

コンピュータ・ショップに行けば、いつだって最新モデルのパソコンが並び、数ヶ月前までの最新モデルは店の隅にでも展示されていればまだ良いほうです。

 コンピュータとそれを取り巻く周辺情報機器の変貌には本当に目が回りそうな感じでついて行けません。それ程この分野は技術革新が急速だ、と言えば恰好がいいけれど、見方を変えれば、そんなに急速に変わらねばならない程の未完成分野であるともいえるのではないでしょうか。現在のパソコンは、まだまだ私のような経験の浅い素人には手に負えないことが多すぎます。膨大なマニュアルの冊子は難しくて読む気にならず、かといってキーボードのキーをひとつ間違えても絶対に動いてはくれません。

「 まあ、そんなお堅いことを言いなさんな 」 となだめてもだめ。 「 このやろう! 」 と睨み付けてももっとだめ。一体、どうすりゃあいいでしょう。

その上、こちらが急ぎの時に限って画面が狂ったり、時にはフリーズ(画面の凍結)して、 「 スト突入 」 なんて事をしてくれます。

インターネットだっておんなじです。どうしても知りたい情報を検索するといつまで経っても 「 呼び出し中 」 で出てこない。ようやく出たかと思うと “ File Not Found ” とか何とか言ってみせてくれない。このやろう、私に何の恨みがあるんだよ!!

今どきのパソコンは オジンいじめが好きな底意地悪く加虐趣味の生き物ですね。オジサンを困らせても反省のかけらも見せぬ代物です。便利な道具だなんてとんでもないことです。

私みたいな素人オジンでも優しく付き合ってくれる “ パソコンちゃん ” とは何時巡り会うことが出来るのだろう。早くそんな時代が来ないかナ。
  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「青さ」

東京は、今日(2月18日)も雪。2月に入って9回目、2月の降雪回数としては20数年ぶりの記録という。一方、4年に一度の冬季オリンピックが行われているバンクーバー(カナダ)では、例年にない雪不足に見舞われ、ヘリコプターによる雪の運搬をしているものの、競技環境に大きな影響が出ているという。しかし、何が起きても技(わざ)を競うというオリンピック、様々なハプニングをチャンスに変えた選手が、その栄光に輝く。参加することに意義があると言われた頃に比べ、オリンピックの意義、プログラム、そして参加者のありようも変わったようだ。それでも、変わらないと信じたいものがある。それは、人間の成長と感動・・・競技者も観戦者も。

記録や技の限界を知らないかのように、どの選手も人知を超えた力量を見せてくれる。それは、速さや強さといった数値的なものだけではなく、調和や情熱といった美しさがある。そこには、白い雪や氷のキャンパスに描かれる、彼ら一人ひとりの人生ドラマが、まるで油絵で何度も何度も塗り重ねるが如き、質の高い傑作がある。社会の荒波を知らない少年少女も、一歩大人に近づいた青年たちも、そして、人生の折り返し地点にさしかかろうとする壮年たちも、それぞれが、身体的精神的に、または家庭的社会的に、直面する問題や困難を力や技に変えて集っている。それが一つの勝負の場で、さらに情熱の大波となって、観戦する私の心身を震わせる。アスリートの見えざる力と役割は、こういった一観戦者に与える感動と力ともいえないだろか。

ところで、中盤に差し掛かった冬季オリンピック、特に若い日本人選手の言動には色々なことを考えさせられる側面がある。演技が始まった途端にスケート靴の紐が切れ、減点に泣いた織田、本来、泣き虫で知られる彼を非難した人もいるというが、しかし、彼が靴紐を切った直後、ジャッジのところへ行って“再演”を申し出たあの冷静な判断と決断・行動力に、私は大きな拍手を送った。この子はさらに強くなる、っと、私は心の中でうなずいた。また、腰パンで参加前から注目(批判)されてしまった國母、彼の年代の意識差や自覚の低さを責める前に、協会のオリエンテーション・教育や指導の在り方が問題にされるべきと私は思う。競技で許される腰パンとは違う公式な場でのドレスコード、国を代表する意識や意義、そういった意味では、記録より品格、いわばスポーツマンシップの基本を、教える人がいなかったものかと残念で仕方がない。最初は誰しも、知らないことが多い。誰だって最初は青いのだ。それが経験を積むことによって常識と知恵を培い、青い色を成熟色に変えていくのだ。その過程には当然、教え導く“おとな”の存在が必要となる。それが協会の役割と責任ではないかと思う。腰パンを肯定している訳ではない。若い出場選手の社会常識や国際感覚の未熟さは“おとな”で組織される協会自体が、自分自身のことだという問題意識をもたなければ、“青い若者”は、そのまま“青いおとな”になって、その後の社会生活に大きな歪みを生むのでは、と懸念するのである。日本のスポーツ界、果たしてそれでいいのだろうか?っと、関係者の猛省を促したい。

さて、今回のオリンピックのみならず、昨今、わが国の政治・経済、そしてスポーツのどの世界においても、本来のジャーナリスティックな報道からほど遠いマスコミ情報に翻弄され、事実・真実を見誤るケースが少なくない。情報過多の今日、各界のリーダーは、いかに正しい情報入手・分析・対策(対応)が求められるかが今日的重要課題であるのだが、
端的に言えば、各界リーダーもマスコミも、そして私たち国民も“青さ”から脱しきれていないのでは、と背筋が寒くなるような思いにかられる。そういえば、角界を騒がせた、あの元横綱もその名に青があるように、青いままだった。ここにも青い時に教え導く“おとな”の不在があったのだろう。ともあれ、冬季オリンピックもあと1週間、雪や氷の上に舞う“青さ”を、もうしばらく満喫してみようか・・・っと、呟く、さくらの独り言。

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

日曜をごろり司馬遼読んでいる

ドラマには遠い私の放浪記

猫五匹飼い漱石の才がない

眼裏に夢二の人が老いてなお

富士山を見たいと庭の月見草


( ニュースやぶにらみ )

「自民でまた派閥解消論」
俺の禁煙と同じだ −愛煙家

「米下院、トヨタ社長召致」
しっかり説明責任を果しなさいよー鳩山首相
                    −小沢幹事長

「新聞」
政治欄 −金金   スポーツ欄 −銀銅

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

句会場(千駄木)周辺散歩(34)           *木下順二 −子午線の祀り
この駄文もまさかまさかの34回にもなり、少々行き詰まり気味ですので、今回より表題から「ぶらり」の字を削除して、より幅広く書かせてもらうことにしました。ご了承ください。
山本安英は木下順二らとの「ぶどうの会」解散後、劇団「山本安英の会」を主宰しました。かってその会の事務局に勤められ、現在国立市議会議員の小川ひろみさんのホームページから、その一部をご本人の了解を頂いて紹介します。 「夕鶴」の劇作家・木下順二さんを偲んで―前略― 山本さんの自宅兼劇団のあった千駄木の場所から1分の近さに木下さんは住んでおられ、毎日1度は顔を出されました。私は木下作品の大ファンでしたから、木下さんの来訪が嬉しいと同時に緊張したことを覚えています。『平家物語』を題材にした「子午線の祀り」という芝居には、「群読」という演劇的朗誦術が駆使されています。劇団でも、現代劇の俳優から能や歌舞伎の屈指の役者たちが一堂に会し、一斉に声を出す稽古がおこなわれていました。「子午線の祀り」の源平合戦のなかに、木下さんは「踏みしだかれる者」として庶民や女たちを印象深く入れています。個々の特長ある声が全体となり、またその全体は、ひとつも欠かすことのできない個々人が支えている……。「群読」という朗誦術によって、時代を生きる各層の人々が主体として立ち現われ、圧倒的な劇的感動をもたらしていました。あの日の千駄木の稽古場にも、声・声・声が響き渡っていました。「夕鶴」のつう、「子午線の祀り」の影身、「沖縄」の波平秀、「夏南方のローマンス」のとぼ助…、どの木下作品にも登場した女性たち。特別の階級であるとか、学問があるとかではない普通の女性たちが、与えられた境遇、立ちはだかる不条理、戦争などの政治的悲惨に巻き込まれながら、必死に何らかの決断を見出し行動していきました。 (後略)

森田さんから

今週はお休みです。                        

龍翁余話

龍翁余話(118)「歌舞伎座」

久しぶりで銀座に出たついでに歌舞伎座まで行って写真を撮った。今の建物が5月に壊されるというので、名残り惜しさもあってカメラに収めたのだが、この場所には今まで何10回訪れたことだろう。観劇はごく数回、建物見物が圧倒的に多かったのだが・・・

九州など地方から上京する親しい知人や外国からの友人などを案内する東京観光の1つに歌舞伎座がある。特に日本の伝統文化に興味を持つ外国人をガイドする時は、歌舞伎座へ行く前に総武線両国駅の傍(国技館の裏)にある『江戸東京博物館』へ案内することにしている。館内の模様はご存知の方も多かろうが、常設展示は、お江戸日本橋(当時の姿を縮尺再現した)を渡って直ぐに江戸時代ゾーン。ここには江戸城下の武家屋敷や長屋、商家、庶民(町人)の日常生活、町火消しなどのレプリカ(模型)や実際に使われた道具、資料が展示されていて歴史好きの翁は、何回来ても(見ても)あきない。そのゾーンの中に、町奉行所に認められた歌舞伎小屋(劇場)“江戸三座”(中村座、市村座、森田座)の1つ『中村座』の縮尺小屋がある。これがなかなか見ごたえある建物だ。そこの舞台で歌舞伎十八番『助六』を演じている役者(初代市川團十郎?人形)の前で記念写真を撮る観光客が多く、順番待ちをしなければならないほどの人気の場所。歌舞伎が珍しい外国人などはキャアキャア言いながら、入れ替わり立ち代りでシャッターを切る。このあと、常設展示ゾーンは明治の文明開化、大正ロマン、昭和(戦争の傷跡)と続くが(省略)、『中村座』の余韻が冷めないうちに、翁、客人たちを銀座の歌舞伎座へと案内する。やはり、本物に接する外国人たちの目は一段と輝く。

タイミングが合えば、一幕を見ることもある。彼ら(外国人たち)は、内容も分からないはずなのに大いに感激する。実は翁、彼らを歌舞伎座に案内する時は、歌舞伎の歴史、歌舞伎の代表的な演目、歌舞伎演技法、歌舞伎舞台(構造)の特徴、歌舞伎座の沿革などを友人の英語の先生に簡単に英訳して貰った“虎の巻”のコピーを、観劇の前(あるいは建物を見物する前に)彼らに渡すことにしている。その時、翁はお断りする「質問はしないこと。私は歌舞伎の知識は浅いので、日本語でも答えるのが難しいから」それでも彼らは容赦なく質問を浴びせてくる。“知ったかぶりが仇となる“見本だ、と苦笑すること度々。

“知ったかぶり”の出始めは歌舞伎の起源だ。今から407年前の1603年、出雲阿国(いずものおくに=出雲大社の巫女?河原者?)が京都・北野天満宮でその時代の流行歌(はやりうた)に合わせた踊り(能狂言)を披露したのが歌舞伎の始まり、とされている。歌舞伎研究家で千葉大学名誉教授だった故・服部幸雄博士は『歌舞伎成立の研究』の中で“阿国の歌舞伎元祖説”には真っ向から反対しているが、翁、“阿国が歌舞伎元祖”という俗説が分かり易く面白いので、その説を支持し“虎の巻”(英文)にもそう解説してある。

現在の歌舞伎座――今から121年前の1889年(明治22年)に開場、以後、火災や震災、戦災に遭い、1951年(昭和26年)に現在の建物が完成したのだが半世紀を超えた今、老朽化や不便性などが問題となって、今年の5月から取り壊し(再建工事)が始められることになった。そこで“今の歌舞伎座”をカメラに収めておきたい、ということで出かけたのだが、翁、正面と同様に横道から見るクラシックな雰囲気も好きだ。外からは見えないのだが“歌舞伎稲荷大明神”という小さな社(やしろ)がある。お稲荷さんは、もともと農業、商業の神様、今では五穀豊穣、商売繁盛、家内安全のほか芸能上達の守護神としても信仰されているそうだから、歌舞伎座の敷地内に祀られているのも頷ける。

さて、歌舞伎座の建て替え計画は、現在建物(和風桃山様式建築)が登録有形文化財であることや愛着派への配慮から、建て替え後も外観は(現在と)変わらないし瓦屋根や欄干なども今の具材を出来るだけ再利用する、そうだ。内部も基本的には大きな変更はなく、客席数も現在の1860席、学生や外国人に人気のある一幕見席(4階)も残すとのこと。大きな変更は女性トイレ不足の解消、狭い客席の改善のほか全体的にバリアフリー化や耐震、防災、エコ面での充実を図るとされている。そこまではいいのだが計画では歌舞伎座(地下1階、地上4階)の後方に、何と地下4階、地上29階建て、高さ135mの高層オフィスビルが建つ。この時代、しかも東京の1等地を有効活用したい施主(松竹株式会社、株式会社歌舞伎座)の考えも理解できるが、果たして完成時(2013年春)どんな姿の歌舞伎座がお目見えするのだろうか、やはり気になる。気になる、と言えば、(それほど熱心な歌舞伎ファンでもないのに)新歌舞伎座が完成するまでの歌舞伎公演はどうなるのだろうか、と心配して松竹に直接問い合わせたら「新橋演舞場で年間11ヶ月歌舞伎を上演するほか、国立劇場や明治座などでも上演要望をいただいているので全体の公演数は従来と変わらない」そうだ。                      

歌舞伎座の正面に設置されている「歌舞伎座さよなら公演」4月興行まで“あと何日”を刻むカウント台の前では記念写真を撮る人たちが後を絶たない。翁も、これまで何10年もの間にこの場所に一緒に来た多くの友人知人の顔を思い浮かべつ、少し感傷的な気分に浸りながら最後のシャッターを切った・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

 

今日ご紹介するDon Friedmanは547号でアルバム"Circle Waltz"をご紹介しています。
力強いピアノで歯切れのいい感じのジャズです。(すみませんこんな表現しかできなくて。)
ちょっとドラムが出すぎているのではと思うのですが、それはそれで迫力があっていいです。
Don Friedman  “TIMELESS”

(1)Alone Together 
(2)Star Eyes 
(3)Body And Soul 
(4)Emily 
(5)Turn Out The Stars 
(6)What Is This Thing Called Love 
(7)Bouncing With Bud 
(8)'Round Midnight

雑貨屋ウィークリー537号から紹介をはじめたジャズのアルバムをリストにしました。
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

雑貨屋ウィークリーを編集している時間帯は、ちょうど「笑点」をやっているので、ついつい観てしまいます。
ところで明日は平成22年2月22日で2が並びます。ちょっと珍しいですね。なにかあるのでしょうか?

雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.719

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com