年を重ねるにしたがって記憶能力が減退し、最近は昨日の出来事さえ思い出すのに時間が必要だったりすることがしばしばです。
最近のわが家では夫婦揃って目の前のテレビ画面に登場している有名役者の名前が言えず、それから数時間、思い出すまで気になって他の仕事が手につかなかったりします。そんな些細な度忘れでも思い出せないと気になるものです。
記憶力の減退は加齢による脳細胞の減少が主要因なのかもしれませんが、私の場合はビジネスの現役から引退して10年、緊張感の欠如による脳の活力低下も見逃せない要因なのかもしれません。
認知症などを患っている場合、もの忘れに対する苦痛は通常の人間にはとうてい理解し得ないほど辛いものだそうで、度忘れ程度で愚痴る私は贅沢と言うものでしょう。
考えてみるに自分に都合の悪いことを意識的に記憶せず平気でいられるのも私のような高齢者の特権なのかもしれません。
人が一生の出来事をすべて覚えていたらたいへんです。
私自身、過去の人生を振り返ってみるに、どうでも良いこと、無意味なこと、出来たら忘れたいことの連続であり、これだけは一生の記憶に留めたいと思える有意義な出来事なんぞ100のうち1つか2つ位のものです。
「物忘れが多くなった」という後向き発想は「忘脚力が充実した」という前向き発想に変えるのも意義あるではないでしょうか。それだけで人生は180度変わります。
人は「時を忘れ、我を忘れる」状態でいるのが最も幸せなのだといわれます。今、私が自分にとって都合の悪い記憶を忘れ去り、平気な顔をしていられるのも「忘却力が充実」したおかげなのかもしれません。
また、有意義な記憶力を高めるためにも既存のジャンク・メモリー(不要な記憶)を上手に廃却、即ち「忘れ去る」
ことが重要なではないでしょうか。
記憶力を高める最高の秘訣は「忘れ上手」になることだといわれます。多くを記憶したかったらそれ以上に忘れることが必要のようです。ある時、同時通訳の関係者に同時通訳の極意を聞いたら、「前に行った通訳を早く忘れ、今の通訳に専念すること」と言っていました。
「忘脚力の充実」は結果として、過去のいやな思い出から開放され未来思考の人生を開き、過去にとらわれない発想が出来るという効果が期待できます。
私はもの忘れを前向きにとらえ、その代わり忘れては困ることを必ずメモしておくことにしています。
河合将介( skawai@earthlink.net )
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