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NO.612                Ryo Onishi              2/3/2008  

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LAの観光スポット ホームページ バックナンバー
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雑貨屋のひとり言

暦の上では立春ですが、冬型の天気が続いています。今月いっぱいは寒いんでしょうね。冷たい風に吹かれるとつい首をすくめてしまうので肩が凝ります。
大阪閉館されたHEPナビオが阪急百貨店メンズ館として生まれ変わり週末にオープンしたので行ってきました。地下1階から5階にメンズファッションのブランド店がずらり並んでいます。いいお値段しています。さて繁盛するのでしょうか?
(R.O.)

あまり知られていないL.A. 観光スポット(207)

カリフォルニア・カジノシリーズ(5)Valley View Casino
ロサンゼルス方面からというより、どちらかというとサンディエゴやビーチ・シティズからの便利が良いところですが、ロサンゼルス方面からでも約125マイル、ドライブ約2時間半ほどで行くことができます。パロマ−天文台(当「あまり知られていない観光スポットNo.84参照」へは30〜40分あまりのところです。

このカジノ場は最近、立派な立体駐車場も完成し、ますます充実してきました。また内部のゲーム機用の椅子はほかのカジノ場に比べ高級感があり、座り心地がよく、こんなところにも気を使っています。ひとつ気になるのはすぐ近くに学校があります。学校のそばにカジノ場を認めるのも、いかにもアメリカらしいと言えそうです。付随したホテルは今のところまだありません。

スロット・マシン 1750 台、ゲームテーブル 18 台(Multi-Deck Blackjack, Single-Deck Blackjack, Fortune Pai-Gow Poker、Three Card Poker)が設置されています。

スロット・マシンはビデオ式ペニー(1セント)マシンが多く、そのゲームの内容はほかの多くカジノ場と同じですが、多彩でいろいろ楽しめます。その主なものとしては、Wings Over Olympus、Heart of Antony、Dolphin Treasure、Sun & Moon、5 Dragons、Big Ben、Adonis、 Red Baron、Buccaneer、Delta Belle、Dragon Lord、Indian Princess などです。

 館内にはブッフェ、ステーキ・ハウス、こーヒー・ハウス、バー、スナックなどの飲食設備が揃っています。

●住   所 :16300 Nyemii Pass Rd. Valley Center, CA 92082
●オープン日 :毎 日
●時   間 :年中無休、24時間オープン
●電   話 :1-866-VIEW-WIN(8439-946)
●Web Site :http://www.valleyviewcasino.com
行き方は次の通り(Torrance方面よりの場合)
(1)FWY#91(東)へ。リバーサイド・カウンティに入って、FWY#15(南)へ。
(2)FWY#15(南)へ入って約40マイル、サンディエゴ・カウンティに入りすぐの出口である、Hwy-76でFWYを降りる。
(3)Hwy-76でFWYを降りたらHwy-76を左折(東へ)約17マイル進み(途中、Pala Casino を通過)、Valley Center Rd.を右折(南へ)、約5マイル進み(途中、Harrah’s Rincon Casinoを通過)、North Lake Wohlford Rd.を左折(南へ)約1マイル坂を登り進むと右側にカジノ場の入り口標識が見えてくる。
(4)ここまでの行程 ;(Torrance方面からの場合)約125マイル、ドライブ約2時間30分。

  河合将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り 言「供」

旅というものは、短くても長くても、いいものだ。旅というものは、何度、何処へ行っても、いいものだ。そして、今思う、独り旅が最高だと思い込んでいた私は、独り旅とは違った二人旅の味を初めて知った。それはまた、二人旅の意味が、一緒に(共に)ではなく、供にという関係の上に創られるものだからだと思う。

1月27日に成田を出発、赤道を越えて南半球に浮かぶ日本に似た島、ニュージーランドへやってきた。新婚旅行だ。季節は、暦の上では晩夏に差し掛かかり、暑いというよりは涼しく、初秋。これから実りの季節へと向かうところ。人生に例えると、働き盛りの熱く燃える年齢(時期)を越すか越さないか、といったところだろうか。季節と自分の人生が重なるか交差するか、という不思議な思いでその島に降り立った。どこか、昔住んだワシントン州に似ていて懐かしささえ感じる。そんな風景の中での新婚旅行は、過去ではなく未来(明日)へ、夢ではなく現実へ、独りではなく二人で、そして共にではなく供にということを、深く強く学んだ。若いカップルの新婚旅行とは、随分と違うものだろうと思う。

そういえば、昔々、まだ成人式も迎えていなかった大学入学の頃、恩師が私たちに教えてくれた言葉がある。それが、同じ“とも”の「共」と「供」の違い。私たちがよく“ともに”という場合に使う「共」は、一緒にという意味があり、物理的に一緒、傍に居ること、または同等という意味を示す。一方、「供」は、互いが互いに仕え合い、物理的にも精神的にも献げ合うという。師弟関係における従事の場合もこの「供」を使うが、人と人、得に、愛し信じあう関係、つまり夫婦や親子のように、人の生きる旅を「供」にする場合は、敢えてこの「供」を使うことが好ましい、と。さらに、その恩師曰く、「夫婦というものは、何年一緒に暮らしたかどうかが夫婦の真実性を示すものではない。形はどうであれ、“供に”生きることの実践が夫婦を豊かにできるのだ」と。私は、長らくこの言葉(供)を忘れていたが、この数年、ふと思い出し意識的に使い始めた。しかし、ことあるごとに、「さくらさん、漢字間違っていますよ、“ともに”のともには、人偏は要らないのよ、外国生活が長いから漢字を忘れたかな」っと言われ、訂正されてしまう。その度に、弁解や説明をせず、恩師の言葉を自分の胸奥で呟いたものだ。恩師の教えがいっぱい詰まっている「共」と「供」、この意味の実像に私が本当に触れたのは、ごく最近のこと、なんと恩師が話してくれたときから28年も経って・・・ということになる。

さて、約1週間の新婚旅行では、まさにこの「供に」を実感した。日本語の通じない初めての異国の地で、物理的にも精神的にも長期間“ともに”居た訳だが、どこか、「共」と「供」の狭間で、単に一緒に居るだけではない真実の意味を突きつけられた気がする。夫婦には、夫婦の数だけの物語があるだろう。私たちもそのひとつ、これからいろいろな出来事に遭遇し、物語を綴っていくことだろう。この旅の確かなこと、それは私たち二人が、「供」という真実な実践をニュージーランド旅行からスタートしたことかもしれない。人が共にいる、と書く文字(供)は、仕えあうという糊によってくっつき、意味と形を創り出している。“仕えあう”・・・ああ、なんといい響きであろう、っとつぶやく、さくらの独り言。

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )

合併の試算T+T=3

ガセネタにやられオセロが裏返る

ロボットの足跡 社史の新ページ

祝電にリベンジという透かし文字

図に乗った出世コースが小菅まで

( ニュースやぶにらみ )

「JT株、餃子事件公表前に急落」
さすが兜町は情報が早い −厚労省

「飽食」
偽装表示も農薬も −消費者

「続々値上げ」
ダイエットのチャンスです −ビール・牛乳・味噌・醤油

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

 

森田さんから

 居場所
              森田のりえ
 一昨年の夏、百歳の母が逝ってから、訪日した時の私の居場所がなくなってしまった。以前は、母の世話をしていた岐阜の弟宅に泊っていたが、母がいなくなったいま、なんとなくためらってしまう。弟夫婦の態度が冷たくなったのではない。訪ねて行く理由がなくなったからである。
 では、広島の実家はどうかといえば、屋敷内の木々は勝手気ままに伸びほうだいに伸び、雑草が所構わず生い茂り、歩くのも難儀なほど荒廃している。屋内は蜘蛛の巣が張り、腐りかけた畳からキノコが生え、隙間から蔦が入りこんで、覗くのものぞましいほど朽ちかかった空き家だ。
今回の訪日は小学校の同期会が目的だから、広島市内の妹宅に厄介になろうと思って電話をした。ところが、こうであった。
「悪いけど、他をあたってみてよ。ワタシはとても面倒はみられそうにないから」
 私が訪日した時、遠慮しないで泊れる部屋を造るというから、増築費用の一部を援助したのに、それはないでしょと、一時は腹が立った。しかし、冷静になって考えると、それは当然で、妹は十年前ごろから膠原病にかかり、最近は歩くのさえ不自由で室内でも杖をつきベッドで過ごす時間が多く、家事全般は連れ合いがしている。私が訪ねて行くと義弟の愚痴がでる。同情する。だが、どちらの味方も出来ず「それは大変なことですね」と、適当に相槌を打つしかない。
「義姉さん、空港まで迎えに行きます。待っていますから」
義弟はいってくれたが、そうはいかない。だからといって日ごろ疎遠な兄の家に行くつもりはない。同期会の日がくるまでの三日間はビジネス・ホテルを利用することにした。しかし、気楽ではあるが侘しさが募る。
「うちにおいで」
といってくれた姉の家は、広島駅から高速バスに乗って約一時間、ちょうど山口県と島根県、広島県が交わる県境に近い山里である。
広島には「広島の軽井沢」と呼ばれる場所がある。それが姉の住む所で、現在は廿日市市に組み込まれているが、以前は吉和村といい実家から峠を二つ三つ越えた不便な山奥であった。姉は縁あってそこへ嫁いだ。
「別れるのならいまのうち」
 古い習慣の残っていた村のしきたりについていけず結婚当初は里帰りするたびにこぼしていた。だが、子どもが生まれ義兄の両親を看取ってからは聞かれなくなった。子どもたちが独立したいま、二人とも公務員だった姉夫婦は気楽な年金暮らしである。他のきょうだいの誰よりも生活をエンジョイしているようにみえる。僅かばかりの田畑はお金を払えば村が会社組織で作付けから刈り入れまで一貫して世話をしてくれる。農作業をしない農家である。
 私は、この吉和の里が好きだ。
駅へ迎えにきた義兄の車で、高速は走らず、峠越えをしながら旧道を走る。いろづき始めた木々の紅葉や道沿いを流れる川のせせらぎにロサンゼルスに住んでいる私は、心が和む。緑の山に囲まれた盆地に赤瓦の家が点在し、刈り入れの終った田園風景を眺めていると、幼い日にすっかり戻っている私がいる。
 行き交う車もない農道を歩き、深い杜に建つ神社の前を過ぎて温泉へ行く。水着着用で男女一緒に入れる大浴場があり、ニュージーランドから輸入した四万五千年前の巨木の根をくり抜いた浴槽の露天風呂がある。それ以上に魅力があるのは温泉に併設されたウッドワン美術館だ。この美術館は、木質建材メーカー「ウッドワン」が所蔵する美術品約八百点が展示してあり、七、八年前に岸田劉生の『毛糸肩掛せる麗子像』を数億円で落札し話題にもなった。近代日本絵画はもとより、ゴッホ、ルノアールの作品から、ヨーロッパの宮廷にあるようなマンセン磁器や『エミール・ガレ』のガラス作品、中国、韓国、明治の薩摩焼などがびっしりと並ぶ。よくぞこれほど蒐集したものよと驚くほどである。
「事務所へ行くと床や階段などそこらじゅうに置いてあるじゃけぇ、そんなに価値があるとは思いもせんかったんよ」
とは、姉の話である。
美術館を建てる話がでたとき、市内に建てるようにと市から再々要請があったそうだが、村出身の社長は、故郷へ還元するつもりで美術館を建て村おこしに貢献したという。
居心地のよい姉の家だが、三日、四日すれば飽きてくる。親というのはお数珠の珠を繋ぐ糸だったような気がしてならない。母のいなくなった日本に、私が安穏としていられる場所は、もうどこにもない。
  
母逝きてふるさとひとつ遠くなり                   つづく                   

龍翁余話

龍翁余話(18)「ハムと蕎麦屋とお汁粉屋」

2008年1月30日、ついにハム(アマチュア無線)局がスタートした。10階のベランダに2.5メートルのアンテナを建て、アンテナ・ケーブルはエアコン・パイプの穴を併用して機器本体に接続。これらは全て我がハムの師匠・鈴木源治先生が骨折ってくださった。翁はじっと見学(?)していただけ。テスト交信も鈴木先生にお願いした。「テスト完了、これで無事開局です」ということで、ふたり、ささやかにビールで乾杯。翌朝、恐る恐るスイッチを入れたらザワザワ、ガアガア、ピーピーの雑音ばかり。どこか、誰かが交信しているところはないかと、ゆっくりダイヤルを回していたら、何と、タガログ語(フィリピンの原語)や台湾語が聞こえてくる。日本在住のフィリピン人同士、台湾人同士が交信しているのだろうと思ったが、後日、鈴木先生に伺ったら「龍翁さんの機器とアンテナなら、東南アジアは勿論のこと、オーストラリア、アメリカまで交信出来ますよ」とのこと。但し、翁は現在、4級アマのライセンス(使用できる出力は10W,20W)。3級を取得すれば50Wが使え、コンディション次第ではほとんどの国と交信が出来る。今は海外どころか、実は開局から4日経った今日まで、翁はまだ第1声も発していない。「ハローCQ,CQ,CQ、こちらはJF1−KVZ(翁のコールサイン)、各局、どなたか応答願います」が言えない。いや、誰かが応答したら、何をしゃべっていいのか、それが分からないから躊躇している。

30日の昼、鈴木先生と秋葉原で待ち合わせ、無線機器専門店“ハム・ゲッパン”に預けておいた(すでに購入済の)機器とアンテナを車に積んで、万世橋・旧交通博物館近くの蕎麦屋(かんだ・やぶそば)に入った。この一帯は、電気街アキバの喧騒とは別世界。戦災から免れ、昔ながらの家々が軒を並べている。この蕎麦屋、1880年(明治13年)創業の“やぶ蕎麦”の元祖。東京都から歴史的建造物の指定を受けているだけに、明治の雰囲気をそのまま残す佇まいだ。天ぷら蕎麦も美味かった。食後すぐに、ふたりはお汁粉屋(竹むら)へ。ここも昭和5年の創業という老舗(しにせ)だ。作家・永 六輔氏のエッセー
『のれんとしにせ』の中に「寒い冬の寺で、(参詣)客のために隙間風が入らないように目張りを貼った。このことが暖かい簾、すなわち暖簾であり、客を大切にすることにつながる。
(一方)先代の仕事を守って仕事を似せる。つまり“仕似せ”を大切にする店が老舗になるのだ。代々の仕事を受け継いで、客を大切にすることが“老舗”であり“暖簾だ”・・・」
という文がある。なるほど、ふたりが入った蕎麦屋もお汁粉屋も、確かな味、親切な応対、
間違いなく(2店とも)永さんの言う“暖簾”であり“老舗”である。

2月1日(金)の夜、NPO法人日本災害情報ネットワークの理事会が開かれ、そのあと
会員(当法人の趣旨に賛同し入会してくれた人々)との親睦会食会が催された。昨年、もう1つのエッセー『龍翁の独り言』でも紹介したが、理事の中には災害、危機管理ジャーナリスト(渡辺 実理事長)をはじめ危機管理支援ソリューション(問題解決)および危機管理情報配信の経営者、アマチュア無線振興の専門家、衛星移動通信の専門家、ビデオコミュニケーションの専門家、FM放送局の経営者などそうそうたるメンバー。お集まりいただいた会員さんたちも学者(鈴木先生)、ラジオ局幹部、ケーブル・テレビ局幹部、パソコンを使ったアマチュア無線システム(WiRES)のプロ、ハム愛好家(Sさん=鈴木先生の教え子)など、こちらも多士済々。会議が終わって宴会に入るや「龍翁さん、開局おめでとうございます。機器本体の機種は何ですか?アンテナは?トランシーバーの感度は?交信のご感想は?」など矢継ぎ早の質問。翁、機器のことはさっぱり分からないから、鈴木先生が代わって説明してくれる始末。おまけに、まだ第1声すら発していないのだから、感度も感想もあったものではない。それでは“猫に小判”“宝の持ち腐れ”に等しいではないか、と、いささか恥ずかしい思いをする。そこで翁、ムラムラとやる気を起こし「よし、今年中に3級免許を取得し海外交信を実現する」と宣言した。無線工学の専門知識など、やっている間に覚えればいい、パソコンだってそうやって来た、それが翁流のやり方だ、と(いい歳をして)ムキになれるだけ、翁はまだまだ若いのだ、と、妙な自己暗示をかける。それもまた、翁独特の発奮術だ。

標題の「ハムと蕎麦屋とお汁粉屋」は、何の相関もないが、今まで縁遠かった秋葉原が、このたびのハム(アマチュア無線)への挑戦で急に身近に感じられるようになり、旧い物好きの翁のこと、無線機器店を覗きに行くたびに、必ず“暖簾”と“老舗“を訪れことになるだろう。蕎麦を食い、お汁粉をすすりながら”世界を無線で繋ぐ“遠大なる夢を描くのもまた一興。その実現に向けて”翁宅のシャック(無線小屋)“は、間もなく本格始動の時がくる。っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

ジャズの魅力−今週のお奨めジャズ

1935年12月19日Pennsylvania州Philadelphia生れ、74年3月1日他界したBobby Timmonsの軽快なピアノはいかがでしょう。祖父が牧師さんだったこともあって、ゴスペルとジャズを融合させた作曲家でありピアニストでもあります。ハードバップから派生したファンキージャズです。
このアルバムの中には多くのジャズミュージシャンが演奏しているナンバー”Moanin'”や”My Fanny Valentine”もあります。軽快なピアノで味のある演奏だと思います。

Bobby Timmons
This Here


This Here (Timmons) 3:31
Moanin' (Timmons) 5:02
Lush Life (Strayhorn) 2:20
The Party's Over (Comden-Green-Styne) 4:07
Prelude to a Kiss (Ellington) 3:16
Dat Dere (Timmons) 5:19
My Funny Valentine (Rodgers-Hart) 5:03
Come Rain or Come Shine (Mercer-Arlen) 4:26
Joy Ride (Timmons) 3:58
Bobby Timmons,p; Sam Jones,b; Jimmy Cobb,ds; Recorded Jan.13-14,1960, NYC / V.VICJ-23528 (Riv.1164)

<R.O.>

編集後記

食べ物偽装事件の次は毒入り冷凍餃子事件です。冷凍食品の人気がガタ落ちみたいですね。本当に中国だけの問題なのかどうか考えたいですね。
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.612

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com