「信州の山奥は奥が深い。どこまで行っても律義な信州人の跡が存在し、それがまた、大自然と調和して人の心に懐かしく映る」・・・第100回芥川賞受賞作家・南木佳士が、彼の小説『阿弥陀堂だより』の中でそう述べている。その原作同名の映画『阿弥陀堂だより』が2002年に発表された。東京暮らしに疲れ、心の病に陥った妻(樋口可南子)を連れて夫(寺尾 聡)は彼の故郷・奥信州へ戻る。村人たちとの心の交流を通して人間とは何かを問う名作だ。1年間かけて四季の彩りと人々の暮らしを丹念に記録した映像は、まさに芸術そのものである。「自然劇場・癒しと感動の旅」その2は、ここ「阿弥陀堂」から、始まりはじまりぃ〜。
樹齢数百年を数える古杉の山を背に、撮影のために建てられた「阿弥陀堂」はそのまま保存され、新たな聖域として周辺の村人たちの信仰を集めている。そういえば、木島平の人々は信心深い。人口5,700人の村になんと16ものお寺がある。その中のひとつ、「稲泉寺」を訪ねた。この寺は別名「蓮寺」と呼ばれる。約1,800坪の蓮池が寺の四方を取り囲み、見事な大賀蓮を咲かせていた。大賀蓮とは古代蓮だという。『昭和26年、千葉県・東大検見川農場内にある弥生時代の遺跡発掘の際、発見された穂を発芽、育成させたもの』、と解説書に記されている。それにしてもここの蓮、“神秘の美”そのものである。阿弥陀堂の余韻を受けてか、蓮の花一輪に浄土(仏の住む清らかな世界)を見る思いだった。
初日、高社山の下りリフトから見下ろした時も、翌日、阿弥陀堂から眺めた時も気になっていたのが村の中央部にあるこんもりとした小さな森。私は「あれは古墳じゃないかしら」と傍にいた友人たちに呟いたが、はたしてその森は、正真正銘の“根塚古墳”であった。平成8年、56cmと74cmの弥生時代末期の鉄剣2振りが出土した。この時代のものとしては日本最大長という。これだけの長剣を持ち得る人物は相当に高位の人物であり、この地に一大政治集団が存在したことが覗える。また、「これらの鉄剣は朝鮮半島南部・伽那地方のそれと酷似しており、だとすれば、その昔、木島平と朝鮮・伽那は、日本海ルートを通じて交流があったのでは、と推測できる」とは、案内をして頂いた『ホテル・パノラマランド木島平』滝沢社長の弁。ともあれ、古代ロマンを彷彿させるひと時であった。
さてこの旅の締めくくりは、小学校唱歌『朧月夜』(作詩・高野辰之、作曲・岡野貞一)が生まれた地としても有名な「菜の花公園」である。この時期(7月)、菜の花は咲き終えていたが、歌碑のある丘に立ち、眼下の千曲川を挟んで広がる田園風景、霞みがかった奥信州の山々を眺めていると、自然と高野辰之の世界へ引き込まれる。
♪ 菜の花畠に入り日薄れ 見渡す山の端 霞深し・・・
・・・蛙の鳴く音も 鐘の音も さながら霞める 朧月夜 ♪
期せずして始まった私たち3人のコーラスが静かな丘に響き渡った。それは流れる川の如く、そよ吹く風の如く、移り変わる時を超えて澄み渡る空に融合する様に。大自然あり、歴史的ロマンあり、人情あり・・・派手ではない、むしろ素朴で落ち着いた風土が、かえって私たち旅人の心を捉えた。絶えることのない湧き水・龍興寺の清水、徳川家ゆかりの天然寺、鬼島太鼓発祥の地・照明寺、内山和紙、馬曲温泉、ケヤキの森公園など、紹介したい訪問先は沢山あるが、紙面の都合上、割愛しなければならないことが惜しい。それほどに私を魅了して止まない『自然劇場・癒しと感動の旅』だった。「心の豊かさを乗せた爽やかな風がそっと吹き抜ける村・木島平、きっとまたいつか・・・」っと、呟くさくらの独り言。 |