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NO.553                Ryo Onishi              12/17/2006   

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雑貨屋のひとり言

 ひさしぶりに神戸のルミナリエに行きました。この前に行ったのはいつだったか覚えていないほどです。早めに神戸(元町)に着き、16時過ぎから決められたルートに沿って会場へ向かって歩き出しました。点灯時刻が16時45分に早まったとのアナウンスがあったのですぐに到着できると思っていたのですが、途中長い時間待たされ(あきらめて帰る人も続出)会場に到着したのは17時33分でした。なんでこんなに時間がかかったのか不思議に思っていたのですが、原因はルミナリエが見えた瞬間、ほとんどの人が持っている携帯電話のカメラやデジカメで写真を撮るために足を止めるからでした。高性能、大メモリの携帯電話カメラが大活躍していました。久しぶりに見た”ルミナリエ”の光は、とてもステキで感動させてくれました。
(R.O.)

笑い、ギャグ、ユーモア

 先日、インターネット上のニュースを眺めていたら“笑い”について興味ある記事が目につきました。人間の“笑い”の効果を研究し、笑いと健康の関係を科学的に研究しようと日本の大学教授や医師、お笑い界のトップらが「笑いと健康学会」を設立したのだそうです。人が“笑う”という行為と健康との関係について学術的に解き明かそうというわけです。

 “笑う”という行為は人の副交感神経に作用して気分をリラックスさせる効果があり、健康にも良いとされていますが、医学的にはまだ解明されていない未知の問題が多く、この学会でそのへんを取り上げるのだそうです。

そもそも私たち人間に関する学問で「笑いのメカニズム」は最も遅れている分野のひとつと言われています。

それはなぜかと言うと“笑い”は人間独特の行為であり、したがって動物実験が出来ないこと、また、人が何をなぜ笑うかは、各人の教養や知性や趣味によって千差万別であり、ひとえに主観的な問題なのです。 科学は物事を客観的に扱うことは得意ですが、主観は苦手だからのようです。

これも別のインターネット記事からの受け売りですが、“ギャグ”と“ユーモア”の違いに関する記事があり、私は興味を持ちました。(2006年12月14日 asahi.comより)

この記事によると、“笑い”にはオリジナル性の強い“ギャグ”と、楽しいムードを作り出す“ユーモア”があるのだそうです。

“ユーモア”は「ぬるいけれど長持ちする」もので、他方“ギャグ”は「今までにないフレーズを使い、意外性による破壊力」を持つのだそうです。それだけに“ギャグ”には瞬発的な力を発揮してもすぐ飽きられる運命にあるようです。

即ち“ユーモア”はゆるやかな笑いであるが故に賞味期限(寿命)は比較的長く、“ギャグ”は爆発的威力があるが賞味期限(寿命)は短いというのです。

最近、日本のお笑い芸人が独創的なフレーズを連発し、若者に人気を得ています。(例:チョット・チョットチョット、フォー、萌えーなど)

これらのフレーズはどちらかと言えば“ギャグ”の範疇に入るのでしょう。だから賞味期限(流行した期間)が短いのでしょう。お笑い芸人さんは次々とフレーズを考え、作り出さねばならないわけでご苦労様なことです。

でも私は個人の好みからすると、この種のギャグ的フレーズより賞味期限の長い“ユーモア”に心ひかれます。

私の日常生活のモットー、キャッチ・フレーズは“前向き人生はしゃれたユーモアから”と決めています。      河合 将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り言「 けちするない」

「好きなモノをあげなさい」とか、「好きな人の名前をあげなさい」とか言われると地球を半回転するくらい長いリストができる。逆に、「嫌いなモノや嫌いな人をあげなさい」となると、それこそ数行、10秒で終わってしまう。嫌いなモノ、マトン。嫌いな人、嘘をつく人、ケチな人。嘘をつく人との関わりは、全てに空しさと崩壊しかないからだ。そして節約とケチは全く違うことを前提に、ケチな人の活動には潔さがなく共有共存ができにくいから。嘘やケチは、問題を生んだり大きくはしても、何かを創りだしたり繋いだりすることは少ない。小さい嘘も問題とともに大きくなるし、ケチは物事の革新を阻み小さく孤立するのが常。そんなことを考えていた先日、ある研修でとてもいい言葉を知った、『けちするない』。

今年3月に高校を卒業し、4月から某製造工場現場で必死に働く若者たちがいる。汗や油にまみれながら日中と夜間の2シフト制で働くその彼らに、“リスク管理の研修”が提供され、私もそこに同席した。彼らが最初に叩き込まれること、それが『ほう・れん・そう』、報告、連絡、相談の略。これはどの職場、どの職位の人でも知らない人はいないもの。しかし、知っているから分かっている、分かっているから出来ているとは、限らない。そうそう、案外私たち日常の生活や仕事での多くのトラブルは、この『ほう・れん・そう』があれば防げることや、最小限に止められることが多いのは事実。しかし、トラブルは絶えない。わかっちゃいるけど、やれない、やっていないということの証明だ。この『ほう・れん・そう』を活かせる合言葉がなんと、『けちするない』なのだ。

研修の中で紹介されたこの合言葉『けちするない』は、もともとは『話す力』(著:櫻井弘/出版:小学館)で紹介されているもので、『報告の秘訣』として述べられている。
『け・・・結論、結果を先に
ち・・・中間報告を怠らない
す・・・速やかにスピーディに
る・・・留守のときはメモを残す
な・・・内容を整理して
い・・・意見と事実は分けて報告』
高校卒業以来、久しぶりに机に座わり研修を受け、退屈な話に船を漕いでいた若者たちも、『けちするない』の話になると、誰に言われることもなく、自らきちんとメモをとっていた。勿論、私も。また同講義の中では、報告(義務プラスα)、連絡(情報の共有化)、相談(相乗効果)を5段階レベルに表示された「報・連・相レベル表」なるものも解説された。目からうろこだったのは、主役の新入社員より脇役の中堅社員だったかもしれない。

『けちするない』を研修のなかで紹介された時、「これって、どこの方言かな?」と隣の席の人に聞いてしまい、吹き出されてしまった私。でも、こうして大切なことを合言葉や掛詞で覚えるのは、ユニークであるばかりではなく記憶しやすいため活用にも結びつくし、なかなかいいものだと感心しきり。そういえば昔、ゴロ合わせで覚えた歴史年号や平方根などは今でも覚えているものだ。教育や学習には、こうした工夫が必要と改めて教えられた。「ケチケチしなさんな」とは世の男性諸氏によく言ってきた言葉、これからは会社の若者や後輩たちに向けよう「けちするない」っと、呟く、さくらの独り言。
 

週間五日坊主(東京・成近)


( 川 柳 )

ケータイの指弾んでるいい話

用件を一行 息子からメール

止まり木についつい今日のマスオさん

やれやれとネクタイ外す今日の首尾

相変らずの下に元気と書ける幸


( ニュースやぶにらみ )

「発熱」
ホカホカカイロにもなります −ドコモの携帯

「今年の漢字」
こちらは“天” −福島県、和歌山県、宮崎県

「教育基本法59年ぶりに改正」
本当に「改正」ならいいんだけど ―憲法

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

 連載 チベット紀行(7) 

 「風邪をひいている人はいませんか」
 成都を発つ前に通訳のSさんがいった。
 風邪をひいてラサに入ると命取りになるほど身体が苦しいそうだ。娘は、朝四時に起きると鼻を詰まらせてこういった。
「マミー、喉が痛い。風邪をひいたわ」
 困ったと思ったが、私はSさんには黙っていた。中国奥地のしかも西も東も分らない成都に置いてきぼりにされたらかなわない。私と娘はロサンゼルスの医者に処方してもらった高山病の薬を二日前から飲み続けているのだ。微熱はなし、大丈夫と思いたかった。
 
 世界地図を広げると、南にヒマラヤ山脈、北にタクラマカン砂漠が広がる間にひときわ色濃く茶色で塗られた部分がある。その地域は日本のおよそ五、六倍。世界で最も天に近く、世界で最も広大なチベット高原だ。チベット自治区の区都ラサは標高三六五八メートル。酸素が平地の七十%しかない。恐ろしいのは高山病である。私たちは出発前にいくつか注意を受けていた。
 水をたくさん飲む。お酒は飲まない。酸素が大量に消耗されるのでお風呂に入らない。シャワーは大丈夫だが、長く入っていると頭痛がしてくる。ゆっくり歩き決して走らない。深呼吸をする。夜は外に出ずできるだけ身体を休めるようにということだった。
 飛行機のなかで「指先がしびれる。触ってみて」と娘がいう。酸素不足で毛細血管に血液が充分にまわらずしびれた状態になるのは、やはり高山病の症状らしい。
 一行十三人中、何らかの高山病現象に襲われたのが十人。元気だったのが何度もチベットへ来ている引率者の森下永敏住職と他三人。その一人は、あまり大きな声でいいたくないのだが最年長者ではないかと思う私であった。
 最初に倒れたのは娘である。ラサのホテルに到着すると同時に寝込んでしまった。酸素ボンベが欲しいという。しかし、癖になるからできるだけ使わないほうがいいと忠告を受けた。休む以外にテがない。しかし、チベットへ寝るために来たのではなし、観光しなければ損だと思った娘は翌日からみんなと行動をともにするようになり、ホッとした。聞くところによると、チベットへ来ている間中ホテルで寝て、そしてそのまま帰った人がいるというから笑えない話である。
 娘だけではなく他の同行者も体調を崩していた。食べては吐き、食べては吐く。食べられる人はまだよかった。ラサ滞在中、スイカしか喉を通らず、生気を失いながらも休むことなく付いて廻った気丈な人がいる。ラサを発つころはゲッソリとやつれて気の毒でさえあった。また、ホテルで三日間寝ていた人もいる。酸素ボンベを抱え「もう帰りたい」とベソをかいていた大の男もいるほどだ。あれほどお風呂に入ったらダメという掟を破った人は、朦朧としながら蒼い顔をして行動をともにした。肩こりの症状が出た人もいる。私にまったく高山病の症状がでなかったといえば嘘になる。少し指先がしびれたのだから。
 旅行に出る前に高山病対策を担当者に尋ねると、こういう返事だった。
「現地に行けば高山病の薬を売っているから心配ありません」
 だが現地に来て、それがとんでもない話だと分った。事前に薬を用意して正解だった。
 明治時代、チベットへ行った黄檗宗の僧河口慧海の『チベット紀行』には、高山病についてあまり書かれていない。インドからネパールへ入り徒歩で何ヶ月もかけて行ったので自然に身体が高地に順応していったのであろうと思われる。
 
 いよいよ飛行機はゴンガル空港へ向って高度を下げはじめた。山に樹木はなく、褪せた褐色の禿山である。雨に濡れそぼった滑走路に着陸した。近代的な空港ビルで、想像していたより清潔でチベット特有の匂いもない。まずは安心だ。到着ロビーで出迎えてくれた日中友好協会の人が、我々ひとり一人に、歓迎と幸せを祈る最高の迎え方である真っ白い祈祷用スカーフ「カタ」を首にかけてくれた。
 待機していたマイクロバスに乗って一路ラサを目指す。市内まで一時間半。川沿いに造られた舗装道路を走る。連日の雨で、川の水は茶色に濁っていた。地にうずくまるように陸屋根の民家があった。塀に囲まれ中は見えない。樹木の向こうに黄色の花野が見渡すかぎり広がっていた。野生か、アブラナ畑か。澄みきった空気のなかで草木の緑は活力があり、色鮮やかに映えて美しい。
 バスが止まった。
 絶壁に極彩色に描かれた仏画が見えた。ネタンの大摩崖仏だ。一行は般若心経を唱える。
 禿山に色褪せた五彩の祈祷旗タルチョが風にはためいていた。旗の色は空の青、白は風、
緑は水、黄は地、赤は火を意味し経典が書かれている。風にのって仏法が広がっていくことを祈る古い伝統が今も守られている。
 およそ百年まえ、鎖国状態にあったチベットを訪れた河口慧海が見た風景と大差ない景色ではないだろうか。私は、紛れなくチベットへ来たという思いを強く感じた。

              つづく
               

 

編集後記


今週お薦めのジャズ
毎週、ジャズを紹介するのに迷ってしまいます。とりあえず、HDDオーディオにブックマークしてある曲から紹介していこうと思います。今週はトランペットのWynton Marsalisです。Hot House Flowers "Stardust"の中の“When you wish upon a Star”を聴くと、トランペットってすばらしいなあーと思います。

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Zakkaya Weekly No.553

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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