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NO.511                Ryo Onishi              2/26/2006   

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河合さんの さくらの独り言 川柳 & コント 森田さんから ホームページ
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雑貨屋のひとり言

期待はずれの連続だったトリノオリンピック、最後の希望だった女子フィギアスケートで荒川静香選手が金メダルを獲得し、これまでのモヤモヤを吹っ飛ばしてくれました。久しぶりの明るい話題で日本中の人が喜べたのではないでしょうか?
2月ももうすぐ終わりです。3月になるともう春が近くなりうれしいのですがまたあの花粉症の季節がやってくるんですね。(R.O.)

あまり知られていないL.A. 観光スポット(189)

 お花見(Lake Balboa湖畔)情報、2006年
 日本に比べ、暖かい南カリフォルニアに位置するロサンゼルスは毎年、2月下旬から3月上旬が桜の花の季節で、お花見を楽しみます。

 昨年は2月の最終のウイークエンド(2月26、27日)が最高に賑わいました。今年は昨年より低温少雨などで、若干開花が遅れていますが、既に蕾が膨らみ木によっては咲き始めました。

 ロサンゼルス・ダウンタウンの北西二十マイルにあるバルボア湖は最大の桜の名所です。フリーウエイの#405と#101が交差する北西一帯は“Sepulveda Dam Recreation Area”と呼ばれ、三つのゴルフコース、スポーツセンター、日本庭園、ピクニック場その他各種施設が整った総合リクリエーションの場となっています。

その中の一角にバルボア湖(Lake Balboa)があり、広く青々とした草地に囲まれ湖畔に約二千本の桜の木が植えられています。

(添付の写真は2月19日に撮影したもので、まだ多くは蕾の状態ですが、この雑貨屋は発行される2月26日頃は見頃になっていることでしょう)

これらの桜は匿名の日本企業の寄付によるもので、1990年に計画が持ち上がりました。桜を寄贈した日本企業の責任者の話によると、桜の花にとって必要なことは、暖かな春だけではなく、寒い冬、良い水はけ、適切な地質、病害虫が無い・・など、数多くの条件が満たされなければならず、当地ロサンゼルスのような、いわゆる“地中海性気候”地域では一ヶ所に大量の桜を育て、開花させるのは当時不可能とされていました。

また育ったとしても花と葉が同時に出現してしまうのだそうです。そのため専門家に依頼して調査と研究に二年間を費やし、オオシマザクラという品種をベースに改良を重ねたピンク・クラウド(Pink Cloud)という品種に辿りつき、それがこの場所に植えられたのだそうです。

1992年に最初の苗木が植えられました。このピンク・クラウドは日本の桜をこちらの土になじませるため、現地のさくらんぼの根に接木をしているのが特色です。

樹木自体はまだ若く、ほとんどの木が20フィート位ですが、毎年濃く鮮やかなピンク色の花を見事に咲かせます。これからの成長が楽しみです。また湖の周囲十ヶ所に立派な藤棚もあり、これも同じ日本企業の寄付によるものです。

 湖(といっても下水処理水を集めた人工湖ですが)には沢山の水鳥が戯れ、広く明るい湖畔は、桜の季節以外でも充分素晴らしい環境です。“貸ペダル・ボート”に乗ったり、湖畔でバーベキュー・ピクニックをしたり、遊園施設で楽しんだり、一人でも、二人でも、家族全員でも楽しむことが出来る、思いきり明るいところです。

この公園はロサンゼルス市の公園局の管理下にあり、日の出から日没までゲートが開き、その間なら無料で自由に入園できます。夜間は立ち入り禁止ですので日本流の夜桜見物は出来ません。

また、公園内へのアルコール類は常時持ち込み禁止ですので、酔っ払いはいません。折角のお花見なのにアルコール抜きとはちょっと淋しい感じもしますが、これはこれで家庭的、健康的で良いことでしょう。

アメリカの桜といえば首都ワシントンDCのポトマック河畔の桜が有名ですが、こちらロサンゼルスのバルボア湖畔の桜も、年とともに成長し市民から愛され絶大な支持を得ています。

いつの日か「東のポトマック河畔の桜」に対し「西のバルボア湖畔の桜」と並び称される日がくるのではないかと期待しています。

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●開園時間:日の出から日没まで(毎日)
●入園料 :無 料
     貸ペダル・ボート料:一 般 者 $10(1時間)、$7(30分)
       65歳以上 $ 7(1時間)、$5(30分)

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行き方は次の通り(Torrance方面よりの場合)
(1)FWY #405を北へ。 FWY #10を通り越し、FWY #101(West、Ventura方面)へ入る。
(2)FWY #101(West)へ入って2つ目の出口、Balboa Blvd. で降りる。
(3)Balboa Blvd. へ降りたら右折(北へ)、すぐのBurbank Blvd.を横切りそのまま北上、 約1マイル進むと右側に“Authony C. Beilenson Park、Lake Balboa Recreation Area”という看板があり、そこを右折、中へ入る。間もなくLake Balboa湖畔に出る。
(4)全行程 ;(Torrance方面からの場合)約30マイル、ドライブ約1時間。
                     河合 将介(skawai@earthlink.net)

さくらの独り言「 門出」

最愛の姪、26歳の有紀が、とうとう、結婚してしまった。めでたいことなのに、「してしまった」という言い方はおかしいかもしれないが、本当だからしょうがない。自他共に認めるほど、姪を自分の娘の様に可愛がっていたので、くどいようだが、うれしさと寂しさが混在している今は、こんな言い方になってしまう。挙式当日をはさむ前後のこの週末は、家族親戚も久しぶりに集い、笑い泣きで大騒ぎの楽しい我が家。そんな中、嫁ぐ姪の置き土産、それは「今までの人生に無駄なことはひとつもなかった、ありがとう」の言葉だった。

クリスチャンの姪と新郎の挙式は、彼女が11歳からその成長を支えてもらい、今朝まで通ったキリスト教会で行われた。彼女が17歳の時、48歳で病死した父親の告別式が行われた教会(堂)で結婚式を挙げるというのが、その時からの姪の願いだった。三人兄弟の長女だった彼女が、二人の弟たちを育てる母親と共に、様々な出来事に出会ったことは言うまでもない。その彼女が11歳だった頃からずっと妹のように可愛がってくれたその教会の音楽主事が姪の門出を祝い、姪の口癖を、ひとつの歌にしてくれた。それは、『無駄なことはひとつもなかった』という、感謝の賛美歌だった。姪はこの歌を、祝賀会でみんなと共に歌った。どんどんと成熟していく姪に、心の中で私は言った「乾杯!」と。ここにその詞の一部を紹介しよう。

『無駄なことはひとつもなかった
これまでのあゆみに
主はどんな時にも傍にいて 慰めてくれた
無駄なことはひとつもなかった 主の愛のゆえです』

姪の結婚式と幾つかの祝賀会は、全て、手作りだった。それは多くの友人知人を愛し、そして愛されてきた姪の、まるで証のようなものだった。ひところ流行りのスタイルや雰囲気を追うだけのチャペル挙式ではなく、“生き様”があぶり紙の様にして映し出るような、神と人の、人と人の、家族と他人の、兄弟姉妹の、そして姪と彼女が出会った人や出来事、その全てが、見えない何かで“結ばれている”実感で、私も周りも満たされた。手作りの中では、感傷や感激ばかりではなく、仕事やプライベートでも参考になることを幾つか学んだ。特に、結婚式式次第の裏に刻まれた次の詩がそうだ。
『神さま 変えることのできないものについては
それを受け入れられるだけの落ちつきを 私たちに与えてください
変えるべきことについては
それを変えるための勇気を 私たちに与えてください
そして 何を変えるべきであり
何が変えられないことなのか
この二つを区別するだけの知恵を私たちに与えてください』(R・ニーバの祈りより)

愛する姪の「門出」を祝い、乾杯! そして、今度は私かな・・・っと呟く、さくらの独り言。
 

川柳 & コント(東京・成近)


( 川 柳 )

バレンタインチョコも孫からだけになり

江戸雛を飾り家系を語らせる

春一番明日へ頭を切り替える

土踏まずむずむず春が待ちきれず

お日様をローンで買った南向き

( ニュースやぶにらみ )

「アメリカ、ロシヤを押さえて金メダル」
荒川選手にあやかりたい −小泉首相

「感謝状」
永田議員殿 −小泉首相
荒川選手様 −永田議員

「入院」
全治75日 −永田議員

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

連載「夫と私 」  
                   希望の灯( 21 )
 気管切開をした夫の喉には、人差し指ほどのプラスチック製の管が差し込まれている。
 退院後、日本語を話せる看護婦を派遣してくれるようにホームケヤー業者に頼んでいたのに、やってきたのはメキシコ系アメリカ人の看護婦だった。土足で入ろうとするので、室内では靴を脱いでくれるように頼むと「NO ! 」と一言。私はムッとなった。理由を尋ねると、物などが落ちてケガをしないよう安全のために室内では靴を履くのが規則だという。土足は汚いと思っている私たち日本人の感覚では理解に苦しむことである。
 喉の洗浄と痰の吸引などについて二十分ほど教えてくれた。その請求額は百五十ドル。これなら私にだって出来る。健康保険なしの闘病だ。私は、即、派遣看護婦を断った。
 プラスチックの管は二種類あって、外側の管は医師が定期的に交換し、内側の管は痰を吸引するたびに患者自身が交換する。内側の管はたくさんある。外側の管は、医師が処方箋を書いてくれるので、患者側が買い求めなければならい。私は薬局を駆けずり回って探したがない。どうしたものか、と、ふと気がついた。吸引機を配達した会社へ問い合わせれば手に入るかもしれないと。幸い近くに会社があったからいいようなものの、特殊な医療器具をなぜ医師側で用意できないのか、訝った。後になって知ったが、処方箋を薬局に渡して注文するらしい。知らないということは、こんなにも遠回りをすることなのか。英語力のなさが悔やまれた。
 三回目の外側の管を交換する日がきた。
 耳鼻咽喉のL医師は管を取りかえ患部の手入れをすると、穴の先をガーゼで塞ぎ、
「話してみてください。ハロー、ハロー」
 といった。
 夫は首を横にふり、肩で苦しそうに息をしている。
「傷口はよくなっています。もう一度、ハロー、ハロー」
 L医師は励ましながら繰り返していった。
 しばらくして、
「ハロー、ハロー」
 機械のなかを通したような感じの声で夫がいった。
――バンザーイ ! 声が出た ! ―― 
 私は心で叫び、思わず拍手をした。
 ともかく、これで夫は意志を伝えられる。よかった、よかった。
 気管切開を二度も体験した星野富弘さんもいまでは普通に話すことができる。傷口さえ治ればしめたものだ。喉に開けた傷口がグジュグジュしているが、きっと良くなる。
 私は一つの変化に希望の灯をともした。
 夫が声を失って一ヶ月半になる。筆談では意志の疎通が不充分でよく叱られた。ある朝などは、起きるとキッチン・テーブルに、こんな夫のサイン入りのメモが置いてあった。
「いいかげんに読まず、じっくり理解して読んでくれ。ともかく、オマエは早とちりして困る。英語はwillやhas been が先にくるが、日本語は最後まで聞かんとわからん言葉なんや。肉体的、精神的にオレを疲れさせないでくれ。病人はともかくひがみっぽい。なにしろ普通に動けないのだからな。わかってくれ、頼む」
 すまないと思った。
しかし、もう大丈夫、声がでたのだから、あとは傷口さえ治れば・・・・。
                                                                                   つづく

 

編集後記

土曜日はとても暖かい一日で、外に出かけた人が多かったと思います。私はワイフと墓参りに出かけましたが、いたるところで行われている道路工事でひどい渋滞で疲れました。
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Zakkaya Weekly No.511

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com