龍翁余話(98)「自然植物園をリハビリ散歩」
退院して間もなく1ヶ月になる。その間、1度、外来で主治医の診察を受けた。「極めて順調に回復しています」の診断が下された。早期ゴルフ再開への“希望”が出て来た。次回の外来診察(10月6日)の時は、「もう大丈夫」の太鼓判を押して貰いたく、リハビリにいっそう精を出しているのだが、外を歩く時は、どうしても杖を頼りにする。確かに坂道や階段は杖1本が大きな支えとなる。近くの商店街を歩く時、他の人が杖つきの翁を気遣って(道を)譲ってくれることもある。ありがたいと思う反面“いつまで、こんなぶざまな格好を続けるのだ、そろそろ杖離れしなければ”と、見栄っ張りの本性が頭をもたげる。そんな矢先、友人Tさんから「目黒・白金台の自然教育園を散策して来ました」というメールを頂戴した。『自然教育園』?ああ、もしかしたら、時々降りる高速道路の目黒出口の“植物園”のこと?そこなら、翁の家から車で5分、徒歩でも30分で行ける場所だ。なのに、まだ1度も行ったことがない。いいヒントをいただいた、リハビリ散歩に出かけるか、と思い立ち、一昨日(金曜日)の昼下がり、ジーパン、Tシャツ、帽子、ウオーキング・シューズの軽装、それに愛用のカメラ(バッグ)を肩に引っ掛けて出かけた。退院後、初めての“杖なし散歩”である。
その日は、秋晴れ、というより気温29度の夏日。マンションを出た一瞬“タクシーで”と思ったが、それではリハビリにならない、と思い直して、ゆっくり歩き始める。通常だと家から地下鉄浅草線・戸越駅まで6分だが、10分かかった。道路から改札まで下り階段、改札口からホームまで、また階段。この駅には下りのエスカレーターはない。下り階段の怖さを実感する。三田駅で三田線に乗り換え、白金台へ。改めてエスカレーターのありがたさを知る。駅員に(教育園への)出口を訊いて目黒通りへ出る。車で通り慣れた道だが、歩きだと、まるで初めて見る町並みに思える。白金台駅から教育園まで徒歩4分のところ、信号の待ち時間を含め10分かかって、やっと園の入り口へ。“65歳以上の方は無料です”の告知板にニンマリ。窓口で(65歳以上の)証明となる自動車免許証を提示して赤いリボン(入園証)を貰う。
入るとそこは小さなミュージアム。園の歴史資料や、この地で発掘された縄文時代(約2500年前)の土器などの展示、売店、更に園内を仮想体験できるバーチャル機器が備えられている。この園の正式名称は『国立科学博物館付属自然教育園』だ。何で『教育園』などと
“お上的名称”が付けられたのだ?例によって翁のイチャモン癖が出る。ここは明治時代に陸・海軍の火薬庫として使われ、大正時代には宮内省所管の皇室専用“白金御料地”となった。戦後(昭和24年)文部省の所管となり、天然記念物及び史跡に指定され一般公開されるようになった。現在名称は昭和37年からだそうだ。
資料を見ると、確かに、人手を加えない自然観察(研究)の貴重な宝庫だ。プログラムにも日曜観察会、鳥類講座、小動物の生態講座、植物学講座など“教育的イベント”も多く行なわれている。しかし一方、東京砂漠のど真ん中に存在する市民のオアシスでもある。目くじらを立てるほどのことでもないが、翁の性格上、教育を押し付けられるのはゴメンだ。『自然植物園』でいいではないか。ま、それはさておき、当日は(連休明けもあって)入園者はまばら。おかげで“杖なし散歩”がゆったり出来そう。案内板に従って砂利道を歩き始めると(写真左)すぐ右側に土塁の跡が見える(写真中)。約600年前の室町時代にこの一帯を治めていた豪族たちの館の跡と説明板にある。そしてしばらく行くと形のいい老木“物語の松”に出会う(写真右)。江戸時代、この地を水戸光圀(水戸黄門)の兄・松平讃岐守(高松藩主)が下屋敷にした。この老木や池などは当時の名残りであろう、と説明されているが、何で“物語の松”なのか、確たる物語が見えない。
それにしてもこの園、いくら“自然を大切に”と言っても自然過ぎて、まるで荒れ放題。
林の中の倒木は放置され、ひょうたん池、水生植物池、水鳥の沼などは枯葉や枯れ枝で水面は汚れたまま、周辺の草も伸び放題。学術的価値は知らないが、美的景観はゼロ。カメラを向ける気にもなれない。数人のスケッチ・グループの画板を覗いたら、目の前の実物とは大違いの、何とも美しい池が描かれている。アマチュア画家たちの美への願いが、実物とは異なる筆使いになったのではあるまいか?「人手を加えないのが自然だ」という意見もあろう。だが、凡人の翁は、多少の手入れがあってこそ自然の美が生きる、と考える。国立だから手が回らない(予算が足りない)?いや、長い間、党利党略、私利私欲に明け暮れた政治家たちや事なかれ主義の役人たちの目(意識)が届かなかっただけ。自然保護と自然放置は根本的に違う。こんな場所(自然公園や植物園などの公的施設)は全国に沢山あるのではないか?だとしたら新政権よ、即効的人気を狙うバラまき政策より、歴史を顧み、自然の恩恵を実感出来る先祖の貴重な遺産を後世に繋げることにも目を向けることが大切だと思うよ。
植物学などというものに無縁の翁には、花っ気のない植物園は味気ないし“手抜き管理”にもいささかガッカリしたが、リハビリ(歩行訓練)にはもってこいの場所。友人Tさんに感謝。帰路も地下鉄を利用した。延べ3時間“杖なし散歩”をやってのけた充実感が疲れを飛ばした。次回、主治医の診断が楽しみだ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |