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NO.673                Ryo Onishi              4/5/2009  

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雑貨屋のひとり言

土曜日はお昼頃から雨が降ったり止んだりの天気で寒い一日でした。4月に入ったというのになかなか春らしい陽気になりません。朝は三週間ぶりのヨガから始まりました。前任の美人先生が臨時で来られていたのでうれしい一日の始まりとなりました。早い昼食の後、夙川の桜を見に行くことにしました。しかし残念ながらJRさくら夙川駅に着いたころから雨が降ってきました。桜はまだ満開ではなく八分咲きといったところでした。雨の中、傘をさして宴会をしているグループもありました。寒いので阪急夙川駅から西宮北口に行き、西宮球場跡にオープンした西宮ガーデンズに行くことにしました。いま流行のおしゃれなショッピングセンターです。阪急百貨店はちょっと高級な感じです。
日曜日、花見日和だったのですが、神戸ポートアイランドのIKEAに行きました。ロス、トロントでよく行ったあの懐かしいロゴと広い店内は同じでした。
≪R.O≫

国際感覚について − ある大学生との文通

先日、私がかつて縁あって訪問したことのある日本の大学の学生から一通のE-メールを受信しました。概略次のような内容でした。「私は二年後にこの大学を卒業する予定です。卒業後の進路として、世界を舞台にした仕事をしたいと思っています。“世界で活躍するビジネスマンに必要なもの”とはなんでしょうか?」

これだけの文面からでは質問の具体的な内容がわからず、こちらのホンネとしては回答に戸惑うものがありました。ただ、この質問文前後の文脈にこの学生さんの真摯な気持が察しられ、無視することも出来ず、以下、私なりに次のような回答メールを送信しました。

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厳しい環境下での就職活動、ご苦労様です。貴君の場合、卒業は二年後とのことですが、その頃までに経済状況がより良くなっていることを祈っています。

さて、お問い合わせの件ですが、通常、「世界で活躍するビジネスマンに必要なもの」 という質問を受けた多くの国際通と称する人々は 「国際感覚を身につけること」 と返事をするでしょう。そんなことは当たり前で、その 「国際感覚」 とは何かが問題なのではないでしょうか。

私の少ない海外経験から実感できるのは、「国際感覚」とは外国語に堪能になったり、外国の風俗・習慣・マナーに詳しくなることではありません。こういうことも、もちろんたいへん重要であり、身につける必要があることは当然ですが、その前にもっと基本とすべきものがあります。私流に敢えてその基本を提示するなら、それは 「自分を知ること、日本を知ること。そして自分が日本人であり、日本人としてのIDを明確にすること」 だと言えましょう。

私達は自分のこと、日本のことをどれだけ良く理解し、承知しているでしょうか? 「国際感覚」と言っても、「これが国際感覚である」といった絶対的なものはない訳で、あくまでも何かと比較してはじめて知り得るものです。その場合何と比較をするかというと、私たちの場合は日本または日本人としての自分ということではないでしょうか。

日本もナショナルの時代からインターナショナルの時代になっており、更に世界はトランスナショナル(ある意味のボーダレス)の時代に向かっています。しかし、ナショナルとしてのIDなしに何でインターナショナルになり得ましょうか。インターナショナルをしっかり確立しないで何でトランスナショナルに移行できましょうか。

日本から駐在員がアメリカへ赴任してきた時、自分の子弟の教育について日本語を中心にするか、英語を中心にするかという問題は、その子の両親にとって重大事です。きちんとした方針と信念の下に決めるのであればどちらにしても間違いはありませんが、私の知る限り、親によっては「折角アメリカに来たのだから、うちの子はアメリカの現地校に通わせたいと思います。そうすれば国際語である英語が堪能になり国際感覚が身について良いからです」と安易に考える人に何度も出会いました。こんな考え方で現地校に入れられた子弟は気の毒です。(もっとも、現地校とその先生にとってはもっと迷惑な話ですが・・)

こんなことをされては結果的にその子は国際人どころかただの無国籍人ということになってしまうでしょう。私が会社を引退する前の経験ですが、日本の親会社から当地へ赴任する後輩から 「三ヶ月後にアメリカへ赴任することが急に決まりましたので、私は妻と二人であわてて英会話学校へ通っています」という挨拶状が届いたことがありました。そこで私は 「いまさら英会話の勉強をする暇があったら、もっと日本について勉強してきて下さい」と返事を出したほどでした。

一般論ですが、どうも日本人は自分のID(自分と言うモノサシ)が曖昧であり、客観的に他のものを測るのが苦手のようです。日本人の持っているモノサシは伸縮自在で曖昧な「生ゴム」 製ではないかとさえ思うことがあります。これはこれである面では日本人のよいところなのですが・・・。

でも、これから海外を相手に何かをしようとするのであれば、最も重要なのは海外へ出てから見聞き・経験することをしっかりと見極められる自分のIDではないでしょうか。極論を言えば、私はこれが 「国際感覚を身につける」 ということだと思っています。そしてその次にようやく個々の具体的な話が始まるのだと思います。その具体的な話はまた何時かお会いした時にいたしましよう。

目下、世界を取り巻く経済環境はたいへん厳しいことはご存知のとおりです。こんな時だからこそ、貴君のその熱い思いを大切に、自らの将来を切り開くべく一層の努力を期待いたします。
  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「」

今週はお休みです。

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

 王様の樹がある公園の童話

若さっていいなセーター赤青黄

にっぽんに逢いたく路線バスの旅

ふる里で都会の肺を裏返す

景気どうあろうと満開の桜

( ニュースやぶにらみ )

「予想クイズ」
日本の次回出席者はだれか −G20

「花に風」
今年は不況風が −桜

「安倍、福田、麻生」
歳々年々人同じからず −桜

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

句会場(千駄木)周辺ぶらり散歩(20)
*藪下の道 A−維新上野戦争
森鴎外『青年』の小泉純一が根津方面から団子坂へ向けて歩いた記述です。 格子戸の嵌まっている小さい家が、一列に並んでいる前に、売物の荷車が止めてあるので、体を横にして通る(略)爪先上がりの道を、平になる処まで登ると、又右側が崖になっていて〜  こんな狭い道でも、明治三十六年に不忍通りが開通するまでは主要道路でした。明治維新の折には、寛永寺谷中門を攻めた官軍もこの道を通りました。 以下、地元のタウン誌の谷根千(註:谷中、根津、千駄木の略)の記述をお借りします。
実況・慶応四年五月十五日払暁、雨の大下馬(いまの二重橋外)に官軍十八藩、一万七六〇〇名が集合。正面黒門口には薩摩を主に因州、肥後。根津方面は長州を主力に大村、佐土原。(略)迎えうつ彰義隊、谷根千付近には天王寺詰めの三百名が警戒。谷中門外から団子坂上までは小川椙太の一隊。(略)朝七時ごろ、湯島切通しに砲声一発。戦いが始まる。黒門では山王台から近藤武雄が四斥砲を撃つ。穴稲荷神社では神木隊浩気隊が戦砲と小銃で奮戦。谷中門・天王寺詰諸隊は優勢。官軍は荻、岡山、佐土原、大村の援兵を茅町からくり出し、根津神社境内の彰義隊を撃破。藪下から団子坂を抜け、三崎坂へ破竹の勢いで攻め込む。藍染川は降り続く雨で大川のごとく溢れる〜。 今から‘遥か’でなく‘僅か’でしょうね。140年前の出来事です。

森田さんから

今週はお休みです。

龍翁余話

龍翁余話(75)「鉄道博物館」

“汽車“が大好きな4歳くらいの男の子がいた。その男の子は、小さな駅の改札口を潜り抜け、プラットホームの先端に座り込んで”怪物“を待つ。やがて、モクモクと煙を噴き上げながら黒光りの怪物が迫って来る。男の子はドキドキしながら“負けるものか“と、歯を食いしばってその大きな怪物と対峙する。乗り降りの少ない乗降客を見届けてから、怪物は、いきがっている男の子を無視して「ポー」の一声を発し、ひときわ大きな煙と蒸気を吐きながら、ゆっくりとホームを離れる。その時、男の子は、怪物を追い払った、という勝利感と同時に、なぜか、離れがたい寂しい思いをする。プラットホームには怪物を見送った駅長と男の子だけ。駅長が男の子に優しく声をかける「坊や、また、おいで」・・・そして10年後、少年となった男の子は家族に見送られ、その小さなプラットホームから怪物に乗って旅立った。単身、神戸遊学の旅である。かつて、男の子をドキドキさせた怪物は、その後は、故郷を去った少年と1年に一度の家族との絆を結ぶ親縁の友となった。

先日、山手線五反田駅から品川駅で京浜東北線に乗り換え大宮までの50分間、そんな子どもの頃の思い出に耽りながら翁は「鉄道博物館」(埼玉県さいたま市大宮)に向かった。大宮駅でニューシャトル(埼玉新都市交通伊奈線)に乗り換える。このシャトルは大宮と内宿(伊奈町)間の12.7キロを走る通勤、通学、買い物客など、地域住民の足として昭和53年に開業した新交通システムの電車だ。6輌編成の車輌は小型軽量でゴムタイヤのため騒音・振動は少なく、なかなかの乗り心地。車窓から見る大宮の大都市化に驚いている間に(5分で)鉄道博物館駅に着く。駅はもう館内の一部のようなもの。

「鉄道博物館」がオープンしたのは2007年10月14日、その日は“鉄道の日“。1872年(明治5年)10月14日に新橋駅(旧汐留貨物駅)と横浜駅(根岸線桜木町駅)を結んだ日本初の鉄道(現在の東海道線の一部)が開業した。そして1921年(大正10年)10月14日に鉄道開業50周年を記念して東京駅の丸の内北口に鉄道博物館が開設された。そこで鉄道省(当時)は10月14日を”鉄道記念日“に制定した、と資料にある。東京駅の鉄道博物館は1936年(昭和11年)に神田(万世橋)に交通博物館という名称で移転、それが現在の鉄道博物館に引き継がれたのだから、博物館として88年の歴史を有する。
(明治5年の第1号機関車)

昔の教師仲間であり、翁のハム(アマチュア無線)の師匠格でもあるSさん(無線工学)とTさん(電子工学)3人で入館、大宮在住のSさんに諸事お世話をいただき“にわか鉄道マニア”の気分で早速見学開始。館内は、歴史・展示・体験・学習・模型鉄道ジオラマの5つのゾーンがある。
まず、全長75mに及ぶ日本の鉄道歴史年表コーナーをざっと見て、黎明期から現代までの実物の機関車展示場に入る。137年前、新橋―横浜間を走った第1号機関車、明治後期から大正時代に全国に鉄道網が延ばされた時代の機関車、ローカル線の合理化を目指した気動車、都市部の通勤輸送に活躍した電車、昭和(戦前戦中)に誕生した特急列車、路線電化進展
D51シミュレータ 運転席

(D51のシミュレータ運転席・・資料写真)

に伴う電車群、新幹線の誕生、御料車(天皇・皇后両陛下をはじめ皇族のご巡幸に使用された専用列車)などが勢揃い。翁は展示機関車のデザイン、利便性などに注目したが、SさんとTさんはそれぞれの構造(仕組み)を観察していた。さすが、工学系の視点は違う、と感心させられる。

日本最大の模型鉄道ジオラマもよかったが、人気の的は“運転シミュレータ”。山手線や京浜東北線の電車、SL、新幹線などの、スクリーンに映る景色を追いながら模擬運転が出来るコーナーだ。その中で、何と言っても翁を喜ばせたのは“D51シミュレータ”。Sさんが運転席に着く。係員の指導でD51がゆっくり動き出す。Tさんが警笛を鳴らす。スピードは徐々に上がって時速60キロ、音も振動も実物そのもの。小窓から見える前方スクリーンの岩手・釜石線花巻〜新花巻間の景色が、いつの間にか懐かしい翁の故郷の景色に変わる。感動の15分間だった。

800円の駅弁を買って、3人は(動かない)“ランチ・トレイン”に乗る。春休みで家族連れが多い中、幸いに4人席の1箇所が空いていた。50mほどの向こうに本物の川越線、湘南―新宿ライン、高崎線が走る。ちょっとした“汽車旅行”気分だ。SさんもTさんも楽しそうに弁当をほおばる。が、一番、童心に戻っていたのは翁だったかもしれない。

人々の思い出をつくり、過ぎし日を呼び起こさせてくれる汽車(電車)、悲喜こもごもの人生を運ぶ鉄道・・・普段、何気なく乗っている山手線や新幹線は、単に人や物を運搬する交通機関というだけでなく、実は、人間の“運命のレール”でもあることを思い知らされた鉄道博物館めぐりだった。有意義な機会をつくってくれたSさん、Tさんに感謝・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

松田聖子はだれでも知っておられると思います。私たちが25年以上も前にロスにいたころ日本で買った松田聖子のカセットをよく聴きました。あの聖子ちゃんももうアラフォーなんですね。松田聖子のアルバムを聴いていると当時のことを思い出しとても懐かしくなります。

松田聖子 "Forever"

1. Forever
2. 恋する想い~Fall in love~
3. 眠れない夜
4. Can’T Say Goodbye
5. 悲しい秘密
6. Epilogue~結末~
7. 風に吹かれて
8. しあわせをありがとう
9. Dear Father
10. I love you
<R.O.>

編集後記

4月からはじめたブログはほぼ毎日書いています。通勤時間に携帯から書くことが多くなってきました。今日は買い物中に書きました。ブログは自分のひとり言だと思っているのですが、アクセス数が気になります。毎朝6時に前日のアクセス数が表示されるので毎朝チェックするのが習慣になってきました。昨日は写真入りを含めて3つの投稿をしたせいか、それともタイトルが良かったのかわかりませんが、アクセス数はこれまでの最高を記録しました。いったい誰が見に来ているんだろうと思っています。
雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.673

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com