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No.493          Ryo Onishi               10/23/2005   

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雑貨屋のひとり言

10月22日、ウォルター渡辺さんが逝去されたと、河合さんから知らせがありました。たいへん驚きました。もう10年近く前になると思いますが、渡辺さんと河合さんといっしょにJRC(現在はJERC)でパソコンの使い方を勉強したことをよく覚えています。
1998年7月4日のアメリカ独立記念日にハリウッドボウルにお誘いいただき、渡辺さんご夫妻といっしょに花火や音楽を楽しんだこともすばらしい思い出として残っています。(雑貨屋ウィークリー112号でご紹介)
雑貨屋の読者であり、たまにメールで雑貨屋の感想や励ましをいただいていました。
すばらしい友人をなくしとても残念です。渡辺さんのご冥福をこころからお祈り申し上げます。(R.O.)

日本と米国の子育ての違い

 当地、ロサンゼルス郊外のトーランス市にJ.E.R.C.(Japanese Educational Resource Center)という教育に関する非営利ボランティア組織があります。10年前に発足した組織ですが、私も設立発起人と初年度の役員を務めました。
J.E.R.C.は日米の異文化理解教育を促進し、日米相互理解を深めるための活動をすることを目的とし、日本からの駐在員子弟のための教育相談、情報提供、教育オリエンテーション、現地学校や教育委員会との交流などを実施しています。
過日このJ.E.R.C.の月例セミナーで、異文化コンサルタントを講師に招き「日本と米国の子育ての違い」というテーマで、日本人の駐在員子弟を米国で育てる時の注意について語ってもらいました。J.E.R.C.のニュース・レターからこのセミナーでの講演内容を以下に転記させてもらい、皆さんへのご参考に供したいと思います。
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(1) 日本の場合はネガティブ思考であるので、これをポジティブ思考に変える。
日常会話の中では、親の言葉ひとつで、子どもは頑張ろうと思うようになるので、どのようにコミュニケーションをとったら良いか見極めが大切である。タイミングを逃さずに褒める、良いことをしたときに褒める、ネガティブなところは強調しないなど、子どもの精神状態を考慮した褒め言葉を選択する。

(2) 英会話が障害となる場合。
英語を習得しようとする場合、言葉の教師だけでは充分ではない。アメリカ文化を知らないと学べない。勉強している段階で、構えてしまうと面白くないので、遊びを使う。ラジオや音楽を低く流してあげ、自然に耳慣れしていくようにする。親は「出来ない」と言いながら喋れる。日本人は完璧主義で、文法などが間違っていては恥ずかしいという思いが強く、黙る傾向にある。子どもはおやの傾向を見て学ぶので、勇気をもって習得するための努力、そして間違いながら英語を身につけていこうとする積極的な態度が必要である。

(3) 親が日本人として育った感覚を押しつけない。
子どもは、いろいろな問題を抱えている。カルチャーショックにかかっていても親がわからない場合がある。うつ病症状が表れると、学校の成績が下がる、気短になる、勉強しなくなるなど子どもの状態が変化してくる。子どもたちは、アメリカに住んでいるだけで、日本人でもないアメリカ人でもない宙ぶらりんのところにあり、苦しむ年齢がある。しかし言葉で言わないので、わからない場合が多い。子どもは國際人のカテゴリーにいる。現地校通学の子どもの場合は、日本人の意識を持たせること。子どもが仲間外れを恐れるために門限、友人宅への外泊、ドラッグの問題など、家庭での躾と食い違いが生じてくる。親のはっきりした態度が大切。
(4) 日本人は、先輩と後輩を意識するために、年上が言った通りにしてしまう。勧誘されやすい傾向にある。
(5) 親は国際人を育てている意識を持つ。
心の柔軟性、両文化を知りつつ中間をとっていくという態度が必要である。門限については、親子でよく話し合って決めること。親が、日本だったら、私だったらと言うことは禁句。も・・だったらでは問題は解決できない。
(6) 両親のストレスの影響。
夫婦関係の中でのイライラを子どもにぶつける場合があるので、その場合はカウンセラー、セラピストに相談すると良い。フラストレーションをためないようにすることが大切。特に子どもには、親のイライラが通じてしまう。また、子どもと一度決めたことは変えずに守る姿勢が必要である。
(7) 転校について:いじめに遭ったり、また学校が合わない場合
(8) アメリカはそれぞれの学校でシステムが違い、統一されていないので、子どもに合っている場合とそうでない場合がある。先生が両極端な場合もある。転校を考える場合、他校をチェックしてから考えること。日本人的感覚では学年途中での転校を躊躇するがアメリカでは違う。成績が下がる、孤立していくなどうつ病症状が見られたら、まず担任あるいはカウンセラーと相談する。環境を変えることでプラスに転じることがある。
                                             河合将介( skawai@earthlink.net

さくらの独り言「 ゆうびん 」

“改革”という雄叫びとともに、『郵政民営化』法案が可決された。これには誰しも賛否両論あるだろうが、私たち国民の生活環境やそのニーズの変化に応えるものだと信じ、今後の展開に期待したいところ。そんな中、先日、叔母へ手紙を投函後、自分が封書に貼った郵便料金(切手代)に確信が持てず、姉に電話して確認しながら再認識したことがある。私の生活で葉書や手紙で何かを知らせるその相手の多くは、インターネット環境に縁遠い人たちだということ。逆を言えば、私の日常生活形態の中で、“ゆうびん”というものが大きく変わってきているということを実感させられたということ。

私がいつも持ち歩いている手帳の中表紙ポケットには、20数枚の60円と80円切手がある。親元を離れた高校一年生からの習慣だ。『いつでも、どこでも、必要な時に投函できる葉書や手紙を書く』ためにという、母の教えだった。お礼や励ましの自筆の、時を失しない“便り”は、物品のやり取りよりも貴重だ、というものだった。切手が手元にさえあれば、日本国内にいる限り不便さへの言い訳がなく、“書く”行為が実現化しやすいという訳だ。そういえば、中学生の頃教科書で学んだ、故向田邦子の随筆『字のない葉書』を思い出す。故向田邦子のまだ字が書けない妹が疎開する時、父親が宛名を書いたリュック一杯の葉書を、「元気だったら『○』をひとつ書いて、毎日1枚ずつポストへ入れなさい」と言って持たせた。初日、葉書からはみ出さんばかりの『○』印が届いたが、翌日からその大丸がだんだん小さな『○』になり、そして『×』印となり、ついには葉書もこなくなった。それで母親が迎えに行ったら、百日咳でしらみだらけの頭になった妹が寝かされていたままだったというものだ。PCや携帯電話という媒体も、インターネットやケーブルというテクノロジーもなかった時代の、“ゆうびん”物語だ。

ところで、今から30年程前、私が中学3年生の社会科「公民」の定期試験では、「三公社五現業」を書き出せという問題があった。かすかな記憶だが、日本専売公社、日本電信電話公社、日本国有鉄道、郵便、国有林野、印刷、造幣、そしてアルコール専売と記憶している。今や死語である。この中で、民営化されていなかった郵政事業が民営化することで、「三公社五現業」は私の生活からも消える。飛脚や使い人で交わされていた文(ふみ)が、イギリスの郵便制度をもとにした郵便制度を国営事業として日本で発足(1971年)させたのは、のちに“郵便の父”と言われた前島密だった。当時、明治政府の財政難や飛脚業者などの強い抵抗が、現在の郵政民営化反対現象を遥かに超えるものであったことは言うまでもない。このような数多くの困難に立ち向かい、「郵便」創業を成し遂げた前島密の「公共」創業に対する使命感や責任感を強く支えた背後に、アメリカ人宣教師、ウイリアムズが前島に語った言葉があることは、有名だ。「駅逓、すなわち郵便は、人間の身体に例えると血管です。そこに流れるのは通信という血液なのです。我が連邦も、郵便によって政治経済など百般に必要な血液、すなわち通信が滞りなく行き渡り、今日のような活発な国家ができたのです。」(著者:前島密 『鴻爪痕』・『郵便創業談』より)。このことを思い出すたび、「公共」というモノの形や組織が変わろうと、血の流れる「日本人」の「日本の生活」のサービスであることには変わらないと、信じたい。

さて、先日、25年ぶりに上京し、私と3週間の滞在をして帰福した母から、滞在中の写真焼き増しの依頼を受けたが、私は丁重に断った。母を想う気持ちはあるが、母のリクエストに迅速に応えられる約束ができないからだ。落ち着いて選定・選別をし、注文や受け取りを済ませ、ましてや映っている方々への一筆と発送などの作業に、細切れではあっても時間と対応をすると、即約できない。いやむしろ、一日中、散歩以外は室内に居る母にとって、ボケ防止にもなる最高の作業だとひらめいたからだ。私に抵抗できぬと悟った母は、私と滞在した3週間の写真アルバムを整理し、そして焼き増しした写真をお礼状の中に同封して発送するという作業を、私が指示したリストどおりに、しかもby timeで完了した。これを機に母には、東京に住むNさん、Oさん、そしてHさんという友人との、私を介さない情報の交換交流が始まった。また、その都度、私は母から、彼らとの状況報告を手紙や電話で報らされる今日となり、つまりは、母と私の情報交換も増えたわけだ。“ゆうびん”・・・「人間の血液がとおる路」を心に刻む。そして、幼稚園の頃うたった唄、♪白ヤギさんからお手紙ついた、黒ヤギさんたら読まずに食べた、しかたがないので、お手紙書いた、さっきの手紙のごようは、な〜に。黒ヤギさんからお手紙ついた、白ヤギさんたら読まずに食べた、しかたがないのでお手紙書いた、さっきの手紙のごようは、な〜に♪っと、呟く、さくらの独り言。

川柳 & コント(東京・成近)


( 川 柳 )

今日もまた初心忘れた酒となり

乾ききる心を酒が通り抜け

竹光の見栄が吐いてる捨てゼリフ

長考にどうにも欲しいあと一歩

ぬるま湯に楽観論の首が浮く

( ニュースやぶにらみ )

「食欲の秋」
カブがおいしい −楽天、ライブドア、村上ファンド

「スポーツの秋」
選挙運動をやってます −落選候補

「芸術(音楽)の秋」
チイチイパッパ −チルドレン合唱団

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

連載「夫と私 」  
            癌告知( 3 )

「森田さん、二番の診察室にお入りください」
 いろいろな検査をした結果を聞くために「CCA」の待合室にいると、こういって呼び出された。三月二十九日午前十時だった。「CCA」とはCancer Care Associationのことである。
 私は夫に付き添って診察室へ入った。英和と和英辞典を膝におきノートとペンを持って待機していると、医師が入ってきた。五十過ぎのいかにも経験豊富な辣腕医師という感じだ。「ハーイ」といって、医師は夫と私に握手をした。癌化学療法医のG医師は椅子に腰掛けるとファイルを開き、
「シリアス・ブロブレム」
 といって、一瞬、間をおいた。そして、図を描きながら説明をはじめた。
「食道上部七センチと肺に五センチ大の癌があります。癌因子がそれぞれ違うので転移ではありません。非常に珍しいケースで我々も驚いています。考えられることは、副腎にできた癌が作用しているのではないかと思われます」
 夫は、なんのまえぶれもなく「癌告知」を受けてしまった。あまりにもあっさりした告知だったので、ピンとこなかった。が、しだいに「ああ、癌だったんだ。食べ物が喉を通らなかったのも癌のせいだったのだ」と、しだいに医師の言葉が身体のなかにしみこんでくるようだった。しかし、英語で告げられると半分の重みしかない。ともかく大変な事態なったのだと思い、私は全神経を耳にして聞き入った。
「各専門医が集まって協議した結果、三週間に一度の化学療法( キモララピー) を三回した後にレントゲンを撮り癌の縮み具合を診て、つぎの療法を検討します」
 G医師は明確な方針を伝えると「質問はありませんか」と聞いた。
「手術はしないのですか」
 と、夫が尋ねた。
「食道上部はセンシティブな部分なので手術はしません」
「テレビのドキュメンタリー番組でP遺伝子を使って癌に犯された細胞の中の遺伝子を修復する遺伝子療法があるといっていましてたけれど、それはダメでしょうか」
「遺伝子治療はまだ実験の段階で一般的な治療方法ではありません」
「肺の癌は……」と、夫がいいかけると「食道の癌を叩くのが先です」と、G医師は夫の口をふさぐにきっぱりした声でいった。
「では、……かすれた声は元に戻るのでしょうか」
 G医師は首をふり「ノー」といった。
「では、……では、私はあと……」
 そう尋ねる夫の声が心なしか震えていた。
「治療をせずに放置したならば」と、G医師は走らせていたペンを止め、伏目がちに、
「三ヶ月以内、もしくは六ヶ月、よくもって1年」
 明日から化学療法を始めるというG医師の言葉を聞いて、私と夫は診察室を出た。
 私が車を運転するというのに「いや、オレがする」と、夫は譲らなかった。病人扱いをしなでくれという意思表示なのかもしれない。私は黙って助手席に座った。
 今まで何気なく見ていた病院が急に身近にせまり、生死をさまよう患者たちの息遣いが聞える巨大な生き物のように感じられた。夫が癌になるとは、よりによって夫が癌に、なぜ、私の頭のなかは堂々めぐりの答えのない問いが渦巻いていた。街路樹のユーカリが風にゆれている。見慣れている風景なのに、風にそよぐ一枝一枝が活き活きとしてこれまでとは違って映った。
「よくもって1年」という医師の言葉が頭のなかを行ったり来たりする。にわかには信じられない。これから、どんな生活がはじまるのだろう。不安だった。
 夫と私は、無言のまま家路についたのである。
                               つづく

 

 

 

編集後記

日本シリーズの初戦、いやな予感が的中し、まだ勢いのあるロッテが長いことゲームをしていない阪神に快勝する結果となってしまいました。さあどちらが優勝するか楽しみにしたいと思います。
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Zakkaya Weekly No.493

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com