連載 こんな身体で温泉旅行(
6 )
とにかく寒かった。冷泉のような『インディアン・スプリング・リゾート』の温泉プールに浸かっていると家族連れが入ってきた。父親らしい人が、ぬるま湯の流れ落ちてくる場所にへばりついている私たちに近づいてきた。
ここの温泉には熱い湯は出ないのだろうかと夫が聞くと、出る、という。フロントへ行って、どうのこうのというのだが、聞き取りにくい英語だ。「アウトサイド・プール」という単語が聞き取れた。屋外にきっと熱い湯のプールがあるに違いないと思った私たちは、水着のまま走った。階段を駆け上がり、廊下の戻り突き当たりのドアに体当たりして外へ出た。雪が降っている。見ると、六メートルほど板が敷いてあり、その先に真新しい板囲いがあった。
「あれだ !」
夫は駆け出した。
「ちがう、物置だ ! 」
ロビイへ行き、フロント横の階段を駆け下りた。部屋ばかりで、プールはない。またロビイへ駈け上がった。そして、私はフロントの金髪嬢に尋ねた。
「熱い湯はどこですか」
「ああ、グロッタ温泉ね。でも、あそこはプライベートなのよ」
「私たち、入れないの?」
寒いで歯がかみ合わず、うまくしゃべれない。
「一時間、一人十五ドルかかるのよ」
「かまいません。お願いします」
「でも、空いているかしら、ちょっと調べてみるわ」
震えている私たちには頓着せず、金髪嬢は、コンピューターのキーを叩いた。
「一つだけ空いていたわ。ユー・ラッキー ! 」
十五ドルでもいいのね、と金髪嬢は念を押した。
鍵を受け取ると、私と夫は、そこらをうろちょろしている人をけっとばすようにして階下の個室グロッタ温泉に飛び込んだ。
更衣室から、茶室のにじり口のような小さな入り口から入る。二メートル四方くらいの広さで、手を伸ばせば天井に手が届く。全体を泥土でみたいなもので塗り固めた穴倉温泉であった。
いい湯だった。蘇生する思いがした。
しかし、天井から大粒のしずくがしたたり落ちてくる。そして、五分も発たないうちにふたりとものぼせ上がってしまったのである。
夕方から横殴りの雪になった。
テレビのスイッチを入れると「北西部から寒気が流れ込んで、明日は十八年ぶりの大雪になるだろう」と、雪のため交通渋滞になっているデンバー市内から女性のニュースキャスターが現地中継をしていた。
「えっ、大雪 ! 」
( 私たちどうなるの? だから、こんな時期にドライブ旅行をするなんて気がすすまなかったのよ。帰ろう,帰ろうとあれほどいったのに…… )
危うく出そうになった言葉を私は慌てて呑みこんだ。いまさら愚痴をいっても後の祭だ。それにしても、どうして自分の意見を主張しなかったのだろう。適当に妥協してしまうのは私の悪い癖だ。ああ、どうしょう。
そうだ、夫がいけないのだ。
妻のいうことに耳を貸さない。悪いのは夫だ。いまさら、夫を責めてもしようがないと思いつつも、腹が立ってしかたがない。タイヤが滑ったら、一巻の終わりである。
ロッキー山脈を越えたときの道路を思い出し、私は絶望感に襲われた。 つづく
森田のりえ noriem@JoiMail.com
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