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NO.625                Ryo Onishi              5/4/2008  

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雑貨屋のひとり言

日本は暑くも寒くもなく身体が楽で動きやすいとても過ごしやすい季節です。連休も終わりに近づきましたが、みなさんはいかがお過ごしですか?
ガソリンの値段がまた上がってしまいました。世界的な原油の高騰と温暖化防止でバイオ燃料エタノールの生産に注目されています。でもそのせいでとうもろこしの需要が高まり、世界的な食料不足が問題になっています。畜産農家も餌の高騰で困っていると思います。なにより貧しい国の人々が、金持ちの国のせいでますます生活が苦しくなっているこの矛盾は考えさせられます。(R.O.)

細 切 れ 雇 用

日本では5月1日からガソリン税などの暫定税率復活を受け、各地の製油所から出荷されるガソリンに再び暫定税率(1リッター当たり25.1円)が上乗せ課税されました。小売り側では即日値上げしたスタンドや、4月下旬水準に据え置くところなど、対応もまちまちで混乱があったと報道されています。

報道によると、日本のレギュラーガソリンの全国平均小売価格は4月末現在で130.6円(リッター)ということですので、今回の暫定税率復活により日本のガソリンは155円から160円くらいになってしまうことでしょう。折角のゴールデンウイークに水(油?)をさされた日本の庶民の反感をかうことは必定であり、そのタイミングの悪さに現首相は“KY”のレッテルを貼られ、お気の毒です。

ところで、こちら米国でも日本と同様、ガソリン価格の高騰が続いています。街のガソリン・スタンドではレギュラー油でも1ガロン当り$4に近づいています。数年前までは$2以下(ガロン)、昨年の今ごろでも$3以下(同)だったと記憶しています。

1米ガロンは約3.8リッターですので、この価格はまだまだ日本国内の皆さんにとっては羨ましいほど安い価格(米国の現在価格である$4/ ガロンでも、リッターあたり約¥110です)なのかもしれません。

ただ、問題は価格の絶対値ではなく、上昇トレンドであり、ガソリンのような基幹エネルギーの価格上昇は多くの物価に影響するので、数年で2倍以上の価格上昇は国家経済のみならず、一般家計にも大きく影響しています。米国のGDP(国内総生産)もこのところ伸び率は低く、経済は低迷局面といえるでしょう。

話題は再び日本に戻りますが、私は最近、日本のインターネット・ニュースで「細切れ雇用」という日本語を知りました。東京のNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」に助けを求めてきた男性の財布の中身は小銭ばかりで100円ほど。前日に古本屋で本を売った400円の残りだったとのことです。

この男性は1999年の就職氷河期まっただ中に都内の私立大学を卒業し、派遣労働者として働きながら就職活動を続けたが就職先が決まらない。派遣会社10社以上に登録し、契約が切れると清掃業務や建設作業などで食いつなぐ日々だったとのこと。たまに採用されても契約社員扱い。雇用先数が多すぎて全部は本人も思い出せないほどだということです。――― このような雇用形態を「細切れ雇用」というのだそうです。

 この男性の場合、ほかのアルバイトも含めても月の手取り額は数万円で、4畳半一間の風呂なし、共同便所の部屋での毎日なのだそうです。布団はなく、2枚の毛布の間に入って眠り、1回430円の銭湯は高いのであきらめる日々とのこと。本人は懸命に働き、また働く意欲もあるのになぜこのような悲惨な状況が生まれてしまうのでしょうか。

 1年間働いても200万円以下しか収入がない、“ワーキング・プア(働く貧困層)”が06年に1千万人を超えたといわれます。

 “ワーキング・プア”、“細切れ雇用”、“非正規社員”、“労働ダンピング”、“偽装請負”など、格差社会を象徴する言葉が飛び交っているようでは日本も一流先進国とは言えません。国家の繁栄はひとりひとりの国民の生活向上が欠かせない条件です。

日本は諸外国に比べれば格差の少ない社会国家といわれています。ところが最近はその格差が拡大する傾向にあるのではないかとの危惧が否めません。適正・公正な労働分配率はじめ、格差拡大を防ぐ努力を皆で真剣に考える必要があるのではないでしょうか。
  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「」

 

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )

駄菓子職 子はケーキ屋になるという

腕プラスセンス床屋がヘアサロン

民宿の漁師の宿という刺身

ポッポ屋で終え諳んじた時刻表

マニュアルと違う女将のいい笑顔

( ニュースやぶにらみ )

「憲法記念日」
初心忘るるべからず −九条

「中国へ戻る」
世界中を回ってひんしゅくを買ってきた −聖火

「ガソリン狂騒曲」
二つのタクトに踊らされ −スタンド

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

 

森田さんから

大地主の徳さん
               森田のりえ
「ブラッドレーの丘は萌黄色の絨毯を敷き詰めたようです。黄色や白、薄紫色などのワイルドフラワーが野原を彩り、どこを切り取っても一幅の絵になります。今年は十二年に一度の花盛りですから、ぜひお出でください。 ただし、嫁はんは仕事に行きますから自炊を覚悟してください。ベッドは三人分。ジャンケンで負けた人は寝袋です」
 徳さんから、こんなEメールが届いた。お伺いを立てる人はなし、決断は早い。即決した理由は、ほかでもない、夫が元気だったころ機会あるごとに太平洋沿岸に作られた二十一のカリフォルニヤ・ミッションを巡っていた。ところが、残り三ヶ所で夫が病に倒れ断念せざるをえなかった。その三ケ所が徳さんの住むカリフォルニヤ中部沿岸地域にあったのである。
 四月初旬の朝、私はウィドウ仲間と101号線を北に向かって走っていた。
 サンタバーバラを過ぎると芥子菜の黄色の花が点画のように続く。エル・カミノ・レアルの沿線に時々、錆びた釣り鐘の標識が現れた。ぶどう畑の畝がビデオの早送りのよう車窓を流れる。
 徳さん宅を訪れるのは今回で三度目だが、101号線から下りる個所をうっかり通り過ぎてしまった。行き交う車もなし、家もない。ともかく引き返し、勘で走っていると小高い丘の中腹に見覚えのある家が見えた。あそこだ。大工の徳さんは海抜三百メートルの山地二十八エーカーを二十年前に七万五千ドルで買い、中古のトレーラーに住みながら、八年かけて自分たちで家を建て夫婦で住んでいる。深く掘った井戸から無臭、透明の冷たい水がでる。電気を引き、電柱も自分たちで立てた。基礎のコンクリート工事をして床を張ったときに大雨にやられ慌ててビニール・シートをかぶせたとか、家の裏に山火事用の巨大な水タンクを丘の下からひっぱり上げたなどという苦労話が徳さんの自慢である。
 家がなかなか建たないので見かねた近所の
人が来て手伝ってくれた。近所といっても遥か向こうの丘に住んでいる。
日本人はおらず、買い物に行くのも不便だろうと思うが「三十分も車で走れば町がある。ワシらはな、田舎に住むのが好きですねん。隣近所がくっついていると、窮屈で住まれへんのですわ」と、屈託のない顔でいう。
 敷地に入ると三羽の野兎に出迎えられた。徳さんが高台から手を振っていた。
「日本人に会うのは四ヶ月ぶりやねん。ええなぁ、言葉が通じるのは『あ』といえば『ん』まで分る。白人さんだと、考え考え単語を思い出しながら話さんといけまへんやろ。難儀でっせ。」
 人間は老いると、後から覚えた言語から忘れていくというから、そうなったときはどうするのだろうと気になるが、
「その時のことはその時ですわ」
 それより、
「山の中に住むようになって思うことは、物はなくても生活ができて、身近に何かやることがあればいい。家賃も水道代もいらず、人に気兼ねすることもなし、野鳥や野兎、鹿などを相手に暮らせれば、そのなかに幸せがあるように思えてならんのですわ」
お酒でいい気分になった徳さんの話は、ウィドウ相手に話しはつきなかった。
 翌日、陸軍の基地内にあるサンアントニオ・ミッションへ連れて行ってもらった。
 緩やかな起伏の丘に囲まれたバレー。放牧された牛や馬が草を食む。ヘラジカがいる。樫の木が点在している。徳さんがいうには直径4インチ以上の樫の木を切るには市の許可がいるそうだ。レンガ色の屋根の民家がポツン、あっちの丘にポツンと建っている。
「ここらは土地を四十エーカー単位でしか売られへん法律があるのや。そしてな、家も四十エーカーの中に二軒と決まっとる。しかも一軒はパパママ用の小さな家やねん。この辺りの人は何百エーカーの大地主ばっかりや」
けどな、
「大地主でも金は持ってへん。プロパティ・プアといいますのんや。なかには野原をオリーブ畑にしたり、ぶどう畑にする人はいるけれど、この辺りの土地は非常に痩せていて農業には不向きで、結局は採算がとれず放置してしまうところもありまんなぁ」
 走行していると基地の守衛所へきた。車の保険証とレジスターを見せると簡単に通してくれた。戦争時は中に入るのが厳しいらしい。     
 サンアントニオ・ミッションへ着いた。切妻屋根の上に立つ二つの十字架が澄み切った青空にくっきりと浮かんで見えた。
夫が亡くなってから、ちょぅど七年目に当たる日のことであった。
                 完                                  

龍翁余話

龍翁余話(29)「右を向いても左を見ても」

人間、加齢とともに何事にも鷹揚な“好々爺”になるか、こらえ性の無い“怒り爺”になるか・・・龍翁その両面の狭間を往来している昨今であるが、思うに、鷹揚な“好々爺”というのは、確かに周囲に迷惑をかけない温厚で泰然とした存在ではある。世の中には、芯から、高潔なる老成の域に達した人物も多くいる。だが、物事への興味関心が薄れ、感動することも少なくなり、自分の今が安泰ならそれでいい、という老人も鷹揚な“好々爺”の範疇に入るとしたら、「俺は、そんな無気力な余生はごめんだね、たとえ“いい歳をして青臭い”と言われても、貪欲に“人間の権利”を全うしたい」と思う。翁の言う“人間の権利”とは、自由発想(思想・信仰)の権利、物を言う権利、行動する権利、そして、喜怒哀楽をほどほどに表現する権利・・・一方、こらえ性の無い“怒り爺”というのは困る。いくら前述の“人間の権利”を主張したいと思っても、社会(自分以外の人たちとの交わりの世界=家族、地域社会、国家・国際社会)の一員である以上、規範(ルールとマナー)はわきまえねばならない。その上で、怒るべき時には怒る、それがいい。近年、日本人の老若男女は、その規範と怒りを忘れてしまっているのではないか?・・・翁は、怒ることが多くて、あちこちでその怒りをぶちまける。翁の怒りに、情熱的に同調してくれる仲間もいるが、(相槌は打ってくれても)あまり乗ってこない“冷め人間”もいる。中には「龍翁さんは、血の気が多い」と冷やかす奴もいる。そんな時は、こっちが冷める。今号は、翁の怒り節をひと節、ふた節、唸ってみたい。

怒り、その1.「年金問題」、「後期高齢者医療問題」、「ガソリン税暫定税率問題」、「北朝鮮(拉致・核)問題」などなど数え切れない重要政治課題に右往左往する政治家どもの無能ぶり・・・その無能ぶりを具体的に分析、“翁意見”を述べることはいずれかの機会にするとして、翁の大好きな歌、鶴田浩二の『傷だらけの人生』(藤田まさと作詞、吉田 正作曲)をもじって歌ってみよう。
♪ 何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬことばかり 右(与党)を向いても左(野党)を見ても 馬鹿と阿呆のからみ合い どこに男(国民)の夢がある・・・
そんな馬鹿と阿呆に1票を投じた有権者の責任も重い。国民の目線に立てない、利権優先に走る国会議員の名を公表してはどうだろうか?それでも、次の選挙で彼らが当選するようであれば、もう、日本という国は本当に真っ暗闇になる。

怒り、その2.「テレビ番組の低俗化」・・・とてもじゃないが、“タレント”(特に芸術・
芸能にすぐれた能力を持っている人材)とは言い難い無芸人をタレントに祭り上げ、わいわいギャアギャアと出演者だけが公共の電波を使って騒ぎまくる低俗番組(特にバラエティ番組)、そこには品格も無ければ情報性、教養性のカケラも無い。たまたま共演している本物のタレントが、無芸人に引っ掻き回されて、阿呆の片棒を担ぐ結果となる。たとえ、ギャラ(出演料)稼ぎとは言え、気の毒な話だ。しかし、その主たる責任はテレビ局側にある。その低俗番組を提供しているスポンサー(企業)も同罪だ。一方、サスペンス物と呼ばれる長時間ドラマ、勿論、一級のシナリオ、演出、演技で見ごたえのある作品も多いが、中には、目を覆いたくなるような血なまぐさいシーン、性的描写、ご丁寧にその手口までも克明に描く、物語の展開上、必要シーンであっても、限度、というものがある。「イヤなら見なければいいじゃないか」うん、見ない。だが、低俗なバラエティ番組にしろ、エログロ・ドラマにしろ、制作者たち(テレビ局)、そしてそれらの番組を提供するスポンサーは、児童や青少年に与える影響の深刻さを、どの程度考えているのか、を問いたい。

1996年(平成8年)に新しく制定された放送倫理基本綱領には、放送は@福祉、文化の向上、教育・教養の進展、産業・経済の反映に役立ち平和な社会の実現に寄与することを使命とする。A放送は、いまや国民にとって最も身近なメディアであり、その社会的影響力はきわめて大きい。われわれは、このことを自覚し、放送が国民生活、とりわけ児童・青少年および家庭に与える影響を考慮して、新しい世代の育成に貢献するとともに、社会生活に役立つ情報と健全な娯楽を提供し、国民の生活を豊かにするようにつとめる。(以下省略)とある。
だいぶ以前だが、菅原通済(すがはら つうさい)という怪物翁がいた。(麻薬・売春・性病の)三悪追放協会の会長をしておられた。翁、若い頃に、麻薬追放キャンペーンでずいぶんご協力をいただいた。その菅原先生が昭和30年代の初め(テレビがまだ一般的に普及していなかった頃)「テレビは国民を総白痴化する」と言った。その予言が、今、まさに的中しようとしている。その現状を憂いて、これまでテレビ番組制作に関わってきた翁と8人の仲間たち(APP=行動するプロフェッショナルの企画集団)は立ち上がった。古い奴らだと思われようが、放送倫理基本綱領の精神を具現、すなわち、児童・青少年の健全育成と国民生活に役立つ新しい情報・教養番組の提供を目指して・・・そして謳う。
♪(鶴田浩二の『傷だらけの人生』導入部をもじって)古い奴だとお思いでしょうが、古い奴ほど新しいものを欲しがるもんでございます。政治は腐り、テレビは堕落、人の心は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃあござんせんか・・・政治家たちよ、テレビマンたちよ、ここらで新しい政治改革のために、新しい番組づくりのために、勇気ある行動を示そうではないか。そして真っ暗闇の世の中に、少しずつでも光明を照らし出そうではないか、っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズの魅力−今週のお奨めジャズ

日中は初夏を思わせる陽気ですが、夕方になると肌寒くなります。ロスにいたときもこんな感じだったなあーと思い出します。ゆっくりジャズを聴きたい気分になります。そんなときにピッタリなジャズをご紹介します。
Eddie Higginsの"You are too beautiful"です。ピアノ、ベース、ドラムとシンプルなのもいいですね。
ジャズ初心者の方にも、Eddie Higginsはお薦めです。
TSUTAYAにも必ずありますから、今すぐにでも聴けます。

エディヒギンズのアルバムのジャケットには女性の写真が多いことに気づきました。アルバム名も、それぞれの曲名もロマンティックな表現になっています。

1 A Nightingale Sang In Barkeley Square
2 All The Things You Are
3 Lover Man
4 Like Someone In Love
5 Historia de Una Amor
6 Anything Goes
7 In A Sentimental Mood
8 In The Still Of The Night
9 Georgia On My Mind
10 Blue Bossa
11 You Are Too Beautiful
12 I'll Be Seeing You

Eddie Higgins - piano
Jay Leonhart - bass
Mark Taylor - drums
<R.O.>

編集後記

私が行く歯科医院は天神橋筋六丁目(天六)にあります。大阪環状線の天満駅で降り、商店街ではなく裏通りを歩くと面白いお店がたくさんあります。その中のひとつに豚饅のお店があり、いつも帰りに買って帰ります。2ヶ月ほど前は一個60円でした。それが先日、買ったらナント100円に値上がりしているじゃありませんか!えげつない値上がりにびっくりしました。原材料の小麦が値上がりしているからだと思うのですが、これだけ一気に値上げするということは永いこと赤字を我慢していたのではないかと推察しています。値上がりを実感しました。

雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.625

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com