龍翁余話(113)「キング牧師記念日」
1月の第3月曜日(今年は18日)は『キング牧師記念日』(Dr. Martin Luther King. Jr. Day)。
かつて“米国黒人社会の歴史と文化”を追いかけた翁にとっても、この記念日には格別の想いがある。若い人は、どれだけキング牧師のことを知っているだろうか、と心配したが、キング牧師の名演説『I
have a
dream(私には夢がある)』が(未確認だが)中学や高校の英語教材に使われているそうだから、当然、キング牧師の人となりや業績のあらましは知っているはずだ。(『I
have a dream』 については、後で詳しく述べる。)
翁はこれまでに4回、アトランタにある『キング牧師の生家』や『マーティン・ルーサ・キング・ジュニア・ビジターズセンター(記念館)』を訪ねた(いずれも取材)。最初は1986年の夏、キング牧師夫人・コレッタさんにもお会いした。実に温かみのある、優しい女性だったが、インタビューの合間に見せる静かな闘志は、さすが、あの夫(キング牧師)にして、この妻あり、を感じさせた。それもそのはず、キング牧師亡き後、彼の遺志を継いで無暴力運動、人種差別撤廃、貧困層救済、黒人社会の地位向上などの運動を指導した活動家だったのだ。だいぶ以前の話なので(保存してある)当時の取材ノートや台本を引っ張り出して筆を進めることにする。(夫人は2006年1月31日に死去、78歳。)
ご承知のように、キング牧師は父親(同じ名前のマーティン・ルーサー・キング)の跡を継いだプロテスタント(バプテスト派)の牧師であるが、何と言っても“アフリカ系アメリカ人(黒人)公民権運動の指導者(活動家)としての方が有名だ。”アメリカ合衆国における人種偏見を終わらせるための非暴力抵抗運動“が評価され、1964年度にノーベル平和賞が授与された。その年キングは35歳、史上最年少の受賞であった。
1968年4月4日、遊説中のテネシー州メンフィス市で、白人男性に撃たれ、全米は勿論のこと全世界に衝撃が走った。39歳という若さに、世界中がその死を悼んだ。アメリカでは彼の栄誉を称え、米国第40代大統領ロナルド・レーガン政権下の1986年より、キング牧師の誕生日(1920年)1月15日に近い毎年1月第3月曜日を『マーティン・ルーサー・キング・ジュニア・デー』として祝日に制定した。偶然にも翁が初めて『キングの生家』、『ビジターズ・センター』、『コレッタ夫人』を訪問した年である。
キング牧師が提唱した運動の最大の特徴は、徹底した“非暴力主義”である。これは、インド独立の父・ガンジーに影響されたと言われる。『ビジターズ・センター』には、非暴力抵抗運動で勝ち取った公民権の解説や運動時の写真パネル、ノーベル平和賞の賞状やメダル、その他、各種の受賞トロフィー、キング牧師の私生活に関する展示物が所狭しと並んでいるが、その中に、彼がいかにガンジーを崇拝したかを物語る資料も多く含まれている。
しかし、何と言っても『ビジターズ・センター』でのメイン・テーマは『I have a dream』
であろう。建物に入った途端にスピーチの録音テープが聞こえてくる。1963年8月28日にワシントンD.C.のリンカーン記念堂の前で演説した『I
have a
dream』は、人種差別の撤廃と各人種の協和という高邁な理想を簡潔な文体と平易な言葉で訴え、多くの人に感動を与えた。1961年1月20日に就任したジョン・F・ケネディの大統領就任演説(わが同胞のアメリカ人よ、あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか。わが同胞の世界の市民よ、アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、われわれと共に人類の自由のために何ができるかを問おうではないか=一部抜粋)と並び、20世紀のアメリカを代表する名演説として有名である。
では、その『I have a dream』の一部を紹介しよう。
「私には夢がある。いつの日か、かつての奴隷(黒人)の子供たちと、かつての奴隷を使っていた人(白人)の子供たちが、兄弟愛というテーブルに一緒に座れるようになるという夢を」。
「私には夢がある。いつの日か、この国が、私の4人の子供たちが肌の色で、ではなく、
その人なりで評価されるようになるという夢を」。
キング牧師が遺した名言の中には、ほかに“Now is the time(今こそその時だ)”、“Let freedom
ring(自由の鐘を鳴らそう)”などがある。
そしてキングの死から40年後に、ケニア人とアメリカ人のハーフ、バラク・オバマ大統領が誕生した。ミッシェル夫人は黒人奴隷の子孫である。黒人初の大統領とファースト・レディ誕生にアフリカ系アメリカ人は狂喜した。オバマ大統領就任式にキング牧師の息子マーティン・ルーサー・キング3世(祖父・父と同姓同名)も招待された。キング牧師・コレッタ夫妻がこの光景を見ることが出来たなら、どんな感慨を覚えただろうか・・・
『ビジターズ・センター』の入り口に設けられた小池の中央に、キング牧師の墓標がある。そこには彼の『I have a
dream』の最後のフレーズ”Free at last, free at last, thank God Almighty, I'm
free at
last.”(遂に自由を得た。全能の神に感謝、私は遂に自由になった)が刻まれている。翁、1986年の夏に、その墓石の前でコレッタ夫人をインタビューした。その夫人も今は夫・キング牧師と同じこの墓石の中にいるそうだ。「公民権と自由は得た。だが、人種差別の壁はまだまだ厚い。夫・キングの夢“肌の色ではなく、その人なりで評価される日”は、まだ遠い」と翁に語ったコレッタ夫人であったが、その日から24年後、そして彼女の死(2006年)から3年後に初の黒人大統領が誕生した。奇しくも『キング牧師記念日』に――キング牧師夫妻の悲願はようやく成就したのでは、と、翁の感慨もひとしお・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |