Zakkaya Weekly No.119

Ryo Onishi 8/23/98 Index Homepage

雑貨屋のひとり言

ロスに帰ってきました。帰ってきてほっとしたのは日本に比べ、湿度が低いのですごしやすいことです。とにかく日本は蒸し暑かったですからね。こんなことをいうと、日本の方に気の毒ですがそう思いました。ワイフはしばらく日本にいることになりまして、また独身生活です。家の中で話し相手がいないというのは本当にさみしいですねー。また毎日、電話で話すことにします。 (R.O.)

あまり 知られていないL.A. 観光スポット(33)

Air Museum at March Field (空の博物館、その1)

ロサンゼルス近郊の空軍基地のいくつかでは、毎年恒例で“航空ショウ”を実施しており、ブルー・インパルスのアクロバット飛行や各種軍用航空機、兵器の展示などがあり、アメリカ空軍の歴史と現実を知るうえで一度は見ておく価値があります。

また当地には 特定日に行われる“航空ショウ”とは別に常設の“空軍博物館”もいくつか存在します。今回はその常設博物館の一つの紹介です。

オレンジ・カウンティにある“Air Museum at March Field”はロサンゼルス近郊に数ある空軍博物館の中でも敷地の広さ、展示物の多さ、充実度はトップクラスでしょう。

この 博物館は屋内と屋外に別れています。屋内にはここにMarch Field空軍基地が完成した 1918年から今日まで、即ち第1次・第2次大戦、朝鮮、ベトナム、湾岸の各戦闘に関する武器、資料、新聞(号外集)など豊富に展示されています。さらにここには50年以上も前にアメリカ空軍が採用した最初のジェット戦闘機である P-59 のような貴重で珍しい飛行機も展示されています。シアターでは この基地の歴史他のフイルムも上映されています。

 

屋外の広大な展示場にはアメリカ空軍の各種航空機が多数展示されており、中でもひときわ目立つのがベトナムで活躍した 超大型爆撃機“空の要塞” B-52 BUFF”( Big Ugly Fat Fellows) Black Bird として名を馳せた SR-71 などでしょう。この他にも大小様々な戦闘機、爆撃機がいまだに威容を誇っています。

開館日 :毎日、但し New Year's DayThanksgiving DayChristmas Dayは休み。

10:00AM 4:00PM(夏季〜5:00PM

入場料 :無 料。ただし、Suggested Donation大人 3.00、子供 1.00.

駐車料 :無 料。

行き方は次の通りTorrance方面よりの場合)

 

FWY#9 (東へ) FWY# 710FWY# 605、FWY#5, FWY# 57FWY# 15 を通り過ぎ、さらに東へ向かう。

FWY#215() へ入り、約5マイル、Van Buren Blvd.で降りる。

Van Buren Blvd.で降りたら左折、今来たフリーウエイの上を跨いで、目の前に見える 空軍基地へ向かい、まっすぐ進めば博物館の入り口。

全行程 ;(Torrance方面からの場合)約75マイル、ドライブ約1時間半。

河合将介 skawai@wakaoCom

日本からこんにちは 長野県諏訪市、稲葉 幹佳

こんにちは。久しぶりに登場させていただきます。

日本(関東地方)では、8月初旬やっと梅雨が明け、本格的な夏が到来しました。それにしても今年の梅雨は、雨が降ったと思えば、真夏のような天気になったり、寒くなったり そして8月に入ってからの梅雨明け宣言・・・・。東北地方には梅雨明け宣言もないまま、秋風が吹くようになりました。

河合さんが日本にいらしていた時が一番雨が降っていたように記憶しています。(もしかしたら雨男だったのかもしれません。)

河合さんが日本に滞在されていた間、2日間ご一緒させていただきましたが、わたしはすっかり河合さんのカラオケPOWERに圧倒され、日本に住んでいるわたしより何故か 最新の歌をご存知で、レパートリー は戦後〜現代まで。わたしと安室奈美恵のデユエット、そして最後は河合さんの十八番、尾崎 “I LOVE YOU”でお開きとなりました。

アメリカでもあの調子で楽しく歌われているのでしょうね・・・。 それにしても会社をリタイヤされても、仲間が毎日・毎日お誘いの約束があるというのは端から見ていて羨ましく思いました。

さて、わたしは先日オリンピックボランテイアで出会ったアメリカの小学生たちとその引率の先生から見た日本の感想文を手に入れました。

それにはわたしたちボランテイアにとってボランテイアをしてよかったと改めて 思える内容でした。

彼らは一般的な旅行とは異なり、地元の小学生たちとの交流・ホームステイを通してより多くの発見と異文化を学び感想文を送ってくれました。

日本人にとってはあまりにも当たり前なことなのですが、その新鮮な発見に’ほのぼの’させられました。東京だけが日本ではなく、日本にはNAGANOのような自然豊かな場所もあり、いろんな面があることを知ってもらうにはオリンピックは本当によいアピールの場だったと思いました。

(引率の先生の感想文)

我々はボランテイアの人たちに温かく迎え入れられました。日本に足を踏み入れた瞬間から日本の文化に触れることが出来き、たいへんうれしく思いました。我々が皆、大部屋で寝ることが出来たことも皆が仲良くなるためには最高でした。

最初の朝食はとても印象に残っています。煮込んだ豆とハムでした。コーンフレークがあまり好きでない人にとって、コーンフレークがメインでない文化はとても良いものです。

日本のリラックスした雰囲気はとても好きです。玄関で靴を脱ぐ習慣は掃除が楽になります。

ボランテイアの人たちは我々の居心地を良くすることばかりを考えてくれました。こ れが米国であったらそこまでできるかわかりません。

日本の子供たちは自由に振る舞うことを認められているようです。彼らは聞きたいから聞くのです。

先生や校長先生が怒っている場面には一度も遭遇しませんでした。子供たちは自分のやり方でします。わたしは先生として、よく怒り子供たちを指導します。日本の子供たちは自分がすべきと思った通りに仕事を責任持って行っていました。ある子供たちは授業中うるさくしていましたが、先生は止めに入りませんでした。その子達は自分で辞めました。

(一部略)米国の授業はどちらかといえば、発見や創造性を求める授業を行いますが、日本の先生は情報や事実に基づくことを教えているようでした。

日本の子供たちが掃除をするという話は数年前から聞いていましたが、これも米国で行おうと思います。建物に誇りが持てるようになり、お手伝いさんにかけるお金を教材に回すことができるでしょう。

(一部略)日本の人たちは自分の持っているものを人に分け与えるのが文化の一部にある民族であると思います。我々ぢヘ彼らの文化を体験したいと思っていただけに、交わりも深かったを思います。

来週は子供の感想をお届けします。

MIKA INABA Inaba.Mika@exc.epson.co.jp

一口コラム:「日本語って何だろう?(その5)」

日本語では何かを言う時、なるべく穏やかな言葉で(所謂 オブラートに包んだ言葉で)表現するのが一般的に良い日本語であるとされているようです。例えば 「女中さん」 と言う代わりに 「お手伝いさん」 と言い、「百姓」(この言葉はもともとは由緒正しい言葉なのですが) を「農家」 「農民」などと言い換えて満足しているようです。「女中さん」 が「お手伝いさん」に呼び名が変わって 給料やその他の待遇が良くなるのなら結構なのですが、呼び方だけ変えてみたってしょうがないと思うんですけど・・。私だったら、呼び方なんてどうでも良いから、給料を上げろ、と言うでしょうね。1945年8月15日は日本にとっては(残念ながら)敗戦の日です。でも 我々は 8月15日は 「終戦記念日」 と呼んでいます。

日本語同志でいろいろあるのは まだ良いとしても、例えば日本語と英語の間で解釈が違ったりするのは、大きな問題だと思います。我々が日本語で 「規制緩和」 と言っているのは、英語の deregulation の訳語なのだそうです。英語の de という 接頭語は 反対・否定を意味する筈なので、この場合の日本語は 「規制撤廃」 の方がより近い意味になると思うんですがどうなんでしょうか。 「規制緩和」 「規制撤廃」 では、その意味するところは大変な違いだと思います。

――― 羅府の庄助さん ―――

ジョーク

読者のかたからたくさんのジョークをいただきました。いっしょに笑いましょう。

◆酔っ払って帰宅した夫は、そのまま居間に寝てしまった。重くてとても寝床まで運べない。

「這(は)って行ってよ」と何度も声をかけたが、そのたびに夫は「ハッ!ハッ!ハッ!」と答えた。(5.18朝日新聞)

◆「絶体合格しますように」と書いてある絵馬を見て、多分合格しないだろうな、と思った。(4.21ぴあ)

◆大幅に遅れたバスにおじさんが乗り込みながら、「バスってえのは遅れた時は待たにゃならんが、客が遅れた時は1分だって待ってくれずに、ハイ、サヨナラだからな」と言った時、あとに続く乗客全員がうなずいた。 (2.11朝日新聞)

◆某工場内の「おれがやらなきゃだれがやる」という看板が、「だれが」の「が」の点が削られ「おれがやらなきゃだれかやる」になっていた。

この会社の将来は…。(10.27ぴあ:97秋第2位)

◆友人は入社試験の面接で、あまりに緊張してしまい、

「家業は何ですか」との質問に「かきくけこ!」と答えてしまい、家に帰るまで、何で「カ行」を尋ねられたか分からなかったそうだ。(11.23北海道新聞)

◆「ふえるワカメ」は大きくなるだけで、別に増えはしない。(9.22ぴあ:97秋第3位)

◆一人息子がちゃんと留守番できているかどうか、公衆電話から他人のふりをして家に電話してみた。「もしもし、お母さんいる?」 息子「いらない」。(3.17北海道新聞:96春第2位)

◆電話で書店に本を注文した時のこと。
住所と氏名を聞かれたので、名前の「和英」を和は「ヘイワのワ」、英を「エイゴのエイ」と答えた。後日送られてきた郵便物の宛て名は「和A様」となっていた。 (
95.6.11毎日新聞:95夏第2位)

◆「水戸黄門外伝・かげろう忍法帖」の最終回で、事件がすべて解決し故郷へ戻ることになった由美かおるたちは、喜びのあまり「ヤッホー」を連発していた。でもそれってもしかしてドイツ語じゃ…。(ちなみにあの「水戸黄門」には、格さんが「おいハチ、ファイト!」と言ってしまった前科があるらしい。)(95.10.3ぴあ:95秋第3位)

◆国語のテスト前に問題を出し合っていた中学生の長男と次男。長男の「擬音語にはどんなものがあるか」との問いに、次男は「そうどすえ」と答えていた。(9.21朝日新聞)

◆新鮮なお魚を「死にたてピチピチ」と言う私を、母はとても嫌がる。だって本当のことじゃないの。(9.29ぴあ)

◆理髪店で中学生が「少し長めにして下さい」と頼むと、ご主人が「耳はどうしますか」と聞き返した。中学生は少し考えていわく「切らないで下さい」。(10.5週刊読売)

◆おはようからおやすみまで暮らしを見つめる ストーカー。(6.29週刊読売)

◆小学4年の息子が受けた国語のテストに「もう…してしまった」を 使って例文を作りなさい、という問題があった 。息子は「もうしわけないことをしてしまった」と書いていた。(2.1朝日新聞)

◆「JUNKO」というデザイナーのネーム入りトイレマットを敷いた日、夫は「J」の文字を踏んでいたらしく、トイレを出るなり、「あのマットはなんだ」とのたもうた。(1.18朝日新聞)

◆結婚した教え子から年賀状が来た。「性が変わりました」と書いてあった。(2.8朝日新聞)

編集後記

雑貨屋119号はにぎやかです。雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧になれます。

http://home.earthlink.net/~ronishi/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.119

雑貨屋店主 大西良衛 ronishi@earthlink.net