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NO.614                Ryo Onishi              2/17/2008  

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雑貨屋のひとり言

皆さん、朝は強いですか?早起きされているでしょうか?私は早く目が覚めます。歳のせいなのでしょうか?でもお陰様で一日が早く始まります。インターネットで調べ物をしていたら樋口健夫(ひぐち・たけお)さん(アイデアに関する本を何冊か執筆されている)が朝方思考の効能について書かれていましたので紹介します。

朝方思考の効能
思考レベル その日、一日の思考レベルが高まる。
ミスよけ 朝いちで確認すれば、アポミスや予定ミスを防げる。
気力レベル 朝からさまざまな計画と期待、夢を再確認できれば気力が強まる。
健康レベル 消化器系を安定させた後、落ち着いた時間を持てる。起きぬけの消化器対処系未解決通勤状態に陥ることもない。
充実感 朝から充実した時間を持てれば精神的にも満たされ、自分自身に自信を持てる。
知的蓄積 ほんの少しでも毎日積上げていけば、長期間に大きな知的蓄積の果実を得られる。 
落ち着いた時間 朝の落ち着いた時間を持ち、まわりの人たちに対する配慮を考えることができれば、自分の人間関係の安定化もできる。

朝早くから思考することはいいことなんですね。
私は朝の通勤はわざと時間のかかる各駅停車に乗り、神戸までの38分間を使い考え事や勉強に使っているので、この効能があるかもしれません。
(R.O.)

 

今週は河合さんのPC不調で原稿が・・・
  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「紅白」

取引先の某社が先日、20周年を迎えたことを機にオフィスの移転をした。祝や記念の大々的なイベントは行なわず、仕事関係者には個々別にご挨拶に回り感謝の意を伝え、禅寺の住職の本と色紙が関係者に配られ、そのありようも大変ユニークだった。私たち協業社は、そんなユニークさに応えるべく、祝い花ではなく、紅白のワインを届けることにした。弊社社長の思いつきで、某社設立時の赤ワインがメイン、某社マスコットの象ラベルの白ワイン、要するに祝の紅白にこだわったもの。このように、私たちの生活の周りには、祝のイベントで使われる紅白の垂れ幕、紅白の饅頭、紅白のリボンなどがあることを再認識した。これって、アメリカでもそうだったっけ・・・と、思い出そうとするが・・・。

そういえば、結婚の報告をクリスマスカードや年賀状にて送った友人知人から、色々なお祝のお言葉や贈り物を頂戴した。メールや手紙(カード)といった文書、もしくは電話による直接の祝辞を、そして祝の儀と題した現金やギフト券、もしくは置物や生活で使う品物を頂いた。そのような言葉や品物を手にし、幾つかのことに気がつかされる。それは、メオト“夫婦”、特に、形の大小と色の紅白だ。それぞれの祝の言葉や品物に、夫婦の位置関係やかかわりのありかたを意味・象徴されていると思うのだ。祝の色に紅白、いったいどこからきたのだろう・・・今まで祝の紅白を何の疑問もなく身近においていたものだった、この春は梅の紅梅さえ気になるようになったから、おかしなものだ。

さて、いつものように、「紅白」について、調べてみると、その起源や祝の定義については様々な説があるようだ。それでもよく言われるのは、平安時代の源平合戦にて源氏が白旗、平氏が赤旗を陣営旗として立てたことが始まりとなり、それ以降、相対抗する位置関係や戦いの場合用いられたという。これが、私の小学校や中学校で使った「紅白対抗」で競い合った運動会などだ。皆に馴染みの「紅白歌合戦」もそれにあたるかな。一方、対抗ではなく、赤は血潮を表す、つまり命や生、白は死装束や花嫁衣裳にも使われるように別れや清め、つまり死や復活(再生)を意味したという。それが縁起を担ぐものとして使われ始めたというわけだ。これが、私が小学校入学式でもらった紅白饅頭、祝儀のみずひき、カードの色合いなどである。ちなみに星条旗にもある紅白は、赤は母国英国を、白は独立を象徴するというから、日本の紅白とはちょっとルーツが違う。

さて、小学校の頃、運動会の紅白対抗とはまた別に、男女の区別は紅白が多かった。男子は白、女子は赤。なぜかランドセルは、男子は黒、女子は赤が定番だったかな。そう思うと、私たちの祝い事、悲しみごとは、この3色、赤、白、黒に象徴されることが多いことに、これまた改めて気がついて、ふと私たちの生活や習慣を見渡すと、色々な疑問と再発見が湧き出てくる。それにしても、こども時代に食べたあの紅白饅頭のおいしかったこと、あの味が忘れられない・・・っと呟く、さくらの独り言。

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )

熱血に触れて少年A脱皮

ぬるま湯で熱くなってる机上論

出る杭を叩き損ねている焦り

盟友の賞味期限もここらまで

祝電にリベンジという透かし文字

( ニュースやぶにらみ )

「小麦粉30%値上げ}
「貧乏人は麦を食え」の言葉を取り消します −池田元首相

「日銀副総裁昇格問題」
すんなり上げられないんだねえ −金利

「5月で休刊」
主婦が減って主夫が増えたので ー主婦の友

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

 

森田さんから

                  つづく                   

龍翁余話

龍翁余話(19)「港が見える丘」

戦後間もなくラジオから流れる『リンゴの歌』(昭和21年、並木路子)が、翁の住む九州の田舎にまで響き渡った。その頃からピアノやギターを習い始めていた小学生の翁は、バイエル(ピアノ教則本)を終えると、ソナチネ練習はそっちのけで『リンゴの歌』は勿論のこと、毎日ラジオから流れる歌謡曲『啼くな小鳩よ』(岡 晴夫)、『山小舎の灯』(近江俊郎)、『夜霧のブルース』(ディック・ミネ)、『三日月娘』(淡谷のり子)=いずれも昭和22年=などに耳を奪われ、歌謡曲の“耳楽譜”(勘弾き)が、たまらなく楽しくなった。メロディだけなら、多分、今でも弾けるだろう。中でも『港が見える丘』(平野愛子)が好きだった。海のない町に生まれ育った翁は、子供心に“港が見える丘って、どんな所だろう、行ってみたいな”と憧れたものだ。その後、タンゴに魅せられ、アコーデオンを習い始めると、折りしも全国的に“青年歌集(歌声運動)”が広がり始めた。翁は(小学6年生のガキのくせに)アコーデオンの師匠が主宰する『タンゴ・アンサンブル』メンバーに加わり、タンゴよりリクエストの多い『カチューシャ』、『灯』、『バイカル湖のほとり』など“青年歌集”30曲あまりのレパートリーを抱えて各地を演奏して回った。

中学1年生の夏、我が町の『タンゴ・アンサンブル』は招かれて長崎原爆記念式典で『原爆を許すまじ』を演奏した。ケロイド状(被爆して火傷を負った皮膚)の着物姿の娘さんたち10数人が、その顔を隠すことなくステージに上がってきた。涙が溢れ、楽譜が見えない。他のメンバーもみんな泣いている。復員兵のギター、トランペット、クラリネットの音が止まった。リーダーのピアノ、バイオリン、ドラムス、そして翁のアコーデオンが辛うじて演奏を続けた。その時の情景を想い浮かべると、今でもジーンとくる。式典のあと、リーダーに連れられてグラバー邸に行った。大浦天主堂の前から石畳の坂道を上がると小高い丘に花園と邸宅がある。イギリス商人・グラバーが建てた日本最古の木造洋館(国の重要文化財)だそうだが、その時は知らない。眼下に港湾を見下ろしながら、“港が見える丘”とは、此処のことか“と思い、リーダーに尋ねたら「いや、その丘は横浜にある」とのこと。”よし、いつか横浜に行って港が見える丘を駆け巡ろう“と決意(?)したものだ。その夢が実現したのは、(神戸の)高校を卒業して上京、18歳の春だった。

学生服に長いマントを引っ掛け、分厚い白緒の高下駄を履いて“港が見える丘”に立った。小学生の時から憧れ、期待が大き過ぎたせいか、長崎のグラバー邸や神戸の北野天満神社から港を見下ろした時ほどの感激はなかった。が、実は、その周辺の西洋館に目を奪われた。 “港が見える丘(公園)”一帯の山手は、旧外国人居留地だっただけあって、どこか神戸に似た異国情緒を漂わせている。まず目に入ったのが、丘の入り口前にある山手ゲーテ館(岩崎ミュージアム=1870年明治3年に創立、1923年大正12年の関東大震災で崩壊、現在の建物は1980年昭和55年に復元再建されたもの)。「シェークスピアの『ハムレット』など、 西洋人による生の西洋演劇に触れることのできる当時唯一の劇場として、 日本の近代演劇史に残した足跡は 大きなものがあり、 小山内薫、北村透谷らが 足茂く通ってきた地でもある」と、館の資料室に由緒が展示されている。ちなみに、翁がお薦めする周辺の“芸術マップ”を紹介しよう。『横浜地方気象台』は、山手地区の中心である外国人墓地前に立地し、昭和2年以来観測を続けている現役の気象台。『横浜市イギリス館』は、英国総領事公邸として昭和12年に建てられたもの(市指定有形文化財)で、平成14年から無料で自由見学出来るようになった。『大佛次郎記念館』は“港が見える丘(公園)”の奥にある。“鞍馬天狗”をはじめ幕末から日本の黎明期を得意とする作家にふさわしい洋館だ。
すぐ傍に『神奈川県近代文学館』がある。夏目漱石や三島由紀夫など神奈川県にゆかりのある文学者の作品や資料が展示され、近代文学の足跡を知る博物館として人気を得ている。
まだまだ紹介したいアート・スポットは沢山あるが、紙面の都合上割愛する。現在、「横浜山手芸術祭」が催されている(3月2日まで)。

“港が見える丘(公園)”の近くのコンドミニアムに、翁の数十年来の旧友Yさん(81歳)が住んでいるので、今でも時折り訪ねる。以前、Yさんに(前記)子ども時代の話をしたら、「私らの若い頃の“港が見える丘”は、確かにロマンスを掻き立てる丘だった。若者カップルの逢引の場所だった。高い建物は少なく、港がよく見えた。潮風に乗って聞こえる船の汽笛は、そう、歌のように、まるで咽び泣いているような響きだった」それは(ハマ育ちの)Yさん自身の思い出だったかもしれない。近年、足が弱って家にこもりがちのYさんを連れ出し、近々、“港が見える丘”を散歩しようと思っている。Yさんの若き頃の思い出、そして翁の少年時代を回想するために・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズの魅力−今週のお奨めジャズ

好きなアーティストを一人紹介してくれといわれたらEddie Higginsをあげます。どのアルバムを聴いてもすばらしいからです。これまでも4回紹介しています。朝夕の通勤電車、歩いているとき、食事のとき、寝る前に・・彼のピアノはいつ聴いてもいいと思います。
HigginsのアルバムはどこのTSUTAYAのレンタルCDでも、CDショップでも見つかるはずです。
今回ご紹介するアルバムは"Haunted Heart"です。
ロマンティックなサウンドのアルバムです。
Haunted Heart    Eddie Higgins
1 My Funny Valentine
2 Haunted Heart
3 Stolen Morments/Israel
4 Lush Life
5 How My Heart Sings
6 Someone To Watch Over Me
7 I Should Care
8 Lover Come Back To Me
9 Isn't It Romantic

Eddie Higgins p
Ray Drummond b
Ben Riley ds
Recorded in Jun 1997

先週につづきポッドキャストで聴けるピアノ(イージーリスニング)をご紹介します。
BGMにとてもいい曲だと思います。
La Fontaine du Piano
http://podcast.yahoo.co.jp/series/035910b050f609c9a8f0cfe005ef8e85

<R.O.>

編集後記

河合将介さんのPCが不調でメールが送れなくなったと森田さん経由で連絡がありました。PCの貴重なデータに問題がなければいいのですが。
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.614

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com