weekly
 

No.464          Ryo Onishi               4/3/2005   

 weekly

 

河合さんの さくらの独り言 川柳 & コント 森田さんから ホームページ
成岡流お酒 雑貨屋のひとり言 LA観光スポット 編集後記 バックナンバー
 .
雑貨屋のひとり言

ようやく春らしくなってきました。ワイフと二人で大阪、天保山にある「海遊館」に行ってきました。海遊館は高いビルディングなので、中はどのような構造になっているのか興味深かったのですが、入館するとまず長いエスカレーターで8階まであがり、そこから、海中散歩をしながら、降りてくるシステムになっていました。環太平洋火山帯に生息する動物や魚を観ることができました。こちらのほうが見られているのではないかと思うような場面もありました。春休みでたくさん来ている子供たちといっしょになって童心に帰り、楽しい時間を過ごすことができました。最後に観た「流氷の天使」と呼ばれる“クリオネ”はとても小さくてかわいらしい生き物でした。あれは巻き貝の仲間だったんですね。(R.O.)

あまり 知られていないL.A. 観光スポット(181)

デスバレーは百年に一度の花盛り(2005年)

デスバレーは、カリフォルニア州南東部(一部ネバダ州)にある国立公園です。南北150km、東西70kmにわたり高山で囲まれた広大な地域(長野県とほぼ同じ広さ)でその中心部は塩のドライ・レイク(一部に濃い塩水が残っている)です。
現地のビジター・センター内のミュージアム資料によると、夏季の7,8月では120度F(49℃)くらいが普通で過去の最高気温は1913年7月に134度F(57℃)を記録したことがあるそうです。日陰も生水も殆どない過酷な大地であり、当時はまさに死の谷であったことは容易に理解できます。現在でも夏の間は暑さ(熱さ?)のため現地のホテルは閉鎖されるようです。
最高地点は海抜三千メートルを超え、最低地点は海抜マイナス86メートルであり、かつて西部へ向ったフロンティアたちの一部がこの地に迷い込み、死者まで出しながら最後に脱出に成功した時、グループの一人が思わず "Goodbye Death Valley"(さよなら、死の谷よ)とつぶやいたのでこの名が付いたと言われています。
そんな「死の谷」でも春には花が咲きます。特に今年(2005年)は各種草花の開花の条件がそろい、ローカルTVのニュースによると「百年に一度」の花盛りとのことで、私たち夫婦は早速3月29日に車で現地取材に行ってきました。
午前3時に自宅を発ったので午前7時には公園入口に着きました。3月下旬の朝早いデスバレーは快晴でしたが肌寒くジャンバーが必要でした。日が昇るにつけ気温が上昇し昼間はシャツ一枚で充分の暖かさで、湿度の少ないさらっとした空気が最高でした。
さて、花の状況ですが、塩の堆積で真っ白い広大なドライ・レイクと山並みの間の広がる原野はまさに見渡す限りの花畑で、さすが「百年に一度」の価値がある光景でした。
【注】:今年は本当に「百年に一度」なのかどうか私には確信はありませんが、現地のビジター・センターの案内人も「Fifty years or hundred years に一度の・・」と説明していましたので、少なくとも今年が滅多にないまれな年であることは確かのようです。

低地で目につく花の殆どは“Desert Gold”という名の黄色い花々です。小さく可憐な花ですが“Sunflower”の一種で、太陽に向って荒野一面に咲き誇っていました。
“Desert Gold”以外にも数多くの花を見られます。例えば“Rock daisy”“Gravel ghost”
“Desert five-spot”“Brown-eye evening primrose”“Wetleaf spiderling”“Creosote bush” “Panamint Daisy”などです。特に“Panamint Daisy”と呼ばれる花はこの地域のみに見られる希少種と言われています。これらの花々についてはビジター・センターの案内人が日に何度もセンター庭で実際の花の前で説明をしてくれます。
ビジター・センター資料によると花の見頃は2月−4月中旬(低地)、4月初旬−5月初旬(海抜2千−5千フィート)、4月下旬−6月初旬(5千フィート以上)とのことです。
百年に一度(または50年に一度?)のチャンスです。ぜひ皆さんもデスバレーへお出かけください。
【注意事項】:1、水、食料など充分持参する。
2、気温、気象条件の変化や直射日光に備え、防寒・防風のための用意をしておくよう留意する。
3、万一に備え、途中フリー・ウエイを降りたところでガソリンは満タンにしておくこと。
4、スペ アタイヤの確認ほか車の事前点検を充分にしておくこと。

ビジター・センター / ミュージアム
●所 在 地 : Furnace Creek, Death Valley, CA
●オープン日 : 通  年
●時   間 : 8:00AM 〜 5:00PM
●入 場 料 : 無 料
●電   話 : (760) 786- 3200 / (760) 786- 2331 
●Web Site : http://www.nps.gov/deva
行き方は次の通り(Torrance方面よりの場合)
(1)FWY#91(東)→ FWY#15(北、ラスベガス方面)へ。
(2)出発地Torranceより約200マイルのBakerでFWY#15を降り、ハイウエイ#127へ入り北へ。
(3)ハイウエイ#127を約60マイル北上し、ハイウエイ#178を左折(西へ)。
(4)約3マイル進むとデスバレー入口の標識がある。
(5)Furnace Creek のビジター・センター / ミュージアムはこの入口より約70マイル先にある。(途中、バッド・ウオーター、デビルス・ゴルフコースなどの見所あり)
(6)Furnace Creekまでの行程 ;(Torrance方面からの場合)約330マイル、ドライブ約5時間。
【注】1、上記(3)の「#127を約60マイル北上し、ハイウエイ#178を左折」でなく、#127から#190へ入った方がFurnace Creek(ビジター・センターやホテルなどがある中心地)へは近いが現在#190は工事中のため通行不可。
   2、上記のほか、デスバレーへはFWY#15 → ビクタービルからFWY#395経由での行き方もあります。

                                                               河合将介( skawai@earthlink.net

さくらの独り言はたち・・・追い風、迎え風」

今日(2005年4月3日)は、私の誕生日。満45歳になった。人生80年と言われる現代、45歳は4×5=20、やっと成人式を迎えたばかりというところ。今年は例年より約1週間遅いと伝えられていた桜の開花、我が家の周りに立ち並ぶ桜も、いよいよほころび始めた。隅田川から吹く強風に枝を大きく揺らしながらも、燐としている。見事だ。風に向かうというよりは、風に乗る姿だなと思う。それは追い風でも迎え風であろうと。ふと、考えた。これって、ゴルフや仕事でも同じだよな・・・っと。

ティ・グランドに立って、追い風の時は肩の力が抜け、比較的ラクにスイング出来る。反対に迎え風の時は体が硬くなり、早打ち、力み打ちになってミスを招く。この状況は私だけではないらしい。去る日、一緒にプレーさせてもらった上級者に訊いたところ、「ミスの大小こそあれ、同じですよ。頭ではリラックスを唱えながら、この風に負けず、遠くへ飛ばそう、と、体が勝手に迎え風に立ち向かおうとする。そこに余分な力が加わり、リズムを崩すんです。アゲインストの時こそ、力を抜いたゆったりスイングが必要なんですが、体(本能)が頭(指令)に逆らう、実に厄介な現象です」とのこと。だから“不思議なこと”ということになる。また仕事上の『追い風、迎え風』は、客観的・社会的情勢に拠る場合と、個々の事由に拠るものとがある。いずれの場合でも、波に乗っている時(追い風の時)は、特別の指令が下されなくても組織は順調に機能し、クライアント・コミュニケーションズも、成果物達成へのプロセスも、さほどの波乱もなく展開することが多い。反対に風に乗れない時(迎え風の時)は、平常時には考えられない小さな判断ミス、行動ミスが、思わぬ『迎え風』を招いてしまうことになりかねない。つまり、“風に乗れない時”を個々がつくりだしてしまうのだ。そんな時、往々にして議論のための議論、言い訳と責任転嫁、“ならば、どうする?”の解決策、進展策が見出せないまま、無意味な時を費やす。そして、組織の機能は停滞し、職場の人間関係までがギクシャクしてくる。私は、こういう現象を“業務的エントロピー”と呼んでいる。

ところで“エントロピー”とは、社会学において「倦怠・惰性・反道徳・反社会行動・破壊活動など、生産に繋がらないで無駄に失われていくエネルギーの量」をいう。仕事の場合、この“エントロピー現象”をいかに防ぐかが、重要なコーポレート・セキュリティに繋がる。そして、そこに働く人々は、時として大局(組織)よりも自己感情を優先する。若いスタッフたちの“エントロピー現象”をいち早く見つけ、個々が生み出した『迎え風』を『追い風』に転換させていかなければならない立場にある私だが、『言うは易く行い難し』である。せめて私自身が『迎え風』を招かないように、また、不測の『迎え風』を生じた時、いかに力まず、平静に対処するかを心がるようにと努める昨今である。

さて、ゴルフの『追い風、迎え風』は、自分の意思、事由に関係なく吹きまくる。ホール、ホールで風の向きも異なる。その都度、ティ・グランドでは「無」、つまり心を静めて力を抜くことに努力をし、フェアウエイでは、距離計算と番手選びに苦労する。風の向きや強弱が分からない時には、前述の上級者の言葉通り「雲の流れを見、小枝の動きを観る」。本当のところゴルフ初心者の私には、人並みに“風の読み”なんて、まだまだ出来ない。出来ないから番手選びを間違え、大失敗をする。そして、言い訳を考える。「こんなに風が強いとは思わなかった」、「いい当たりをしたのに、『追い風』のせいでグリーンをオーバーした」等、“たら・れば言い訳ゴルフ”のアマプロに退化してしまう。しかし、仕事や人生には、そんな言い訳なんて通用しない。どんな風にも乗れる自分への鍛錬が、何においても成熟というもの。それも、下手な自分のゴルフを振り返りながら思うもの。ゴルフも人生も、やっと「はたち」を迎えた45歳の私。本当の「風」の怖さと優しさを知るのはこれからだ・・・っと呟く、さくらの独り言。
kukimi@ff.iij4u.or.jp

川柳 & コント(東京・成近)


( 川 柳 )

園児バス送りパートの顔になる

箪笥どう移してみてもウサギ小屋

空気とはいかぬ夫婦で皿が飛び

暗唱番号唱え預金が減るばかり

死ぬまで一緒 妻とローンと水虫と

( ニュースやぶにらみ )

「弁当持ち込み可」
小泉さんを首相より地球博会長にしたい −入場者


「ニッポン放送並み」
首相・過半数を。郵政族・骨抜きに −郵政民営化法案

「別居」
演歌、艶歌そして怨歌 −森進一、昌子

河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

森田さんから

カメラ( 1 ) 
 
  出かけようとしたらカメラがない。たしか夕べ、手首にぶらさげて駐車場から部屋まで戻ってきたのを身体が覚えている。だが、スーツ・ケースをひっくり返し、ベッドの下やクローゼット、カーテンで隠れている窓枠の桟まで見たが、どこにもない。ひょっとして車の中かと思い駐車場へすっとんで行ったがカメラはなかった。
 私は、昨日からの行動をふりかえってみた。
 イギリスのヒースロー空港へ朝の九時に到着した。それから私と夫はレンタカーをしてロンドンの西北部のコッツウォール地方を目指した。そこには今回の旅の目的地、イギリスで一番美しい村といわれているバイブリー村があるからである。『羊小屋のある丘』という意味のこの地方は、中世から羊毛の産地として栄えていたが十九世紀に入って石炭が採掘され産業革命がおき、羊毛産業が衰退。それ以後、近代化から取り残された。今では、走っても走ってもゆるやかな丘陵がつながる草原で羊や牛が草を食む放牧風景が広がる。丘のつらなりに見え隠れする切妻屋根の村落。建物は地元で採れたハチミツ色の石灰岩の石を使っている。おとぎの国にきたようだった。
 天気もいい。空気も澄んでいる。
 走っているとガイドブックに載っている有名なホテル「バイブリー・コート」の標識が目に入った。かって領主の館マナーハウスである。長いアプローチーから車を乗り入れると、建物の正面に出た。切妻屋根のチューダー朝建築三階建ての壁には蔦がからまり、古さを物語っている。正面広場の車寄せから広々とした芝生が向こうの丘まで続き、数頭の牛が草を食んでいた。敷地内を流れる川には、うっそうとした樹木が川面にたれ小鳥がさえずりマスが泳ぎ、ゆらりと白鳥が行きすぎる。すてきなところだと本で読んでいたが、来てみると想像していたより何十倍もいい。気に入った。
 宿泊料を尋ねると一泊米ドルで八十ドルと、意外に安い。部屋を見せてもらう。エレベーターはなく、階段の踊り場や廊下には骨董品の家具が置かれ、バスルームの洗面台と浴槽は年代物である。旅の思い出に一泊することにした。スーツケースをよっこらしょと三階の部屋へ運ぶと、私たちはそれぞれのカメラを持って外へ出た。
 牧草地の小路を散策していると、釣竿をかついだ老夫婦に出会った。
「ハロー」
 目が合うとにっこりして、お互いに挨拶をした。
「どこからいらしたの?」
 老婦人がたずねた。
「ロサンゼルスから、今朝着きました。あなたたちは?」
「スコットランドから、一週間の予定で毎年ここにきて釣を楽しんでいます。向こうの森のなかに清らかな川があり、マスがたくさんいました」
「釣った魚はどうしたのですか」
 手ぶらの老夫婦を見て私がたずねた。
「釣っては放し、釣っては放す。つまり釣ることを楽しむのです」
 立ち話をした後、記念に写真をとり「では、よい旅を」などといって別れた。
 牧草地の小路をさらに進むと、村に出た。写真で見覚えのあるアーリントン・ロウと呼ばれている十七世紀の織物職人の家屋が昔のままの姿をとどめる。何一つ近代化されたものはない村の景観は、ほっとした安らぎを与えてくれた。
 草花や鳥などの自然をモチーフにしたデザイナー『ウィリアム・モリス』が深く変わった村などを見てまわり写真を何枚も撮った。
 あの時点では、たしかにカメラはあったのである。                                           つづく
  森田のりえ  noriem@JoiMail.com

 

 


編集後記

昨年から話題の多いプロ野球が始まり、スポーツニュースはますますにぎやかになってきました。おもしろいゲームを見せてもらいたいものです。
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.464

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              tenshu@zakkayanews.com