Zakkaya Weekly No.379
Ryo Onishi                                      8/17/2003

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◆長いようで短い夏休みが終りました。雨の多い、涼しい、あまり夏らしくない一週間でしたね。夜はまるで秋のようです。休みが終った途端、蒸し暑い夏に戻るんでしょうか?
◆ニューヨークやトロントの大停電は電気に頼り切っている我々への警告でしょうか。
私が北米にいた頃に時々、停電を経験しましたが、最近、日本では停電を体験しません。もし日本の大都会で停電したら・・・・R.O.)

あまり 知られていないL.A. 観光スポット(160)

サンディエゴのバルボア・パークシリーズ最後として、今回は植物園その他のご紹介です。

Botanical Building
木造レース(lath)構造(木舞い構造:隙間のある木造)による世界最大級の建物の中に広がる植物園です。これも1915年に建造されました。

建物は木造の隙間のあるレース構造ですので、南の強い陽光は一部がさえぎられ、やわらかい光となって中まで届くようになっています。

建物の中はうっそうと茂った熱帯植物や、ホウセンカ、ソテツ、サボテン、アジサイ、ラン、ツバキ、アマリリス、白百合、アンスリウムなどの四季折々の草花、および木生シダなど2,100を越える植物で溢れています。

また小さな滝その他のランドスケープもあり、その中を散策するだけで、シャングリラの世界に浸る思いです。浮世の憂さも時間の経過も忘れさせてくれます。

オープン日:金曜日−水曜日(木曜日は休み)
時 間:10:00am− 4:00pm
入場料:無 料
電 話:(619) 235- 1100
その他
バルボア・パーク内にはこれまでご紹介した動物園、ミュージアム、サイエンス・センター、庭園の他にも、パイプオルガン・コンサート会場、(世界最大の屋外パイプオルガンによるコンサート、毎日曜日、午後2時−3時)、シアター、スパニッシュ・ビレッジ等の文化・芸術施設やバラ園、サボテン園など見どころが沢山あります。

これらはパーク内のビジター・センター(電話:619- 239 0512、またはウエブ・サイト:www.balboapark.org )でご確認下さい。

行き方は次の通り(Torrance方面よりの場合)
(1)FWY#405(南)→ Orange County, Irvineで FWY#405 は FWY# 5と合流、FWY# 5 となる。
(2)FWY# 5 になってからさらに南下、San Diego市へ入り、San Diego空港を通過してすぐFWY# 163(北)へ入る。
(3)FWY# 163(北)へ入ってすぐのBalboa Park / Quince Dr.出口でFWYを降りる。
(4)FWYを降りたらBalboa Dr.を左折(南へ)し、すぐの El Pradoを再び左折(東へ)すると正面に Balboa Park 入り口ゲートが見える。 
(5)ここまでの行程 ;(Torrance方面からの場合)約130マイル、ドライブ約2時間。

河合将介(skawai@earthlink.netbut_up.gif (232 バイト)

 

さくらの独り言にいちゃん

残されたキョウダイ3人が集まり、逝ってしまった実兄「純(すみ)ちゃん」の住まいを片付け、帰京した。夏の帰省ピークを迎えた羽田は、人の波でごった返していた。荷物も迎え人もない私は、人ごみの合間を滑り抜ける様に、すばやくモノレールに乗った。モノレールが地下羽田空港駅から地上に出て雨の東京が眼に入った瞬間、つい「にいちゃん」と口に出た。その途端、どっと涙が溢れ出た。強く張詰めた糸が、雫に霞んだ街の灯火に揺すられ、緩んでしまった。「寂しいんだなぁ、やっぱり」と、独りそっと呟いた。


姉も私も、長兄「純ちゃん」のことを「兄ちゃん」と呼んでいた。夫々が成人して、周りの多く(兄の友人知人)が「兄ちゃん」のことを「純ちゃん」と呼ぶので、いつしか私たちも「純ちゃん」と呼ぶようになった。でも私たち家族だけの時は、やっぱり、「兄ちゃん」と呼んだ。私が「純ちゃん」と呼んでも、「兄ちゃん」と呼んでも、いつもと何一つ変らない人だった。しかし私は、「純ちゃん」と呼ぶ時と「兄ちゃん」と呼ぶ時に大きな違いを感じ、関係論的意味や真実の深みが心に響く様な気がしてならなかった。「兄ちゃん」っと口に出した時のその響きには、遠い昔からそして遠い未来までも繋がっている不思議な出会いの糸が奏でられるような感じがした。それは暖かい光に覆われた、人生という詩の様なものだ。


「兄ちゃん」が告知された頃からよく聴いた歌がある。私の誕生日に姉が贈ってくれたものだ。姉も私も今年のさくらの季(ころ)は、今のこの時のことを想いながら静かに聴いた。そして今、「兄ちゃん」の写真をリビングに飾り、この歌を独り聴いている。ここに紹介する。
「さくら  (歌・作詞・作曲/森山直太郎)

 僕らはきっと待ってる 君とまた会える日々を
 さくら並木の道の上で 手を振り叫ぶよ
 どんなに苦しい時も 君は笑っているから
 挫けそうになりかけても 頑張れる気がしたよ

 霞みゆく景色の中に あの日の唄が聴こえる
  
 さくら さくら 今、咲き誇る
 刹那に散りゆく運命(さだめ)と知って
 さらば友よ 旅立ちの刻(とき) 変らないその想いを 今

 今なら言えるだろうか 偽りのない言葉
 輝ける君の未来を願う 本当の言葉

 移りゆく街はまるで 僕らを急かすように 

 さくら さくら ただ舞い落ちる
 いつか生まれ変わる瞬間(とき)を信じ
 泣くな友よ 今惜別の時 飾らないあの笑顔で さあ

 さくら さくら いざ舞い上がれ
 永遠(とわ)にさんざめく光を浴びて
 さらば友よ またこの場所で会おう さくら舞い散る道の上で」


「にいちゃん」は、四季、自然、命、人、心、歴史、文学、日本、ふるさとや海をこよなく愛した人だった。そしてその想いを、さらっと詩や俳句に詠める人だった。「にいちゃん」の青春のページかほる黄色くなった大学ノートが、片付けをしていた本箱から出てきた。いい作品ばかりだ。さらに一枚のメモも出てきた。本棚の隅に隠されていたそのメモは今、「にいちゃん」が居なくなった部屋の光の下で、残されたキョウダイの手の中で開かれた。それはたった一行、「『さようなら』を言える時がくる」だった。やっぱり「にいちゃん」は、「いつものよう」な「にいちゃん」だと、心に染みた。だから私も呟いた、いつものように「にいちゃん」と。そしてもういちど「にいちゃん」っと、さくらの独り言。

sakuratsubomi@earthlink.netbut_up.gif (232 バイト)

 

川 柳 & コント(東京・成近)

( 川 柳 )

戦争と平和 昭和を駆けた足

まだ生きています8月15日

駆け抜けた昭和よライバルの訃報

焼け野原から都市砂漠への迷路

昭和残照 ポツンと錆びたドラム缶


( ニュースやぶにらみ )

「迷子」
 夏ちゃんや〜い  −気象庁

「MSブラストが猛威」
あんたもやるねえ  −SRAS

「大停電」
電気ショック  −アメリカ、カナダ

(東京・成近) E-mail nakawai@adachi.ne.jpbut_up.gif (232 バイト)
http://www.adachi.ne.jp./users/itsukabz/index.htm

至福の2泊3日ー奥能登杜氏を訪ねて
波瀬杜氏さん宅の時間は光陰矢の如し
みゅーじあむファンクラブ 角 田 和 穂
新生『宗玄酒造』に感嘆
ワインと吟醸酒をこよなく愛する京男 阪田 忠司
 前回の記事が「みゅーじあむ」では評判で、その続きを角田さんに書いて欲しいというリクエストが強いものでしたので、今号も無理を言って執筆をお願いした。
 ただ、先発隊が遅れて波瀬さんの家に到着するまでの時間を補足しておきます。

・・・開港した能登空港の将来は

1日目の後発隊として出発した松本さん所有のボルボには、松本さんとラジオ大阪カルチャーサロンOBの渡壁さんにドライバー成岡が乗って行った。途中先発隊のアクシデントが分かったため、7月5日開港した能登空港に見学がてら寄り道をして、1日たった2便しか発着しないANAの羽田行きを見送った。多分乗客2〜300名に対して送迎デッキには1000人ではきかない位の人々が鈴なり状態。今は物珍しさで観光客的人々が空港に来ているが、いずれは潮を引いたように去ったらどうなることやら。バブル期に計画されたものだろうが、石川県で小松空港に次ぐ2番目の空港の将来は、北の脅威に備えた軍事空港転用以外に存続の道はなさそう。 5時前に「ラブロ恋路」にチェックインした我々は、波瀬さんに連絡、6時にお邪魔すべくしばし奥能登の黄昏に浸った。この施設も7月オープンしたばかりで、取り合えず満員御礼状態。そのため1泊しか押さえられなかった。
タクシーで波瀬さん宅に着いたのは6時15分過ぎ。よく似た門構えの家が続くため探しあぐねていたら、波瀬さんご夫妻が表まで出てきてくださった。二年ぶりの訪問だが、懐かしさがこみ上げてくる。波瀬さんが一回り小さく見えたのは暗闇の所為だったのかどうかは定かではないが、お二人ともお元気そう。
お土産は持ってきているが、飲むお酒がないのでお詫びするも、「どうぞ!どうぞ!」とビンテージものの四合瓶の大吟醸と、一升瓶の特別純米酒を出して下さる。遅れている先発隊がいつ到着するか分からないため、酒宴が盛り上がらない。それでも七時過ぎには色々準備して頂いた食べ物を、奥さんの豊子さんが次々と出して下さる。そして、前号の記事につながるわけです。

・・・波瀬杜氏さんに利き酒?

館長は何も言わずにクーラーボックスに手を伸ばしてお酒を探し始めている。
「車の調子は大丈夫かね?」
とわれわれに最初に声を掛けてくれた人が波瀬さんだった。
みゅーじあむに飾ってある波瀬さんの写真から想像していたよりも小柄で、笑顔のやさしい人だ、というのが第一印象。
「こっちこっち。」と部屋の中に招いてくださる。広いテーブルの上には鯛の活け作り、サザエのお造りなどが乗った舟盛りや、ハタハタやバイ貝などの海の幸の側に、トマトやソラマメが並んでいる。
「田舎だから何もないけど遠慮せずに食べてね。」と奥様が笑顔で勧めてくれる。
「ハイハイ。皆さんそろったので座りましょう。やっとお酒も到着しましたのでね。」
・・ ・・・館長!私たちも到着したのですが。もごもご(いや何を言えた義理でもないですけれど)
 ズラリと館長は4本の四合瓶を机の上に並べる。ラベルはなく番号だけを貼り付けてある。館長の仕掛けである。
 「この中でどれが俺の酒か当てろって?」波瀬さんは和やかに笑う。
「それ以外のお酒もありますよ。」と館長。
「宗玄の酒もあるのか?」びっくりするほど真剣な表情に変わった波瀬さんは館長に問い掛ける。
「いいえ。それは明日に残しています。明日はもっと大人数になりますからね。」
「そうか。」波瀬さんの顔がまた和やかになる。
「岡山の百花繚乱と百花半卵に開運の純米無濾過生原酒と開運の金賞酒です。」
一口づつ口に含む。
「これとこれが俺の酒。この二つが違う。」
「正解。さすが!」

・・・人気は開運特別純米酒

 波瀬さんは他の人が醸した二本の瓶を見ながら少しだけ間を置いて「俺はこの二つの中ではこっちのほうが好きだな。」と一つの瓶を指し示す。
 「それは百花繚乱の方ですね。」と番号を確かめながら館長が瓶の中身を紹介すると、「もう一方は俺の好みからすると甘い。最初の段階でなんかあったんじゃないかな。まあ〃まとまってはいるけどなあ。」
 「うーん、思うような酒にはならなかったと造り手はいってられましたけれどね。それでも、この甘さがよいという人もいますが・・・・」と館長
 ちなみに一番このとき人気のあったのは、開運の金賞受賞酒と開運の特別純米酒。どちらもほとんど同時に空になった。金賞受賞酒は4合瓶、特別純米酒は一升瓶(波瀬さん提供)なので、純米酒の方が人気といえるかな?

・・・能登者は我慢強い?!

 お酒造りのいろいろな話を聞かせていただいたような気がする。
 造りの最中にけがをしたというような苦労話も(ご本人がそう思っていないのが凄い・・・)嬉しかった話も、「波瀬正吉」というラベルの文字を書くのにどんなところで練習したのか・・・など。
 とても貴重な話を聞かせていただいたのは間違いない。詳しくは館長などに聞いていただきたい。
 罰当たりな私は食べるのに忙しくなっていたので。
 にこにこと笑いながら豊子さん(波瀬さんの奥様)はいろいろな料理を運んで下さっていた。ハタハタの焼いたものや、胡瓜や茄子のお漬物が次々と出てくる。出てくる料理はどれもおいしくてパクパクと食べていく。
 料理をいただく合間に、豊子さんにもお話をお聞きした。お二人のなれ初めはご両親同士が、あの二人はどうかと話をはじめたことなのだそうだ。もっとも、ご近所同士の幼馴染み、同じ小学校でかくれんぼをして遊んだ仲なのでよくよく相手のことは知っていたと豊子さんは笑う。数軒先からのお輿入れ。
 「この人はねえ。がんばりやなんですよ。ケガしても、先生に能登者は我慢強いからといわれてしまって、麻酔とかなしに治療を受けたりしてね。それでも酒造りに戻っていくような人なんですからね。」

・・・豊子さんが原動力!

 ころころと笑われる気さくな人柄に思わず、「子育てされて、田んぼも畑もあってそれだけじゃなくてお家のこともあって・・・ご主人が家に居てくれたら・・・と泣きたくなりませんでしたか?」
 と、とても失礼な質問をしてしまったが、豊子さんは
「泣いている間なんてないもの。」とまたもころころと笑って言われた。
「田んぼも畑も待ってくれないもの、子供たちにもご飯つくらんとならんしね。泣いている時間なんてなかったよ。」それにね、とすこし、間をおいて、「お父さんが酒蔵で(酒造りに)がんばっているんだもの。私もがんばらんと、って思ったよ。泣いている時間なんてないよ。」と、言われる豊子さんが本当に綺麗に見えた。
 それでも、48年続けた「たばこ栽培」は、昨年で止められたとのこと。

〔ちょくちょくこのことがみゅーじあむで繰り返し話され、男性陣は「女はそうでなくっちゃ。」みたいな言葉をよく言われている。でもね。豊子さんが、がんばれているのは正吉さんもがんばっているという純朴な信頼があるからなんですよ。男も女も相手次第なのです。〕
 ごくごく、自然な形でご主人のことを話す豊子さんを見て、こういう人だから正吉さんも安心して家を空けられるのだろうなと感じた。
 厳寒の奥能登で、8ヶ月間家を空けていて気にならない筈がないと思う。家族のこと、畑のこと、田んぼのこと、それ以上のこと。「この人もがんばっているのだから、私も頑張らないと。」と何も気負わず、ごくごく自然体で言える豊子さんがおられるから8ヶ月の間酒造りに集中して35年間も開運の杜氏を勤めてこられたのだと。ちなみに「波瀬正吉」ラベルのお酒が世に出て15年とお聞きした。
        (角田)

 ということで、1日目は夜遅くまで波瀬さん夫妻を囲んでご馳走になった先発隊は、二日目は車二台で能登半島の突端に近い「ランプの宿」まで行き、遊覧船に乗って海中を見物する組と、「揚げ浜式塩田」見学と輪島を見物する組に別れ、二日目の宿「のときんぷら」に、京都から来る一泊二日組と合流した。
 その日の夜は、宿舎の「炉端」で、波瀬さんの後輩にあたる宗玄酒造の坂口幸夫杜氏も加わってもらって19本の瓶に入ったお酒と炭火焼きを楽しんだ後、平成天皇と皇后が皇太子時代に泊まられたという、奥の座敷で二次会を開き、名杜氏の人と成りにふれる至福の時間を堪能させてもらった。残念ながらみゅーじあむ開館のために早朝に帰阪したため、三日目は京都ワイン倶楽部の阪田さんにレポートをお願いした。
 
・・・能登ツアー最後の日

 まだ,梅雨の明けぬ能登路の旅であったが,快晴の朝を迎えた。館長たちと別れた京都乗車組と、遅くに高槻に帰ってもよい組は,昨夜話をしていた坂口幸夫杜氏のおられる宗玄酒造を訪れるべく蔵元と連絡を取っていた。
 しかし,杜氏と連絡が取れない。思案していると,なんと坂口杜氏自ら,われわれの宿舎「のときんぷら」の前に立っておられるではないか。感激!それもトロ箱いっぱいのさざえを携えて。不謹慎ながら,杜氏の大吟醸酒とさざえのつぼ焼きのマッチングを考えてしまった私はやはり,呑兵衛か。
 さらに、坂口杜氏の「浜へ行ってみないか」の言葉に誘われるまま,杜氏の運転する軽トラックの後に続いた。車を走らすこと五分余り、浜というか水路の作業場に案内された。坂口杜氏は夏場、海に潜っておられる漁師だったのである。杜氏の造るお酒は魚介類によく合うなあと昨夜の宴で妙に感じていたことがここで得心した。
 次に、波瀬正吉杜氏の自宅にお別れのご挨拶に伺った。波瀬杜氏は、やはり少し、体調を崩しておられた様子であったが、再会を約束する力強い握手を交わして別れを告げた。昨日も彼のつくられた西瓜をいただいたが、さらに今日も立派なものを頂戴した。

・・・酒造りは原料処理で決まる

 その後、本日の目的地である宗玄酒造梶i石川県珠洲市寶立町宗玄24-22)に着いたわれわれは、坂口杜氏自らが興したという平成蔵の見学にさっそく向かった。鉄筋四階建ての「平成蔵」は平成十年に新設され、普通酒を造る従来の明和蔵とは違うハイテク機器を備えた近代的なものである。しかし、すべてがオートメーション化されているかといえばそうではなく、随所に手間ひまをかけてていねいに造っておられるなという感じである。
 例えば、坂口杜氏の師匠である波瀬杜氏はよく「酒造りは原料処理で決まる」といっておられるが、洗米・浸漬の工程が実にスムーズにいくように流れを考えた作業場には目を見張らされたし、たいへん広く衛生的な麹室には感動すら覚えた。仕込みタンクは全開放式であり、大吟醸酒は小ぶりのもろみタンクで醸造される。また、一階にある製品貯蔵室は氷温で管理され、通年の出荷を待っていた。

・・・売れる酒目指して大転換

 最後に、研究室での利き酒・試飲。山田錦、雄町、八反錦の無加水純米大吟醸酒と鑑評会金賞受賞酒をいただいた。それぞれに個性があり、古い感覚で宗玄をイメージしていた私はただ恥じ入るばかりである。
 実にさわやかでキレのよい酒質。やや粕を感じるものの、魚介類の旨さを引き出してくれる良い酒だと思う。山田錦は高次元にバランスよく、雄町は香り華やか、八反錦はふくらみがありバランスはいまいちながら将来性を感じ、私のお気に入りの一本となった。
 一時間余りの蔵見学であり、宗玄というすばらしい酒の秘密をすべて理解したわけではない。しかし、その中で五感を通して感じたことは、オートメーション化と手作りの調和、杜氏という人を中心にして蔵人と蔵元のコミュニケーションの大切さ、つまり、ひと、もの(米と水)、ときという三つの要素の調和が美味しい酒を造るんだなあと実感した。
各々におみやげまでいただき、能登の人情にどっぷりとひたりつつ、若い蔵人のつくる杉玉のある宗玄酒造を後にした。今度は造りの最中にお邪魔したい気持ちに駆り立てられた。本当にありがとうございました。          文責   阪田 忠司

世の中にはウィルスでインターネットを混乱させようする人がたくさんいるようですが、これは永遠に続くんでしょうね。読者のみなさん、ウィルス対策は万全ですか?
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Zakkaya Weekly No.379

雑貨屋 店主 大西良衛  gp-bmail.gif (1852 バイト) zakkaya@news.email.ne.jp

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