☆ 松 (宮崎 東明作)
百尺亭々として 高く天に聳ゆ
清風時に奏ず 玉簫の響き
磐根は恰も 是れ龍の眠るに似たり
千載蒼々として 節操堅し
日本人は松が好きです。桜や菊といった派手さはありませんが、根は大地を這ってまさに「龍の眠るに似たり」であり、幹は古木になればなるほどに大人(たいじん)の風格を帯び堂々としています。いつも緑で変わらず、ひび割れた表皮さえ荒々しく頼もしく感じます。竹、梅とともにめでたい取り合わせとされ、正月には門松が飾り付けられます。
松で有名な景勝地と言えば私は日本三景の一つである“松島”、天女伝説で有名な“三保の松原”、熱海海岸の“貫一・お宮の松”などを思い浮かべます。同時に子どもの頃よく通った銭湯の大湯船の上に描かれていた巨大な絵(富士山と松の海岸)は忘れられない記憶です。
古来、松は“待つ”と掛けて使われることがあり(掛詞=かけことば)、和歌などで多用されます。例えば、
《来ぬ人を まつ帆のうらの夕なぎに 焼くや藻塩の身も焦がれつつ》(藤原定家)
《久しくもなりにけるかな住江のまつは苦しきものにぞありける》(古今和歌集)
和歌ではありませんが、お座敷小唄のひとつ、「松ノ木小唄」も典型的な楽しい掛詞です。
♪ 松ノ木ばかりが マツじゃない
時計を見ながらただ一人
今か今かと気をもんで
あなた待つのもマツのうち ♪
実は私にとって“松”は楽しいイメージばかりではありません。あまり思い出したくない記憶も残っています。戦時中、松の油(松脂:まつやに)は松根油と言って重要な軍需品でした。航空機の燃料として使ったようです。この松脂採取に学校児童が動員されました。
松脂は松の木の幹に傷を付け、切り口から出てくる脂を受けて集めます。当時国民学校(今の小学校)2年生だった私も学校の勉強を削ってまで山の松林で作業をしました。昭和20年(1945年)のことでした。そして間もなく日本は敗戦の日を迎え、私たちの松脂採取作業も終わりました。 河合 将介(skawai@earthlink.net)
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