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NO.551                Ryo Onishi              12/3/2006   

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河合さんの さくらの独り言 川柳 & コント 森田さんから ホームページ
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雑貨屋のひとり言

  12月に入りました。月日の経つのが早くないですか?
土曜日のヨガ教室があっという間に来ます。こんな調子だとすぐにクリスマスで正月、そして来年になってしまいます。
  グランドキャニオン、ヨセミテ、イエローストーンなどのアメリカの国立公園は今、不人気で訪問者数が減少しているという新聞記事を読みました。最近の家族連れが大自然より人工的なテーマパークを好む傾向にあるからだそうです。ベビーブーマー世代の高齢化がこんなところにも影響しているようです。(R.O.)

少 年 老 い 易 く

偶 成   朱 熹 作

  少年易老学難成(少年老い易く学成り難し)
  一寸光陰不可軽(一寸の光陰軽んず可からず)
  未覚池塘春草夢(未だ覚めず池塘春草の夢)
  階前梧葉已秋声(階前の梧葉已に秋声)

[口語訳一例]
 人間は誰でも若い時代は時の経過が早く、いつのまにか年をとり、それに反して学業はなかなかに成就しないものである。それ故わずかな時間でも無駄にしてはならない。池のほとりの堤に萌え出る若草のような青春時代の夢がまだ覚めきらないうちに、階段前の青桐の葉は、はやくも秋風に吹かれてさびしく音をたてて散っている。

 ちょうど10年前のこの欄(1996年12月7日発行、雑貨屋News Letter No.30)に私は『年とともに月日の経つのが早く感じるのはなぜ?』というテーマで書き、そこで一冊の書物(織田一朗著 「時計の針はなぜ右回りなのか」 )を皆さんに紹介しました。

我々は年を重ねるにしたがい、社会的に責任が多くなり仕事や家事・社会活動に没頭するが故に“光陰矢のごとく”感じるのだと思っていましたが、実はそれ以外にも心理学の側面からみた学説があることをその本から知り、次のように書きました。
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フランスのある心理学者は、「人間の心理的な時間は、その人の年齢の逆数に比例する」と主張しているという。即ち、「10才の子供にとって 1年とは 過去の全人生の 1/ 10( 10分の1) だが、50才の人にとっては 過去の全人生の 1/ 50(50分の1)にしか過ぎず、その分時間が早く感じられる――50才の人の一年間は、10才の時の 1/ 5(5分の1)にしか感じない。」 と主張しているのだそうです。
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最近こちらの日本語テレビ見た「トリビアの泉」という番組で、上記の説は“ジャネーの法則”と呼ばれているものと知りました。

時間はすべての人間に平等に与えられているものでは決してなく、加齢にしたがい心理的には経過速度が増してゆくもののようです。

上記、朱熹先生の詩のように“少年が老い易い”なら私などシニア年齢者の老いの進行など超特急並みということになりましょう。子供なら1時間も遊べば充分時間を過ごしたと感じたであろうに、最近の私は誰かと飲みに行っても1時間では終わらず都度午前様は当たり前のようになっています。相手が女性だったら時間の経過は“超特急”どころか“ハイパー特急”並みの速さです。これも“ジャネーちゃん(ジャネーの法則)”のせい(?)なのかしら。

もっと 1日1日を大切に過ごしていかなくちゃ。ちょっとだけ反省したりもしています。

      河合 将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り言「 元気その2 」

こどもの頃テレビのコマーシャルで覚えたフレーズや映像は、歳をとっても不思議と覚えている。大村 崑の「元気ハツラツ、オロナミンC」、王貞治の「ファイト一発、リポビタンD」、「スカットさわやか、コーカ・コーラー」、「海の向こうへ出かけよう〜、愛のスカイライン」、いずれも、未成年者の視聴が多い週末のゴールデンタイムによく流れた。これらの言葉を並べてみると、昔のCMには、元気とか爽やかさが溢れていたなと思う。今回は、雑貨屋545号(10月22日発行)のさくらの独り言『元気』に続き、元気その2。

年が暮れに差し掛かると、今年一年を思い、そしてまた新たな一年を思うのは幼い頃も今も変わらない。しかし大きく違うのは、生き方や暮らし方、目に見える体力や気力。老いていく現実を直視する年齢に差し掛かったということだ。そんな師走のある日、ふと“人が生きると書いて人生、元の気と書いて元気”と頭に浮かんだ。旧友M.Oが今秋、贈ってくれた一冊の本を思い出したから。旧友M.Oは、「いつも笑顔で元気いっぱいのさくらしか想像できない」と断言する。だからこそ毎年、決まって読書の秋には、脳や心の元気や健康に関する書物を送ってくれる。積読しておいたその書を手にしながら、元気についてながめてみた。

M.Oが送ってくれたその本は、『元気セラピー』(著者:大谷由里子/発行:KKリングセラーズ)、どこの書店でも手にはいるもの。当たり前、既に知っている、よく聞く、というような見出しや内容なのだが、改めて読むとうなずけること多く、案外自分では実践できていない事項の多さに驚く。トピックスを章順に紹介すると『背筋を伸ばして上を向こう』、『開き直ってみよう』、『夢を持つ、夢を語る、夢を聞く』、『生きているだけでまるもうけ』、『自分のことをちゃんと愛してあげよう』、『元気の素は、やっぱり「人」』、『やる気が満ちる日常生活』というもの。エピローグにある自分への問いかけ集は、ちょっとしたチェックポイントになるから、それもおまけにご紹介。『生きていることを実感していますか?』、『人に優しくしていますか?』、『幸せですか?』、『人のせいにしていませんか?』、『人生を楽しんでいますか?』、『人を楽しませていますか?』、『余裕を持って生きていますか?』、『ステキな笑顔をしていますか?』、『文句ばかり言っていませんか?』、『夢を見失っていませんか?』というもの。さて、あなたはどう?

この書物にも出てくる言葉に、「心の元気」がある。これは先日、弊社で開催されたある講演「ビジネスで成功する重要ポイント」の講師も、偶然語っていた。女性でも男性でも、若くてもそうでなくても、人と人の間で“仕事”をするということは、自分の心が元気であるこが大切。それが自分を動かし、人の心も動かすことにより、チームと共に適切なプロセスを経て成果を出すことができると。その源は、やはり愛。まず、自分を愛すること、つまり、今自分が生かされていることを喜び、楽しむこと。それがなければ、ビジネスでも私生活でも成功はないのだというもの。なるほど、それが元の気、元気なのだということかもしれない。先日あるクライアントの社長から「社員、会社全体が元気になる“元気プロジェクト”を考えてくれないか」と相談を受けた。その時、私の頭には冒頭に列記したCMのキャッチフレーズが浮かんだ。そして自分の心に問うた「私は元気?」。元気って愛なんだろうな・・・っと、呟く、さくらの独り言。
 

週間五日坊主(東京・成近)


( 川 柳 )

イエスともノーとも語尾に遊ばれる

風読んだ目が忍の字を裏返す

頷いた首が本音に叱られる

反対の挙手一寸の虫の意地

キャスチングボートが好きな泥の海


( ニュースやぶにらみ )

「年賀欠礼」
署中御見舞 −佐藤前福島県知事
        −木村前和歌山県知事

「誓約書」
公約と思えば気が楽だ −造反議員

「新語大賞にイナバウワー」
金メダルには負けた −新庄劇場

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

 連載 チベット紀行(5) 

 上海空港の到着ロビイには、私たちと同じような顔をした人たちでごったかえしていた。
 いつごろまでだろう。テレビに映し出される中国のほとんどの人たちが人民服と称するくすんだ青色の上下を着ていたのは。男性は鳥打帽をかぶり、スカート姿の女性はいなったような気がする。それがいまや表面的には西欧型資本主義の国々の人たちと変わらず、カラフルな服装である。
 中国社会主義の抑圧のタガがはずれ、自由を謳歌しているような感じが空港ロビイには満ち溢れていた。
 名古屋空港から到着するチベット旅行の一行を待っていたのは「浄仁」さんと、チベットへ同行する中国人の通訳Sさんだった。ロサンゼルスに住んでいる浄仁さんは二日前に上海に着き観光をすませ、ランのブーケを持って私たちを出迎えてくれた。私と浄仁さんはロサンゼルスの中国領事館でビザを取るとき二度ほど会っている。親しい友人に出会ったような懐かしさがこみあげ、思わず抱きついてしまった。
 これでチベット行き総勢十三人が揃った。
「チベットは神聖な土地なので心身ともに新たな気持ちで案内させていただきたい」
 マイクロバスに乗ると、Sさんが挨拶をした。完璧な日本語を使う好感の持てる青年である。後で聞いた話では、大学院で二年間日本語を学び首席で卒業したそうだ。なぜ日本語だったのかを尋ねようとしたが思いとどまった。当時の国家に個人的希望を受け入れる自由はなかったのではないかと、思い当たったからである。Sさんは日本語の他に流暢な英語を話す。国家はこの秀才を見逃さなかったということだ。彼は、一人っ子政策のお蔭で両親の期待を一身に背負っているに違いない。日本女性と結婚したいというSさんに、世話好きな浄仁さんは知り合いの娘さんを紹介しようと思っている。その娘さんは大学で中国語を専攻し中国の歴史にも興味があり、しかも気立てがいい。だから、適任者ではないかというのだが、果たしてどうなるか。
 話が反れた。
「政治的なことは質問しないように」
 日本を出発するまえに私たちは注意を受けた。体制の違う国へ行くのだという気持ちが実感となり、神経がはりつめた。
 空港から上海市内へ向っている。プラタナス並木の大通りは舗装され、中央分離帯に花が植えられよく整備されていた。新興地区らしく古い民家は見当たらず、アパートのようなビルが多い。やがて橋を渡った。上海はいまや建設ラッシュだそうで、世界有数の建築家たちがここに集まってきているとSさんはいった。高層のビル越しにクレーンが至るところに見え隠れしていた。
 高架線が交わっている真ん中に、登り龍を描いた細長いモニュメントが見えた。
「道路工事をするときに掘っても掘っても水が出る。易学で調べると、ここは龍の通り道だという。そこで龍を祭ると水が出なくなり順調に工事をすることができた」
 Sさんが説明した。
 そうか、なるほど。
 さすが風水学の生まれた国は違う。
 自転車に乗っている人が思っていたよりも少ない。自転車で通勤する大群をテレビで観たことがある。あれは北京でのことだったのか。先入主となり勝手な想像をしていた私は、ちょっとがっかりした。
 やがて繁華街に入った。
 ホテルにチェック・インする前に上海三大寺の「玉仏寺」と「静安寺」に案内された。極彩色の赤、黄、青、金ぴかに塗り上げられ寺の内部はめまいがしそうだった。日本でも中国でも娯楽の少なかった時代、仏教寺院が巨大な伽藍を造営してきたのは、ひとつには庶民の行楽の場であり気晴らしでもあった。「ここにお金を入れると願いが叶います」
 と、書かれた箱が出口に置かれていた。一瞬でも、その気になった自分がおかしかった。
 遅い夕食が終わって、街に出た。
 浄仁さんがマッサージに行こうと私と娘を誘ってくれたのである。夜中の十二時近かった。車が行き交い人の往来もある。以前、この辺りにアヘン窟はあったに違いない。横になり長い煙管にアヘンを詰めて吸っていたのだろう。このような風景は清朝末期には特異なことではなく、タバコのようにアヘンを吸っていたと聞く。もちろん、今はない。そんなことに思いをめぐらしながら歩いていると、ミステリアス地区に足を踏み入れているのでないかという気がして、緊張した。
 通りをまっすぐ行くと、その先にイギリス租界があった辺りである。
 浄仁さんは、とある建物の二階へ私と娘を連れていった。
 若いマッサージ師は私たちの足を薬草湯で洗うと、足から手、腕ともみ上げていった。それからうつ伏せにさせられた。と、同時に睡魔が襲ってきた。その後はなにも覚えていない。起こされたのは一時間後である。元をドルに換算すると三十五ドルほどだった。
 明日の朝、上海から成都へ飛び、乗り換えていよいよチベットである。       
              つづく
               

 

編集後記

生活習慣病を予防するには、歩くなどの運動を続けることが「食事を大幅に減らす」ことや、「お酒をまったく飲まない」といったことより大きな効果があることを身をもって証明することができました。毎日続けるにはそれを楽しくできる工夫があったほうがいいと思います。私の場合は携帯オーディオのお陰で好きなジャズや音楽を楽しみながら歩けています。ワイフと共有の時間を持てたというのも良いことだと思います。デジカメを持ち歩き、面白いシーンに出会ったら写真に撮るというのも良いかもしれませんね。

《今週お薦めのジャズ》
ジャズだけで320アルバム、アーティスト数も145を数えるようになりました。整理するだけでも大変です。そんな中からどれをお薦めしようかとあれこれ考えています。今週もピアノのジャズです。Steve Kuhnは私の好きなアーティストの一人です。日本でも人気の高いアーティストです。 "Love Walked In"の軽快なジャズらしいジャズはいかがでしょう?

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Zakkaya Weekly No.551

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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