――― 前号よりの続き。以下の覚え(メモ)はすべて下記からの引用(または参照)であり、私自身がフランクリン・ルーズベルト(Franklin
Delano Roosevelt、以後の記述では「F.D.R.」とします)を知るためのメモであることをお断りしておきます。―――
「ルーズベルト、ニューディールと第二次世界大戦」(新川健三郎著、清水新書)
「パクス・アメリカーナの光と影」(上杉 忍著、講談社現代新書)
「ルート66、アメリカ・マザーロードの歴史と旅」(東 理夫著、丸善ライブラリー)
「フランクリン・ルーズベルト」(T.V.番組、知ってるつもり)、その他、インターネットからの情報 |
〔[〕ニューディール政策(2)
(1)最初の「ラジオ炉辺談話(ろへんだんわ:the Fireside Chats)」
緊急銀行法を制定させたF.D.R.は
3月12日の日曜日の夜、最初の「炉辺談話」でラジオを通して国民に直接語りかけ、銀行はもう安全だと国民に保証した。推定
6,000万人の国民が大統領のラジオを聞いたという。翌月曜日、銀行の一部が業務を再開したところ、多数の人々が銀行の前に行列を作ったが、それは預金を引き出すためより、預け入れの方が多かった。
銀行自体は業務停止してから客観的には何ら好転していなかったにもかかわらず、“銀行は安全である”という大統領の一言で、国民は銀行を信頼したのであった。――
そしてF.D.R.は、ともかく大統領就任後 8日間にして、最大の危機を回避した。
ついで、F.D.R.政府は、恐慌の直接の原因となった証券取引や銀行業務の制度上の欠陥を是正する作業にとりかかった。
証券法の制定:連邦取引委員会に証券発行を監督する権限を与えた。
連邦準備制度の改革:商業金融と投資の業務を分離。
連邦預金保険公社の設立:一般預金者の保護。
復興金融公社(RFC)の権限の拡大:銀行の再開や再組織にあたり、国家資本で資本構成を支える。
(2)力強く動き出したニューディール
ようやく心臓(銀行)が動き出したが、肝心の手足はまだマヒしているアメリカ経済をよみがえらせるため、議会は休むことなく、経済全体を復活させるための法律を次々と成立させた。F.D.R.政府の「最初の百日議会」が閉会する
6月16日までに、F.D.R.は 15の重要法案を成立させた。
(F.D.R.のニューディールは最終的には、AAA からWTA まで200以上になった)
それらの重要法案の中には次のものが含まれた。
≪農業調整法(AAA)≫:これは、「生産調整」による農産物価格引き上げをめざした。政府は割り当て以上に生産を削減した農民に補助金を出し、農家収入を保証するとともに、農産物価格の引き上げをはかった。この政策によって、比較的規模の大きい農場の多くが救われた。
≪失業救済事業立法≫:
(a) 市民自然保存部隊(CCC)創設 ― 18歳から
24歳までの失業青年を動員して、全国のキャンプに配置し、植林、キャンプ地や海水浴場の整備、橋・ダム・貯水池・釣堀などの建設に従事させる。
(b) 直接的現金救済計画 ― 議会は 5億ドルを各州や地方自治体に支給。
(c) 大規模な公共事業の認可 ―
道路、下水道、その他の公共事業のために33億ドルの支出。この「枯れた井戸に水を注ぐ」政策は、結果としては、ケインズの理論と一致。
≪全国産業復興法(NIRA)≫:アメリカ資本主義の屋台骨である工業の立て直し政策でニューディル政策の根幹のもの。巨大企業間の無秩序な競争が経済全体に悪影響を及ぼすとして、政府の指導下に産業別の競争条件協定を結ばせ、それを反トラスト法の外におく。
≪TVA計画≫:テネシー河流域総合開発計画。
≪金本位制離脱≫:金本位制離脱により、国際経済からアメリカを可能な限り切り離し、アメリカ経済の再建を達成する。
≪ソ連の承認≫:アメリカは 1933年11月、ソ連を承認し、通商関係の促進を図った。
≪禁酒法の廃止≫:アメリカ合衆国憲法、修正第21条が確定し、修正第18条(酒精飲料の禁止1919年確定)が廃止された。 河合将介(skawai@earthlink.net) |