Zakkaya Weekly No.196 Ryo Onishi 2/14/2000 バックナンバー HOME
先週の金曜日、神戸三宮で飲んだ帰り、電車で乗り越してしまいました。乗り越しだけならよくある?ことですし、また戻ってくればいいのですが、最終電車だったんですねー。もうすぐ着くからと思いつつ、目を閉じてほんの一瞬眠ってしまったらしく、目を開けたら駅員が私に何かを言っているので飛び降りました。駅名を見るとそこはOSAKA。情けないなあと思いながら、乗り越し料金を払って、改札を出ると、タクシーの運転手がニコニコしながら近づいてきて、「どちらにいきましょう」と聞いてくる。愛想笑いをつくりながらそれを断り、家に電話すると、息子が駅まで迎えに来てくれることになり無事帰宅できました。ずいぶん昔に、同じようなことをした思い出がよみがえってきました。(そのときはKYOTOでした)
寒い中、大阪駅の外で迎えを待っていたのですが、ダンボールで囲んだ中に寝袋で寝ていらっしゃるホームレスの方を結構見かけました。(R.O.)
ラジオ・パシフィック・ジャパン(その2)
―― 前号より続く――
当地、ロサンゼルスの日本語ラジオ放送に「ラジオ・パシフィック・ジャパン(RPJ)」に出演した時の対談(第1回目)の続きです。(対談相手はこのコーナーを担当する東 繁春さん、Junkoさんです)【1月30日放送分】
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(東):で、今日は、そのう、「ルート66」のテーマ音楽を持ってきていただきましたね。
(J):先程、おっしゃってたんですけれど、テレビ番組とはちがうんですか、このテーマ音楽は?
(河):あのネ、実は、「ルート66」は1925年にルートが決まりまして、それから「ルート66」という道路の名前はですね。これは1926年かな、日本式に言いますと昭和元年に決まっているのです。それで1930年代には舗装も完了しているのです。
これはアメリカの自動車文化の伸びと比例して、段々人気が出てまいりまして、それで、1946年ですね。第2次世界大戦が終わった翌年に有名なナット・キング・コールのトリオが唄った歌なんです。
これは、あのー、Bobby Troupという人が作詞・作曲したものです。で、通常この歌は「ルート66」と言ってますけど、正式な曲名は、“Get your kicks on Route 66”という名前なんです。
当時、この曲は爆発的にアメリカでヒットしたそうです。そのためにその後、いろんな人がこの曲を唄っていますね。ちょっと名前を挙げただけでも、先ずナット・キング・コールですね、それからビング・クロスビー、ハリー ・ジェームス、ペリー・コモ、それから・・
(J):ローリング・ストーンもですか?
(河):ええ、そうそう、ローリング・ストーンもです。その他いろんな人が唄っていまして・・、従って誰の歌でもいいんですけれど、今日はですね、ペリー・コモの歌う「ルート66」を皆さんに聞いていただけたら・・とこう思います。
(J):はい。(ここで曲が流れる)
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(東):あ、なるほどね。あのう、歌の中で“サンバナディーノ”だとかいろいろ地名がでてきましたね。
(河):えゝ、そうなんです。これはもちろん英語の歌ですから、日本語に訳してどんな事を言っているかというと、「もしも、西部へドライブ旅行するなら、僕はいつもそうするんだけれど、ハイウエイを使うのが一番だぜ。ルート66を使えばご機嫌な旅になるよ・・」なんて言うイメージでしょうね。
「セントルイスを抜け、オクラホマ・シティ、ニューメキシコ州はギャラップ、アリゾナ州はフラッグスタッフ、キングマン、カリフォルニアに入ってバーストウ、サンバナディーノ、・・と、ここに住んでる私達のおなじみの地名が出てきます。
昔、私が日本にいた頃に聞いた時には、何がなんだかさっぱりわからなかったですけれど、その後、こちらへ来まして、そう言う地名を知るようになり、とても楽しい歌だということがわかりました。
(J): 河合さんにとってネ、この「ルート66」って、どういったところから、好きになったのですか?やっぱり、当時、人気があったからですか?
(河):そうですね。ひとつはですね、先程から申し上げていますように、私が小学校、中学校の小さな頃にこう言う歌が流行って、それからもうちょっと経ってから、テレビがやってゝ、そういうことで、当時アメリカに憧れていた少年としてはホント、憧れの的だったわけです。それが、こちらへ来まして実際にそういう所も見てきたり、さらに、私はもともと歴史と言うものに大変興味を持っており、アメリカに来ましてアメリカの歴史を興味半分に調べていくうちに“道路”というのがですね、歴史、それぞれの地方の文化などと、切っても切れないものがあるわけですよね。
従って「ルート66」のようなアメリカを代表する嘗てのハイウエイを調べて行くと、それに関連してアメリカの歴史やいろんな事がわかってくるのですよね。大変興味の尽きない、しかも実際にドライブすると、当時の古き良きアメリカ、1950年から60年代の所謂「パックス・アメリカーナ」といわれたアメリカ黄金時代ですよね、そういう時代の時に全盛だった道路というものは色んなものを背負い込んでいるんですね。従って、本当に尽きない興味がわきます。
私も今、「ルート66」にはまり込んでいまして、実は私は、一昨々年に会社を定年で引退して、今は定職がないものですから、そう言った事に興味を持って実地検証をしたり、調べてして楽しんでいます。「ルート66」はもしかしたら私の生涯のテーマになるんじゃないかと思っています。
(J):子供の頃からの興味のあったことを実際に調べて歩くのは楽しい事ですよね。
(河):そうですね、そのうち案内しますからご一緒に行きましょう。
(J):どのくらいの割合でドライブされているのですか?
(河):全行程は長いですからね。ただ、何も初めから全部ドライブしなくてもいい訳で、例えば、今日はカリフォルニアのを日帰りで、“サンタモニカ”から“ビクタービル”まで行ってくるとかするのです。遠くへ行く時は、例えば“セントルイス”まで飛行機で行って、そこでレンタカーをして、そして“シカゴ”までドライブするとか、色々な方法があります。楽しみ方は沢山あります。
(J):じゃあ、一緒に回りたい方は RPJ(放送局)へ連絡してもらえれば、連れていっていただけますか?
(河):ええ、ご案内いたしますから・・。
(J):わあ!、ぜひ・・、お願いしたいですね。
(東):河合さんにはね、お聞きしたい事が沢山ありますのでね、これからもまた、何回か来て頂いてお話をお聞きしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。
河合 将介 (skawai@wakao.com)
さくらの独り言 「皺」
「皺が増えたね、痩せたの?」といわれ続けた今回の訪日であった。姉は身内ながらも気をつかいつつ「やっぱり、そう言われたのね、私もそう思ったけど気にするだろうと思って黙ってたのよ、前回あった時より増えたよね、皺。」と米国帰国前日に私に告白した。私も今年4月で40歳、皺があって当り前。まして箸が転んでも大声で下品に笑い出す私なんぞに、人一倍の笑皺がない方がおかしいくらいだ。っと思いながらも、気になる飛行機の旅、今米国へ帰る関西国際空港のロビーでこれを書いている、さくらの独り言。
皺が全く気にならないと言えば嘘になる。旦那は別にしても、恋心奪われる友人と会う時は、シワシワ婆さんよりも苺大福で居たいもの。二日酔で目が冷めた朝にお目にかかる自分の顔より、白雪姫の如く眠れた朝のそれがいい。皺なんて年を取るのと同様自然に増えるものだと確かに認識していても、ちょっと気になり始めたお年頃のさくら。振返れば昨年末、術後数ヵ月で急減した体重に反比例しながら皺は増えた。目もと、そしておでこ。今年大台に乗る自分を否定できない。悲しいとか残念だとか、そんな感情は全くないけれど、人の忠告をよく聴いてお肌の手入れをしておけば良かったと、昔の怠慢をチョッとだけ後悔する。化粧を始めて早3年、化けれない歳になっての手習だった。「素肌が一番」と言われ信じた自分が懐かしい。
「暇があれば皺取り手術をしたい」が口癖の私の上司。世界をまたにかけ大活躍のビジネスレディー。口を開けばため息交じりにそう言続けた彼女の5年が過ぎた。手術の時間どころか家に帰る時間もない彼女だが、いつも男性の的になる彼女にとって皺はかなり気になるものらしく、 未だ諦めていないらしい。手術費 は余る程あるが時間がない彼女と、時間はあるが手術費もその気もない私だ。世の中は皮肉なものだと思ってしまう。
休暇で訪日した私に降って沸いた日本国内出張のおかげで延長した今回の日本滞在。この3週間で体重は術前に漸近したが、目尻と額の皺は一向に減る様子もなく、またその努力もない。長時間の超乾燥鉄塊(飛行機)に身を置くその旅を前にして「これでまた皺が増えるだろうな」とため息をつき「私も一人前の女性だったのだ(皺を気にする)」と気付かされる。睡眠不足で仕事をし、出張も多く、その上飲んで騒いで朝帰りのさくらにとって、皺の手入れも防止策も程遠い。でもふと思う、もし「その皺いいよ」と言ってくれる人が出現したら、バレンタインディーのチョコに代わって私の熱い口づけを贈りたい、、、っとさくらの独り言、ウッシッシ。
川 柳 & コ ン ト (東京・成近)
( 川 柳 )
チョコ贈り少女が春に背伸びする
春を待つ身に義理チョコがほろ苦い
義理チョコにまだ男だと認められ
義理チョコと言いつ夫の嬉しそう
バレンタインデーに府知事の投げキッス
( コ ン ト )
「東証株価二万円」
せいぜい頑張りや − ヤフー株
「野次、怒号」
やっと正常化した − 国会
「バブルの軌跡」
演歌 円歌 怨歌 −千昌夫
(東京・成近) E-mail kawaiai@mx2.ttcn.ne.jp
一口コラム
「コント、読み違い??」
(その30)年 高 除 列 と 週 身 雇 用「日本の伝統的雇用習慣である『年高除列(ねんこうじょれつ)』と『週身雇用(しゅうしんこよう)』は、もはや過去のものとなったといわざるを得ない」
『年功序列』と『終身雇用』ならわかるけれど、『年高除列 = 高年齢者は排除する』と『週身雇用 = 1週間単位で雇い、生涯まで面倒をみない』なら、現在か、これからの制度ではないでしょうかネ。
―― 羅府の庄助さん ――
編集後記
今週はマキちゃんは都合により記事がありません。来週をお楽しみに。毎週、新しい出会いがあります。楽しい出会いがあります。インターネット上でも思わぬ人からメールが来ることもあります。インターネットをうまく利用できているのではないかと自負しています。
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雑貨屋 店主 大西良衛
zakkaya@news.email.ne.jp