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No.491          Ryo Onishi               10/9/2005   

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雑貨屋のひとり言

二週間前から憂鬱な日が続いていましたが、ようやく昨日(土曜日)から好転しました。それというのも二週間前、ワイフが緊急入院したからです。急性出血性胃かいようでした。9月22日の夜、容体が悪いので近くの病院に連れて行ったら、即、入院でした。内視鏡手術そして輸血が必要なので救急車で別の病院に移動。ワイフも私も(息子も)初めての経験?をしました。っで、二週間もの入院生活を余儀なくされました。最近新聞でも有名になったピロリ菌が原因でした。当初パニック状態だった大西家も、徐々に冷静になり、おかげさまでワイフも回復して、昨日、退院でき家に帰ってきました。家族一同、たいへん喜んでいます。日頃から何かおかしいと思ったら医者に相談することが大事だと痛感した次第です。もちろん、いいお医者さんに。(R.O.)

従 属 人 口 ?

 今年7月に日本の厚生労働省が発表した2004年簡易生命表によると、日本人の平均寿命は男性78・64歳、女性85・59歳となり、男女とも5年連続で過去最高を更新しました。男性はアイスランド(78・8歳)に次いで2位、女性はなんと20年連続で世界一だったことになります。

医療技術の著しい進歩や衛生環境の改善などが新生児や幼児の死亡率を低くし、また年長者の病気予防、治療に貢献したことがこのような結果をもたらしたわけで、これも日本が世界に誇れる快挙のひとつといえましょう。

とはいえ、私たち日本人をとりまく生活・社会環境には肥満、偏食、有害加工食品の蔓延、ストレス過多など、生命維持にとってのマイナス要因も多くあり、本当に我々日本人が世界1,2位の長寿国なのか疑問を感じざるを得ない側面もあります。

平均寿命とは、その年に生まれた人が将来何歳まで生きることができるかを示す指標といわれています。平均寿命の算出上、新生児や幼児の死亡率が高い場合、全体の平均寿命の数値に大きく影響することが容易に想像できます。日本の場合生後1年以内に死亡する乳幼児は1,000人に対し3人といわれ、世界的にみればたいへん低い数字ですが、他の年齢層に比べかなり高いはずで、日本人の平均寿命の伸びに日本の少子化が多少は貢献しているとも考えられそうです。

日本の「敬老の日」を機に厚生労働省から発表された数字によれば、90歳以上の日本人は百万人を上回り、65歳以上は全人口のほゞ20%(約2,500万人)に達したそうです。

ところで、インターネットで人口統計などを検索してみると「従属人口」なる言葉がやたらと目につきます。一般に人口統計では15〜64歳を「生産年齢人口」と呼び、それ以外の「年少人口(0〜14歳)」、「老年人口(65歳以上)」をまとめて「従属人口」と呼んでいるようです。

日本の国語辞典では、「従属=支配を受けて、その下につきしたがうこと。反対語:自立(三省堂国語辞典第二版)」と書いてありました。
日本では65歳以上は自立も出来ない従属者扱いなのです。65歳以上の人間に対し失礼極まりない表現ではないでしょうか。私も「従属人口」の一人として大いに違和感を覚えます。

人生50年といわれ、初老が40歳の異称であった時代ならともかく、今の時代にそぐわない「従属人口」呼ばわりはぜひやめていただき、年齢に関係なく年長者にももっと活用の機会を与えるべきではないでしょうか。

「団塊の世代」の大定年時代を二年後に控え、65歳以上の年齢層の活用をどうするかは日本国の将来の死活にかかわる問題でしょう。
                                             河合将介( skawai@earthlink.net

さくらの独り言「 おててつないで」

覚えているだろうか、日本人なら誰しも幼い頃歌っただろうこの歌、『おててつないで 野道をゆけば みんなかわいい小鳥になって 唄をうたえば 靴が鳴る 晴れたみ空に 靴が鳴る 』(『靴が鳴る』:作詞者 清水かつら、作曲者 弘田龍太郎)。25年ぶりに上京した母と過ごせたこの3週間を振り返ると、この『手をつなぐ』ことの大切さ、手と手を重ねることによって生まれる人の安らぎ、または創出される活動のエネルギーの実際を知らされた。幼い頃の遊びや唄には、人生で最も重要なことが秘められているのかもしれない。

75歳の母が公共の場を歩く時、誰かに手を引いてもらいたがる。母の孫や弟妹はそんな母の手を優しく引いてくれるが、娘である私の姉や私は、なるべく手を引かない。きっと、冷たい娘たちだと思われているに違いない。でもそれは、友人でベテラン看護師のアドバイス、「病気でない限り、なるべく手を貸さないように」があったから。今でも、これは正しいと私は思っている。しかし、母を九州へ送り届けて帰京した今、もっと手をつなげばよかったと、大きな反省が胸を締め付ける。幼い頃を想起すると、幼稚園や小学校の行事だった運動会や遠足またはお遊戯会以外、一切「手をつなぐ」という経験がなかった自分を、この年齢になって不思議に思う。また、手をつないだり腕を組んだりした両親の姿を見た記憶が、一度もないというのもまた不思議。人前で男女が『手をつなぐ』ということは“はしたない”ことであり、また女性同士が『手をつなぐ』ことは、“自律性に欠ける”証拠だと思い込んでいた。事実、米国滞在時代も、結婚式以外、腕を組んだり手をつないだりはしなかった。そんな私の偏見と過去の経験とは裏腹に、人間の手(のひら)に興味を抱き、ちょっとだけ自己変革を試みようと思い始めた今日だ。

東洋医学の世界における「足」のつぼとは、よく耳にする。身体や内臓の老化を防ぐために指摘される「足」の強さ、一方、脳活動や細胞の老化、つまりぼけ防止に指摘されるのが「手」の使用。また「手(のひら)」は、「足」の裏の様な医学界というよりはむしろ、癒しや占いといった、神秘的なパワーの世界のイメージが強い。イカサマ超能力は別にしても、人間の手のひらから発生するイオンは、美容や健康に効果があると聞くが、本当だと思う。現に自分が手術や怪我をした時に、姉や叔母が手を置いてくれるだけで傷みや不安が癒された体験がある。“手当て”とはまさに言い得て妙。「手」のひらには、手相という人生の相があるというように、人の想がなんらかの形に現れるメカニズムが潜んでいるのかもしれない。75歳の母が東京滞在中、母の妹である私の叔母や私の友人たちが、母の手をしっかりと握って引いてくれた。そのぬくもりや想いが、25年ぶりの母の上京を何よりも素晴らしいものにしてくれた。

さて、約3週間の滞在を終え、佃の我が家を後にした母が、私の家を出かける直前、突然正座した。「色々お世話になりました、ありがとう。仕事が忙しい中に、心配も迷惑もかけたけど、本当に来てよかった。ありがとうございました。」と、はらはらと泣きながら三つ指をついた母のご挨拶。我が家のしきたり、「親しき中にも礼儀あり」の儀式である。「さあさあ、手をあげて」と、東京で初めて母の手をとった自分は照れもあって、涙を隠すのがやっとだった。福岡へ送って行った飛行機の中で、母の靴を脱がせてスリッパを履かせ、母の足の裏を持つ。健康のためにこの足が強いようにと祈りながら。そして、福岡空港について初めて、母の手をつなぎ、引いた。母の想いが私の中にずっとあるように、そして私の想いが母の中の力となるようにと、祈りながら。手をつなぐって、世界が本当に平和になるのかもしれない・・・っと、呟くさくらの独り言。

川柳 & コント(東京・成近)


( 川 柳 )

さりげないジョークに微毒含ませる

焦点を絞ると馬鹿な意地と意地

消去法とうとう誰もいなくなり

勝ち組のルールに媚びている尻尾

追従の笑い見事に裏返す

( ニュースやぶにらみ )

「大坂高裁、靖国参拝に違憲判決」
人生いろいろ、裁判もいろいろ −小泉首相

「優勝セール」
買わせて貰います −村上ファンド

「IAEAにノーベル平和賞」
ああそうですか −核兵器

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

夫と私 連載
          そもそものはじまり( 1 )

 突然、夫がハスキー・ボイスになった。
 先般、肺がんのために亡くなったABCの看板キャスター『ピーター・ジェニングズ氏』が元気で朝のテレビ番組「グッド・モーニング・アメリカ」をやっていたときだ。私と夫はテレビを見ながら朝食をとっていた。私はリンゴを切り「あなたにはちょっと無理かもねぇ」というと「いや、大丈夫だ」といった。が、案の定、口に入れたけれども飲み下せないらしく、いつまでも口のなかでもぐもぐやっていた。
「飲み込むか、吐き出すかしたら?」
 というと、夫は洗面所へ駈けこんでいった。
「おかしい。どこか、おかしい」
 と、いいながら戻ってきた夫の声がかすれ、調子の狂った楽器のようになっていた。

 はじめは胸やけだった。
 夫は胃潰瘍かもしれないと胃の内視鏡検査をしたが異常はなし。とりあえず様子をみることになったが、秋を過ぎお正月がきても良くなるどころか酷くなる一方であった。おまけに黒い便が出た。夫は再度胃カメラを飲んで検査し、血液検査と胃のバイオブシーをしたがどこにも悪いところは見つからず正常なのである。ところが、しばらく経って食べ物が喉につまるといいはじめた。
「気分的なものじゃあないの?」
 あなたは人一倍神経質なタチだからは、私の胸のなかに収めて、夫が痛がっている胸や背中にサロンパスを貼りまわった。
 夫は心配になったらしく大阪大学医学部付属病院で医者をしている友人に、症状を問い合わせると、こんなEメールが送られてきた。
「原因は腫瘍か炎症によるもので、日本に帰って精密検査を受けたらどうか。食道疾患はアメリカ人よりも日本人の方が多く治療の経験もこっちが豊かだと思う。参考のために、酒が遺伝的に弱い人が毎日飲酒をしていると食道癌にかかる確率が高いという研究発表も出ている」
 結婚した当初、夫はコップ一杯のビールさえもてあましていた。洋酒の味を覚えたのは三十五歳。三日に一本の割りでロイヤル・サルートを空けるまでになった。五十前から血糖値とコレストロールが高くなり肥りすぎを医者に注意されたので、酒とタバコはビタリとやめた。歩くのが一番とすすめられ、朝夕四十五分の散歩をはじめて十年になる。
 もしや……。
 夫は行きつけの消化器専門のS医師に詰め寄った。
「食道癌ではありませんか。内部ではなく食道の外側にできた腫瘍が神経を圧迫して痛みを感じるのではないでしょうか」
 S医師はレントゲン検査をするように手配してくれた。その結果、やはり異常はない。私たちは「やったー! 万歳 !」と叫び、前年から計画していた三泊四日のハワイ旅行を決行することにして航空券を買い、ホテルの予約もした。ところが出発の一週間前になって、すなわち三月三日の朝、ピーター・ジェニングズ氏のテレビ番組「グッド・モーニング・アメリカ」を見ているとき、急に夫の声がハスキー・ボイスなーになったのである。
                               つづく

 

 

 

編集後記

先週、久々にクルマにガソリンを入れたら、えらく高くなっていて驚きました。アメリカではガソリンの価格が1ガロン3ドル以上で、私たちがいたときに比べ倍以上になっているようですね。クルマ社会のアメリカではけっこう負担になっているのではないでしょうか? 
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Zakkaya Weekly No.491

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              tenshu@zakkayanews.com