weekly

NO.536                Ryo Onishi              8/20/2006   

 weekly

 

河合さんの さくらの独り言 川柳 & コント 森田さんから ホームページ
読者メッセージ 雑貨屋のひとり言 LA観光スポット 編集後記 バックナンバー
 .
雑貨屋のひとり言

夏の高校野球、予想通りの強豪チーム同士の決勝戦、もうとっくに終わってるだろうとテレビをつけたら、延長15回で引き分けになってしまいました。選手はもう一試合できるのでラッキーですが遠くからきている応援団はずいぶんお金がかかるだろうなあとつまらないことを考えています。それにしてもあの広い甲子園球場でホームランがポンポン飛び出すのはなぜなんでしょう。(R.O.)

海上自衛隊の来米

日本の海上自衛隊の遠洋練習航海部隊が今年も8月7日から10日まで米国西海岸サンディエゴへ寄港し、艦内の一般公開がありました。(8月7日、8日、9日の3日間)

折角の機会でしたので早速私たち夫婦は公開初日にサンディエゴへ馳せ参じ見学してきました。
  
今回寄港したのは練習艦「かしま」・「やまぎり」と護衛艦「あまぎり」の三艘からなる艦隊でした。

外国の艦隊の寄港など珍しくもないサンディエゴであり、また日本人コミュニティに対する広報不足、公開日が週末でないこともあってか、公開初日は訪れる現地人、日本人ともに少なく、私たちが三艘を観てまわった数時間で目にした見学者はせいぜい百人程度でした。

これら日本の艦隊が停泊した隣の桟橋には米国海軍を引退した空母「ミッドウエイ」が空母ミュージアムとして公開されていますが、そちらの方が賑やかでした。

それだけに私たち日本艦隊への訪問者は落ち着いてゆっくり見学の機会を得、案内・誘導にあたっていた教官や訓練生たちと会話もはずみ、日本の海上自衛隊や艦船・装備・訓練などについて具体的に知ることが出来、まことに有意義な時間でした。

今回の海上自衛隊・遠洋練習航海部隊の各艦には今春、幹部候補生学校を卒業した初級幹部も含め約750名の海上自衛官が乗船しているのだそうで、彼らのシーマンシップを育成するとともに、国際的視野を養い、あわせて訪問国との親善を深めるのが目的とのことです。

4月19日に日本を出航し、9月5日に帰港するまでの半年近く、北米・中米12の港を巡りながらの訓練なのだそうで、航海に明け暮れる海上自衛官たちは日焼けのたくましい姿でしたが、幼な顔の残る若い隊員たちも多く、苦しく過酷な訓練に明け暮れているであろう割には皆明るく屈託のない顔つきでした。

見学通路整理係りの若い隊員に「訓練は厳しいでしょうね。海が荒れた時など船酔いはしませんか?」と聞いたら「最初のうちはつらかったです」と笑いながら本音で答えてくれました。

女性乗組員も結構いるようで、彼女たちだけのグループで束の間の休日を楽しむため街に出てゆく姿とも出会いました。

今回の艦船のうち「あまぎり」「やまぎり」はDD(旧海軍では駆逐艦)であり、全長137メートル、基準排水量三千五百トンと自衛艦(軍艦)としては決して大きなものではないようですが、いくつものレーダー装置や、防空・対潜・水上打撃力となるミサイルや魚雷などを艦のいたるところに搭載し、現代の軍艦装備の一部を見せられた感がしました。

なお「かしま」は練習船専用の船で他の2艘よりやや大きい艦船でした。この船は練習船であるため、各種シミュレーターを装備していたり、寄航地での来賓接待にも対応できるような設備を有したり、婦人自衛官用の居住区も設けられているのだそうです。「かしま」艦内に日本の鹿島神宮の神棚が飾ってあったのがいかにも日本的でした。

海上自衛隊といえども、しょせん軍隊(海軍)であり、その意義について議論はあろうかと思いますが、私たち見学者に誠意を持って対応してくれ、その上礼儀正しい乗組員には理屈抜きで好感が持てました。

また、各艦とも隅々に到るまで見事なまでに清掃がゆきわたり、磨き上げられており、訓練と規律の厳しさを感じつゝも日本人の心を見た思いでした。

艦首と艦尾にはためく日の丸(国旗)と旭日旗(軍艦旗) ――― 海外の港で出会う自国日本のシンボルはナショナリズムとか軍国主義とか無関係に懐かしくうれしいものです。

私たち夫婦は日程の都合で行けませんでしたが、2日目の8月8日にはサンディエゴ市バルボア公園内の日本庭園で日米交歓親善コンサートも開催されたそうです。

日本人にとって8月という月は暑い夏であると同時に、もうひとつ忘れられないのが61年前の8月、日本が敗戦した終戦記念日の月でもあることです。日本の練習艦隊が米国を訪問するなど61年前には考えられなかったことでしょう。

平和なるがゆえの艦隊訪問と前向きに捉えたいものです。 
      河合 将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り言「 合言葉 」

企業や団体が何かを始めたり展開したりする時、その理念を表すテーマやキャッチフレーズがある。それはまさに、主催するメンバーの高邁なる志に貫かれる活動の軸であり、同時に方向性を示すものでもある。またそれは、活動メンバーの士気を高めるための情熱や力を創出したり、問題や障害が生じた場合の方向確認をする磁石の役割を果たしたりもする。商品開発やCMで登場するキャッチフレーズが一つの流行語となるのも、そういった影響ともいえる。何気ない一言や文章が、人間を動かす不思議な原動力となる。言霊(ことだま)とはよくいったものだ。同様に「みんなでやれば、必ずできる!」が、ある日突然、私が統括する部署の合言葉になった。それは・・・・

グローバル企業の中でもかなり規模の大きい外資系某社の役員を務めるT氏と会食をしていたある日の夕刻のこと、私たちが座するその日本料理店のカウンターに、偶然、私の部署のメンバー数名が入ってきた。互いに驚きながら、少しばかりの話も共有した。T氏が、会話の中で何気なく淡々と、しかし実感をこめて発した言葉、それは「みんなでやれば、不可能なことはない」だった。彼は続けて言った。「家庭でも、仕事でも、一人ではできないことでも、みんなでやればできないことはないって・・・」と。57歳のT氏の言葉に、まるで青春ドラマのような不思議な若い風を感じた。T氏は、ヒラメのように上(上司)ばかりをみて仕事するのではなく、チームでやっていくこと、いけること、をさらっと話してくれた。ほんの数分の話だったが、いや、ほんの数分のお話だったからこそ、「みんなでやれば、必ずできる!」の言葉が皆の胸に刺さり、翌日私が出社した時にはすでに、チームの合言葉になるぐらい、彼らは連発していた。この「みんなでやれば・・」は、おそらくT氏自身、現在のポジションで抱える問題・課題に立ち向かう彼自身の現実そのもの、だから説得力も魅力もあるものだ。

ところで、“合言葉”と呼ばれるものは、大きく3種類。まず、味方であることが確認できるように、前もって定めておく合図の言葉。忠臣蔵(吉良家討ち入り)の「山」・「川」がそれに当たる。次は、みんなの主張や目標を示す言葉。モットーとも言い換えられるもので、前述した「みんなでやれば、必ずできる!」ケースがそれに当たる。三つ目は、仲間や特別な部署・業種だけで通用する言葉、これは隠語ともいう。前者二つは身近で分かりやすいが、隠語は業界の専門用語や特殊用語に加え、業界や地域の慣習とも密着しているため、一般的にはまったく通用しない。業界によっては日本語や英語をもじったもの、形や状況・情景を連想できるものもある。しかし、聞いただけでは意味も形も全く想像できないものも多いが、中にはタイヘン面白いものもある。例えば、警察の隠語、赤鬼(腐乱死体)、青鬼(水死体)、赤馬(放火犯)、犬(捜査対象に潜入するスパイ)、蜘蛛(高層マンションに侵入する泥棒)、おしどり(二人組のスリ)、ユミヘン(強姦)、ニンベン(偽物)、ウカンムリ(窃盗事件)、ゴンベン(詐欺事件)、サンズイ(汚職事件)、などなどだ。

さて今年、全国高校野球選手権も今日20日(日)の決勝戦で白熱の球宴が終わる(はずだったが、早稲田実業と駒沢大苫小牧、15回を戦っても決着がつかず、明日、再決戦が行なわれることになった、が)。これで日本の夏も終わりに近づく感がある。猛暑の中、若人の夢と希望をたぎらせた甲子園球場、青春の汗と涙が美しい。特に、日本最南端の石垣島から沖縄代表として出場した八重山商工のさわやかさが印象的だった。ベスト16に勝ち進んだものの第三回戦(16日)、智弁和歌山に惜敗、しかし、完全燃焼をして悔いがないという潔さだ。初出場ながら夢舞台へ挑んだ彼らの合言葉は「全国制覇」、これぞまさしく“言霊”に違いない。合い言葉・・・合わさる言葉に霊が宿るのかな、っと呟く、さくらの独り言。

週間五日坊主(東京・成近)


( 川 柳 )

九条の右折禁止が無視される

九条に鞭これでもかこれでもか

九条の手品だんだん怖くなる

九条の挿絵に増えていく戦車

九条に既成事実を積み上げる

( ニュースやぶにらみ )

「中日にマジック点灯」
いまごろ? ー安倍晋三

「首都圏大停電」
船が有効のようだ −対日テロ

「現在地」
袋小路の奥 −靖国神社

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

 連載 ウィドウ(5)

 十五年前、日系マーケットで幸子に出会った。彼女のご主人が数週前に亡くなったと聞いていた私は、
「寂しくなったわね。ご愁傷さま」
 と挨拶をした。
 幸子はふっと涙ぐんだ。中学生と高校を卒業したばかりの娘さんと一緒だった。娘二人は感受性豊かな時期だ。ときには相談する相手も欲しいであろうに、何事も自分たちで決めなければならない辛さを思い、私は、言葉に詰まったことがあった。ハワイ二世のご主人と日本で知り合い、ロサンゼルスにきて十三年目に幸子はウィドウになった。主婦専業だった彼女は、当時は英語もままならず、車の運転も家の近くを走り回る程度で心細かったと、後になって幸子から訊かされた。
 二人の娘さんも今では社会人となり自立している。幸子は、身体の運動と気晴らしになるといって週二日だけ働いている。
「飛んでいる蠅を捕まえるより難しい」
 というほど幸子は毎日飛び廻っている。
 臓器移植のため日本からくる人たちのボランティヤ、趣味として鼓にカラオケ、コンピューター教室へと人生を楽しんでいる。身寄りのない高齢者が病気だと聞けば見舞い、困っている友だちには声をかけ手助けをする。
 うちの夫の場合も例外ではなかった。
 幸子は、私の夫が末期の食道癌だと知って駆けつけてくれた。我が家から車で七、八分のところに住んでいるというだけで。
「この野菜ジュース、どうかしら?」
 食べ物を流し込むためのチューブを腹に付けている夫のために持ってきてくれる。
「鯖の味噌煮、一切れしかないけど、これはあなたの分」
 そんな気遣いまでみせた。
 病人は何でも知りたがる。「鯖の味噌煮」を夫に見せると「うまそうだな、喰いてぇ」という。鯖をブレンダーにかけ液状にして腹のチューブから入れると喜んだ。
 幸子は夜の介護は大変だからといって、夕方には私に代わって介護にきてくれた。少ししでも私が睡眠を取れるようにという心遣いがうれしかった。気管切開をしていた夫はときどき喉に痰を詰まらせた。すると、手早く吸引器で痰を取り洗浄をする。身体を清拭し手足をさすり、尿の始末など行き届いた世話をしてもらった。嫌な顔ひとつ見せずに。
「幸子さんはまだか。いつきてくれるか電話をしてくれ」
 などといって、夫は私を困らせた。
 幸子もご主人を肺癌で亡くした。末期癌患者の介護の大変さを身にもって実感しているといえばそれまでで、とにかく他人の痛みが分かる人なのである。
 幸子がウィドウになったのは四十代。どうして再婚しなかったの、チャンスはたくさんあったでしょう? と尋ねると、
「娘が難しい歳だったから、男は一歩たりとも家に入れまいと心に決めたの、娘たちにいい影響を与えないのは分かっているから」
 仕事をしていたから、寂しいと感じるひまがなかったという。幸子は実生活から得た哲学を持っていた。
「子供はお金をやればやるほど、悪くなる。 子孫のために美田は遺さない。遺すと子供どころか、その連れ合いまで当てにする」
 百害あって一利なし、と言い切る。甘やかさない方針らしいが、実際は子煩悩だ。
「紀州の山奥育ちだから」が口癖で、気取らず、誰に対してもあるがままの自然体だ。
 だが、しっかり者の幸子がベソをかいたことがある。家の排水管が詰まり汚水がキッチンの流しに逆流してきたときだ。業者を呼ぶと、排水管にひびが入っているといって、キッチンの真ん中に人が埋まるほどの穴を掘った。幸子は、その穴を見ていると急に惨めになり涙が出てきたと電話をしてきた。夜十時を過ぎていた。私が行っても役には立たないのはわかっていた。それでも、行かずにはいられなかった。
 主人がいればねぇ……。
 彼女の涙がそういっていた。
 ウィドウになって私は幸子に誘われ教会へ行くようになった。
「クリスチャンじゃあないけれど、一週間に一日くらい自分の心を見つめ直す日もあってもいいでしょ。気持ちが落ち着くし」
 宗教から適当に距離をおいた態度に好感をもった。教会関係の人たちには申し訳ないが、私は求道心からでも、寂しさを埋めるためでもない。好奇心と暇つぶしだった。
 湾岸戦争直前、フランスのニースにある「シャガール美術館」を家族で訪れたときだ。青色を基調にして描かれた絵を観ていると、高校生の娘がいった。
「マミー、旧約聖書にあるアダムとイブをテーマにして描かれた絵なのよ」
 世界で一番読まれているという聖書でさえ、私は手にしたことがない。キリスト教とはどのような教えか、教養として聖書を知るにはいいチャンスだと思った。
 教会へ行き始めると友だちができた。世界が少し拡がった。小石を投げればウィドウに当たるほど多いことにも知った。幸子に紹介された澄江も、その一人だ。
「ウィドウ三銃士」
 と呼ぶ仲間の誕生であった。
               つづく

 

編集後記

散歩をしていると犬を連れている人が多いことに気づきます。出生率が低くなっている日本ですがペットの数は増えているのでしょうか?
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.536

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com