龍翁余話(86)「古きを訪ねて」<その1>
嬉しいことに、友人から「『龍翁余話』の題材になりそうな、こんな所がありますよ」とのヒントやアイデアをいただくことがある。今回の「古きを訪ねて」もまた親友Cさんのお誘いによるものだった。Cさんと翁の共通の親友Sさんも加わっての一日ドライブ、まずは東京都立小金井公園に設置されている野外博物館『江戸東京建物園』から・・・
“失われてゆく江戸・東京の歴史的な建物(27棟)を移築・復元・保存し貴重な文化遺産
として次代に継承することを目的とする“『江戸東京建物園』は、東京・両国にある『江戸東京博物館』の分館として1993年(平成5年)に開園。広大な敷地(約7ha、日比谷公園の4倍強)の中央に、まるで宮殿を思わせる威風堂々の建物が参観者を待ち受ける。1940年(昭和15年)”紀元2千6百年の記念式典“に皇居前に建てられた式殿(光華殿)が翌年この地に移築され、今はビジターセンターに。「今上天皇が戦時中(皇太子時代)、ここに疎開され勉学に励まれた由緒ある建物です」とは守衛さんの話。
園内は、徳川3代将軍家光の側室・自証院(お振りの方)を祀る霊廟、第20代総理大臣・高橋是清邸、西川製糸創業者・西川伊佐衛門邸、旧宇和島藩・伊達公爵邸の表門、財閥三井本家の和風邸、建築家・前川國男邸、奄美大島の高倉(穀物倉)、八王子千人同心組頭の家、1856年(安政3年)創業の江戸居酒屋文化の真髄・鍵屋(大正元年築)、旧万世橋駅(神田)近くにあったレンガ造りの交番(明治末期?)、その他、地元の豪農や昭和初期の下町の商店などが建ち並んでおり、どれもこれも翁の興味をそそる物ばかりだが、時代別ゾーンになっていないので、正直、“片っ端から適当に建て継いでいった”観は否めない。時間の関係で以下の3邸だけを見学した。(写真:左から「八王子千人同心組頭の家」、「財閥三井本家の和風邸」、「高橋是清邸」)
『八王子千人同心』とは、江戸幕府の職制の一つで、武蔵国多摩郡八王子(現・八王子市)に配置された郷士(農村に在住する下級武士)の幕臣集団。任務は、甲州口(武蔵と甲斐=山梨の国境)の警備と治安維持であった。歴代組頭の中に、近藤三助という剣の達人がいた。天然理心流創始者・近藤内蔵之助の養子(天然理心流2代目)で、その4代目に武州多摩郡上石原村(現・調布市)出身の新撰組局長・近藤勇がいる。
『財閥三井本家の和風邸』は、庭から見ると落ち着いた日本建築と思えるが、中に入るとホールの天井には煌びやかなシャンデリアなど和洋折衷の意匠が随所に見られる。玄関奥には広々とした客間と食堂が2間続きに並び、これがまたゴージャスな書院造り。部屋を幾つ廻ったか覚えていないが、どの部屋も垂涎の極み。住宅から出入り出来る頑丈な土蔵は貴重品倉庫であると同時にシェルター(緊急避難場所)でもある。見学に肩が凝る。
『高橋是清邸』の2階には、2・26事件(1936年2月26日、青年将校らによるクーデター未遂事件)で是清公が暗殺された部屋が、そのまま保存されている。“ダルマさん”の愛称で知られる高橋は、第20代総理大臣というより(6回務めた)大蔵大臣としての評価が高い。インフレを抑えるために軍事予算を縮小しようとしたことが軍部の恨みをかい暗殺された(享年82)。“暗殺の部屋”で、しばし黙祷。
翁、青梅路は数回、車で通ったことはあるが、街をじっくり見るのは今回が初めて。『昭和の町』をテーマに映画の手書き看板があちこちに。そして見どころは『赤塚不二夫記念館』(写真左)、懐かしい昭和グッズを陳列している『昭和レトロ商品博物館』(写真中央)、昭和の生活をジオラマ(背景画の前に建物・人物・動物などの立体模型を置き照明を当てて現実の光景に見せかける装置)で見せる『昭和幻燈館』(写真右)。
『赤塚不二夫記念館』は「古きを訪ねて」ではない。天才漫画家と言われた赤塚は昨年、亡くなったばかり(享年73)。中国(満州)生まれで戦後間もなく引き揚げ、奈良、新潟で少年時代を送る。中学卒業後に上京、工員として働きながら漫画の世界へ。実はCさんも中国(延吉)生まれ。父君(建築技術者)の仕事の関係で強制的に残留させられ、吉林、瀋陽(奉天)、天津へと移り、昭和28年(6歳の時)にやっと帰国出来たという苦労人。だから、Cさんは、以前から赤塚に特別な親近感をもっていたらしく、今回、青梅路ドライブに誘ってくれた主な理由は、どうやら翁を、赤塚の人間的魅力、卓越した天分に触れさせようとの目論みがあったようだ。同行のSさんは、赤塚作品を結構知っていたのだろうか『おそ松くん』、『ひみつのアッコちゃん』、『天才バカボン』などの前で「懐かしい」を連発していた。翁は、赤塚作品に限らず、殆んど漫画を読むことはなかったが、お蔭で今回、初めて赤塚不二夫の世界に一歩近づくことが出来た。
青梅路紀行はまだまだ続き、「古きを訪ねて」Cさんの快調なドライブは更に八王子(『八王子城址』や『夕焼け小焼けの里』)へと向かうが、それは次号のお楽しみ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。
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