Zakkaya Weekly No.140

Ryo Onishi 1/17/99  バックナンバー  Homepage

雑貨屋のひとり言

  先週は寒いインディアナ州に行ってきました。久しぶりに見る雪と氷の世界でした。移動した月曜日はシカゴ空港が悪天候のために閉鎖され、その影響か 満席でした。機内への手荷物の持込が多いために、スペースがなくなりしかたなくチェックインさせられました。ロスからデンバーまでの機内ではレスラーみたいな大男が二人、両脇に座ったので、ずいぶん窮屈な思いをしましたが、デンバーからインディアナポリスまで両脇は女性で、インディアナポリスで教師をされている方と、話をしながらたのしい時間を過ごせました。インディアナポリスからの帰り、シカゴ行きの便で機体の一部氷結のため、2時間も機内で待たされました。隣のご夫婦はハワイに遊びに行くということでしたが、この寒いところを抜け出すまでが大変なようです。ロスのような温暖なところにいると別の世界がわからなくなりますので、たまには良い刺激になりますね。 (R.O.)

言葉でない言葉

先日 ある人から聞いた話ですが、一般にアメリカ人の会話において意思の伝わり方は、話し言葉自体により全体の8%だけが伝わり、あとは話し方のトーン(抑揚を付けたり強調したりなど)により37%、そして残りの55%が表情(話す時の顔付き、ゼスチャーなど)により伝わるのだそうです。

日本人の話す日本語の場合、これはどうなるのでしょうか。感情をあまり表(おもて)に出さない日本人は 顔の表情、言葉の抑揚などに乏しいので 多分、話し方のトーンや表情より 言葉自体の占める割合が圧倒的に多くなると思われます。

ところが元来、日本人には 余計な事はあまり言わず寡黙を良しとする風潮があり、その言葉自体も意思の疎通(コミュニケーション)のため充分役立っているとは言いがたいでしょう。

では私達日本人は伝統的にどのように意思を伝えあってきたのでしょうか。それは 「言葉でない言葉」 が重要な役割を果たしているのではないでしょうか。

日本には昔から 「言葉でない言葉」 が沢山あります。 「あうんの呼吸」、「以心伝心」、「目と目で話す」 (その割りには 日本人は相手の目を見て話しませんが)・・・などと言うのがそれです。

英語にも “Unwritten understanding” というのがありますが、これはどちらかと言えば “例外的” 意味合いに近いものと言えそうです。

更に日本には伝統的に 「察しの文化」 が根付いており、相手の気持ちを察する、即ち、相手がはっきりと明快に言わなくても こちらが気を利かす事が美徳とされる考え方があります。

  私など居酒屋で注文を聞かれ、「そうね、とりあえずビールを2〜3本、それに おつまみ適当に見計らってね」 なんて言ったりしています。考えてみればこんな無責任な注文の仕方はありません。でも日本人の女将さんならそれでちゃんと通じます。 「2〜3本って2本ですか、3本ですか。おつまみは何がいいんですか」 なんてヤボな事は決して聞きません。その時の こちらの雰囲気、様子からちゃんと察して、今日はビールは2本、おつまみは枝豆とマグロの刺し身少々・・と言った具合に 「適当に見計らって」 出してくれます。

  よく アメリカのレストランで 食事を注文すると、サラダのドレッシングから始まってステーキの焼き具合、胡椒はどうする、粉チーズはどうする、と聞かれ、一々答えなければウエイトレスは引き下がってくれないので閉口します。(そこが個人の好みを尊重する洋食の良いところなのですが)

いつだったかアナハイムのディズニーランド近くのレストランで 「ゆで卵」 を注文した時の事、案の定 「何分ゆでますか」 と聞いてきたので “I have no idea.” と答えてみたら、金髪のウエイトレスのおねえさんに 人をからかうなと言った目で睨まれた事がありました。

余談ですが 気の利く文化と言えば、東南アジアには 例えばタイ国のように気が利き 察しの良い国民性の国が多くあるようです (但し、察しが良く気が利くと言っても 必ずしも、相手の気持ちを100%間違わずに察する事が出来るとは限らないので、察しが良く気が利くが故のトラブルもまた 多いそうですが)

話を 「言葉でない言葉」 に戻しますが、 私達はものを考える時、言葉を用いて論理的に考える以外に、ひらめきのような言葉によらない発想をもする事があります。

また私など 自分の思いを文字(言葉)にしようとしたら、思っている事の10分の1も書けなかったという事がしばしばです。これは必ずしも勉強不足、語彙不足だけが理由ではなく、言葉によらない思考様式と言うものもあるからだと勝手に自分を慰め納得しています。

 近年、人間の脳についての解明が進んできましたが 「言葉でない言葉」 の発想・ひらめきなどは 良く言われる右脳・左脳の働きと関係があるようで、脳の研究者の中には、日本人の脳は大多数の日本人以外の脳に比べて 左右の脳の間の回路が多く、「あいまい思考」 に適する脳なのだと言う人もいます。

左脳は良く 「論理脳、言語脳」 とも言われ言葉を司どっており、左脳だけで論理的に考えている時はそのまま言葉に直結するので問題ないのですが、直感やパターン認識と言った右脳的発想は言葉になりにくいのでしょう。

英語を母国語としている当地のアメリカ人に比べ、「言葉でない言葉」 を多用し、「察しの文化」 に生きる日本人が使う 「あいまい表現」 の多い日本語は、「言語脳」 である左脳だけでなく、右脳をも駆使する言葉と言えるのかもしれません。

私達日本人にとって日本語とは 単なる 「読み・書き・話す」 言葉だけでなく、「あうんの呼吸」や 「以心伝心」、「察しあう心」 まで含む 壮大なものであり、悠久の宇宙のような存在に思えてなりません。

尤も、その「壮大な悠久の宇宙」であるが故に 日本人のメンタリティと日本語が国際社会から疎外されるようでは困るのですが・・

河合 将介 ( skawai@wakao.com )

さくらの独り言 「氷の世界」

 身心温かく過ごしたLAを後に、怖い冬の家路をたどった。LAから経由地デトロイトに着陸した時、ルイビル行き飛行機はキャンセルされ、既にスクリーンにも映し出されていない状態だった。幸運にも帰省地より車から90マイル隣へ飛ぶ飛行機を見つけ、トランスファーしてもらう。乗ったはいいが、暖房設備がシャットダウンされた機内で待つこと1時間40分、生まれて初めて機内で防寒着に毛布という時を過ご

した。外は氷の世界、そして機内の吐息が白くなっていた。桃色吐息をカラオケで聞いたことはあるが、機内食ならず機内白色吐息である。その瞬間、カリフォルニアで見た青い空と藍い海がまるで夢の時と化した。その瞬間、交響曲フィンランディが頭の中で流れ始めた。

「ヤン・シベリウス」は、1865年から1957年に生きたフィンランドの国民的作曲家である。彼の有名な作品の一つに”フィンランディア”がある。彼の作品は彼の創造物というより、フィンランド民族の叫びといっても過言ではない。この”フィ

ンランディア”はその名のごとくフィンランドの国を音楽にしたものだ。フィンランド・・・ヨーロッパ北部にある面積337000平方km、日本よりやや小さい国である。「森と湖の国」といわれ、林業が盛んな国として有名である。しかしまた、不毛の原野に等しい分野が多く、無論、産物は豊かでなく、貧乏国としては世界的に有名である。経済的な苦しみだけでなく、この国は昔からロシア、スエーデン両国から圧制され、政治的にも経済的にも苦しかった。この”フィンランディア”を聞いていると、そのような苦しみに絶え忍んだフィンランド民族の苦しみの壁が、そして叫びが、美しくかつ厳しい自然の中に描かれる思いがする。しかしまた、そのような中でも、「やすかれ、我が心よ」と明日への希望と信頼に生き抜こうとする雄大さをも感じる。一時は世界的に演奏禁止を受けたこの”フィンランディア”も、今ではフィンランド国民賛歌としてフィンランド政府から指定されている。その昔私の新任教師時代、アコーディオン、オルガン、鍵盤ハーモニカ、太鼓にコントラバス等を使用してこの曲の演奏指導をした。あの頃の想いがわき上がり、温かい飲み物の一切なく氷と

ソフトドリンクしかないい零下の機内で、私の顔はほころび始めた。白色吐息は、魔法使いの煙の様に、私の心を温めた。そして夢と化したLAの恋人達がまるで私の側に居るような、そんな想いにまで私を連れ戻した。

 デトロイトからシンシナティ空港に着いたのは、既に午前1時半を過ぎていた。人影少ない真夜中の飛行場、外はやはり氷の世界。強い風が目に見える様に吹いていた。

ラゲージエリアに行っても、もちろんフライトを変更した私たちのラゲージは着いていない。そして近辺のホテルもレンタルカーも、全て空きがない。空港のロビーで朝を迎えるしか他に道がないと思われた私の目に、一台のタクシーが入った。聞いてみると意外に安い値段で90マイル走ってくれる。私たちは疲れた身体と眠たい目にむち打ち、タクシーに乗り込む。家へ着いたのは午前4時近く。サブディビジョンのド

ライブウェイは全てアイススケートリンクそのもので、まともに歩けたことを自慢しながら家へ入った。住み慣れた部屋はとても温かい。しかし数日”人”が留守をしたというこの部屋は、自分の部屋でありながら、なんだかよそよそしささえ感じられ、そんな心寂しい夜明けだった。温かい部屋の自分のベッドは何故か冷たく、それでも慣れの心地よさが疲れを癒した。LAの旅のなごりがホームシックに似た寂しさを波打って、ウオーターベッドの音さえも悲しいさざ波のごとく耳に響いた。「LAの恋人たちにいつまた遭えるかなあ」と、とっくに寝息をたてた旦那に向かって独り言。

 2日後NYへ出張。旅支度をしている午前12時半、突然部屋の明りが消える。凍結したコードの関係で午前五時近くまでの停電。再び寒い夜となった。翌朝、雪と共にNY入り。数日後ケンタッキーへ帰ろうとラガーディア空港へ向かう。拾えないキャブをやっとの思いで捕らえた友人は氷雨に全身びっしょり、私を思う想いで氷雨も湯気となる。ラガーディア空港で私を迎えていたオールフライトキャンセルという冷たい知らせ。長い列に並ぶこと3時間。対応の悪さに怒り出す多くの人、その罵声の人混みをかき分け氷雨の中、隣のビルへ駆け、他会社のフライトチェック。空港で過ごすこと八時間。氷の世界なる滑走路を眺めながら待つ私の頭に、また「フィンランディア」が流れる。温かい待合室に外国人でありながらこうして普通の人々と座っている自分が不思議に想え、まだ極限に達していないこの氷の世界に”まだまだ”という自分の幸運さを喜んだ。やっとの思いで離陸。家へ着いたのはマンハッタンを出てからもう12時間が過ぎていた。

 「青い空と海の世界」から「氷の世界」へと旅したこの一週間、海の藍が映った青い空の下に居た自分も、氷の上を歩いた自分も、氷の塊の中にいた自分も、私が出会った人々が、その心の温もりが、私の心身を温め、氷を溶かしてくれた。遠い昔に遭った児童も、昨日出会ったLAの恋人達も、そしてNYの友人達も、「氷の世界」の私に「安かれ」と。そんな自分がとても幸せに想えて、また温かくなった。

『氷が溶けて何になる?、、、春になる。』か。そう、人生の春になる。氷の世界の中で春になる。やっと、氷が溶けたケンタッキー、今年あと何回「氷の世界」が訪れるやら、、、でももう怖くない。私は心安かな春だから。人の出会いは氷も溶かす、そう想う。さくらはこの「氷の世界」の中、もう既に開花の準備を始めている、井上揚水の歌を口ずさみながら。

さくら

うさぎについて  市原 聖

雑貨屋139号の記事の兎に付いてチョット調べてみましたので以下に書いてみます。

 '99年は干支でいうと己卯、ツチノトと読む己の音はキで起に通じ今まで屈して いたものが盛んになるという意味。卯はボウで、茂に通じ、万物が茂るさまを 表すとか、つまり今年のウサギ年はいつものウサギ年以上(60年ぶり)に元

 気のかなったものが目覚め、盛り返して、隆盛を極めるといわれる目出度い運気を約束された、60年に一度の年との事。

 干支の4番目ウサギ、卯はもともとウサギと言う意味を持っていない。十干十二支は中国起源(西域起源の説もある)で奈良時代以前に日本に伝わった卯の音はボウで、ウは日本で加わった訓。卯という字は万物が茂ることを表す意味を持ち、ウサギは発情期がなく年中、子供が生まれる動物で盛んに茂るイメージにぴったり・・・。十二支の前半6は万物が成長する過程を、後半6は成熟を表す様である。

 西洋では魔女の化身。西洋文化史では凶兆のシンボルで、ずるくて機転がきき、欲情の化身が一般的。魔女は野ウサギに化身することが出来きると思われていた時期もあった、日本でも機転がきく点では略一致するが悪者では無い。多産で食糞することから邪淫な生き物とされる事もあるが、昔から山の神、出産を司る神の信仰があった。

 それには、姿を瞬時に消すと言う神を思わせる変幻自在の身の軽さ、冬に保護色の純白の姿になるなどの神聖性が上げれれる。

 古事記の因幡の白ウサギは鮫を騙したりするが、大国主命に助けれれ、後に兎神なっている。

 鳥獣戯画にも多数登場するのもウサギで経文を読んだりする姿も好意的に描かれている。

 擬ウサギ化のバニーガール

 '55年に創刊された米国プレーボーイのシンボルに擬人化した雄のウサギが使われた。コスプレの原点の様である。

 明治時代にウサギ飼育ブームがあった。

明治5年頃に東京や大阪で熱狂的なウサギ飼育ブームがあり時の東京府は見かねてウサギ1匹に月1円の税金を科した事があったとの事。当時米10Kgが36銭の時代。

長くなりましたが、などなどです。

クッキーの怠慢・自慢・味自慢 − そんなもん・リンゴ(シナモンリンゴではない)

材料: リンゴ  1個

砂糖 少々

シナモン 少々

バター 1TB

ブランディかウイスキー

作り方

1)リンゴを12等分位に切る。(皮を剥くかむかないかは、好みでどうぞ。)

2)耐熱皿にリンゴを平らに並べ、薄く切ったバターをリンゴの上にのせ、その上に砂糖とシナモン、そしてブランディ等を好みの量だけふりかける。

3)サランラップでしっかりカバーし、マイクロウエーブで8分。

デザートに、アイスクリームのサイドに、アップルジャムとしてトーストに、米国人お客様を及びした時の1ディシュに、買いすぎたリンゴの処理に、お紅茶とご一緒にどうぞ。甘いものがお好きな方にはレーズンを載せてもいいかもね。

健康のお話「オナラのおはなし」 蒔田 龍人

 西尾さんの「健康の方程式」がお休みの間だけ、代打として(健康の方程式には程遠い低レベルの内容になってしまいますが。)ちょっとの間(反響によってはこれが最初で最後かもしれませんが)掲載させて頂きたいと思います。

題名は「サルでもわかる健康知識」にしようかなと思ったところ、河合さんから、「じゃぁ、わかんなかったら俺はサル以下か?」とのタイヘンに的を得たご指摘があったので、お任せします。

 30歳まで毎晩の様に六本木などで朝まで遊び、タバコは一日30本、毎日二日酔い状態で仕事をし、食事もまちまちで、なんでもかんでもお構いなしだったのに、ロスに来て突然変わった蒔田の蒔田なりの健康知識をご紹介させて頂き、日ごろの参考にしていただければ幸せです。

 さて、記念すべき第一回は、どんな内容にしようかと思いましたが、今回のテーマは第一回にふさわしい、『おならのお話。』

音の有るタイプ、音の無いタイプ、匂いのするタイプ、匂いがしないタイプ、『おなら』にも色々なタイプが有りますが、人それぞれだからでは無くて、その日の体調や食事内容なんかで色々変わるこの『おなら』、たまに自分がしたとは思えない程臭い時ってないですか?

その主な原因は肉や魚(ようするに動物性蛋白質)を食べると消化過程で腸内の腐敗菌が大量に出現し、(匂いの成分はインドール、スカトール。)その結果、臭い『おなら』をしてしまう事になるそうです。 これは肉や魚が体内でアミノ酸にまで分解する過程で出てくるアンモニア様物質といって毒素なんだそうで、腸内腐敗が続くと、腸から血液に毒素が吸収され、肝臓を通って再びその血液が今度は全身に循環となる訳ですが、その時の肝臓にかかる負担は相当なもので、それでも毒素の完璧な処理は不可能なのだそうです。従って、インドール、スカトールという毒素の量が多ければ『おなら』は臭く、臭い『おなら』をしてしまった時は、腸内腐敗が起きて、肝臓にも負担がかかっている時と考えて良いと思います。

 ですから、臭い『おなら』を誰かがしても、「ヤダー」じゃなくてこの事を思い出して忠告してあげた方が良いのでは?お肉やお魚も程々に。

臭いで思い出しましたが、僕の住むレドンドビーチの南にパロスバーデスという住宅地があって、そこの車道でよくスカンクが車にひかれるんですが、ひかれた時に放つ匂い。これがすごいのなんのってあなた。何ブロックも向こうから、経験者はお分かりでしょうが、口では言い表せない不愉快な匂いが僕の部屋まで届いて鼻をしっかり曲げてくれるのです。スカンクのあの匂いは果たして『おなら』なのでしょうか?

第一回はこのへんで。それではみなさん、さよオナラ。

   一口コラム:「逆転発想もまた楽し(その5)」

 全会一致の賛成 は否決

民主主義のルールの中に 「多数決の原則」 と言うのがあります。 当事者又は代表者が充分 議論をし尽くし、最後に賛否を問うて多数の意見に従おうということです。

言うまでもなく、民主主義とはその構成員の意思が出来るだけ反映されるようにと考えられたシステムですから 多数決で否定された少数意見も充分に尊重される必要があります。

国や地方の議会、会社の株主総会から 学校のホームルームや友達同志の話し合い、家族会議まで、世の中にはいろいろな会議があり、その都度色々な事が、決められています。

家族や仲間うちの相談なら皆が心を通じあわせ、全員一致で一つにまとまるのが普通でしょうし、こういう決め方が最高だと思います。

ところが 国や地方の議会とか一定規模以上の会社の役員会や株主総会のような会議になると 国民・住民・株主などの利害や考えが全員同じという事はありえない筈です。 「泥棒にも3分の理」 があるくらいですから、いわんや普通の善良な構成員ならいろいろな 「理」 がある筈で、どんな提案でも必ず異論がある筈です。

ということは このような類 (たぐい) の会議では 全会一致の賛成ということはありえないので、ある議題が一人の反対もなく可決されたとすると、そこの民主主義のシステム自体に何か異常がある事になります。 従って本当の意味での民主主義を実現する為に 「全会一致の賛成は否決とする」 という原則・ルールを作ったらどうでしょうか。

因みに 私は先日 1941年の日米開戦の際、アメリカ連邦議会ではルースベルト大統領の対日宣戦布告に対して反対票を投じた女性議員がいた事を知り、感動しました。 もしこれが日本の議会だったら反対したくとも、まず不可能だったでしょうね。 ――― 羅府の庄助さん ――― 

巨悪売ります

先日 某日系スーパー ニジヤに買い物に行って 外の掲示板を見ました。

僕もいよいよ帰国が決まって 後任の人が来ますので彼の為に アパートを 探していたのです。

すると ムービング・セールの掲示が目に入りました。

キング・ベッド売ります。 $60・・・これは安い!

うちの ベッドは高かったな〜。。っと思いながら本当に大丈夫なんだろうか?と思いつつ よく読みました。写真はでていませんでしたが 絵が書いてあってマットレス、フレームもちゃんと書いてあります。$60か。。。。悪くはないな。。。

マットレスが悪かったら (安い)フルをふたつ買って置けばなんとかなるかな?っと思いつつ もう一度一番上の 文字に目がいきました。(・_・)......ン? KING BAD For Sale・・・・(^◇^;)げっ アクを売っていたのか。。。。

編集後記

 今週号は記事がたくさん集まりました。記事がないときのためにとっておこうかとも思うのですが、そんなことはせず旬の記事をお送りします。みなさんからの記事が集まりだしたので、とてもうれしく思っています。

 先週、雑貨屋ホームページがLadys NTT Directory「うらら」(URLは http://navi.ntt.co.jp/ulala/です。)に登録されたことをお知らせしましたが、関心度のところを見るとなんと三ツ星★★★になっていました!!

 これは皆さんがちょっとのぞきに行ったからなのか、それとも…・楽しみですねー。

 国内 / 海外総合旅行情報(Tabi tabi)のなかの北米をクリックすれば雑貨屋ホームページが紹介されています。 

その他“地域情報:海外:アメリカ” 及び“個人の日記:あ行”のコーナーにも登録されています。(合計3つのコーナー) 詳細というボタンを押すとこのサイトの関心度とMYブックマークへの登録数が★印で示されます。みなさんぜひクリックしてみてください。

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Zakkaya Weekly No.140

雑貨屋 店主 大西良衛 ronishi@earthlink.net